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私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
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第十七話・田植え・前編


 朝六時起床は紙耐に住んでから当たり前の習慣になった。モナカたちはマンマエの件以来、二階の南側の窓のカーテンを開けていない。本当は朝の澄んだ空気を入れたい。それを我慢するのは、マンマエと有効な関係を築きたいから。マンマエの家の中には興味がないし、覗きの趣味もない。少なくともマンマエの娘はわかってくれている。テルもわかってもらえるまで、あえて窓を閉め切っておく。そう決めた。

 そのかわり、反対側、つまり北側の田んぼのある方のカーテンを開ける。そうすると借りている田んぼが眼下に見える。向かって左側が田中家。そこから緩い上がり坂になり、田んぼの向こう側に池田の畑がある。その後ろは山。

本日は厚めの雲がかかっているが、東側は青空だ。田植えは、多少の雨が降っても余裕できる。

 モナカたちは汚れてもよい服装、着古したシャツにパンツに着替えた。そして階下に降りて簡単な朝食をとる。山菜の味噌汁とご飯と梅干。それとスクランブルエッグ。

それを三つのお皿に入れる。ご飯の上には海苔の佃煮となめこおろし。アンキチのごはんには しゃけのふりかけ。

 昨日のファミリーレストランでの洋食もおいしかったが、普段はこういう和食で十分だ。アンキチは自分で食べることができるが、すごく汚す。口の周りも玉子とご飯粒だらけ。モナカはティッシュでこまめに拭いてやる。それから喘息の発作予防の薬を飲ませる。甘くておいしいらしく、服薬を嫌がらないのは助かる。

 それから、おむつをはずしてトイレに誘導。お腹いっぱいで機嫌の良い時を見計らっての、トイレトレーニングだ。成功率は現時点で半々ぐらいか。

「ちっこ、ないよ。ちっこ、ない」

 そういいつつも、おしっこをしゃーと出す。モナカはトイレでおしっこを出せた場合はほめちぎることにしている。

「えらいねえ」

「うん、おしっこ出た。よかったね。おかしゃん」

 モナカはアンキチの頭を愛情込めて撫でる。彼は最近、ダイフクを「おとしゃん」 、モナカのことを「おかしゃん」 と呼ぶ。モナカはそう呼ばれることがうれしい。

「今日は田植えだよ。お父さんに、がんばってと言おう」

「うん、おとしゃんばんばって」

 アンキチは食卓のテーブルの下にもぐって、おもちゃの怪獣で遊ぶ。田植えの戦力になってくれるのはまだまだ先だ。


 玄関の戸を開けると松元がもう納屋に来ていた。そしてモナカを認めると何でも屋であったことを謝ってきた。

「奥さん、昨日は気の毒じゃった。あれは、北部の連中が悪い。言ってよいことと悪いことの区別はあると思っていたが、思い違いじゃった。わしがあの人たちのかわりに謝ります」

「そんな……松元さんが言ったわけではないのに」

「今後もそんなことがあったら、わしが許さんけえ、いつでも教えてください」

「何でも屋さんからもそう言われています。でも、大丈夫です」

 横についていたダイフクも言う。

「非常にプライベートなことを言って、継母と虐待を結び付けられたのはぼくもショックでした。残念です」

 モナカたちも、いつまでもこだわれない。先へ進まないといけない。ダイフクは話を切り替えた。

「松元さん今日は田植えです。どうかご指導をよろしくお願いします」

「そうじゃな。では機械を納屋から出そう。数年使ってないので点検から始めよう」


 ダイフクと松元は納屋に戻り、二人掛かりで奥にある田植え機を出す。機械の腹には、「田植えのタウ」 と書かれている。

「これは三年ぶりに使う。最後に使った後に、洗浄せんかったらしくサビがついている。このサビは取らないといけない」

「そうですか」

 松元はさび落としを取りに戻り、その間ダイフクはタワシを持ち、三年前についた泥を落としている。

裏の田中も、こちらに寄ってくれた。蚊掻たちも来た。アンキチと遊ぶには、時間が早いが手伝うつもりで来られた。蚊掻たちのファッションは、直射日光除けの大きな麦わら帽子、それから上下つなぎの黒か灰色のカッパだ。それと膝まである長靴。

食品が詰められたタッパーも持参している。昼ご飯もここで食べるつもりだ。モナカは家に戻ってお茶を作り冷蔵庫に入れて冷やしておく。割りばしと紙皿も出しておく。

「じゃあ始めよう」

 松元の一声で、ビニールハウスへ行って苗床を用意する。田植え苗のセッティング中に、時本も来た。

 モナカは苗床のセッティングをじっと見ていた。苗の育ちはよかった。底にしいてあるプラスチックのマットを取ると苗が塊ごと簡単にひきはがせるようになっている。それらを田植え機の後ろに滑らせてセットする。操作自体は結構簡単だ。

時本はその手順をダイフクにやらせたあとに、機械の操作を教えた。苗と苗を植える間隔が約三十センチと決められてはいるが多少の調節はきくらしい。松元はいきなり植えるのではなく、先に植える場所と順序を決めなさいと助言する。

苗を植えた場所を、田植え機を再度通らせることができない。説明を聞いてなるほど、と思う。

「最後は出発点と同じところに出てこれるようにする。ここの田んぼは勾配があるから初心者には難しい。ここは最後に外周を回ったほうがよさそうじゃな」

「最後に外周とまわる、ということは、真ん中から同心円状にはじめるか、それとも外周をのぞいてはしから折り畳み上に植えていくのがいいのですか」

「そうじゃ、同心円状に植えてしまったら四隅に植え残しができるぞ。そこら辺は手で植えていかないといけなくなる。だから外周を除いてそこの端の手前から折り畳み式に植えていったらよかろう」

「苗がなくなったらセットするためにここに戻らなくてもいいのですね」

「戻ってもよいが、順序を考えて。一度植えたところは二度と田植え機で通れないから」

 松元は蚊掻たちにも頼む。

「田んぼに元々勾配があるのと、喪井さんの代掻きがうまくないんで、深いところは苗を植えても浮いてきてしまう。そういうところを見つけて、手で植えなおしてやってくれ」

「わかりました」

 アンキチはまだ戦力にはならないし、モナカたちも、田植えがある程度進まないと手で植える場所がわからない。それまでは待機だ。

モナカは何気なく北の方を見た。池田夫妻の車がある。畑は分厚い網でおおわれていて様子が見えない。何を植えているのかさっぱりわからない。あちらからは、こちらが田植えをしているのがわかっている。だが、出てこない。モナカは隣にいる上蚊掻に聞く。

「畑にいる池田さんですけど、あそこだけどうして網で厳重に囲んでいるのですか」

 上蚊掻はアンキチが遊ぶ様子を笑顔で見守っていたが、モナカを見ずに言った。

「イノシシ除けじゃ。イノシシは作物を食べるし、おしっこをかけて駄目にしてしまうから」

「イノシシですか。では上にある、キラキラしたリボンは何でしょうか」

「鳥よけじゃ。カラスが来ないように」

「でも国道沿いの畑など見ていたら池田さんのように厳重に囲いをしているところってあんまりないですよね」

 上蚊掻は困ったようだ。

「うん、池田さんは元警察官じゃった。畑泥棒を警戒してると思う」

「元警察官、池田さんが?」

「そうじゃ」

 モナカは意外に思った。田中が池田を「あいつら」 と呼び、池田はこちらによそよそしい。証拠はないが池田がモナカたちの田んぼに水をひかせたくないがため、水路に石を放り込んだという疑惑もある。

モナカはまだ紙耐の人間関係がよくわかっていないが、上蚊掻も池田に遠慮がちだ。なぜだろう。

 

 田植えは順調に進んだ。途中でベルトが切れて動かなくなってしまったが、時本がいたので手持ちの新しいものと交換をしてくれた。借りたものは小型なので、二往復ほどしたら苗床をセットしないといけない。セット自体は簡単だがそのために機械を止めると、次に起動ができない。前にも後ろにも進まない。進んだかと思えば今度は苗がちゃんと下に降りなくなってしまう。小さな故障が多いのは田植え機が古いせいだろうか。

ダイフクまで「田植え機のタウクン、がんばってくれ」 と声に出したぐらいだ。

 田植えをしていても、水深が深いと苗が浮いてくる。モナカたちの仕事はそれを手で植えなおすことだ。深いところはひざの真ん中あたりまで水が来る。苗を泥の中に押し込んでいくが腰が痛くなった。蚊掻たちは慣れた様子で、手早く作業する。しかも予備の苗を入れるためのわら細工の角型の容器を腰につけている。苗が足りないときに、そこから苗を取って植える。

 長らくしている人は動作に無駄がない。モナカは腰が痛くなったうえに、足先も冷えてトイレに行きたくなった。

「すみません、ト……」

「我慢はよくない。行っておいで。ゆっくり休んでおいで」 

 最後までいう必要はなかった。蚊掻たちに体よく追い払われたのかもしれぬが、ありがたかった。

モナカは田んぼから上がり、用を足す。この家は玄関に入ってすぐ横がトイレとお風呂なので変な間取りだと思っていたが、農家には便利だ。外の作業ですぐに用を足せるしお風呂にも入れるから。

長靴を履きなおして、田植えに戻ろうとしたら誰かが軽トラでこちらに来た。



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