三話
心理描写って難しい。
幸いにも状況が状況だったために、学校から処分を受けることはなかった。
むしろ犯罪の場で女性を助けたことを褒められたぐらいだった。
だけど、あの男の言葉が頭から離れることはない。頭のなかでベットリと張り付いて僕の過去を確かに壊してくる。
「冷たっ」
「お疲れ様。」
彼はしてやったりという悪い顔をして僕にドリンクを渡してくる。
「優勝の次は空手を使って犯罪現場を解決ですか~いや部員として鼻が高いね。」
「なにそれ?嫌味かい?」
冗談だよと笑いながら同じく空手部員である紅はドリンクの蓋を開けた。
飲まないの?という声に促されて僕も蓋を開ける。
冷たいそして少し後に残る甘さが体に活力を与える気がする。
「で?どうだったよ?」
「何が?主語をつけて喋れよ?」
ため息をつかれた。心外だ真っ当なことを言ったのに。
「そりゃあお前が犯罪現場で空手を使ったことについてだよ。やっぱり一空手少年としては気になる所があるんですよ。」
どうだったかと言われても思い出すのはやっぱりあの男の言葉だ。
自分が思っている以上に空手は強力だった。ナルシストみたいでいやだけど体を占める恐怖よりも一人を倒した時の方が断然爽快で僕って強い!っていう満足感があった。
でも…
「通用しなかったんだよな、紅にだけ喋るけどさ僕負けたんだよ。」
「負けた?でも女性を救ったことは事実だろ?」
そうそれは事実だ。でもそれよりも負けたことの方が、自分を否定されたあの言葉の方がずっと印象に残る。
「警察の力あってこそのものだよ。僕だけなら不可能だった。」
「でも、助けたことには変わりない!そうだろ?」
どこか気楽な紅の言葉に救われる気持ちと軽く言いやがってという気持ちの2つが押し寄せるけど、それでもベットリと張り付いたこれは剥がれることがない。
「なぁ俺たちがしてる空手って何だろうな?毎日さ暑い道場で汗かいて正拳打って、受けて、蹴って、避けて普通とは明らかに違う日常なのに実際に使う場面になったら思ったよりも役にたたなくて。」
僕の呟きに困った顔をしながら紅はただ一言分からんといって練習に戻って行った。
春視点
拳に衝撃が伝わるのと同時に一人倒れる、冬がまた優勝した。その事実だけが新聞を読まされて以来あちこちで目につくようになった。
あちこちで噂をする奥様達、町全体でパレードムード。そんな良いことだらけだと当然しわ寄せが来る。
冬が強ければお前も強いだろ?という謎の理論を醸し出すバカもいれば、単純に冬が持ち上げられて気分が悪いから兄である自分に仕掛けてくる奴から様々だ。
でも、それらはあくまで冬にバレないように行われなければならない。
格闘技をする人間は恐がられる。昔からそれは変わらない普遍の出来事だ。怖がられた人間はプロかグレるかその道を諦めるか大体はこれらに分かれる。
最初はとるに足らない喧嘩が始まりだった。冬が力を伸ばしてるのに嫉妬してた奴等が冬に良くないことをしようとしたのを聞いて俺が手を出したのが始まりだった。
気づけば戻れない所に来ていたなんてのはよくある話で、冬を守ることを理由に暴力を振るってるうちに自分がいつの間にかグレてた。ただそれだけだった。
だからこそ冬には真っ当に空手で生きて欲しかった。幸いそこまで頭も悪くないし、将来はそこそこ安定してるだろう。
最後の一人を倒してポケットにあった煙草を取りだし火をつける。
「結局言い訳にすぎないけどな。」
どれだけ言ってもそれは負け犬の言い訳に過ぎない。冬が成功して兄である自分は落ちぶれた。ただそれだけ。
でも、冬を守りたいと思うこの気持ちだけは言い訳じゃないと思うのは許されるだろうか?