38話 小さな村の小さな伝説
私は数年前、祖父から若くして村長の座を受け継いだ、両親は随分前に隣国との戦争で亡くなっていたから、自然と村長の椅子が私に降りてきた、それだけで誰かに選ばれた訳ではない。だけど誰一人若いだの無能だのと文句を言われたことはない。幼い頃から祖父を見習い、それなりの知恵と行動力を示してきたからだ。
数日前から村に問題が起こった、急に村中の井戸が枯れてしまったのだ。
集落から少しはなれたところに小川がある為、人はすぐに飢えるということはないけれど、村の田畑はそうはいかない。困り果てた私達は領主様に相談した、日頃から領主様は(正確には先代領主様だけど)領民のことをとても大事にしてくださっている、だから今朝もたまたま親元に里帰りをされておられた聖女様を、わざわざ村まで遣わしてくださったのだ。
聖女様は村に着くなり水脈を調べてくださった、結果、仰った意味は半分以上理解できなかったが、すぐには井戸を元には戻せないらしい、だけどこれも偶然にお二人の妹王女様が領館に間も無く到着されるとのこと、三人で力を合わせればあるいは・・・。
すぐに騎士様が伝令に発たれ、陽が傾く前に一台の馬車が到着した。中に乗っておられたのはまだ幼さが残るお二人の王女様、そのお姿を見たとき正直不安を感じた、こちらは村の存続が掛かっているんだから。
我が家に招き、聖女様がお二人の王女様に儀式の詳細を伝えられている席でとんでもないことを言われた。
邪霊、それをこの幼い王女に退治しろというのだ。私には一人の娘がいる、その娘とそれほど年も変わらないというのに、この王女様二つ返事で了解したのだ。幼くても立派な礎を持っている王女様を見て、先ほどまで不安を感じていた自分が情けなくなった。
やがて村人は騎士様の指示で家の中に避難するように言われ、しばらくして歌声が聞こえてきた。
『ゆぅ〜らり〜ゆ〜らりゆ〜♪そぉ〜らりゆ〜らりゆ〜♪』
村中に響き渡る歌声、私は自身の欲望が抑えきれず隙間から広場の様子を見てしまった、そこには薄暗い靄と華麗に戦う騎士様と王女様の姿、祭壇で神々しく歌う聖女様、そして一番驚いたのはもう一人の王女様、その方の背中に白い翼が生えていたのだ。見間違いかと思い目をこすり改めて見ると、両手を天に掲げ一心不乱に祈る少女の姿、しかし白い翼は見当たらなかった。
数刻の後、聖女様の歌声が終わった。しばらくして騎士様より表にでても大丈夫だと言われ家から出ると、そこには幻想的な景色が広がっていた、陽が落ちかけた大空に輝く無数の光、妻が先日植えたばかりの花壇には満開の花たち、木々たちもまるで歌っているかのようにその葉を揺らしていたのだ。
私達はこの景色を今日の出来事を子供達に受け継ぐだろう、精霊に祝福された三人の聖女様の伝説を。
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「ラスト!」
ミリィの剣尖が最後の邪霊を滅ぼした。左手の傷以外は無事のようで一安心かな。しばらくしてお姉様の方も無事終わりを告げた。
精霊さんの目を通し、井戸に水が戻りつつあるのを確認し、意識を再び切り離す。
「お疲れ様、アリス。」
目を開けると少しお疲れの顔をされたお姉様が立っておられ、膝をついていた私を立たせてくださいます。
「お疲れ様です姉様、無事に儀式は終わったみたいですね。アリスもお疲れ様。」
祭壇のそばからミリィが剣を収めながら話しかけてくれる。
「お疲れ様、ミリィ・・・じゃないよ!何してるの!早く左手見せて!」
お姉様を含め、周りの皆んなが突然大声を出した事に驚いているけれど、私はミリィの左手を無理やり自分の方へと近づけ、手のひらを確認します。
「大丈夫だって、血も止まってるし痛みもないんだから、それよりなんで知ってるのよ。」
「ミリィ、その傷はどうしたの?」
「ミリィが自分で切ったんですよ!聖水が効かなかったからといって、自分の血で剣を清めたんです!」
お姉様に答えながらミリィの手の治療をしていきます。今ならたくさんの精霊さんがいてくれますからね。
「見てたの?」
「ん?はい、見てましたけれど?精霊さんと意識を同調させていましたから、周辺の事はだいたい分かりますよ?ミリィの傷も風の精霊さんにお願いして応急処置をしてもらいましたし。」
不必要に呼んじゃった風の精霊さんがやる事がないからと言って、ミリィの傷の応急処置をおねがいしたんです。その他にも私の目になってもらったり、暇だから村のお花を咲かせてもらったりと、いろいろお願いしちゃいましたから。それに今だって。
「この現象もアリスがやってるの?」
そう言ってお姉様が空を見上げます。そこには陽が落ちかけた大空に輝く無数の光、その正体は呼びすぎてしまった精霊さんが、何か役目が欲しいと抗議されちゃって、『それじゃ村の人たちを安心させてあげて』とお願いしたら、この幻想的な現象を産み出しちゃったんです。
「どうせアリスの事だから呼びすぎた精霊に文句でもいわれたんでしょ。」
「な、ななななんで知ってるのよ!・・・あっ。」
「ぷっ、ふははは、もう、あなたは相変わらず凄いのか、凄くないのか分からないわね。」
うぅ、隠しておこうと思っていたのに、ミリィのせいでバラしちゃったじゃない。ぶぅ〜。
「聖女様方、この度は村の危機を救って頂きありがとうございます。」
村長さんとその後ろにいた大勢の村人さんたちが一斉に私達に頭を下げ、お礼を言ってくださいます。
なんだかくすぐったいですね。
その夜、村の人たち総出で感謝の宴を開いてくださり、翌朝たくさんの見送りの中、領館へと出発したのです。