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私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
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第四十一話・見舞い・前編



 嫌な思い出ができてしまった。ヨンの指の痕も胸の下にできてしまい、厭わしい。あの勝ち誇ったような表情も記憶にこびりついてしまい、なんとか消してしまいたい。あんなに心が醜い人間は見たことがない。

紙耐では、やりたいことがある人はやりたい放題ができる。それが田舎なのか。モナカは布団の中で息を吐く。

 モナカは時計を見て五時になったのを確認した。窓はカーテン越しに明るくなっていた。ダイフクはもう身支度をして畑の水やりにいっている。

何があっても新しい朝は必ず来る。リセットではないが、今日も一日元気でいられるようにと思うが、移住直後の新鮮な気分になれない。

 いつも通りにビニールハウスに入ってほうれん草を採っていく。ほうれん草は順番に場所を決めて採取し種まき、育てというサイクルにしている。それらは順調で健気に生育してくれる。

採ったら納屋に運んで計量する。青々としたほうれん草は見るだけで食べる人の健康を約束してくれるようだ。

 ダイフクとモナカはていねいにほうれん草をチェックする。外側の葉が縮れたり、小さすぎるモノは除く。虫食いの穴があいていたら全部除く。それから出荷用の袋に入れていく。

「二百二十グラムでいいの」

「ああ」

「二百グラムではどうかしら」

「……今まで通りでいいよ」

 モナカはダイフクの言う通りにした。是非を言う立場にない。出産地の偽装などのニュースはよく聞いていたがこういうこともあるのかとは思う。だが皆がそうだから量を減らして出荷しろというのは間違いだろう。  

 消費者の信用を落としてもよくない。ダイフクは吊レを説得してくれるだろう。

ヨンの行動には驚いたが、人との争いがうれしい人なのだろうと思う。品のない薄笑いに心から軽蔑を感じる。

 モナカが傷ついたのは誰も吊レやヨンをいさめなかったことだ。無言を貫いていた。その無言が怖かった。これで紙耐の平和を破ったように思われるのは心外だ。

 モナカはこの先を案じていた。ダイフクが話しかけてきた。

「モナカが何を考えているかわかるよ。でも今は消費者のことだけを考えよう。ところ胸と足指の痛みは大丈夫か」

「まだ痛みはあるけど大丈夫よ」

「よかった」

 そういいつつもダイフクの顔は歪んでいた。



 二時間後。

 松元の見舞いに行くべく準備をしていた。軽トラにエンジンをかけると、マンマエのテルが庭先にゴミを燃やしている。目があったが会釈しない。テルは常会で周囲に人がいるときは、あいさつはするが家ではしない。それがわかってモナカも会釈をしなくなった。

紙耐での一番の近所なのに、心理的に遠い距離にいる人だ。庭を見下ろされるのがイヤだと言ってきたが、ゴミを燃やすときは風向きがモナカの家に上がるときだけであるのも最近はわかってきた。玄関を開けると大抵テルが窓をあけてこちらを見上げている。最近は頻度があがってきている。

 ゴミを燃やすことについては、テルは徹底的にやるらしく、可燃物、不燃物構わない。今まで嗅いだことのない科学的なにおいがするものを燃やすこともあった。この時はアンキチがせき込んでモナカはあわてて窓を閉めた。過疎でもごみの回収日は決まっている。回収袋は一枚五十円もするので、それもあるのかもしれぬが困る。 

 こちらばかりが気を使って、気を使われることはない。アンキチが声をかけてきた。

「おかしゃん、おとしゃんが行こうって」

アンキチは中身が見えぬ袋を持っていた。さわるとふわふわしている。中は見せてくれなかった。

 テルはゴミを燃やしながら、モナカたちを見ていた。そういえば蚊掻たちがいるときは顔を見せない。テルなりにルールを決めているのかもと思う。


ダイフクは運転しながら言う。

「ぼくたちが過疎の年寄りたちの生活を知る最後の世代じゃないかな。今までこうしていたから同じようにしろというのでは、前の移住者もイヤになって出ていくはずだよ」

「困ったわね」

「ほうれん草の件もうまくやらないと、今後の生活に支障をきたす。松元さんにアドバイスをもらうよ」

 ダイフクは軽トラを大きく右折させた。

「松元さんの転院先だよ。今はリハビリの専門病院にいらっしゃる」





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