表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
26/48

第二十五話・去りゆく者からの忠告・中編



 中央公民館と振興センターは隣り合わせだ。国道沿いだが交通量は少ない。モナカは雨の運転に慣れておらず、ゆっくりと移動する。幸い矢駄の車が濃いピンク色なので、見失うことなくついていける。

 矢駄の車は郵便局を曲がり、その裏にある何でも屋を通り過ぎ、次のブロックを左折する。

初めて通る道だが幅が小さくなり、ぐねぐねと曲がる。両側は田んぼで水量が増している。上がりの坂道になり、目の前の山に張り付くように数軒の家が見えた。それを突っ切る。

 まだ午前なのに雨で薄暗く、個々の窓からぼんやりと電燈の光が見える。道沿いにお墓があり、そこをまた右折。

すると築浅らしき二階建ての家が四軒ほど固まっているところに出た。その奥にある家が飛びぬけて大きい。矢駄の車が減速した。四軒ほどの家の手前に駐車場がある。その横がゴミステーションだ。

「あそこかな」

 すぐ裏は山の崖だ。その奥にも道が続いているが、土砂崩れが起きたら怖いと感じた。

 紙耐には個々の家に塀や垣根はないので、駐車しやすい。家はコンパクトなつくりで新しい。少なくともモナカが借りている家よりは新しい。そして隣の家三軒とも同時期に建てられており、外観が同じなので間取りも同じだろう。矢駄の隣の家にも玄関先にベビーカーが置いてある。

 雨は続く。矢駄は軽自動車から降り、ジェリナを抱っこしたままダッシュして玄関まで走った。そして振り返ってモナカに手招きをする。アンキチが不安げに聞く。

「おかしゃん、ここ、どこ?」

「ジェリナちゃんのおうちよ。ちょっと遊んで行こう」

 モナカは矢駄に続き、カサなしで、アンキチを抱っこして走り、家に入れてもらった。冷たい雨だった。矢駄がタオルを出して濡れた身体を拭くようにいう。

「よく降るわねえ」

 矢駄もタオルを首にかけて、ジェリナのくつを脱がせる。玄関は段ボール箱で埋まっていた。ろう下にも箱が積み上げられている。

「ココアがあるわ。中へどうぞ」


 子供たちは隣の六畳ほどの居間に誘導された。矢駄はクッキーの箱をジェリナに渡してアンキチと食べるように言う。アンキチは小さな箱からおもちゃのピアノを取り出して音を出す。食器棚は、からっぽで、全てのものが白いプチプチに覆われていた。物干しざおが、ななめに立てられていて、そこにバスタオルや下着、シャツが干してある。矢駄は小さな折り畳みテーブルにココアを置いた。

「小さい家でしょ。もう出ていくからどうでもいいけど」

 モナカは矢駄の投げやりな言い方に驚く。

「紙耐には何年いたの」

「三年かな。ジェリナが生まれたばかりでね。空気と景色はいいけど、人間関係が最悪でね」

「人間関係ですか」

「そう。私は前の入植者さんとも親しかったの。その話は知らないよりは知っておいた方がいいと思うのよ。でも波瀬さんの前では言いにくくてね」

「そうだったのね」

「この家は四軒とも森林組合関連の家でね、紙耐は若い人がいなくて、あちこちで求人広告を出している。家賃が激安なので家族持ちの流れ者が来るのよ。ちなみに隣が北本さんの家よ」

「北本のお子さんは確かミライくんでしたね」

「ええ。あの人も私と同じ流れ者よ。そして喪井さんも流れ者よ。紙耐の人ではない」

「流れ者……よそ者という意味ですね」 

 矢駄は、マグカップを両手に持った。

「ここだけ建物が新しいのは。若い人を呼び込むためよ。でも昔から紙耐にいる人たちから見たら単なるよそ者だから。でもまあ、私たちも、団結力はないし、団結したいとも全く思わない。だって人は人じゃない。紙耐の人は事あるごとに集まって一緒に何かをやっている。それって面倒じゃない」

「……」

「喪井さんは農業をやるつもりで、ここに来たけど、私は違うでしょ。田畑を持っていないというだけで、蔑視されるわ。表向きは若い人は歓迎しますといっているくせに」

「まさか。紙耐は老人世帯が多いじゃないの。若い人がいなければ困るぐらい過疎でしょ。それに皆さん、親切でしょ」

モナカが反論すると矢駄は笑った。

「そりゃあ、喪井さんは元村長の肝いりで東京からの移住だもの、親切にされるよ」

 矢駄の顔は歪んでいた。モナカより年下のはずなのに、怒りの感情を隠さない。

「そんなに嫌な目にあったのですか」

「ええ。あなたの前にきていた移住者もそれでやめた」

「紙耐で農業をするために移住した家族は三組目と聞いています」

「じゃあ、私は二組目をしっているわけだ」


 矢駄が紙耐に引っ越した当時は、四軒とも若い家族で埋まっていた。しかし現在は北本をのぞいて二軒は無人になっている。

「きっかけはゴミ出し。上に見える家を見たでしょ。あそこは池田というクソババアが住んでいて……」

 モナカは驚いた。

「もしかしたら池田ヨンさんのこと? 私たちの住んでいるすぐ裏の田んぼと、池田さんが利用している畑とは隣同士なのですが」

「それ。クソババアだって移住者よ。姪の藤期広木とかいうスポーツマンを頼って住み着いたくせに。田畑を持っていないから、ここから離れた土地を借りたらしい。

水のことで揉めなかった? やっぱり。前の人と同じね。私の場合は、ゴミ出しで怒られてね」

 矢駄の話は池田メインだった。どれほど嫌っているのか表情でもうわかる。池田がわざわざ姪の広木を頼って三区のモナカがいるところに無理に入ってきた理由もわかった。でもそれなら、なぜ最初から三区に家を建てなかったのか。

家と畑が遠すぎる。それで朝夕軽トラで通ってきている。聞いているうちに池田夫婦には三区では誰も家を建てるための土地を売らず貸さずで、仕方なくこちらで土地を買い、元同級生のマンマエのテルから畑を借りた。畑が三区にあるから、姪の広木がいるからという理由に三区の常会に入ってきた。

どうやら広木は、池田夫婦が紙耐に来る以前に人間関係のトラブルをおこしていたことを知って、接触を避けようとしたふしが伺えた。また最初から三区の常会に入らず、矢駄のいる第六区常会に入っていたことがわかった。六区から三区に常会を異動したわけだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ