46話 小さな勇気
私の名前はルテア・メネラオス・エンジウム、エンジウム伯爵家の娘。
子供のころから引っ込み思案だった私は、ある日父に連れられてお城へ行く事になった。
興奮と不安の中一歩踏み入れた空間には、一面に咲き誇る花々に、輝く無数の光、私は夢のような光景に心踊らされ、お父様の手を振り払い一人庭園の中を駆け周り、そして三人の女の子と出会った。
誰がどう最初に声を掛けたかは忘れてしまったけれど、気付ば自然と四人で一日中遊んでいた。
やがて日が暮れ帰り間際になって私はあることに気づいた、別れてしまったらもう二度と会えないのではないか、もしかすると今度は私を抜いた三人で遊ぶのではないか。
「私の友達になって」
今まで友達が居なかった私はこの一言を言う勇気がなかった。
「ルテアちゃんどうかした?ボーッとしちゃって。」
「あっ、ごめんなさい、ちょっと昔の事を思い出しちゃって。」
あの時は結局私だけが空回りしちゃってたのよね、その後も度々四人で遊ぶようになり、今も仲良くお茶会をしている。
当時の気持ちは今更恥ずかしくて言えないけれど、「私の友達になって」の一言は未だ言えないままだ。
もっとも言った瞬間全員から冷やかされるのは目に見えているんだけれど。
「相変わらずルテアはすぐに一人の世界に入っちゃうんだから。どうせまた自分だけ除け者にされるとでも思ってたんじゃないの?」
四人の中でお姉ちゃん的な存在のリリスちゃん、時々人の心を読んでしまうという特技をもっていたり、知らない人からは怖い人だと思われたりするけれど、困った事があれば真っ先に心配してくれる優しい友達。
「そんな事思ってませんよ!」
ズバリ見抜かれた考えを必死に隠す、バレたりしたら三人から何を言われるか分かったもんじゃない。それより今は・・・。
「ねぇ、アリスちゃんスチュワートに通うって本当なの?」
「もうその話は何度もしたでしょ、アリス様も考えての事なのよ。」
頭の中で何度も繰り返される言葉、数ヶ月後に訪れる学園生活にアリスちゃんの姿がないなんて。
「ごめんね、私お母さんみたいな侍女になりたいの。」
アリスちゃんの亡くなったお母さんは王妃様の侍女をされていた、優しくて暖かくて時折周りが驚くほどの強引な方。リリスちゃんなんて信奉していたぐらいだもん。それだけすごい人だったと覚えている。
アリスちゃんの夢なんだもんね、自分の我がままで友達を悲しませたくないと思っていたし、何よりたった一人で通う事になるアリスちゃんの方が不安でいっぱいなはず、それでもまた私は勇気がなく最後の一言が言えなかった。
ーーがんばってねーー
「この度はご指名ありがとうございます。不慣れな所もございますが宜しくお願いいたします。」
「お久しぶりです、ご指名を受けていただきありがとうございます。カトレアさん。」
前回私の侍女役をしてくださったカトレアさんは、アリスちゃん、いえアリス様のお友達だと言うことが偶然にも分かった。
「私の友達もスチュワートに通われているんですよ。」
動きがカチコチだったカトレアさんを、緊張が和らげればと思い何気ない会話をはじめた。
「スチュワートにお友達、ですか?」
「ええ、可愛くて優しくて他人思いで、ちょっとだけ常識が外れた方なんですが、私の大切な友達なんですよ。」
ミリィ様もリリスさんも優しくしてくださるけれど、やはり私が一番近くにいてほしと思う大好きな友達を思い浮かべながら。
「私の友達にも似た方がいらっしゃるんです。」
ちょっとは緊張が解れたのかな、カトレアさんが私の会話に乗ってくださる。私は貴族だとか平民だとかそんなしがらみは好きじゃない、だからカトレアさんとも仲良くなりたいと思っている。
「私達、似たお友達がいるんですね。」
「そうみたいですね、ただ私の友達の常識外れはちょっとってレベルじゃないんですよ、アリスさんは。」
「・・・・・・。」
ガシッ!ガシッ!!
「えっ、えっ、え〜〜〜〜!?」
気が付けばカトレアさんの両肩を掴み、激しく揺さぶっている私がいました・・・。
前回カトレアさんからアリス様の名前が出たとたん理性を失ってしまい、緊張を解すどころか逆に怖がらせてしまった、あの時の失敗を繰り返しちゃいけないわ、頑張れ私。
「アリス様と海に行かれたのですか?」
「はい、スチュワートのお友達とミリアリア様も一緒に。」
「まぁ、楽しそうですね、私も今度お願いしてみようかしら。」
なんだかちょっと羨ましいな、最近では昔のようにはしゃいだ遊びは出来なくなってしまった、お会いする時は伯爵令嬢としての私、そこには礼儀や作法それに周りの目がどうしても付き纏ってしまう。
「ルテア様はアリスさんと仲がよろしいのですよね?」
「ええ、父がお城勤の関係で、幼いころからのお付き合いさせていただいているんですよ。最近はお会いする機会が少なくなってしまいましたが。」
学園生活が始まってからは授業やお稽古といった事に時間が割かれ、中々全員の都合が合う機会がなくなってしまったんです。
「先日アリスさんが仰っていましたが、ルテア様に全然お会い出来ないと悲しんでおられましたよ。」
「アリス様がそのような事を?」
「今日私がルテア様の侍女としてお会いするのを羨ましがられてましたから。」
アリスちゃんも同じ気分だったのかなぁ、そうだったら凄くうれしい。今度リリスちゃんと相談してみようかしら。
「カトレアさん、もし宜しければ今度お屋敷にいらっしゃいませんか?アリス様のお話をもっと聞きたいですし、それに・・・」
子供の頃から人付き合いが苦手だった私に暖かく差し伸べてくれた女の子の手、楽しい時間は長く続かず、別れ際に言えなかった一言。
「もっとカトレアさんの事も知りたいです。私とお友達になってくださいませんか。」
私は勇気を振り絞って最後の言葉を口にしたのです。