第三十五話・ホウレンソウの出荷
今日からホウレンソウの出荷が始まる。ダイフクとモナカたちが作ったものが初めてお金になろうとしている。モナカが朝六時きっかりに野良着に着替えて納屋に行くと、ダイフクはすでに準備を終えていた。
納屋の軒先に低いテーブルを置き、百円ショップで購入した小さなイスに座っている。そして大きな箱に入ったホウレンソウを計量して小分けしている。
「寝坊してごめんなさい」
「ゆっくりでいいよ。納品は八時までだから時間はある」
「やり方を教えて」
「ビニールハウスから採ったほうれん草がここにある。この大箱にはいったそれを再度小分けするだけだ」
「小分け用の袋は販売用でもあるのね、紙耐ほうれん草とあるわ。ほうれん草に手足と目鼻がついてかわいいゆるキャラね」
「これにもお金がかかるよ。農協指定で購入しないと卸してもらえない。破かないようにお願いする。イスの前にハカリがある。ハサミと布巾も」
「一袋何グラム入れたらいいの」
「二百グラム入れる。これも決まっている」
ダイフクは饒舌だった。
「ビニールハウスの中で育てたので、ハウスものというらしい。だから畑で育てたような泥汚れはないけれど、根元に土はどうしてもつく。それを布巾で拭いて根元をそろえて、ばちんとハサミで切ってほしい」
「わかったわ」
「葉に穴があったり、ちぢれているものは、そこの空き箱に捨てる」
「もったいないね」
「少しでも葉に穴があると買ってもらえない。だから家で食べよう」
「松元さんが入院してどうなるかと心配だったけれど、現金収入のめどがついたわね」
「吊レの藤期さんもほうれん草を出荷しているので見学に行ったし、いろいろ教えてもらえて助かったよ」
「袋には根本から入れるの」
「きれいに入れるのにはコツがある」
紙耐ほうれん草のロゴと、ゆるキャラが印刷されたビニールは二等辺三角になっている。ケーキ用の生クリームを絞るときの袋に似ている。ほうれん草の形を揃え、根元をきつめにぎゅっと握って入れていく。そしてその根元は生クリームの絞り先のように少し出す。葉のほうは上に広がるようにして形を整える。
「一袋につき二百グラムの決まりだけど、ちょっとおまけして二百二十グラムぐらいにする」
「一割増しで二十グラムのおまけね、見た目ではわからないけど買う側からしたら多い方がいいわね」
モナカたちは作業をしたが、ビニールハウスの一列の半分だけの収穫しかないのですぐに終わる。農協指定の発砲スチロールの箱でちょうど二十袋入る。
ダイフクは今日から毎朝一箱ずつ、つまり二十袋ずつ、四キロ出荷する。ちなみに吊れは、ほうれん草専用のハウスを五つ持ち、朝の五時には家族総出で摘んで小分けして毎日出荷するという。
「吊れさんのように、収穫を管理して年中採れるようにはできないけど、ぼちぼちやっていこう」
七時前にはすべて小分けができた。農協指定の大箱にきちんと詰めるとそれを指定された倉庫内の冷蔵庫に収める。脇にサインをしたら出荷完了で後のことはやってくれるという。売れたお金は後日にこちらが指定された農協の口座に振り込みがされる。
「いくらで売れるのか楽しみね」
「日によって値段が違うらしい。今はほうれん草の最盛期で安い。真冬だと今の五倍ぐらいの値段になるが、暖房付きのビニールハウスだとコストを考えたらどうだろう。冷凍だと激安の中国産も市場に出ているしこれだけで稼ぐのは無理があるかも」
「高く買ってもらうために、皆が作らない時期に出荷は理想。だけど、難しそうね」
「最初から欲張らないことだ。少量だが毎日の出荷を目標にしよう。これから納品に行ってくるが初出荷記念に画像を送るよ」
午前に予定がない場合、たいてい蚊掻たちがアンキチと遊びにやってくる。中央公民館内の公園は老人の足では十五分はかかるので坂道でも近い我が家に来る。もちろん歓迎している。今日はほうれん草を初めて出荷したことを報告すると喜んでくれた。
「慣れてきたら、農協とは別に桃園温泉の道の駅に登録してそっちも卸なされ。美奈子さんが勤めているので常会のよしみで手続を早うしてくれるじゃろ」
「玄関前も綺麗になったなあ。これもよかった。これは温泉土産じゃ。食べんさい」
「ありがとうございます。旅行はよかったですか」
「日帰りバスで行ったから疲れない。おいしい料理も食べてきたわい」
それからモナカは玄関前のアスファルト工事の時にヨンが嫌がらせをしにきた話をした。しかし蚊掻の三人ともかかわりたくないようで無言になった。モナカはアドバイスが欲しくて重ねて言った。
「池田さんのあの行為は不法侵入になると思いますけど違いますか」
蚊掻たちはモナカのいう不法侵入の単語に驚いたようだ。
「それはちょっと言い過ぎじゃ。まさか警察沙汰にはせんじゃろ。ヨンさんは確かに良くないが黙っていればすむことじゃ
蚊掻たちは三人そろって顔を見合わせたがやがて上目遣いで言う。
「ただでさえ、常会のメンバーが少ない。あんまりコトを荒立てんほうがええ」
そこへアンキチのはしゃぐ声がした。
「おかしゃん、おばあちゃん。カエルしゃんつかまえた~」
蚊掻たちは救われたように腰をあげてアンキチの方に行く。それでモナカは相談を諦めた。彼女たちは料理や畑の管理についてはアドバイスがくるが人間関係についてはコメントをしない。
やはりこういうことは松元夫妻にするしかないようだ。




