49話 世界の理
戦争は突然始まった。
隣国のドゥーベが一方的に戦線布告した上、翌日には軍を進めてきたのだ。
前々からレガリアとはいろいろと衝突していたが、父様達が必死に対応していたのを知っている。
ドゥーベからの要求される条件は理不尽な内容ばかりだったが、かの国が食料難になっている事は事実で、レガリアとしては人道的な立場で食料支援、資金援助、物品援助、それらを可能な範囲行ってきた、あの日までは。
6年前アリスの両親、セリカさんとカリスさんが亡くなった事件、あの犯人がドゥーベの間者だと分かったのだ。
しかし確固たる証拠は見つかってはいない、だけど事件の数日前、賊の一人がドゥーベ王城に出入りしているのを諜報部が確認していたのだ。
確かな証拠の品が無いため、レガリアとしては表立って抗議するわけにはいかず、すべての援助を断ち切る事で無言の抗議をしたのだ。
そもそもなぜ刺客を差し向ける必要があったのか、父様達が調べた結果、まず標的はレガリア王国の国王と聖女達の暗殺、セリカさんや幼いアリスの存在は知られていない、つまり狙われたのは、まだ力が表立っていない私と姉様だったのだ。
だけどその暗殺は一人の侍女と騎士によって失敗に終わった、いやある意味成功したと言ってもいい。レガリアの王族には聖女はおらず、唯一の聖女の力を持っていたのはセリカさんだったのだから。
そして標的が分かったことで、おのずと目的は導かれる、聖女の暗殺は国の衰退につながる。
豊穣の儀式は広く知らされてはいるが、所詮ただの言い伝えと鼻で笑う人も多いだろう、私だって王女に生まれていなければ、ただの昔話と気にも止めなかったはず、しかしこの大陸の大地には確実に呪いが掛かっているのだ。
ーーー言い伝えはこうだ。
かつて大陸全土を揺るがす大きな戦争があり、草木は枯れ、川は血に染まり、大地は人の死で埋め尽くされた。
やがて倒すべき敵が全ていなくなった時には、取り返しのつかないところまで来ていた、大地は死に絶え、作物は育たず、邪霊と言われる存在が現れるようになっていた。
生きる術を失った人々は神々に助けを求めた。
不憫に思った一人の神は一羽の鳥を地上に使し神託を告げた。
一つ大陸の北東に位置する強大な岩
一つ大陸の東南に位置する枯れた大木
一つ大陸の中央に位置する毒の沼地
一つ大陸の北西に位置する古びた巨大な木の株
一つ大陸の南西に位置する倒れた石柱
それぞれの場所で100日間祈りを捧げよ、さすればその地の神が力を貸すだろうと。
人々は喜び、一斉に祈りを捧げた、しかし雨風を防げるものもなければ、邪霊が彷徨う大地は危険も伴う、その為一人また一人と去っていき、ここレガリアの地も例外ではなく、最後には一人の少女を残すのみとなった。
少女は雨が降っても、暑い日差しが降り注いでも、たった一人で祈り続けた。
ある日その姿を見た、曾て祈りを捧げる事を諦めた一人の青年が少女に話しかけた、なぜ叶えられるかどうかも分からない事の為に祈り続けられるのか。
少女は答えた、神が助けてくれるかどうかではなく、ただ自分のおこないが人々に生きる希望になればいいと。
青年はその日から迫り来る邪霊から少女を守り続けた。
やがて100日が過ぎ、神託の通り神が降臨する。
神は少女の願いを受け人々に生きる希望を与え、大地を活性化させた。
神は去り際に少女に力を与え、こう伝えた「この地を神域とし、一年に一度少女自ら祈りを捧げよ、この約束を怠れば大地は再び死にかえるだろう。」
人々は奇跡を目にし、生きる希望を見出す、そして後に少女はこう言われるようになる、聖女と。
これがレガリアの人々に知らされている伝承だ。ーーー
しかしこの話にはまだ続きがある、神が降臨した場所は大陸全土の5箇所、その場所は現在それぞれの国が存在する。
神脈、大陸には神の力により目に見えない無数の道筋が流れている、その中心たる場所が神々が降臨した五つの神域なのだ、神の代行者である聖女はその神脈を通し精霊に呼びかけ、大地を定期的に除霊をする事を定められている。
女神との盟約の通り一年に一度『豊穣の儀式』で除霊をすることで大地に実りを与えることができる、しかし現在レガリアには聖女がいない、その為、姉様と巫女達は月に一度儀式をするこ事で呪いを押さえ込んでいるのだ。
以前母様に聞いた事がある、理屈は分かるが、年に一度の儀式を人間の都合で一ヶ月ごとにしていいのかと。
すると母様は笑いながら言われた、確かな方からの教えなので大丈夫なのだと、セリカさんの事かと尋ねたが、どうやら違うらしい、結局誰かは教えてくれなかったが、アリスが16歳になれば会う事もあるだろうとだけ告げられた。
ドゥーベ王国はもともと伝承を軽んじて聖女をただの象徴としか扱ってこなかったが、聖女本来の役割を知らないわけがない、あの国にも聖女の伝説は存在し、聖女の血筋も受け継がれている。
今あの国では腐った政治の為に聖女の名前が使われている、現在聖女と名乗っているのは元ドゥーベ王国モンジュイック公爵家の令嬢にして、現王妃であるマグノリア・アンテーゼ・ドゥーベ、・・・セリカさんの従妹にあたる人物だ。
噂では王妃であるマグノリアは聖女としての責務を放棄していると言う、もっともドゥーベ王国の真の聖女はセリカさんからアリスに受け継がれている。
セリカさんが国を出てから20年近く、儀式を軽んじた結果が今のドゥーベ国内の現状だ。
実際王妃に聖女としての力がどれだけあるのかは分からないが、仮にも正当な聖女の血統を引いている人物、国の為に祈り続ければティアラ姉様のように力及ばなくても、大地の衰退を緩めることもできたはずなのに、自国の責任を棚に上げ、他国に人道的支援を要求するのだから周りの国はたまったもんではない。
レガリアとしては6年前から此度の事を念頭に入れており、軍部の強化と国境沿いの整備、食料や武器の備蓄を水面下で進めてきた、ドゥーベからしてみれば先手を取ったつもりだろうが、明日には各地に配置された軍が国境沿いに集結する。
そしておそらく占領され、戦場になる地域には事前に罠が仕掛けてあり、数日後には国境沿いまで撤退を余儀なくされるはず、その後は持久戦にさえ持ち込めば食料難で自滅するのは目にみえているのだ。
今頃は無傷で手に入れた地域で明日の決戦に備えているところだろう、本来ならば私が赴き復讐の剣を振りたいが、学生の身である私には無理からぬ事、幸い姉様は救護部隊に付き添う事になっている為、私の気持ちだけでも戦場に持って行ってくださるだろう、聖女の象徴を戦争に利用するのは躊躇われるが、傷ついた兵士を癒すぐらいは許してほしい。
初戦の場所はハルジオン公爵領の北に位置する復讐の平原。
翌日決戦の火蓋が幕が開け、後にラッヘの戦いと言われた戦争は一年もの間に及ぶ事となる。