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私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
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第三十三話・玄関前にて・前編



 公民館の掃除で気分が落ち込んだが帰宅してアンキチの顔を見ると元に戻った。アンキチは砂場で遊んでいて頭から砂だらけになっていた。モナカは愛情込めて抱っこして、砂を手で払ってやる。そして家を見上げる。山の中の過疎の村、その中で借りた小さな家。これがモナカたちの城だ。

 東京の狭いアパートではない。あのアパートの階段下がゴミ捨て場で、カラス除けに網がかかっていた。放置自転車もあり、見かけが汚かった。郵便受けで新聞を取ると、同時に夜間に投入された風俗関係のチラシが入っていた。

 もうあそこへ戻ることはない。今日は晴天で、とんびが舞っている。とんびは、モナカたちに気づいたのか、高度をあげた。とんびが点状になった。あんなに高く飛んで、おいしい獲物が見えるのだろうか。

 モナカはアンキチの砂を取ると、今度は汚れても良い作業服に着替えてビニールハウスに入る。ダイフクは田んぼの水路から水道管を何本もつないでビニールハウスに水がくるようにしている。水道管は細く、それらはビニールハウスの枠組みに添っている。上側でできるだけ広範囲に水が撒かれるよう考えている。しかもタイマー付きだ。セットしておくと決まった時間に自動的に散水してくれる。 モナカたちが不在の時でも畑仕事ができる。最初の出荷物をほうれん草にしたのは、初心者でも育てやすいこと、あまり競合する農家もないので、手っ取り早く現金になりやすいことだった。

それらは全部松元や時本から教えてもらった。モナカたちはいわば至れり尽くせりの状態だった。

 その夜モナカがアンキチと入浴後にくつろいでいると、ダイフクが佐枝からの伝言を教えてくれた。

「明日から玄関の前をアスファルトにしてくれるよ」

「松元さんは闘病中なのに、わざわざ」

「電話で依頼してくれたようだ。だが明日、ぼくはグラインダーの刃が欠けたので町まで買いに行く。あれがないと困るからね。帰りは時本さんのところに寄って出荷についての説明を受ける。悪いけど留守を頼むよ」

「わかったわ」

 これで雨の日のぬかるみが消える。とても有り難いことだ。だがそんな単純な話でも非常識な人間が入り込むとややこしくなる。


 果たして翌朝、ダイフクが留守をすると入れ替わりのように業者が来た。

「桃園造園ですが、ここが喪井さんですね?」

業者さんは七十歳も過ぎたようなお爺さんと隣には娘と名乗るおばさんがいた。

「二人でやります。今からやれば明日にはできますよ。ええと、埋め立てるところはこの玄関の前ですね」

 桃園造園は親子二人でしているらしい。娘は頼子と名乗った。五十代ぐらいで化粧家がなく髪はざんばらだ。アンキチは頼子を見ると無言できりんのぬいぐるみを差し出した。

「そうじゃな、きりんじゃな」

 そして、モナカを見て「この子、かわええ」 と言った。


「そいじゃ、喪井さんさっそくはじめるけえ、玄関前だけではなく、もう少し広げた方がよさそうじゃけえ、まず地ならしをするわいなあ。午前中ユンボ使って砂を出すけえ」

「お願いします」

 おじいさんの方がユンボを下ろしてまず地ならしをはじめた。アンキチはユンボが珍しいので玄関を開け放して座ってみている。頼子は、まめにアンキチに声をかけてやってくれている。

「ぼうや、これはユンボっていって、力持ちの車だよ」

「きりんも運べるの」

「小さいきりんならいけると思う」

「小さいきりんは赤ちゃんのきりん」

「んふふ、おもしろいなあ奥さん」

 ユンボの音を立てながら彼女は横のモナカに話しかける。

「そうですね、紙耐に来て、しゃべりっぱなしです。仕事に差し支え出るようでしたら家にいさせます」

「そないなことせんでもええ、大丈夫じゃ」

「ありがとうございます」

 造園の親子たちは午前中に地ならしをし、砂をいれて平らにしてくれた。広範囲に砂が入ったので、そこだけ黄色の土になり、いつもと違った風景だ。

 昼からコンクリートを用意するといって彼らはお弁当を広げて車に乗って食べようとする。モナカはお茶を出すので縁側でくつろいでほしいと伝えた。台所で片付けをしていたら、聞き覚えのある野太い声が聞こえた。そっと縁側をのぞくと、なんと池田ヨンが頼子と話をしている。

 ヨンは今までこちらに立ち寄ったことがない。北側の窓をのぞくと池田の夫の軽トラが見えた。ということは、畑の手伝いに来たが、造園の軽トラを見てヨンが下りて話しかけたということか。

 話題がモナカたちの悪口だとわかって、青ざめた。

「東京の若夫婦じゃけえ、とっつきづらいじゃろ。棒きれみたいな身体をしてお高くとまってな、葬式の時も明るい色のエプロンをつけて手伝いにきよったわ」

 ヨンは、モナカの家まで来て、初対面の業者にモナカの悪口を言いに来た。信じられなかった。こんなに大きな声で話すということはモナカにも聞こえてもいいという考えだろう。

「……まあ聞いてくれや。風が強い日に農薬を撒かれた。畑にいた私は鼻水と涙が出る。それで別の日にしてくれと言ったがしてくれない。夫婦して私らを馬鹿にしてなあ」

 ヨンから見た喪井夫婦はこう見えるのか。ダイフクがいてくれたらどうするだろう。こういう時に限って蚊掻たちもいない。確か今日か一泊で温泉に行くと言っていた。ヨンは彼女たちがいないことを見越してきたのかもしれぬ。それだけモナカを見くびっている。



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