悪役王子と悪役令嬢の婚約破棄
婚約破棄の流行りに便乗しつつ、悪役王子と悪役令嬢の恋愛ものを書いてみたくなり書いてしまった。
「お前とは終わりだ、婚約は破棄させてもらう・・・」
呼び寄せた令嬢にそう王子は切り出した。
「なぜ・・・・なぜですの?」
俯いた少女は、豪奢なドレスに縦ロール、きつい顔立ちだがどこまでも美しい悪役令嬢であった。
幼い頃に交わされた婚約であったが、今となってはお互いの枷でしかないものだ。
「理由は分かるだろう・・・・・・それは婚約破棄の公文書だ、あとはお前の名前を入れればいい、そうすればお前の役割は消えるはずだ」
「・・・・はぁ、なにいってんのあんた、悪役は悪役らしく、わたくしは最後まで足掻くつもりですわよ!」
心底呆れたように返す、悪役令嬢の瞳には怒りと王子にはない覇気が見えた。
「さすがは悪役令嬢・・・・思えば俺はお前に相応しい器じゃなかったということだ。」
「ふん・・・・・悪役王子が今さら自分を卑下するなんて、本当につまらない男ね」
「たしかにな・・・・かませ犬程度の男が無謀にも悪役王子として体を示そうとして謀をした結果がこのザマとは笑えるものだ。せいぜい高笑いしながら逝くさ・・・・」
「馬鹿ね・・・・・・ま、婚約破棄の書状確かに受け取ったわ」
悪役令嬢は書状を受けとると『悪役王子』に興味が失せたように一瞥もなく部屋から出て行ってしまった。
「流石は悪役令嬢・・・10年来寄り添った婚約者である悪役王子にも無碍なものですな」
控えていた大臣が進み出て王子に話しかけた。
「悪役大臣・・・まぁ、そう言うな。あれはあれでいいのだ。・・・それで、戦場はどんな具合だ」
「反乱軍は怒れる民衆を背に城は半包囲中。なにせこちらは無理やり徴兵した兵ばかりで士気は最悪、離反も相次ぐかと。時置かずに城内にもなだれ込んでくるかと思われます」
どこか諦めたように大臣は事実を飄々と述べた。
「悪役王子に相応しい軍と言うわけか・・・まったく相応しい末路だな」
「まったくですな、悪役令嬢はあれで一流の魔女でもありますぞ。力を貸してもらえば良かったのでは?」
「はっ、あれが助けを乞うて、助けるわけがあるか。」
「・・・さようですか」
「・・・・それに悪役王子ともあろうものが最後まで女にかばってもらったとなるのは、さすがに屈辱だ・・・どうせ最後ならば足掻くついでに女の退路を守って散るのも良いさ・・・」
「それは、悪役王子らしからぬ心意気ですな」
「おまえこそ、悪役大臣らしからぬ忠臣ぶりだな・・・」
「まったくですな」
お互いに薄く笑みを浮かべると悪役大臣は胸に手を当て、頭を下げて敬礼すると玉座の傍に控えた。
悪役王子は窓際に寄り眼下を見下ろす。まさに今、城の正門が内外から開けられようとしているのが見えた。
城下を巻き込み怒号と黒煙は増しつつあった。
「悪役令嬢・・・落ち延びろよ」
つぶやかれたその小さな囁きは、喧騒の中で掻き消えた。
数刻後・・・
玉座の間になだれ込んできた群衆を悪役王子は玉座から見下ろした。
「さて高潔にして、正義感に溢れる諸君!なかなかの快進撃だったな!」
立ち上がりマントを翻しながら、悪役王子はそう言い放った。
「悪役王子・・・・君は絶対に許さない!賢王を弑した罪をこの場で償ってもらう!!」
「ふん・・・あれが賢王とはね・・・・・まぁ、貴様なんぞに許してほしくはないさ、正義の英雄」
群衆の先頭に立ちそう返した清廉で賢そうな青年に苦虫を潰したような表情で悪役王子はそう返す。
悪役大臣が差し出した剣を受け取り、刃を抜き放つ。
「覚悟!」
「そんなものはすでに出来ている。その首に喰らいついてやるまで、だッ!」
悪役王子はそう言い切る前に剣を振り、それを正義の英雄は受け流す。
幾たびの剣劇が結ばれ、お互いに傷を増やしていった。
しかし所詮は悪役王子と正義の英雄の戦いであった。
悪役王子の剣は根本から折れ、正義の英雄の剣は深々と王子の肩口に喰いこんでいた。
「ぐっ、ここ・・まで・・か・・・・・」
悪役王子は膝をつき、もはや役に立たなくなった剣の柄を地に落とした。
「その罪・・地獄で悔い改めるがいいっ」
正義の英雄は剣を振り上げてそう宣言する。
血の気を失い、意識が薄れて広がる闇の中で、見上げた正義の刃は星のように瞬いていた。
「ふ・・・俺たち『悪役』にとってはこの定められた世界が既に地獄だ・・・あの世の方がましかもな」
人は自分が何者であるかどうかを知ることは難しい。
だがこの世界で言えば簡単だ、誰もが自分の役割を自覚して、誰もが一目で相手の肩書を見分けられるのだ。
『ただの農民』、『気のいい町人』、『誠実な騎士』、『控え目なヒロイン』、『正義の英雄』に『悪役王子』など様々だ・・・
それらは時に与えられた名前よりも重要視され、肩書はあだ名のように使われる。
しかし中でも『悪役』は最悪だ。
『悪役』はまるで病のように感染するのだ。
好いた女性も気の置けない家臣も『悪役』にされてしまう。
『悪役王子』はこの世界に絶望していた。
キィイイイイイイイン
しかし『正義の英雄』の振り下ろされた刃は悪役王子の首に届かず、不可視の壁に弾き返された。
「私たちは『悪役』よ・・・・・・地獄だろうと悔い改められるわけないじゃないですの。お生憎様ね・・・!!」
魔法の障壁を張り現れたのは悪役令嬢だった。
「あ、『悪役令嬢』、逃げてなかったのか?」
悪役王子はぽかんと口をあけて訊ねる。
「もちろん、逃げますわよ・・・・・・・・馬鹿で愛しい『悪役王子』を連れてね!『悪役大臣』準備はできていてっ!」
「はっ、準備は整いましてございます!転送陣発動」
玉座を中心に転送陣が光りだす。
転送陣の発動の為に魔法障壁が張られ守られている悪役王子達以外の玉座の間に居た者たちは強制的に魔力を吸い上げられて、たまらず倒れ伏していく。
「なぜ・・・」
「わたくしは『悪役令嬢』なのよ・・・だれの指図も受けないわ」
びりびりに婚約破棄の公文書を割きながら『悪役令嬢』は口角を挙げた。
「さあ、わたくしの『悪役王子』・・・悪役らしく去ろうではないですのっ!」
「そうだな・・・・・」
悪役王子は立ち上がると、憎らしげに見上げる『正義の英雄』達を見下ろして宣言する。
「『正義の英雄』と下賤の者どもよ聴け、此度は引かせてもらうが、ゆめゆめ忘れるでないぞ・・・・・・この『悪役王子』がこの腐った世界を破壊する様をなっ!!」
「二人で奴らに魅せてあげますわよ、本当の悪役の恐怖というものを!」
悪役令嬢も悪役王子の宣言に続く。
「すばらしいな、わが婚約者は・・・・何度でも這い上がろうぞ、悪役らしくな!!」
「ええ、何度でもお供いたしますわ」
二人は固く手を握り合うと堂々と転送陣へと歩を進めた。
「くくく・・ははは・・・・はーはっはっはー!!」
「ふふっ・・ふふふっ・・・おーほっほっほっー!!!」
二人の高笑いが暗闇を一層深くさせつつ転送陣の彼方へ響き渡った。
後に神さえ屠った悪役達の反抗はこうして生まれたのであった。
肩書きと本質に気を付けましょうな悪役?物でした。
『悪役王子』
へたれさんだが婚約者の叱咤・激励で色々な方向にやる気アップ。
『悪役令嬢』
話の中では誰よりも漢で一途な乙女。王子と共に悪役街道をひた走る。
『悪役大臣』
悪役王子の良き理解者にしてほんとの意味での忠臣。
『正義の英雄』
クーデターの首謀者にして国内の動乱の一角、自分の正義を疑わない。
『賢王』
重税に強制徴兵と民を強いた王。その肩書きの為、だれにも懲罰されずにいた。
『ヒロイン』
え、なにおいしいの?