15話 始まりの物語
「お呼びでしょうかお母様」
部屋でいつものように勉強を強要……コホン、励んでいるとティアお姉さまが私を呼びに来た。
何でもお母様が私に話があるんだとかで来てみれば、そこにはお父様を始め、エリク兄様とミリィまで一緒にソファーに座っている。
「アリス、そちらに座りなさい」
お母様に案内されミリィの隣に腰掛ける。そして反対側にお姉さまも座られ、二人に挟まれる形になった。
なんだろうこの雰囲気、いつもの明るくて楽しい感じが全くしない。いつもなら顔をみれば何を考えているかも分かるミリィですら、今は何を思っているのかも分からない。
「いいかしら、今から話す事はある女性の昔話よ。この話は私が見てきた事ではないから真実ではない部分もあるかもしれない。だけど、全てが嘘でない事も分かっているわ。貴方にとっては辛い話になるかもしれないけれど最後まで聞いて頂戴」
そう前振りを言ってお母様は語り出した……
これはある国の一人の少女のお話。
私の祖先は代々この国の聖女を生み出してきた由緒正しい一族、与えられた領地はこの国の南に位置する場所で比較的温暖な気候ではあるが、多くの岩山や森深い山々に囲まれており林業や採掘が盛んな地域。領民は貧しいながらも精一杯日々を暮らしていた。
ただ唯一懸念するのは領地が隣国のレガリアに面している事、べつに攻め込まれるといった事を心配しているわけではなく、問題は我が国の方。昔から豊かな土地であるレガリアに我が国は何度も戦争を仕掛けては敗北が続いている、その時に戦場になるのがこのモンジュイック領となるのだ。
私の父はこの国で数少ない穏健派の人物で、長年戦争強硬派の者達を抑え込んでいた。あの日までは……
あれは大雨の降りしきる日だったと思う、領地にいた私たち家族に陛下から急ぎの書状舞い込んできた。その内容は王都にいるお婆様が危篤になったという話で、たまたま熱で寝込んでいた私を残し両親は急ぎ王都へと向かった。
お婆様は現在この国で唯一の聖女と呼ばれており、ご高齢の体に鞭を打ちながら今日までお勤めをされてきた。
本来お婆様の後は娘が力を受け継ぐのだが、不幸な事に三人の男児には恵まれたが女児は一人も生まれることが無く、新な聖女は未だ誕生していない。
そんな状況で今まで頑張って来られたのだ、ご高齢の上に無理が祟ったんだろう。次期聖女としての候補は現在二人、聖女であるお婆様の血を受け継いだ公爵家の娘である私と、叔父の娘であるマグノリア。共に15歳の私達は、一年後にはどちらか一人に力が現れると言われていが、私はそれを確認する前に国を出ることになる。
後で分かった事だが、この時すでにお婆様は亡くなっており、私たち家族を呼び出したのが強硬派に加担した叔父の罠、王都へ向かう途中、両親を乗せた馬車が賊に装った王国軍に襲われ全員死亡。偶然にも領地に残っていた私は難を逃れる事が出来たが、在らぬ罪をかぶせられ奴隷商人に売られることになった。
「いい気味ねセリカ、たいした力も無い癖に、ただ父親が公爵だからという理由で次期聖女と祭り上げられていたのだから。さぞ今までいい気分だったんじゃない? でもそれもここまでよ、今や爵位を剝奪され只の奴隷に成り下がるんだから」
「私は一度もそんな事を思ったことは無いわ、それより両親は、お婆様はどうしたのよ!」
「これから売られていく貴方には関係の無い事でしょ?」
両親が出かけて行った翌日、突如屋敷に押しかけて来た王国騎士たちに私は何が何だか分からないまま拘束され、数日間幽閉された後、両親が企てた謀反に加担したとして国外追放を言い渡された。
そして今日、無理やり馬車に乗せられて国境沿いまで連れてこられた。恐らくここで他国へと輸送される荷馬車に乗せ換えられ、何処とも分からない土地へと送られるのだろうが、何故か私の前に現れたのは輸送馬車ではなく奴隷商人を引き連れた従妹のマグノリア、この時初めて叔父に私達が家族が嵌められた事を知ることになる。
私がこんな状況になっているという事は、恐らく両親はもうこの世にいることはないだろう、叔父の目的は父の座から公爵の地位を奪う事にあるのだ、生きていては後々面倒だしその必要も何一つない。
私の命があるのは単純に小娘だからと思っているのと、聖女としての資質が無いと思われているだけだろう。もしかしてマグノリア辺りが私の悲惨な姿を見たかっただけかもしれないが。
こうして私、セリカ・アンテーゼ・モンジュイックは、名前と人生の全てを奪われ、手足を縛られたまま馬車に荷物のように押し込まれた。
目的地は遥か東のカストロル帝国、そこで私は一生奴隷として生涯を送ることになるだろう暗雲地。この道中で私は生涯唯一の友人と呼べる運命的な出会いをすることになる。
その人の名前はフローラ・イシュテル・ティターニア、いずれレガリア王国の王妃となる方に。