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私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
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第二十二話・通夜・葬式の手伝い・中編



 集まったのは、モナカ、佐枝、広木、テル、そしてエコばあちゃんと池田。総勢六人。蚊掻の三人は喪主の親戚なので、手伝えない。池田は、モナカに一切声掛けをしなかったのに、今度は顔を無遠慮に見ている。モナカも見返した。

この人は七十代ぐらいか。肥って顔が大きいわりに目鼻の配置が真ん中に寄せている。そして、あごはなく、首まで脂肪でできたたるみを見せている。池田以外は皆モナカに微笑みを見せている。佐枝は皆にお茶をついでから、モナカを紹介してくれた。

「先月越してこられた喪井モナカさんです。喪井さんは、常会に初参加ですので、いろいろと教えてあげてください。さて、今日と明日の二日間、がんばりましょう」

 佐枝は人前で話すことは慣れているようで説明もわかりやすかった。

「喪井さん、こっちから右回りでメンバーを紹介します。まず私は松元ですが佐枝と呼んでください。その隣が田中のエコばあちゃん。お嫁さんが来るまで、食器を拭くなどの座ってやれる仕事をしてもらいます。その次がマンマエのテルさん。藤期広木さん、最後に池田ヨンさんです」

 するとエコばあちゃんが大声で話しかけてきた。

「どこの誰の葬式やったかなあ」

 すると池田ヨンがおっかぶせるように言った。

「あんた、遅刻やろうが。先に謝らんと」

 エコばあちゃんは池田の顔をゆっくり見上げた。

「そうじゃったのう、すまんかったのう」 

 皆無言だった。池田に関わらないようにしているのか。佐枝も一層声を張り上げた。

「時間もないので、予定を言います。お昼は通夜の手伝いや親戚の人の食事を三十人分ほど用意します。夜は六十人分。暑くなりそうなので、冷えた麦茶を多めに作ります。ヨンさんがお湯をわかしてくれていますので、お茶にしたら蚊掻家にも持参します。ヨンさんはお湯飲みなども用意しておいてください。

 食事は簡単なものにします。食材は何でも屋が持ってきます。炊き込みごはんとからあげです。それと味噌汁。

お漬物は各自有志が持ってきたものを出す。夕食は町の惣菜屋にオードブルと寿司の配達を頼んでいますから今回は作りません。

 弔問客が食事に来たら、配膳は私とモナカさんがします。台所はテルさんと広木ちゃん。エコばあちゃんはテーブルに座ったままでいいです。なにかご意見がありましたらよろしくお願いします」

 異論は出なかった。モナカは佐枝と行動するとわかってほっとした。外から車の音がした。

「何でも屋が来たわ。ビールや食材を受け取りましょう」

 

 何でも屋は快活だ。

「おはようございます。唐揚げの材料を持ってきました。冷凍で六キロ分。温めたらいいだけじゃ。それとビールとジュースね」

 何でも屋は、モナカに笑顔を向けた。

「お久しぶり。今日が常会デビューかな」 

「そうです」

「がんばってね。ああ、佐枝さん。お茶の葉はこちらの軽い方に入れているから。おみそはこっち。飲み物は冷蔵庫に入れておこうか」

「助かるわ」

 何でも屋さんはモナカにウインクをした、そして皆に聞こえるように言った。

「常会は悪い人ばかりじゃないからね」

 佐枝が声を出して笑った。テルまでも。

みんなわかっているのだ。

 ヨンだけが無言で何もない壁を見ていた。


米や野菜、山菜が洗われ、まな板の上に運ばれる。先におこわを作るようだ。十合炊きの炊飯器を稼働させ、おこわが炊き上がるとおにぎりを作っていく。これを四度ほど繰り返して昼と夜のご飯をまかなう。モナカ以外の人は手製の漬物持参だった。漬物は沢庵が多く、次いでフキや、山菜だ。それぞれの味があるらしく、沢庵でも色味が違う。それも切っていく。おにぎり、漬物そして唐揚げはそれぞれ大皿に盛り上げるように入れ、客は紙皿と割り箸を持って好きに食べてもらう方式だ。六人が台所で一斉に動いているので手狭だ。

 エコばあちゃんはイスに座ったまま、フキンを持たせてお皿やコップを拭いてもらう。今日が通夜ということを忘れているのか「デイサービスの迎えはまだかのう」 とのんびりしている。モナカの顔や名前も忘れたらしく「どこのお孫さんかいな」 と聞く。喪井モナカですと五回は言った。


 味噌汁のにおいと揚げ物のにおいが、台所いっぱいになった。時計を見るともう十一時まわっている。途中で蚊掻シリーズのおばあちゃんたちが常会への挨拶と称しておまんじゅうを持ってきたが、いつもの元気が全くなかった。

 佐枝が言った。

「先に上蚊掻の家族と親戚分を取り分けて、あちらに持っていく。十六人分じゃ。残りの人はテーブルの上に並べておいて」

 佐枝さんとテルさんが向こうの家に行くと、待っていたようにヨンがエコばあちゃんにからみはじめた。

「あんたの嫁が来るのはいつじゃ。葬式いうたらみな手伝うために仕事を休むのに。田中家は、役立たずを、寄越して嫁は金を稼ぐのか。どういう神経をしているのじゃ」

 エコばあちゃんは「すまんのう」 と何度もヨンに謝る。モナカはどうしてよいかわからずヨンの姪という広木の顔を見た。広木はため息をついてヨンに注意をする。

「おばちゃん、さっさと仕事をしようよ」

 するとヨンは肥った身体を姪に向き直し、くってかかった。

「私らの常会は年寄りと、若いけどなんも知らん都会の人だけじゃ。古いものは働き損じゃ」

 広木が取り合わないと、今度はヨンがモナカに向き直った。

「あんた、喪井さんといったか。都会から来たと言って威張りなさんなよ」

 モナカは驚いたが穏やかに反論した。

「威張ったりはしませんよ」

「その言い方が威張っている。言っておくが私の主人は元警察官じゃ。ええか」

「それがどうかしましたか」

 するとヨンがモナカの胸元を両手でどんと突き飛ばした。モナカは倒れなかったがショックで呆然とした。広木が平然と「おばさん、それで気がすんだじゃろ、さっさと配膳をすませよう」 と声をかけた。ヨンは薄く笑うと、広木と連れ立って大皿を一つずつ持って広間へ行く。モナカへの気遣いはゼロだった。


 モナカはずっと胸を押さえていた。エコばあちゃんは何事もなかったように割り箸をそろえている。胸の痛みはさほどではないが、ヨンよりも姪だという広木の態度にショックを受けた。暴力をふるった者、受けた者に対してありえぬことだ。

 やがて佐枝とテルが戻ってきた。二人のすぐ後に三人の男性が上がってきた。お昼を食べに来た。佐枝は忙しそうに小皿や割り箸を広間に出入りする。モナカにはお茶の入った急須を用意するように言った。告げ口をするひまはない。モナカは気を取り直して言う通りに動いた。

 その三人が最初で、四人、六人とばらばらに男性や弔問にきた県外からの親戚家族らしい人たちがあがってきた。公民館はいっぱいになった。

 驚いたことに熱燗の酒の用意までいつのまにかしてあり、佐枝さんが「酌をしてまわってくれ」 と頼む。冷えたビールも出した。通夜の開始前からお酒を飲むのは当たり前なのだろうか。

 通夜前に騒ぐ人はいなかった。佐枝さんは配膳の合間に紹介をしてくれる。内緒の注意もある。

「あの人は西の区長さん、上蚊掻の従兄弟じゃ。端にいる人は酒癖が悪いのでお代わりは一度だけな。揉めそうだったら私を呼んで」

 

食べ終わったら各自で汚れたお茶碗を台所まで持参される。受け取りはエコばあちゃんが座ったままやる。皆が「ばあちゃん、元気か。がんばりんしゃい」 と声をかけていく。モナカはエコばあちゃんが昔看護師をしていたことを思い出した。ばあちゃんも笑顔で「おなかはふくれたか、おいしかったか、あんたらも、がんばりんしゃい」 と声をかける。

昼食をする人がいなくなると、片付けをしてそれから常会のメンバーだけで食事をとった。モナカは佐枝に許可をもらって、おかずだけ紙皿にとって家に戻った。アンキチの様子が心配だからだ。

 坂道を急ぎ足であがって家に入る。午後二時すぎだったが、昼ごはんもまだだという。モナカは、唐揚げと漬物を出して皆で食べた。アンキチはおなかをすかせており、いつもよりたくさん食べた。ダイフクは電話の件があったので、誰かにいじめられていないか心配をしていた。モナカはヨンの話をした。

「そうか、しかし池田の奥さん、ヨンさんか。君だけでなく、ボケているエコばあちゃんにまで意地悪なのか。何がおもしろいのかなあ」

「初対面で威張るなとか、胸を突くとか……常識では考えられない」

「それでも常会メンバーとして出てきているからには、最低限の付き合いをするしかないね。他のメンバーも多分同じ思いなのではないか」

「そうね。そろそろ公民館に戻るわ」

「うん。ぼくはこれから家周りをきれいにする。雨がふると玄関前に水がたまってしまうから、砂を入れようと思うんだ」

モナカは朝と同じく「おかしゃん、行くな」 と泣くアンキチをなだめながら、再度家を出た。

 



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