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私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
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第二十九話・床上げをする・前編



 モナカたちは朝の六時に起床する。北側の窓をそっと開けると、田んぼの向こう側にはもう池田の軽トラが停まっている。八月に入り、朝の涼しい時間に農作業をするためでもあろう。

 軽トラが停車するのは、決まって田中家を通過してダイフクの田んぼの前だ。農業初心者のダイフクが作る稲の生育状況を見ているのだろうか。

だが裏庭の田中もまた早起きだ。彼が犬の散歩などで庭に出ているときは、池田は減速せず素通りでまっすぐ己が借りている畑に向かう。軽トラは池田一人の時もあれば、ヨンが一緒の時もある。彼らと田中は決して話をかわさない。

 

 退院して一週間たった。もうセミの鳴き声が聞こえてくる。モナカは腹痛もなくなったし、シャツとGパンに着替えて階下におりた。その日は朝の八時だ。階段を下りきらないうちにアンキチが「おかしゃん」 と近寄ってきた。ダイフクが玄関の上り口に腰かけてペットボトルに詰めておいたお茶を飲んでいた。朝の水やりが一段落して休憩しているのだろう。時計を見ると七時になっている。モナカは言った。

「朝ごはんはこれからでしょ。今日から私が作るね」

「無理しなくていいよ、ご飯とふりかけと牛乳さえあれば、何とかなるから」

「アンキチはもう食べたのかな」

「ネコマンマ食べた、おいしかった」

「ネコマンマ?」

 ダイフクが笑い出した。

「蚊掻さんたちがアンキチに教えた料理だよ。ごはんにかつおぶしをまぶしてしょうゆをかけたものがネコマンマ。ネコのご飯という意味らしい。シンプルでおいしいよ。しかもアンキチが一人で作れる」

 その言葉を聞くなり、アンキチは台所に入りテーブルの上にあったかつおぶしの小袋を右手に、炊飯器の上に置いてあったしゃもじを左手に持って誇らしげに言う。

「おかしゃん、あさごわんはネコマンマ作ったげる」

「まあ」

「たくしゃん作ってあげる」

 その様子に喘息で息苦しそうだった面影はない。ダイフクは笑った。

「きみの入院中はそればっかり。漬物や煮物は蚊掻さんたちがくれた。さあ、君もアンキチの料理を味わってみるがよい」

 その様子からダイフクはもうアンキチ作成のネコマンマに飽きているようだったが、モナカはおいしくいただいた。しょうゆまみれにされるのではないかと心配だったが、蚊掻たちが入れすぎないように根気よく教えたのだろう。

 ダイフクが小鉢にはいったホウレンソウのゆでたものをすすめた。目に沁みるような青々としたホウレンソウだ。

「ぼくが育てたホウレンソウだよ、まだ小さいけど試食してよ」

 しょうゆをつけて食べるととろけるような美味だ。

「こんなにおいしいホウレンソウは初めて。これ、本当にあなたが作ったの?」

 ダイフクの日焼けした顔に笑いしわがくっきり浮かぶ。

「そうさ。もうちょっとしたら農協に卸す。コメができるまでの現金収入になるよ。それときゅうりやなすびにトマト。夏野菜がどんどんできてくる。食べきれない分は農協や桃園温泉道の駅に卸すけど、モナカには一番においしく食べて欲しい」

「ありがとう。今日から畑を手伝うわ」

 そこへまた折よくおはようと上蚊掻が野菜持参でやってきた。包みを開けると、きゅうりが五本と小さなミニトマトが三個。なすびが一個。

「モナカさん、元気になってよかったのう」

「ありがとうございます。アンキチのことではお世話になりました」

「なんの、こっちも葬式を出して一人になった身、世話させてもろうてほんにありがたい。喪井さんとこも野菜ができてきたが、こっちのもおいしいけえ食べてみて」

 ミニトマトをその場でつまんでその味の濃さに驚く。

 上蚊掻は真顔になってモナカに言った。

「さっそくじゃが、明日は八月の第一日曜日じゃ。常会の掃除に出れるかの」

「第三区公民館の掃除ですね」

「朝の七時から。一時間ほどで終わるが」

「もう大丈夫なのでやります」

「よかった、だって人数がまた減ったけえな」

「え、人数が減った?」

 そこへダイフクが膝まである長靴を履きながら言う。

「モナカの入院中に松元さんが倒れた。佐枝さんは付き添いで常会の仕事はできない」

「知りませんでした。いったいどうして倒れたのですか」

 上蚊掻が言葉をつなぐ。

「脳梗塞らしい。リハビリ専門の病院に行くとかいうての、佐枝さんは息子夫婦が病院の近くに住んでいるので、引き取られるか施設に行くかもしれんと言うてた」

 上蚊掻は肩を落としていた。元村長の松元の存在は大きい。

 ダイフクは上着を羽織って外に行った。プラスチック製の大きな筒形のものを背負おうとしている。

「中身は農薬だよ。今日は風がないので巻いてくる。アンキチが田んぼの中に入らないように注意して」

「わかったわ」

「松元さんの見舞いはしたけど、後遺症があるので元に戻るのは難しいらしい」

「まあ……」

 他の蚊掻たちも来て場はにぎやかになった。モナカは改めてアンキチの世話をしてくれた礼を言った。そして佐枝が抜けた後の常会の掃除のメンバーを聞いた。

「モナカさん。蚊掻のわたしたち三人で四人。マンマエと広木ちゃんとヨンさんとあとはエコばあちゃんじゃ。これで八人じゃ」

 モナカはエコばあちゃんの名前が出て驚く。

「だって、嫁の美奈子さんは桃園温泉の道の駅に勤めじゃろ。日曜日は出られない」

「でも、エコばあちゃんは九十もすぎて、ボケているのに」

 すると蚊掻たちはモナカの顔をじっと見た。モナカはなにか悪いことを言ったのかと気を揉んだ。




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