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ヒネクレネクロ  作者: Ctrl+C
プロローグ
3/12

叶 鳶郎 VS 犯罪性愛嗜好(ハイブリストフィリア)(2)

 例のもめ事を目撃してからもうすぐ1ヶ月が経つが、結局あの警官のことが気になりここ3週間毎日外出しては、交番を一瞥して変化がないかを確認する日々を送っていた。そのおかげで大学への出席率も増え、以前のほとんど引きこもりのような生活も脱却できた。それよりも何よりの収穫は、交番のある規則性に気がついたことだった。

 僕の受けている授業は火、水、金が2限から5限の4コマで朝の10時過ぎから大学へ行き、18時手前に帰ってくることになり交番の前を通るのだが、水曜と金曜は決まって同じ女子高生が交番へ入っていくのを見るのだ。水曜日は先週までに3回黒髪のショートカットの子が、金曜日も違う子が3回。ここまでくれば何かあるに違いない。

 そう思った僕は水曜日の今日、いつもどおり大学へ向かう途中、交番をちらりと見て決意した。もし今日も水曜日の女の子(僕はそう呼んでいる)が交番へ入って行くのを見たら、こっそりとついて行き、中を覗いてみよう、と。

 そのときは中で何が起こっているかなんて、鈍感な僕には想像もつかなかったし、なによりあの警官について何か情報を得ることができるかもしれない、という高揚感の方が勝っていた。


 2限、3限は続きで同じ教授の授業を受けるのだが、この教授がかなりのご老体で3分に1度は寝てしまっているのかと思うくらい長いポーズが入る。しかもその度に3分前の話に戻ってしまうため聞いていられない。後ろの席に座っていた女の子2人組が、「三途の川でも彷徨っているんじゃない」と言っていたのには笑ってしまった。それが1時間半かける2コマ続くのだから地獄である。


 3時間がその倍以上に感じるほど退屈な講義で疲弊した僕は、5限が終わる頃にはすっかり睡魔に襲われていた。そのため帰る途中、もう少しのところで交番を通り過ぎてしまうところだった。しかしその足を止めたのは、紛れもない水曜日の女の子が交番に今まさに入ろうとしているところが、視界に入ったからであった。寝ぼけ眼だった僕は、ずり落ちそうだった眼鏡を元の位置へ戻し、通り過ぎてしまっていた横断歩道まで急いで戻って素知らぬ顔で交番へと近づいていく。

 交番は引き戸の入り口が西側にあり、北側とおそらく休憩室にあたる東側に窓が一つずつある構造になっている。これは事前に下調べが済んでいる。僕はまず北側にある窓からそろりと交番の中を覗き、あの警官と水曜日の女の子の姿を確認した。

 小声で何かを話している様子だがさすがに内容までは聞こえない。そうこうしているうちに二人は休憩室の方へと入っていき、僕もゆっくりと東側の窓へと移動する。腰をかがめ首を縮めている体勢は、運動不足の僕にとってはかなりきつかったが、好奇心が体力を支えていた。

 東側の窓の下は細い砂利道になっており、もちろん少しでも体重をかけようものなら小石同士がこすれて音が出てしまう。そのため僕はなるべく音が出ないように、立膝の状態ですり足をするようにゆっくりと窓の真下まで移動する。窓には面格子が付いているので、下の方を掴んで少しだけ上体を起こす。

 そして目に飛び込んできた光景に、一瞬思考が停止した。それから事の全てと、自分の愚鈍さを悟るまでにもう一瞬かかった。

 僕が水曜日の女の子と呼んでちょっと可愛いな、とさえ思っていた女の子は僕に背を向けた状態で立ち、制服のブレザーを脱ぎブラウスかリボンに手をかけていたところだった。スカートはウエスト部分の円形をきれいに保ったまま、すでに彼女の腰周りを離れ畳の上にあった。

 あの警官は彼女の足を挟むように足を伸ばして座り、まるでプレゼントを待つ子供のような笑みを浮かべて、顔をゆらゆらさせていた。たしかにこの後お楽しみのご様子ではあるが、交番の休憩室で女子高生と情事に耽るとはどう考えても不誠実であり不祥事である。

 女子高生のヒップラインに多少惑わされそうになったが、僕は冷静に右手をズボンの前ポケットへと移し、携帯電話を手に取った。向こうの声が僕に聞こえていない以上、こちらの音も聞こえないだろう、と考えまず1枚写真を撮った。

 カシャ、と機械音が鳴り僕の心臓も跳ね上がったがやはり、聞こえていないようだ。暑さと他人の情事を覗き見するというこの上ない状況に、額と背中が汗でべっとりとして気持ち悪い。いつの間にか口で呼吸していた僕は生唾を飲み込み、その後も何枚か写真を撮った。女子高生の腰のくびれから見える警官の目が一瞬、窓の外の僕を捉えているような気がしたがそんなことはどうでもよくなっていた。



 「それにしてもお前、警官を脅すときに、警察に突き出すぞって。面白すぎな」

 急ごしらえで作った契約書に僕がサインを書き終わると同時に、彼はそう言ってまた笑った。強請られて弱い立場にあるはずの彼が僕よりもうんと余裕の表情であることに腹が立ったが、この男は僕の要求をあっさりと飲んだのだった。それだけでなく念のために契約書を作ろうと言ったのも彼だった。写真を撮ったあと後ろめたい気持ちになってしまい2日間悩んだことが馬鹿馬鹿しく感じられる。

 「もうそれは言わないでください。ところで本当に、見せてくれるんですよね」

 「ああ、そりゃあもう絞殺でも刺殺でも溺死でも何でもいいぜ。なんならもっとめちゃくちゃになってるやつの方が良けりゃ人身事故を待ってみるのもいいかもな」


 僕は彼に不祥事を黙っている代わりに警察の死体安置所へ連れて行ってほしい、そこで本物の死体を見てみたいと要求したのであった。これが僕と斧之木(おののぎ) (たから)との出会いであり、この日が平和で怠惰な日常の最後の日であった。







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