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私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
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第四十話・地蔵盆・後編


 ダイフクは吊レの言動にショックを受けたようだ。そのあと時本に電話をかけて相談をしていた。あらましを改めて聞いたらしく、モナカにも教えてくれた。

「紙耐のほうれん草の出荷量は昔から安定しているが、重量が少ないという話が出ている。特に吊レの一番。それで入札値が下がった。逆にぼくの四番は重量が多いので、一番より四番指定をするところが増えた。その分入札値が一番より高値になった。時本さんは吊レさんを呼んで紙耐の他の作物の信用にも関わるので、重量の件で厳重注意をしたが、それをぼくの抜け駆けのせいで恥をかいたと思っているらしい」

「吊レさんたちが既定の二百グラムを入れたらいいだけの話ではないの。他の人もそうなの、二番や三番など」

「うん、一番は百八十グラム、他の人も似たり寄ったりで少なかったらしい」

「今まで? だって大箱で総重量が四キロでしょ? 慣れた人が持ったらわかるものじゃないの?」

「うん、四番のぼくたちのもので、わかったいうのも変だよな」

「これからはどうするの?」

「ぼくは消費者に喜んでほしいから今後も二百二十グラムを入れるつもりさ」

「でも二百グラムきっちり入れたら吊レさんも、納得するのでは」

「同じように減らせと言っただろ。二百グラム入れてもいいけど、新参者だし卸の人にも覚えてほしいからこれからも多めに入れておく。買って喜んでもらえるほうれん草は、吊レさんのご機嫌とは関係がないよ。今日は会話ができなかったけれど、吊レさんもぼくの気持ちがわかるはずだよ」


 夕方になったので地蔵盆に行った。アンキチは先に昼寝をたっぷりさせたので機嫌が良い。甚平は濃い紺色でところどころ真っ赤なトンボが飛び交う紋様で良く似合う。そういえば春先に来てから背が伸びた。もう赤ちゃんじゃない、少年だ。

「お菓子とジュースがもらえるよ」

モナカも浴衣を着てアンキチの手をひいて坂道を下りた。ダイフクは田んぼの様子を見てから後で来る。


 第三区公民館の前には提灯が数個ぶらさがっていた。提灯には紙耐とある。まだ空が明るいが灯が入っていた。そして折り畳み式のイスが十脚ほど並べられている。何人かはもうお酒を飲んでいた。

皆吊レを囲んでいた。モナカはどきっとした。

蚊掻たち、マンマエのテルとその娘夫婦、田中さん夫婦にエコばあちゃん。そして池田夫婦も、第三区の人々の大半が来ていた。

吊レを含め、皆がモナカをじっと見た。モナカたちの話をしていたのは明らかだった。雰囲気がおかしいのがわかったのか、アンキチはモナカから離れようとしない。モナカの前にヨンが立った。モナカの目をまっすぐに見て笑顔になっている。

「喪井さんの話をしていた。あんたらはまあ、身の程知らずというかなんというか。吊レさんは、ほうれん草のハウス栽培を紙耐に持ち込んだ人じゃで? それをえらい恥さらしにしたそうで驚いたわ」

 モナカはヨンの背中越しに輪の中心にいる吊レを見た。吊レも含め皆の顔が沈んでいる。吊レが顔をあげた。

「いや、喪井さん。あんたのご主人は良い人じゃ。間違ったことは言っとらん。しかし、ルールを破ってはダメじゃ。目立とうとして余分におまけをするとは思いもしなかった。抜け駆けはいけん」

 吊レがこういうと周囲が一斉にうなずいた。ヨンの声がした。

「都会もんは村のしきたりや習慣を平気で乱す。正義面ばかりしおってからに」 

 すると田中がなだめた。

「ヨンさんはいいすぎじゃ。喪井さんは紙耐のことがわかってないだけじゃ」

 ヨンも田中もほうれん草は出荷していない。犬猿の仲のはずの彼らの会話を聞いてダイフクのしたことの大きさがわかった。ダイフクのしたことは間違ってはいないが、大きな問題になっている。モナカは言った。

「では吊レさんや他のほうれん草農家の人のように、出荷量を規定より少なめに入れたらいいのですか」

 吊レは目を落とし、テルは目を見張った。蚊掻たちは背を向けた。目の前にいるヨンだけがモナカの表情を嬉しそうにのぞきこんでいる。ヨンの笑顔を見たのは初めてだ。

「さすが都会もんじゃ、こりゃあ、一緒にやってけんわ」

 ヨンはこの話題に関係はない。だからモナカは反論した。

「ほうれん草を出荷していない人から言われる筋合いはありません。特に理由なく我が家の来客に悪口を吹き込むような人間には」

 すると誰かが笑った。ヨンの顔色がかわり両腕を突き出して、モナカの胸をどんと突いた。モナカは無様に転びアンキチが「おかしゃん」 と駆け寄った。

 浴衣の裾に土がついた。お尻の痛みは大丈夫だが、胸の下を突かれた場所が痛む。

「モナカ」

 ダイフクが走ってきた。ダイフクも浴衣をきている。足をあらわにして走ってくる。

 ダイフクはモナカの手を引いて立ち上がらせてくれた。

「私の妻が何をしたというのですか」

 ヨンはダイフクを見ず、後ろを向いて皆に話しかけた。

「この人は私がちょっと手をついただけで転びなさった」

 ダイフクは気色ばんでいる。モナカはそれを遮った。

「ダイフク、ヨンさんは関係がないの。ほうれん草の話の続きなのよ」

「関係ない人になぜ突き飛ばされるのか」

 そこへ池田のご主人が話に入ってややこしくした。

「突き飛ばしたとはまた大げさな。うちの家内があんたに何をした。今理由なくあんたの家に入り込んだようなことを言ったが、わしは元警察官じゃで」

 モナカは反論しようとするがそれも遮る。

「妻が意見したことが、そないに許せんのか、何様じゃ」

「違います、話の方向が違います」

「おかしゃん、足の指から血がでているよ」

「アンキチは黙ってなさい」

 モナカがそういうとアンキチは顔をぐしゃっとさせて泣き出した。

「うわーん」

 田中が池田夫婦を制してダイフクに穏やかに話しかけた。

「今夜は地蔵盆じゃ、県外からの親戚もこれから大勢来る。この話はあとにしよう」

「田中さん、私は何も」

ヨンが聞こえよがしに叫ぶ。

「勝手に転んでけがをしたら世話はねえや」

 田中が嫌悪感あらわにヨンをにらむとヨンは黙った。エコばあちゃんがよろけながら、こちらへ来る。

「小さい子を泣かしたらいけん。坊やこっちへおいで。むすめさんも足を怪我しちょる。こっちへ来て休みなされ」

 アンキチは泣き止まない。蚊掻やテルは黙り込んでいる。吊レも。

 ダイフクは吊レに話しかけた。

「吊レさん、先ほどの話はここでせず、時本さんを交えてしましょう。妻がけがをしましたので、これで失礼します」

 引き上げようというのだ。モナカはダイフクのこぶしが震えているのを見た。

「モナカ、歩けるか」

「大丈夫よ、歩けるわ」

 ダイフクはアンキチを抱っこし、皆に一礼してから背中を見せて坂道を上がる。モナカも。

 一歩一歩上がるごとに皆から離れていくはずだが、背後は静かなままだ。いや、ヨンの声がした。弾んだ声だった。

「新参者が地蔵盆をめちゃくちゃにしよった。これだから都会のもんはダメじゃ」



 吊レの怒りが地蔵盆をめちゃくちゃにしたはずなのに、モナカのせいになった。ヨンの行為も周囲は無言でかろうじて田中がいさめただけだ。たとえ間違っていることでも田舎では周囲と足並みをそろえないといけないのか。

 モナカたちは家に戻ってもぼんやりとしていた。アンキチは泣き止んだが、お菓子目当てに地蔵盆を楽しみにしていたので機嫌が悪い。モナカはとっておきのチョコレートをあげた。

 ダイフクは台所のテーブルに肘をついて長い間考え事をしていた。

「モナカ。やっぱりぼくは間違ってないよ。明日は遅くなったけど松元さんの見舞いに行くよ。一緒に行くかい」

 


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