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私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
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第四話・引越し当日・中編


 松元はどこにでもいる農業従事者といった風情だ。来ている服も動きやすそうな作務衣だが何年も愛用しているらしく布地がくたっとしているし長ズボンのすそがほつれていてそのままだ。

 家は古いが玄関が東京では考えられないぐらい広い。農業をしているといろいろな作業をするので、広くとっているのだろう。横の間は応接間になっているらしい。

 そこは十畳ほどの広さがある。正面の床の間には天照大神の掛け軸と日本刀が飾られていた。額縁に収められた表彰状もたくさんあった。畳も古いが掃除が行き届いて清潔だ。真ん中にはこたつがある。部屋も暖められていた。

 程なく奥さんが熱いお茶とどら焼き、アンキチにはりんごジュースを盆にのせて入ってこられた。

モナカは正座ができないので足をくずしてつっこんだ。ひざからかかとまで、じんわりと温まり長かった車中での疲れが癒される。こたつを初めて見たアンキチは、楽しそうに出たり入ったりを繰り返す。

「喪井さん、よう来られたのう、疲れたじゃろ、ゆっくり休みんしゃい。この紙耐は老人ばかりじゃけえ、若い人たちはもう大歓迎じゃ」

「今後ともよろしくお願いします」 

「よろしくお願いするのはわしらの方じゃ、仲良くしてくださいや」

 何回も頭を下げあったあと、松元は家の鍵をくれた。何の飾りもなくむきだしだ。どこにでも見かけるぎざぎざの刻み目がついている鍵。それが喪井家の鍵になる。

 ダイフクは両手で鍵を受け取り目の上に掲げて押しいただくようにした。

 松元は軽トラックの鍵もくれた。軽トラは隣の納屋にあるが、いつでも取りにくるとよいと言った。

「少ないがガソリンも入れている。無償貸与だが、ガソリン代と自動車税は払ってください」

 それから松元は縁側に通じるふすまを開けた。一気に外気がふれて炬燵とストーブで温まっていた部屋の空気の温度が下がった。アンキチはそれを察すると「サムーイ」 といってより深く炬燵に潜り込んだ。

 松元さんの家から目線を上にあげると三軒の家が見えた。ちょっと高台にある。

「ここから急な上がり坂になっていて、この家から一番手前に大きく見えるのが(ふじ)()さんの家、その奥に一段高いところにあるのが今日から住む喪中さんの家じゃ。そのまた奥に小さく見えるのが田中さんの家。

私たちの家の間に大きな田んぼがはさまっているが、喪井さんの家からは私たちの家は見下ろせる位置にある。

 ちなみにこの家の裏には三軒の建物が隣り合っている。一番近いのがこのあたりの近所が集まる地区公民館。すぐわかる。小さい地区の寄り合いはみんなここに来る。大きな集会は国道沿いに中央公民館があるのでそこでやる。

残りは民家じゃ。みんな()い人やけえすぐ慣れるよ。

 この紙耐の集落はわりと起伏があるのでこうして平らな所に家が数軒固まって建っておる。まあ近所への挨拶は、簡単でええじゃろ。疲れているだろうから今から新しい家でゆっくり休みなさい。

 荷物はまだ到着してないようだが、布団はあるかね、食器はあるかね?」


 ダイフクが大丈夫です、夕方荷物がつく予定なので今夜から布団で眠れます、ご心配なくというと松元は微笑んだ。

 すると松元の奥さんが遠慮がちに言う。

「あのう今日の夕食はここで用意を、と思っているのじゃが、来てもらえるだろうか。地区の人も有志で来る。みんなでおかずを持ち寄って酒を飲むだけじゃが……」

「まあ、ありがとうございます」

 モナカは正直新しい家でくつろぎたかったが。無下に断っては失礼だろう。

だからサプライズプレゼントを受けたように喜んでみせた。

 モナカたちは先に提供される家を見に行き、夕方六時には、再度松元の家に戻ることにした。歓迎会が終わった後、貸与されたキーで軽トラを持って帰る。


 松元家を辞して阿久津の車に乗る。家は見えていたがアンキチもいるし、手荷物が四つもあるので。

その日は晴天でモナカたちの家は坂の上だ。手前の藤期家より一段と高いところにある。ほどなく家の前に到着して、荷物を卸した。

 無償で貸与された二階建ての家。阿久津によると築六十年らしい。外の壁もあちこち剥げ落ちているし、玄関や窓にはまっているガラスも変な模様が浮き出て年期も感じる。建坪も二十坪ほど。

松元家やすぐ前に見下ろせる藤期家よりもずっと簡素でみすぼらしい。

それでも一戸建てだ。車が二台ほど置けるスペースがあり、庭もある。塀や垣根がないのはこの辺の特徴なのか。納屋も小さいがちゃんとついている。庭先には大きなヒノキの木があった。年輪はわからないが、ヒノキの木はこれから住むモナカたちの屋根の三分の一ほど隠してしまっている。

 庭や家の敷地を囲う塀のようなものは一切なく、隣接地の境界線はわからない。このあたりは積雪もあるので塀や垣根は作る風習がないと説明された。

 中に入るとまず玄関、横に小さく広がり、あがってすぐ廊下と二階へ続く階段がある。右手に昔風のタイル貼りの台所、その奥がトイレとお風呂。トイレもお風呂も大きめの四角のタイル貼りだ。左手側に六畳ほどの和室が二つ続く。アンキチがモナカの上着のすそをひっぱる。そして階段を指さす。二階へ上がりたいようだ。


 モナカたちは二階にあがった。真っ暗だった。間取りを知っている阿久津が、つきあたり左手のカーテンを開く。太陽の光が直に入ってきた。モナカも部屋中央にあるひもを引っ張る。すでに電気が入っており、部屋はさらに明るくなった。

二階の部屋は六畳間しかなく、あとは階段の横に整理棚が備え付けられている。狭いが親子三人ならこれで十分だ。ダイフクはついで二枚の窓の中心にあるねじ式の鍵をくるくるとまわして開けた。

 寒い風が一気に入ってきた。

 アンキチがさむぅいと言いながら声をたてて笑う。ダイフクもモナカも笑った。

「モナカ。景色がすごくいいよ。見てごらん」

 モナカも急いで窓に近寄る。

「きれい」

 阿久津が反対側のカーテンをひいて窓を開けた。前も後ろも山が見える。まだ山頂には残雪がある。この紙耐は四方が中国山脈に囲まれている盆地だ。

 見下ろすとモナカたちが上がってきた道が見える。ここから藤期の家が見下ろせる。松元家同様に大きな家だ。庭まわりに松の木が等間隔で植えられている。

 モナカたちは阿久津に呼ばれて反対側の窓からも外を見る。

「あれが喪井さんに無償貸与される田畑です」

 モナカ夫婦は同時に歓声をあげた。

 眼下には山にせまって平野があった。

 ダイフクが言った。

「これが全部……」

「そうです。五反の土地を貸与すると言っていたでしょう、それがここなのです」

 モナカたちは同時に拍手した。なんて広い土地だろう。なんて立派な土地だろう。

 モナカたちは資金ゼロで、家と田畑を持つ身分になった。


 田んぼに向かって左手側に田中家があった。モナカの家と同じ水平線にある。

表玄関のすぐ下に住む藤期家ともども近所になる。良い人だといいなと思う。

田んぼの右手奥に一段と高台がある。青いネットで囲いがしてある。ダイフクが阿久津に聞く。

「あれも畑ですね、うちのですか」

 阿久津は首を振る。

「いいえ。藤期家の土地と聞いています。田んぼは松元さん、青いネット側から上は藤期さんですね。あなた方に貸与される土地はこれだけです」

 ダイフクは満足げに言った。

「十分です。これだけ広い土地を無償で。もちろん、やる気が出ました。農業で利益が出たらこの土地も家も買い取りますよ。さっそく明日からがんばりますよ」

 阿久津も微笑む。

「期待していますよ」

 モナカは阿久津に聞く。

「この紙耐への移住者は何家族ぐらい、いらっしゃいますか」

 阿久津はモナカをじっと見た。

「いや、あなた方だけです。限定一家族で早い者勝ちです」

 ダイフクがモナカの肩をぽんと叩いた。

「僕たちはラッキーだったな」

 モナカも微笑む。

「私たちが最初の移住者ってことね、がんばってよい成績を残して後に続く人の励みにもならないと」

 阿久津はまじめな顔で言った。

「いや、ほんと。あなたたち家族なら大丈夫でしょ、今度こそ移住に成功してほしいです」

「今度こそ? 私たちが第一陣ではないのですか」

 すると阿久津はいずれわかる話だからと教えてくれた。

「この家に移住者を案内するのはこれで三家族目です」

「……移住に失敗したということ?」

 阿久津は腕組みをして首をかしげて苦笑する。

「前の二組は離婚です。離婚は珍しくないからね、このあたりには娯楽がないので、お互いに飽きたら離婚でしょう。一組目は旦那がパチンコに狂い、二組目は夫婦喧嘩から奥さんが実家に帰ってそのまま離婚です」

 モナカたちは絶句した。阿久津は笑う。

「いやあ、喪井さんなら夫婦仲も良いし大丈夫ですよ。期待していますよ」

 ダイフクがモナカの肩を抱く。

「お互い農業初心者だし仲良くやります」

 その間アンキチは飽きもせず畳の部屋でひざをついておもちゃのダンプカーを走らせていた。楽しげな表情だ。

 車の音がして家の前で止まる。表側の窓から見下ろすと引越し業者の車とわかった。

 モナカたちのささやかな家具類が届けられた。荷物を解かないといけない。

「今から簡単に片づけましょう。だって夕食は松元さんの家でいただくし」

「そうだった。じゃあすぐに荷物を解こう」

 すると阿久津が別れを告げた。

「私の仕事はここまでです。何かあったら知らせてください」

 モナカたちは阿久津を見送る。

引越し業者が荷物を卸して家の中に運び入れる。阿久津との別れを惜しむ間もなく作業に精を出した。




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