第17話 セリカとフローラ
目が醒めると見た事のない天井と、久々に感じる柔らかいベットの居心地が、私は奴隷商人から助かったのだと教えてくれる。
これで硬いベットや牢屋で、尚且つ縛られたりなんかしていれば絶望のどん底に落ちるのだろうが、どうやらその心配はなさそうだ。
コンコン カチャ
私がまだ眠っているとでも思っていたのだろう、返事もしないうちに扉が開き一人のメイドが入ってきた。
「あのー、ここは何処なのでしょうか?」
「お目覚めになられましたか。ここはティターニア公爵様のお屋敷です」
私がいきなり声を掛けた事にも動じず、すぐに答えを返してくれるメイドさん。明らかに普段からなんらかの訓練でも受けていることが分かるが、それをここで言うのは返って怪しまれてしまうだろう。
彼女が言ったティターニアの名前には聞き覚えがある、確か敵国であるレガリアの公爵家がそんな名前だったはずだ。
「痛いところとかございませんか?」
「ありがとうございます、大丈夫です」
自分の姿をよく見れば清潔な服に変えられ、所々を包帯やガーゼで治療された形跡がみえる。
「少しお待ちくださいね、今ご当主様を呼んで参りますので」
「あ、はい」
それだけ言うとメイドさんは一旦部屋から出て行った。
さて、ご当主というと公爵様だろうか? 気を失う前、初老の男性と若い女の子の姿を見た気がする。
カチャ
一通り偽名と捕まった適当な理由を考え終わった頃、初老の男性の一人の女の子を連れて部屋へと入ってきた。やはり気を失う前に見た人たちだ、するとこの男性が公爵様?
「気分はどうだね?」
「はい、大丈夫です。この度は助けて頂いてありがとうございます」
当たり障りのない返事でお礼を言う。
「名前を伺っていいかね?」
「はい、セリカ・アンテーゼ……と、いいます」
ついつい本名を名乗りかけ、慌ててミドルネームまでで止める。
アンテーゼをファミリーネームって事にしておけば問題ないわよね、流石にモンジュイックの名前は怪しまれるだろうが、私個人はそれほど有名ではない。
一瞬公爵様の眉がピクリと動くが、この時の私は気づく事がなかった。
「セリカさんだね、私はこの領地を任されている者だよ」
男性は敢えて名乗らず話を進めていく。
「医者の話では酷い怪我はないようだから少し休めば動けるらしいが、随分体力が落ちているようだね、しばらくは此処で休んで行くといい」
確かに何日か投獄されていたせいで私の体は痩せ細っている。今思えばよく走って逃げ切れた者だと自分でも関心してしまう。
「お気持ちは有り難いのですが、私お金を持っていないんです」
「そんな事は気にしなくていい、ただ、その代わりと言っては何だが孫娘の友達になってやってくれないか?」
男性の背中に見え隠れしているのは先ほど一緒に入って来られた一人の少女。肌白の可愛らしい子で、年は私より少し下といったところだろうか。
「私でよければ喜んで」
今思えば年の近い友達なんて一人もいなかった。幼い頃から聖女としての訓練を受け、命を狙われた事も一度や二度ではきかない。そんな私に友達ができる筈もなかったのだから。
「初めましてセリカ・アンテーゼです」
「は、初めましてフローラ・イシュテル・ティターニアです」
女の子は恥ずかしながら名乗り返してくれる。
それから数日間私の体力が戻るまで公爵家にお世話になった。
私は地方から連れて来られ、身寄りもなく誘拐されたと言う筋書きを通し、公爵様もそれを信じてくれた。
お世話になっている間、誘拐の聴取や逮捕に協力という形で力を貸す事になったが、それ以外はずっとフローラと楽しい日々をすごした。
僅か数日という短い間であったが、私たちは昔からの友達であったかのように周りが驚くほど親しくなっていた。だけど別れは唐突にやってくる。
「フローラ」
「お母様!」
二人で庭園を歩いていると、現れたのはフローラに似た一人の女性。
「外に出て体は大丈夫なの?」
「はい、最近はとても体調がいいんです」
フローラの話では幼い事から体が弱く、ここには静養の為に王都から離れた公爵領にもどって来ているらしい。
「貴方がセリカね、娘がお世話になっているみたいね」
「いえ、お世話になっているのは私の方です」
私にお礼を言ってくるがそれは筋違いというものだろう。実際にお世話になっているのは私の方だし、フローラと一緒にいるのは正直楽しい。
敢えてお礼を言われるのであれば彼女の体調ぐらいではないだろうか、私から放たれる聖気を浴び続けている為、ここ数日の体調は好調なのだ。
「お母様、今日来られたのはどのようなご用件でしょうか?」
「フローラの体調が良いと聞いたから迎えに来たのよ」
「えっ」
大体の事は予想していたが子供は親と一緒にいる方が普通なのだ、私の体力ももう回復しているので、これからは自分で仕事を見つけ暮していかなければならない。
今まで働いた事がないので不安といえば不安だが、別に働くのが嫌と言うわけではないので、何とかなるだろうと考えている。
「あの、戻らないといけないですか?」
「あら、王都のお屋敷に戻るのが嫌なの?」
「そうではないんですが……」
きっと私の事を心配してくれているんだろう、彼女にはお金も身寄りもないといっているので、今後ここを出た後の事を考えてくれているのかもしれない。
「フローラ、お屋敷に戻った方が良いわよ。せっかくお母さんが迎えにきてくれたんだもの、私は一人でも暮していけるから」
「セリカ……」
お互いやっぱり別れは寂しいと思っている、だけど平民に落ちた私と彼女では同じ世界では暮らせないのだ。
「良かったら貴方も一緒に来ない?」
「えっ?」
「こんなにもフローラが懐いているですもの、できればこれからも一緒にお屋敷で暮して貰えるとたすかるわ」
「ですが私は……」
「セリカダメなの?」
ん〜、まぁ私の正体もバレていないようだし、お屋敷で働かせて貰えるというのなら住むとこにも困らない。ま、いっか。
「お世話になってもよろしいのでしょうか?」
「えぇ、歓迎するわよ」
こうして私はティターニア家でメイドの仕事をするようになった。