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私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
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第四十二話・見舞い・後編



 松元とは三階の談話室で会えた。事前に佐枝に電話で知らせていたのでよかった。佐枝も同席した。

 しかし松元は病気のせいでやせて小さくなった印象だ。顔色も良くない。

松元は病気の後遺症で手足が自由に動かない。四本足のステンレス製の杖を持たされている。そして転ばないように配慮されたリハビリシューズも履いていた。シューズのマジックテープ部分にはマジックで大きくマツモトと書かれていた。来ている服も病院指定のパジャマらしく、それがすそのあたりで縮んでいた。

佐枝は笑顔を見せたが、松元の介護と今後のことで疲れているようだ。

「紙耐からここまで遠かったでしょう。私も転院先がこんな遠いとは思わなかったです」

アンキチは松元まで歩いて行き、袋を渡した。中にはドクダミの白い花と葉が詰められていた。これらは家の裏手のいつも日蔭になっているところに咲いている。

 アンキチは得意気だった。

「びょうきを治してくれる花だから、あげる」

 ドクダミの話をいつ聞いたのだろう。モナカは驚いたが松元夫妻は喜んでくれた。

「アンキチくんは大きくなったなあ、ありがとう。この花は、たくさんはびこっておろうが……盆も過ぎてひまった。来月は稲刈りがあろうが。早く紙耐に戻りたひ」

 松元はマヒが残ってしまったようで発音があやしい。そしてリハビリがてらに作った折り鶴をくれた。

「喪井さん、居心地はどうでふか。大丈夫でふか。ほうれん草はどうでふか」

 ダイフクは即答した。

「すべて順調です。退院されたらまた相談に乗ってください。待っています」


 モナカたちが去ろうとすると、松元はエレベーターホールまで見送ってくれた。佐枝は駐車場までついてきて、松元が長くないことを知らせた。

「脳梗塞だけでなく、悪性腫瘍も見つかりまして。あと半年もつかどうかというところです」

 佐枝はほうれん草のトラブルをダイフクから聞いていたらしい。

「主人と吊レさんとで導入した時は一袋二百グラム入れることと申し合わせていました。それがこうなっていたなんて恥ずかしい話です。喪井さんは悪くないですが、今の主人ではにらみがききません。相談相手になれなくて申し訳ないです」

 佐枝は目頭を押さえてモナカたちに頭を下げる。

「せっかく移住してくれた人になんということを。主人がそれを聞いたら責任感の強い人なので紙耐に戻るというでしょう。でも今は帰れない。何もしてあげられない。本当に申し訳ないことです」

 ダイフクは首を振った。

「ぼくたちで何とかします。大丈夫です」


 帰り道は外食して買い物をした。アンキチも好きなお菓子を買ってもらい上機嫌だ。ダイフクは言った。

「いずれ吊レさんもわかってくれるさ。マイペースで行こう」


 国道からいつもの村道を曲がろうとすると、一台の軽トラとすれ違った。夜の八時を回っていたので、こんな時間に出る車自体が珍しい。見れば池田のものだ。ライトに照らされたナンバーでわかる。

「こんな遅くまで畑仕事かな」

「広木さんの家に遊びにいっていたのかもしれないわ」

「そんなに仲が良かったかな。今から池田さんは国道向うの山際の家まで帰る。あそこ一帯の常会は一区なのに三区に入ること自体変だよな」

 松元の家が見えてきた。常夜灯はあるものの、誰も住んでいないので中は真っ暗だ。ここから急な坂道を上がると我が家になる。また軽トラが一台出てきた。吊レの車だ。ダイフクは車を脇によせて吊レを通す。吊レはダイフクの会釈を返さずそのまま車をすすめた。マンマエか田中の家に行っていたのだろうか。ダイフクは肩をすくめた。

「紙耐の人は意外と夜も出歩く。吊レさんや池田さんもトシだけど、蚊掻さんたちと違って車の運転ができるから自由だな」

 

 暗い家の庭先に軽トラを止めるとアンキチはもうぐっすり眠っていた。モナカも疲れを感じた。だが納屋の方が妙だ。そう考えた矢先にダイフクが叫んだ。

「火事だっ」

 ダイフクは火が燃えている方角から視線をはずさず、納屋の外についている水道を全開にする。幸いホースをつけたままだったのでそれをひきずって火元まで行く。ホースからはすぐに水が出た。

 モナカもアンキチを車内に置いたまま納屋まで走った。

「ダイフク」

「危ないからどいていろ。火は消せる」

 納屋の外側に木切れがありそれが燃えていた。幸いというか火は中まで入っていないが、夜目にも納屋の戸口が黒く焦げているのがわかる。火よりも煙の威勢が強くなってきた。白い煙がモナカの喉を刺激する。

 モナカは携帯で消防署に連絡しようとする。しかしダイフクはボヤだからいいという。

「でも」

 無事消火して、ダイフクは焼けた木材を足で踏み潰す。モナカが見たことのない険しい表情だ。

「火がついたころに帰れてよかった」

「でもこれってどうみても放火でしょ。私たちは池田さんと吊レさんの車とすれ違っている。それを警察と消防署に言わないと」

 ダイフクは小声でモナカをたしなめる。

「本気なら、灯油をまいているさ。家は全焼しているだろう。これは警告だと思う」

「ひどすぎる。これじゃ住めないわよ、住むなということじゃないの」


 モナカは庭先の向こうのマンマエの家を見た。予想通りテルが窓にいる。高見の見物ならぬ低見の見物をされている。モナカは叫んだ。

「テルさん、今のを見たでしょう。私たちは放火されたのよ」

「モナカ、よせ」

「火をつけたのは誰か教えてよ、私の声が聞こえるでしょう? いつも私たちのことを見張っているのだから」

「よせったら」

「いやよ、ダイフク。こんなことがあったら危なくて住めない、警察や消防署に言うべきよ」

 テルはモナカがもみ合っているのをじっと見ていた。そして窓を閉めた。

 そこへ誰かがやってきた。犬の吠える声もする。

「喪井さんどうなすった、白い煙が」

 田中夫婦だった。田中はバケツとホースをぐるぐるとまいたものを肩に担いでいた。その後ろを美奈子と犬二匹が走っている。ダイフクが言った。

「ボヤです。もう火は止めました」

 田中は納屋に向かい、灯りをつけて中も外も確認した。モナカは美奈子の肩にもたれて泣いた。

「喪井さんにケガがなくてよかった。納屋も中の方まで火はまわってなかったし、もう大丈夫じゃ」

 モナカは美奈子の言葉を遮った。

「放火です。犯人は池田さんか吊レさんのどちらかです。直前にすれ違ったから絶対にそうよ」

 美奈子の顔が歪んだ。モナカはテルのいた窓に向かって叫ぶ。

「どうせあなたもそこで聞き耳をたてて聞いているのでしょうが。犯人を見たくせに黙っていて最低よ」

「モナカさん、だめよ」

「いやよ、昨日のヨンさんの態度もおかしいじゃないの。胸を突かれて足だって血が出た。暴行でしょ。なのに誰もとがめないのはおかしいわ」

 ダイフクがこちらに来た。

「モナカ、やめなさい」

 テルの家から誰かが走り出てきた。坂道を駆け上がってきたのは明美だ。走りながらモナカに向かって叫ぶ。

「ちょっと、どういうことですか、私の母が何をしたというのですか」

 明美の顔はテルそっくりだった。以前テルの行動を諭してこちらに謝罪したときもあったがやはり親子だった。

 ダイフクがモナカの身体を揺する。

「ボヤは消えた。だから黙ってなさい」

 モナカは地面に両手をつく。

「ダイフクまでそんなことをいうの」

 田中の声が降ってきた。

「証拠がないだろう、奥さんがそれを言ってはだめだ」

 それきり誰も声を発さない。

 その静寂を破るようにアンキチの泣き声がした。

「おかしゃん、どこぉ……」

 モナカはしゃんとした。アンキチを守るためにもモナカがしっかりしないといけない。ダイフクが田中夫妻と明美に頭を下げた。

「お騒がせしました。今日のところはこれで……」

 明美も頭が冷えたようでモナカに言った。

「放火ではないでしょうが、この話は広木ちゃんにしておきますね」

 美奈子もそれがよいと応じた。広木が婦人会の会長をしているからか。モナカの不審を和らげるように言う。

「松元さんがいない今は、実質的な第三区の区長は広木ちゃんだから。ヨンさんのことは私の母と同級生で有償で畑を借りてもらっているのであまり強く言えませんし」

 放火でないにしろ、ヨンの名前をいきなり出されたのは意外だった。要は皆広木に下駄を預けるつもりだ。美奈子も言葉を添えた。

「ヨンさんは無理やりこの第三区の常会に入ってからトラブル続きなのよ。うちの田中とも不仲だしね。でも放火は風聞が悪いので広木ちゃんに言っておけばなんとかなると思う」

「そうね、せっかく東京から移住してこられたのにまた出ていかれると困るわ」

ダイフクが言った。

「では池田さんがらみで、こういったことが過去にあったのですね」

二人はだまりこんだ。田中が渋い顔でホースをかついだ。

「夜も遅いし、戻ろう」 

美奈子は犬を連れて後を追った。明美も去ろうとする。でも引き返してまた念を押してきた。

「母はのぞき見はしません。そして喪井さんのことを心配しています。また紙耐から出ていくのではないかと。また母は不眠症なので外を見ると落ち着くらしいです。そのあたりはご理解ください」

明美は去りながら独り言のようにつぶやく。

「まあ、喪井さんも自己主張の激しい人のようですから、だから吊レさんと揉める。それでは失礼します」

アンキチはまだ泣いている。モナカも泣きたい気分だった。




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