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私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
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第四十五話・決定的な一言



 どのくらいそうしていただろうか。

「……おかしゃん、どこお?」

 アンキチが起きた。二階で泣いている。

「おかしゃーん、おとしゃーん、どこぉ」

 モナカたちはすぐに二階にあがった。アンキチはモナカの顔を見ると泣き止み、またごろんと横になった。

「まだ六時だよ。もう一度寝ようか」

 モナカがアンキチの背中をやさしく撫でてやると、寝息を立てだした。ダイフクは「ほうれん草を採って出荷してくる」 と言った。いつもの朝が始まる。

 農業で生活をすると決めて、紙耐に入植した。ここまで順調にきたのに、撤退を考えないといけないなんて。

 モナカもアンキチが寝入ったのを確認後に途中で出荷の準備を手伝った。しかし納屋の中にいるのがつらい。入り口は昨日の今日で黒く焦げたままだ。それを見るのが哀しい。

 こういうことがあっても、モナカたちはいつものように仕事をして、いつものように朝ごはんを食べる。アンキチの世話もする。

今朝はアンキチが右手をご飯粒だらけにしながら言う。

「おかしゃん、今日はおめめが赤いのね、うさぎしゃんみたい。おとしゃんのおめめも、うさぎしゃんみたい」

 アンキチはいつのまにモナカたちの観察もできるようになった。子どもの洞察力には驚く。

 結局モナカたちはほとんど寝ていない。天気は良くなったが疲れを感じて横になろうかと思っていたら来客があった。

 誰かと思えば藤期広木だ。いつものはつらつとした様子はなく、神妙な感じだ。ダイフクが応対した。

「朝からすみません。美奈子さんからこちらでボヤがあったことを聞きました。ことがことなので、話がしたい」

 ダイフクは広木を家にあげようとしたが、彼女は出勤前ですぐに帰るからと拒否をした。ダイフクは広木をじっと見て言う。

「私たちの苦境も理解していただけたら幸いです。私たちは、この紙耐に住めるかどうかの瀬戸際にいます。入植者は三組目だそうですが、うまくいかなかったわけがわかってきました。

一番の元凶は池田さん夫婦です。今朝も田んぼの中に何かを撒かれていました」

 広木は、渋い顔を崩さない。

「喪井さん。池田の叔父が田んぼに何かを撒いたってなんのことですか」

「妻が起きていて現場を見ました。北側の二階の窓から池田さんが、田んぼの前に車を止めて白い粉を撒きました。私はすぐに現場に行きましたが、池田さんはこちらの問いかけにも応じず逃げ帰りました」

 広木は黙った。ショートヘアに薄い黄色のスーツが似合っている。肩や腕のあたりに筋肉の盛り上がりがあっていかにもスポーツウーマンらしい。皆が頼りにするのもわかるようなはっきりとした目鼻立ちだ。そしてとても顔が大きい。それはヨンと似ていた。

 松元がいない現在、池田夫妻を抑えられるキーマンは、美奈子や明美の様子ではこの広木しかいない。モナカは広木が何をいうか身構えた。以前は広木に相談したものの、関係ないと言い切られている。

 

広木は口を開いた。

「証拠がないのによく言えますね」

 ダイフクは声をあげた。

「妻が見たままのことです」

「見間違いでは? 池田の叔父は元警察官ですよ」

「広木さん、吊レさんの考え方の相違も解決していません。ボヤのことも放火の可能性が高いですが証拠がありません。その上、池田さんからの嫌がらせです。

池田さんは紙耐の人間でなく、広木さんを頼って引越された人でしょう。第三区の人はぼくらのような田舎にあこがれる人を歓迎するといいながら、池田さんがぼくらをいじめるのを見て見ぬふりをするのはなぜですか。

ぼくは紙耐の人たちと仲良く暮らしたい。そのために広木さんにも取り次いでほしいです」

 広木はもっと渋い顔をした。

「私はそんな偉い人ではありません。話を戻しましょう。ボヤですんでケガがなかったのは何よりよかった。

でも放火と決めつけるのはよくありません。何かを撒いたとかも、いいがかりです。叔父を名指しするなんて姪として不快に思う。証拠もないのに、よく言える」

 ダイフクは反論した。

「証拠については、広木さんがおっしゃるとおりです。でも昨日は一日留守にして松元さんの見舞いに行っていたので帰りが遅くなりました。その時に池田さんや吊レさんの軽トラとすれ違いました」

「だったら吊レさんかもしれないじゃないですか」

 広木は、そう言ってからしまったという顔をした。そのセリフは放火だということを前提にしている。ダイフクは言葉を続けた。

「……確かに池田さんではなく、吊レさんかもしれません。でも今朝のことは池田さんがやったのは確かです。明け方その時間帯は雨が降っていて外はまだ暗かった。それなのにわざわざ畑にやってきた。うちには田んぼの他にも畑もあるし、ビニールハウスのホウレンソウもあります。今までに何度かやっていたのなら、そこまで憎まれていたのなら……」

 ダイフクはぞっとするようなことを言った。

 広木は突然ヒステリックな声をあげた。

「それは放火される心当たりがあるからでしょうが。ことを荒立てると喪井さんの立場が余計に悪くなりますよ」

 ダイフクは青ざめた。

「吊レさんと揉めたのはホウレンソウの出荷時の計量のことです。好きで揉め事を起こしたのではありません。池田さんの話も逸らさないでください。池田さんのご主人もそうですが私の妻はあの奥さんからも暴力を受けています。すでに警察沙汰にしてもいい状態です」

「おっしゃる意味がわかりません」

「あなたは一体何をしにきたのですか。残念ですがあなたの返答がそれだけならば、これ以上私たちも話すことはありません」

 いきなり広木がモナカに向かって叫んだ。

「あなたが騒ぐからこうなった。あなたが我慢していたらこうはならない。あなたが黙っていたらよかったのに」

 モナカは驚いて叫び返す。

「それは一体どういう意味ですか」

「失礼します」 

広木は足早に去り、車に乗り込んだ。ダイフクは広木の車に向かって怒鳴った。

「何をしにきた。あんたも、そういうことで仲間意識を持っている田舎ものなのか」

「ダイフク、それを言っちゃだめよ」

 怒りの制御がきかない。

 みんなそうして狂っていくのだ。

 そして争い事はぬかるみにはまり、どうにもならなくなる。解決しなくなる。膠着してそのままへばりついて大自然だけがゆったりと時間を軽くいなして季節を動かしていく。

 広木は振り返ることなくモナカたちから去った。話し合いにはならなかった。広木の最後の言葉はモナカたちの胸にくさびを打ち込んだ。



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