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私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
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第十四話・うわさ話のタネ・前編



代掻きの作業が終了した。明日から田植えだ。老人世帯が多い紙耐では子や孫がいる人は五月の連休中にすませているようだ。

ダイフクは起きると布団の中でまず背伸びをする。

「田植えはもっと早くしたかったが、指導担当の時本さんの都合だからね、今日はゆっくりするか」

「ねえ、田植えって難しいかな」

「難しくないだろう。今はマット苗といって軽くて腰にも負担がかからぬものを植えていく。慣れてきたら苗のセッティングから泥落としまで一人でやれるらしい」

「それにしても、農業はトラクターに、田植え機。収穫時はコンバイン。全部そろえるとお金がかかりそうね」

「軌道にのるまで松元さんのものを借りるが、お金を考えるとやはり大変だな」

「若い人がやらなくなるわけよねえ」

「まあ、がんばるさ」

 ダイフクは起き上がって南側の窓のカーテンを引いた。部屋に朝の光が満ちる。アンキチが目を閉じたまま、あくびをする。モナカたちは窓から見える景色を眺めた。

「田中さんの田んぼの苗がきれいに風にそよいでいるわ」

「ちゃんと列になっていて上手だ。田中さんはぼくらと同じ移住者とは言うが立派なベテランだよ」

「マンマエさんも田植え完了。我が家より半月は先を行っているようね」

「そうだな、娘さん夫婦でさっさとやってしまうようだね」

「私達も早くそうなりたいわね」


 マンマエの田んぼは、モナカがいる窓からマンマエの家を手前にして三分の一ほどが見える。その端に白い鳥が数羽いる。

屋根が邪魔で全景は見えないが、鳥たちは細長い足で田んぼの中を優雅に歩いている。モナカはつぶやく。

「あの鳥は何だろう。ツルのようだけど頭が白くてちょっと後ろに白い髪が格好良くなびいている」

「サギという鳥じゃないかなあ。エサをさがしているのだろう」

「私たちのところにもサギが来るとうれしいな。エサをあげたら懐いてくれるかしら」

 ダイフクは笑い出した。

「我が家の田んぼは家のすぐ近くだから野鳥は寄り付かないのではないか」

「マンマエのだってそうじゃないの」

「あそこの田は広大だ。サギも広い方が好きに決まっている」


 カエルが田んぼに水を張ったころを見越してやってきたように、サギもまた田植えを見越していたようにやってきた。しかし民家の近くにはまずいない。大きな川沿いの田んぼやアゼに数羽いる場合が多い。

ダイフクは二度目の背伸びをしながら言う。

「マンマエから誰か出てきたよ。テルさんだね」

 

テルはパジャマ姿だった。庭の真ん中に進み出てモナカのいる窓を見上げている。だが、その表情が険しい。ダイフクがすぐ階段を下りていった。モナカもアンキチを抱っこして後を追う。

 ダイフクが玄関を開けると目の前にテルがいた。彼女は庭から高台にあるこの家まで上がってきた。七十歳を超えているはずだが元気だ。そして腕組みをしている。ダイフクからあいさつをした。

「マンマエさん、おはようございます」

「喪井さん、朝早ぅからうちの家を見下ろして笑うとはなんじゃいな、こっちは不愉快でかなわん」

 ダイフクは穏やかに言う。

「あなたの家を見下したりはしません。笑ってもいません。さっきはあなたの家の向うに見える田んぼの中のサギの話をしていました。誤解ですが気を悪くさせたなら謝ります」

 モナカもダイフクの横に並んで頭を下げた。だがテルはまだ怒っている。

「あんたらが引っ越してきた日から憂鬱じゃ。また誰かが来たってな。案の定、うちの家を見下ろして、庭も見下ろして、田んぼも見透かして」

 そこへもう一人こちらに来た。テルの娘だ。娘といってもモナカたちよりかなり年上だがこちらに頭を下げた。彼女はテルの肩に手をやってなだめた。

「お母さん、朝早くから何を言い出すやら。喪井さんがびっくりされている。さあ、帰ろう」

 テルは娘の手を振り払う。

「毎朝、カーテンを開けてうちを見下ろして二人で笑っちょる。不愉快でかなわん」

 テルは何度も同じ内容の話を繰り返すが、娘は腕をつかんで連れ戻す。叱責の声も聞こえる。

「お母さんったら、いい加減にしてよ」

 モナカたちは玄関をそっとしめる。朝日が柔らかくダイフクの顔を照らすが表情がくもっている。

「確かにこの家はマンマエを見下ろす位置にある。誤解されてしまったな」

「南側の窓を開けるときは気をつけたほうがいいわね。マンマエの家が確かに見下ろす位置にあるけれど、マンマエや田中さんたちの田んぼが一面に見えるから好きだったのだけど」

「また誰かが来たって言っていたな」

「前の移住者のことでしょう。テルさんと揉めたのでしょうね」

 この件は松元に伝えねばならぬ。テルは相当に怒っており、初対面の柔和な印象とはまったく別だった。

 ダイフクは親指をしゃぶっているアンキチの髪を両手でなでた。

「こういうこともあろう。田植えは明日だから午後は買い物でも行こうか。借りた車にチャイルドシートをとりつけるようにしよう」

「じゃあ、午前はアンキチを連れて中央公民館の公園に行くわ。子供会のメンバーが集まるらしいから」

「軽トラを使うといいよ。ぼくは畑仕事をするから」

モナカたちはテルの怒りを軽く考えていた。





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