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私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
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第十六話・うわさ話のタネ・後編


 おばあさんたちが店を出ると、何でも屋はモナカの買った物を袋に入れてくれた。そしてバスの説明をする。

「循環バスは一日二往復だけです。ここは、老人世帯が多くて商業施設もここしかないので、みな集まってきますよ。今日は少なくて三人でしたが」

 モナカは不快だった。ダイフクの前の奥さんが不倫をして、幼いアンキチを置いていった。ダイフクが子連れ再婚でモナカは初婚だ。だがそんな話は紙耐の誰にも話していない。

 だが事情がわかっている人物が一人いる。先日に出会った保健士さんだ。しかし、彼女には母子手帳を見せただけだ。それでアンキチの実の母ではないとはわかっただろう。あの保健師は帰宅後憶測でうわさ話を広めたのか。もしくは、振興センターで住民票を提出したがそこの職員は本籍を見たらわかったかもしれない。どうだろうか。

 それにしても、初対面の人間からプライベートなことを言われる筋合いはまったくない。不倫で結婚? 実子が生まれたら虐待をするな? なんとひどいことを言うのだろう。

 モナカは怒りで身体が震えていた。会計をしませ、何でも屋に「帰ります」 と告げる。何でも屋は、きっぱりと言った。

「今のことは失礼でしたね。悪気はないとはいえ、ひどい言い方です。でも喪井さん、今はここから出ない方がよい。バスが出てからの方がよいから、待って」

「なぜですか」

「バスの始発は振興センターで、福祉センターを回っている。これから奥の集落に行くのでバスの中に乗っている人からもうわさをされます」

ぶろろろろ、と音がしてバスが発車したのがわかった。モナカと何でも屋は無言だった。アンキチがバスを見たがったが、モナカは外に出さなかった。やがて静かになると、何でも屋が「行ったね」 とつぶやく。モナカは何でも屋にはっきりと伝えた。

「私たちは不倫で結婚したのではありません」

「そうですね」

 モナカは、この言葉をさっきの三人に言うべきだった。何でも屋は関係ない。

「夫は確かに再婚だけど、前の奥さんが出て行ったのです。何も知らないくせに」

 何でも屋はなだめてきた。

「今度来たら注意をしておきます。本当にごめんなさい」

「あなたは悪くありません。でも紙耐の人たちが私たちのことをそう思っているなら」

 モナカは涙ぐんだ。何でも屋は帰ろうとするモナカを引き止めた。

「せっかく来てくださったのだし、私の話も聞いてくれるかしら」

 なんでも屋は、モナカにコーヒー缶をすすめてくれた。そして身の上話をはじめた。

「何でも屋と呼んでくれていいけど、本名は小倉妙子です。喪井さん、婦人会に入ってくださいね。今月末に総会がありますので、その時に連絡します。会長が私で副会長が波瀬さん。

 さっきのことだけど、私も実は同じような目にあったのよ。私は名古屋出身で身重の状態で紙耐に来て三か月目で赤ちゃんを産みました。こういう土地柄なので、何でも屋の奥さんは月足らずで赤ちゃんを産んだ。結婚前から妊娠していたと言われました。産んだ子はもう四十歳です。でも四十年たっても、未だに言われます。ましてや、喪井さんは、まだ若いし入植者だからしばらくは好奇心にさらされます」

モナカの気は晴れない。

「でも私たちを見て、似てない、不倫、虐待……そういう言葉を吐かれるのは許せません」

 何でも屋は笑った。

「限度を知らないのよ。相手の気持ちはどうでもいいの。特に外聞の悪い話はとても好まれます。こんな田舎では他に楽しみがないからね」

 モナカは黙った。

「喪井さん、今度あのばばあに会ったら、顔をよく見てごらん。みんな同じ顔で区別がつかないから。しわくちゃの顔。くすんだ色のセーターにズボン、杖、帽子。そっくりよ。話題だって語り尽くしたから、喪井さんが標的になっちゃうの。次の人が来るまでの辛抱よ」

「次の人ってそんな……」

「この紙耐に花嫁として来てごらんよ。結納からはじまり、新居の間取り、同居、そして結婚式の様子や招待客、妊娠したらその話。出産したらその話。このあたりには若者がいないからね。

紙耐同志なら、自分たちの病気か葬式の話だけする。うわさの真偽なんかどうでもいい。要は退屈しのぎ。田舎に住むってことはそういうこと。

 喪井さんは田舎にどういうイメージを持っているか知らないけど、私は嫁いで四十年で達観したよ。さっきのことはショックでしょうが、今後ここであなたの話題がでたら、違うって言っておくから」


 やっとの思いで帰宅すると、ダイフクは裏のビニールハウスで作業をしていた。首にタオルを巻いて泥で汚れたシャツ一枚のままだ。日焼けで浅黒くなっている。都会では色白できゃしゃな印象だったが、筋肉がついてたくましくなっている。

ダイフクは手を止めてモナカに近寄りアンキチを抱っこした。

「お帰り。さっきまで松元さんがいたよ。ここに水道管を配置して、タイマーも取り付けて自動的に水を撒こうと思って……何かあった?」

 モナカは何でも屋で会ったことを伝えるとダイフクは怒った。

「初対面で根拠なくそれを言うのはおかしい」

「何でも屋は悪気だけはないからって」

「そりゃあ、あちらから見てどちらも、大事なお客さんだもの。どっちにもいい顔はするよ。だがぼくが問題にしているのは、誰がそんなうわさをしたのかということだ。

ぼくは阿久津さんや松元さんにも再婚であることは言ってない。ぼくは、今から松元さんのところへ行って、ぼくたちのなれそめの話をしておくよ。それが終わったらお昼だから町に出て外食でもしよう」

「元村長なら変なうわさを抑えてくれるでしょう」

「外食は洋食がいい。ファミリーレストランにしよう。あのさ、洋食はカラフルだよ。ジャムもアイスも原色が多いよな。特に黄色って元気になる色だよな」

「そうね。それで元気を出して買い物をしましょう」

 モナカはそこでやっと気が晴れた。


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