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ヒネクレネクロ  作者: Ctrl+C
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4/12

叶 鳶郎 VS 犯罪性愛嗜好(ハイブリストフィリア)(3)


 俺が麻薬取締官、通称麻取(まとり)になってからもう10年が経つ。大学を3年で早期卒業し21歳で厚生労働省の地方支部である厚生局での採用が決まり、麻薬取締部への配属を志願した。当時俺の採用面接を担当した2人の人事部員のうち1人が先日定年退職し、俺も歳をとったものだと実感した。そしてもう片方は順調に昇進し今では麻取部長として、俺たちをまとめあげている。それが竹若(たけわか) 延寿(えんじゅ)部長だ。

 麻取は一般的な警察官とはちがうが、司法上は警察職員であり捜査権や逮捕権を持つ。また特定条件下では小型武器の携帯も認められており、そのあたりは警察官と相違ない。では何が両者を分けているか、その最大の点は麻薬等を所持できるか否かというところにある。たとえばおとり捜査において、警察はあくまで密売を目撃した第三者として現場に踏み込み逮捕に至るが、麻取は自らが買い手となりその場で密売人を逮捕することができる。

 竹若部長はこのやり方で地方最大の密売組織をほぼ壊滅に追い込んだほどの功労者なのである。捜査のために何度も危ない橋を渡り、いくつもの組織を検挙してきたベテラン中のベテランゆえか、彼の眉間にはいつも(しわ)がよっている。その辺のチンピラであれば目力だけで蹴散らしてしまうような天性の悪人顏と、それに見合う厳しい性格と度胸を持ち合わせた彼をみな尊敬していた(後輩である俺たちからは"親しみを込めて"鬼部長と呼ばれていた)。


 そして彼の下で働くもう一人の天才、それが鴇冬(ときとう) 律雪(のりゆき)であり俺の直属の上司である。麻取はほとんどの場合、最大8人程度のチームを組んで行動するのだが彼は俺の所属する5人チームの班長をしている。薬剤師の資格を持ち専門知識に長けるだけでなく、柔道六段の腕前を持ち地元では父親とともに有名な道場を営んでいたらしい。

 俺自身、長らく剣道を習っていたため礼儀や身のこなしにはある程度自信があったのだが、彼に出会ってそれも喪失してしまった。穏やかさの中に確かな強さを持った、そんな凛とした彼の立ち居振る舞いはだれにも真似できないだろう。

 そして彼の最大の武器が、事件の捜査で発揮される想像力と分析力である。チームメンバー一人一人の個性や能力を細かく正確に把握し、だれがどんな状況でどんな行動をとるのか、何十通りものパターンを頭の中でシミュレートする。それに基づきいくつかのプランを立て、鴇冬の脳内イメージを部下である俺たちと共有させていくことで事前準備を徹底するのが彼のやり方だ。

 完璧主義者でありながらも、頭の回転が早く現場思考で臨機応変に的確な指示を出す彼のことを竹若部長は評価していたし、誰もが一目置いていた。

 加えて鴇冬は聞き上手で包容力もあり、いつも的を射たアドバイスをくれると後輩たちにも慕われ相談窓口のようになっていた。

 もちろん俺にとっても、公私共に頼れる兄貴のような存在であったし、なにか特別な縁のようなものを感じていた。というのも、20代そこそこで一丁前に厭世家を気取り、他人を嫌い蔑むことでしか自分を守ることのできなかった俺の心を解きほぐしてくれたのは彼だったのだ。


 俺は代議士である父親と高校教師の母の間に生まれ、彼らの敷いたレールの上を何の疑問もなく進んで行く兄と姉に囲まれて幼少時代を過ごした。物心ついたときから自分と他の子供達の間になにか壁があるような、言い知れぬ違和感があった俺は常に息苦しさを感じ、周りとの衝突を繰り返していた。

 問題を起こして呼び出されても、仕事で忙しい両親は一度も学校には来なかったしその分家に帰れば激しい折檻が待っていた。それでもなにかを壊すことでしか、傷つけることでしか自分を表現できなかった。

 それから唯一打ち込むことのできた剣道を続けるために素行はましになったが、俺はそれ以降も無意識のうちに(くすぶ)った衝動を(なまり)のように溜め込んで、その毒はたしかに心を蝕んでいった。


 大人になってもそうやってじわじわと内側から腐って脆くなっていくだけだった俺に、ある日鴇冬がぽつりと言ったことが今でも昨日のことのように思い出される。

 「お前、自分のことを救いようのない奴だと思っているんだろう。歪んでしまった奴はたしかに厄介だが、お前はそうじゃない。(ひね)くれているのと歪んでいるのは違う、だから()じれてしまった奴はだれかが(ほど)いてあげればいいんだ」

 みんなそうやって互いに絡まってくちゃくちゃになりながら絆ってもんを作っていくんじゃないかな、と少し笑みを湛えた顔で彼はそう言った。そして吹かしていた煙草を口元へ移し一口吸って、またゆらゆらと煙をくゆらせたのだった。


 31歳になった俺はそんな風に柄でもなく昔のことに思いを馳せながら、今日も鴇冬のとなりで同じ銘柄の煙草を吹かし、変わらぬ日常を噛み締めていた。







 

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