16話 逃走と正義のパンチラキック
「おい、こっちに来い」
手足を縛られ無理やり馬車に押し込められていたので、ここがどの辺りかは分からないが、外はすっかり夕暮れに変わっていた。
私は一旦足のロープだけを解かれ、手首のロープを隠すよう布をかぶせられ、一軒の宿と思われる建物の中へと連れて行かれる。
降りる際に見えた街の風景は細い路地と入り組んだ家々、何の知識もない私でもここが普通の民が暮らしている地区ではない事がわかる。恐らく街のゴロツキが集まるよう場所か何かなんだろう、大きな街や王都にはこんな薄暗い場所が幾つも存在すると聞いた事がある。
宿の一室に無理やり入れられ再び足首をロープで縛られ、更に口にも喋れないよう布を丸めたもので塞がれてしまった。よく物語で同じようなシチュエーションが出てくるが、布程度で塞がれたからと言って声が出せないわけが無いじゃないと思っていたが、いざ自分が体験してみると本気でうめき声しかだせない。
「後で飯を運んでやるから、それまでそこでおとなしくしてろ」
私を逃げられないように一通り拘束し、男達は食事でもとるのか部屋の外へと出て行く。
「むぐー、むごー」
別に遊んでいるわけじゃないわよ。
男達の足音が聞こえなくなった頃を見計らい、上半身だけをなんとか起こしてから精霊達に呼びかける。マグノリアは私が聖女としての力が無いと思っていたようだが、別に使えないわけではない。むしろ自分では強い方ではないかと思っているぐらいなのだ。
それじゃ何故今まで隠していたのかというと、単純に私が他人の力を借りるのが好きじゃないから。
だってそうでしょ? 何に対しても自分の力でやり遂げないと面白くないじゃない。精霊達にお願いすれば大概のことは出来てしまうけど、それは決して私の力ではない。それが誤解されて精霊の力が無いと思われていたようだが、別に間違いを正すつもりもなかったのでそのままにしていた。お祖母様だけは気づいておられたようだけど。
『むぐー、むごー』でも私の意図をわかってくれたのか、部屋の中にわずかな風の流れが生まれると、手首と足首のロープが鋭いナイフで切られたように解ける。
(まぁ、この場合は緊急事態だから精霊の力を借りてもいいわよね。)
口に当てられた布を解き、部屋に一つだけ取り付けられた窓へと近づく。この宿の構造までは分からないが、逃げ出すには階段で1階まで降りなければならないだろう、まさか男達も3階の窓から飛び降りるとは想像していまい。
私は再び精霊に呼びかけ、躊躇なく窓から一気に飛び降りる。
風の精霊達が落下速度を落としてくれるが、私はここで最大のミスを犯してしまった。
「きゃーーーっ」
落下はちゃんと怪我一つなく成功したのよ、スピードもそれ程怖いものではなかった。
それじゃ何故私が悲鳴を上げたかというと……
「み、見たわね!」
路地を歩いていた子猫に涙目で怒りを表す。私はついつい肝心な事を見落としていた、落下速度を落とすためには強い上昇気流を起こさなければならない。そして私は捕らえられた時に見すぼらしいワンピースに着替えさせられていた。さぁ、答えはわかるでしょ、一気にスカートが捲り上がったのよ! ぐすん。
「て、てめー、どうやって逃げやがった!」
先ほどの声で様子を見に来たのだろう、三階の窓から一人の男が顔を出していた。
男が上から逃げるなとか言っているが、そんなものを素直に聞く馬鹿が何処にいるのと言うのだろう、私は裏路地を駆け抜けて表通りと思われほうへと駆け出す。入り組んだ細い路地が行き止まりであったり物が置かれたりしていて、思い通りに前へと進めない。着ている服もあちらこちらと引っかかり、所々が避けたり破れたりしているが構わず走り続ける。
恐らくこれで捕まってしまえば逃げ出すチャンスはもう二度とやってこないだろう、どうにか表通りまで逃げ切って、お店か通行人かに助けを求めれば私の勝ちだ。精霊の力で空でも飛べれば楽なんだが流石にそんな事までは出来るがしない。
後ろを振り向けば見え隠れする男達の姿、迷路のような路地のせいでかなりタイムロスをしてしまったせいだろう、思いの外早く見つけられてしまった。
その後もいくつもの角を曲がり、時には近くの物を投げつけたりしながら逃走を続ける。そして目の前には細いT字路が見えてくる、迫る男たちのせいで立ち止まってどちらの道がいいか確認している余裕がない、一か八か右手の方へと曲がるがその先には
「行き止まりじゃない!」
慌てて振り返れば逆の道の奥にはお大通りと思われる広い道が見えた。
「あぁ、もうなんて運がないのよ」
引き返そうした時、とうとう男達に追いつかれてしまい道をふさがれてしまう。
「手間とらせやがって、タダで済むとはおもうなよ!」
「残念だけど今お金持ってないのよ」
助走をつけて男達に向かって走りだす。向こうも突っ込んでくるものと思い、体を重ね合い逃げられないよう壁を作るが
「もと、公爵令嬢きーーっく!」
「ぐぎゃ」
「ぐはっ」
「パンツ……」
ただのキックとは思うなかれ、この蹴りには様々な怒りの思いと、ここ最近お風呂に入れていない恥じらいと、精霊の力をちょっぴり取り入れた元公爵令嬢のキックなのだ。
一人気になる言葉を放った男に止めの蹴りを入れ、再び大通りに向かって走りだす。
「って、誰もいないじゃん!」
どれほどの規模の街かしらないけれど、すっかり暗くなった大通りには誰一人歩いておらず立ち並ぶ店も店じまいを終えた後だった。
「てめー舐めた真似しやがって!」
もう復活してしまったのか二人の男性が私のすぐ後ろまで迫っていた。あれ? さっきより一人少ない?
「しつこいわね、いい加減に諦めなさいよ。」
先ほどと違い、広い大通りで飛び蹴りをかましても避けられてしまう恐れがある。いっその事、火の精霊にお願いして燃やしてあげようかしら。
か弱い女の私は(私の事よ!)男達に捕まえられては逃げ出す事もできなが、離れてさえすれば精霊の力で吹っ飛ばすぐらいの事は出来る。よし、相手は悪党だから手加減しなくてもいいよね。
「風の精霊さん、こいつらをムグッ!」
「ようやく捕まえたぜ」
ここに来てなんで一人少なかったのか、なんで捕まえようとせず間合いを開けていたのかに気づいてしまった。何とか顔をひねり私を捕まえた男の顔を見ると、そこには靴跡がくっきり付いた怒りの形相の男の姿。
「むぐー(はなせー)」
ジタバタ動くがガッチリ抱きかかえられてしまいビクともしない。
せっかくここまで逃げられたのに再び振り出しに戻る事になるとは、何て運がついてないんだろう。半ば諦めかけていた時、大通りを通り抜ける一台の黒い馬車がこちらに向かってきた。
「おい、早く路地裏に連れてこい」
男が三人がかり無理やり連れて行こうとするが、ここで頑張らないでいつ頑張る! 女は度胸!
「て、てめー、暴れるな!」
思いっきり体を動かし必至に抵抗する。服はボロボロ、髪の毛は乱れまくり、足と体を担がれているので空中に浮いた状態。片足を思いっきり蹴り飛ばし男の手が緩んだ時に下から上へと力のかぎり蹴り飛ばす。
「むご、むごむごーむごー(もと、公爵令嬢ロイヤルきーーっく)」
名前に深い意味はないが、なんとなくロイヤルな気分だったので命名してみた。
今の蹴りが一人の男の顎に見事にクリーンヒット、地面に崩れるように倒れこむ。さらに自由になった足でもう一人の男の顔目掛けて蹴りをかますが、これは交わされてしまった。
「ガキのパンツなんざ見ても興奮するかよ!」
「むごー!(ガキじゃないわよー!)」
「やべー、あれは貴族の馬車だ」
顔を無理やりむければ、馬車の周りに馬に乗った騎士が数人見える。ラッキー、ここに来てようやく運が向いてきた。馬に乗った騎士がこちらに気づいてくれたようで、馬車から離れこちらに向かってくる様子が見える。
「くそ、女の事はいい、逃げるぞ」
男達は倒れている仲間を強引に引きずりながら路地裏へと逃げていく。その様子を見ながら私はその場で崩れるようにしゃがみ込んでしまった。
「お前達は今の奴らを追え、おい、大丈夫か?」
隊長と思しき男性が部下に指示を出したあと、馬から降り私に声をかけてくれる。
「あ、ありがっとう、ございます」
助かったを思ったら急に体が震え出し、上手く言葉を口にすることができない。さっきまで走って暴れて蹴りを食らわしていたと言うのに、遠い昔の出来事か夢でも見ていたのかと思うぐらいに、現実味がまったくしない。
何も考えられず、ただその場で力なく座り続けていると、ようやく馬車が追いつき中から御者に手を引かれながら初老の男性と一人の女の子が降りてきた。
「大丈夫?」
優しく声をかけてきたのは可愛いドレスに身を包んだ女の子、わざわざ私の目線に合わすためにドレスの裾が汚れるのも気に留めずしゃがんでくれる。
女の子の心配そうな顔に安心しきってしまった私は、急に目の前が暗くなり意識が闇へと沈んでいった。