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私はこうして田舎が嫌いになりました。  作者: ふじたごうらこ
私はこうして田舎が嫌いになりました。
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第十三話・代掻きと訪問者



 田んぼに水が張れたと同時にカエルの大合唱が始まった。一体どこからどうやって、田んぼにカエルたちは来たのか。不思議だがとにかくカエルたちがモナカたちの田んぼに引越ししてきた。

 彼らは「この田んぼの正当な持ち主はぼくたちです」 と言いたげに合唱を続ける。

 げこげこと一日中合唱している。げこげこ、のあいまにぶるるるる、ぶるるる、という異音も混じる。

「低い声で重々しく鳴くヤツはウシガエルじゃないかな、よくわからないけど」

 ダイフクも自信なさそうにカエルの種類を言う。何種類ものカエルが田んぼにいるようだ。だが姿は見えない。モナカたちもアンキチとカエルの歌を歌う。

 

 カエルのうたが、聞こえてくるよ。

 ぐあっ、ぐあっ、ぐあっ、ぐあっ、

 ぐあぐあぐあぐあ、ぐあぐあぐあぐあ、

 ぐあっぐあっぐあっ


 親子で歌っているとダイフクが「それ、けろけろけろけろ、けっけっけっ」 じゃなかったかと言う。

「そうだったかしらね? よく覚えてないけれどそうかもしれない」

 歌詞はどうあれ、紙耐では人間が歌うよりカエルの歌が力強い。特に夜は騒音になる。だがこれだけ歌い続けるカエルたちにモナカは敬意を示した。

テレビの音を消して窓を開け、本物のカエルの歌を聴く。ダイフクが感心する。

「飛行機や道路工事の音より情緒があるな」

 アンキチも楽しそうに言う。

「カエルとおともだち~」 

 カエルたちにとっては今が恋の季節。子孫を増やす大事な時期だ。

 オタマジャクシが孵ったらアンキチのために数匹すくってペットにしようと思った。

「ねえ、ダイフク。いつ田植えをするの? 苗も育ってきたし、早くしないと」

「いや、田植えの前に代掻(しろか)きをしないといけない。明日やるつもりだ。田植えはそれをしてからだよ」

「しろかきって?」

「代掻きも荒おこしと一緒で田植えの前にしないといけない。田んぼの土の塊を均一にして田んぼの水が漏れないようにする。田んぼの下にある土を平らにしてないと田植えができない」

「なるほど、お米を作るのは、手間がかかるのね」

「だからお米という漢字を分解したら八十八になる。八十八回もの手間がかかるから米、という」

「八十八回の手間。機械化されてもなお、手間がかかるものね」

「サラリーマンで言われた通りのことをしてお金を稼ぐのも、こういった手間をかけてお米を作ってお金を稼ぐのもどっちも一緒だ。でも、やりがいは違うと思うから頑張るよ」

「ええ、頑張りましょう。アンキチもすぐに大きくなるだろうし、今が頑張りどころよ」

 

 翌朝ダイフクは宣言通り、トラクターを使って代掻きを始めた。モナカはアンキチの手を引いて裏庭から見学する。最初の荒おこしの時と違い、ダイフクにも作業に余裕ができている。代掻きをしている間、カエルたちは静かだ。

アンキチは「カエルはどこに行ったの」 と何度も聞く。鳴き声がしないので心配なようだ。

「お父さんが代掻きをしているので、カエルさんたちはジャマしないように遠足に行ったの。でも夜になると帰ってくるからね」

 モナカが適当に話を作るとアンキチは納得したらしい。そしてどこへ遠足へ行ったのだろうと、きょろきょろしていた。

 そこへ車の音がした。

白いバンがやってきた。窓から一人の女性が顔を出して「ごめんください、喪井モナカさんですよね」 と声がかかった。

 見たことのない人だ。その人は大きな名札を下げている。車から降りると名札をモナカにもよく見えるように掲げた。

「私は紙耐の保健師の飯坂です」 

背が高く白いブラウスに白いスラックスを履いている。年は四十才ぐらい。

「保健師さんですか」

「そうです。ここに二歳児がいると聞きまして。二,三お伺いしたいこともありますので、いいですか」

「では家の中へどうぞ」

 飯坂は玄関でいいと固辞して質問を始めた。

「喪井さん、紙耐の暮らしは慣れましたか」

「はい、皆さんによくしていただいていますので大丈夫です」

「よかった。ここは過疎なので、喪井さんのように若い人たちに農業を継いでもらえばうれしいです」

「飯坂さんも紙耐の人ですか」

「ええ。数年前に神戸からUターンをしました。北部の蚊掻が旧姓でして、結婚して蚊掻から飯坂になりました。私にはゆったりとした時間が流れる田舎暮らしがあっているようです。夫も紙耐の人です」

「では同じ村内ですね」

「そうです。紙耐にいる若い人は少ないですから、よそから移住してこられたご家族は貴重です。私も仲良くしてほしいです。よろしくお願いします」

 飯坂は神戸暮らしが長かったらしい。はきはきと話す。モナカは質問をした。

「旧姓が蚊掻とおっしゃいましたが、松元さんの近くの蚊掻さん三人が、遊びに来てくださいます。ご親戚ですか」

「遠縁です。紙耐のみならず、田舎はみんなどこかでつながっています。でも、誰がどういう親戚かは考えなくていいですよ」

「正直同じ苗字が多くて、わからなくなっちゃいます」

「ははっ、まあ都会からきた夫婦じゃけ、わからんことばっかりじゃろ」

 飯坂は方言を丸出しにした。

「子育て相談、健康相談それと行政や税金のこと、私を頼ってください。この土地で育ったものしかできないことなど、いろいろあるから。県庁から来る人は数年で異動になるので、結局私が地区の仕事を請け合うことになるから」

「そうなのですね、よろしくお願いします」

「今日は子育ての話をしにきました。お子さんの名はアンキチくん、でしたね? 予防注射のことなど聞きたいので母子手帳を持ってなさるか?」

「はい……」

 モナカは二階にあがってタンスの引き出しから母子手帳を取り出す。モナカが産みの親ではないので母親名が違う。喪井エリカという名はできれば見せたくなかった。

階下では飯坂がアンキチと遊びながら待っている。モナカは観念して母子手帳を両手で抱き込み、飯坂に渡す。飯坂は慣れた様子でぱらぱらと手帳をめくる。母親の名前は聞かれなかったので、ほっとした。

 それから飯坂は手帳をその場で返却した。

「六月になったら二歳児検診、というのがあるから連絡がいきます」

 モナカはそれで終わってほっとした。継母であることを説明したくなかったから。モナカの膝もとで横になりながらウエハースを食べているこの子はモナカの子だ。

 飯坂もわかっていたと思うが、モナカは何も聞かぬことで安心した。

「二歳児検診というのはどこでしますか」

「中央公民館です。このあたりで二歳児はこのアンキチくんだけです」

「郵便局の波瀬さんから伺いました」

「ああ、波瀬さんは子供会の代表じゃ。紙耐は子どもが少ないので検診は零歳児から六歳まで一日でやってしまうけえ」

「そうですか」

「もし何らかの理由で検診に行けなくても、桃園温泉の開業医でも診てもらえる。だけど小児科ではないから」

「わかりました」

「日程が決まり次第連絡します。なにか聞いておきたいことはありますか」

 飯坂は笑顔を絶やさなかった。笑うと目の周囲が肉で埋まり目がなくなる。好感がもてた。モナカはアンキチの持病を打ち明けた。

「実はアンキチは、喘息で発作予防のため、朝夕甘い粉薬を飲んでいます。紙耐のような自然豊かな場所で体力もつけられたらいいと期待しています」

「ここらあたりは空気がおいしいから大丈夫じゃろう、何かあったらこの名刺の番号に連絡をくださいね」

「ありがとうございます、頼りにいたします」

「ははっ、うちのばあちゃんも、喪中さんとこは一家そろってええ人じゃあ、って言ってた」

「あら、どこかで会ったのかしら」

「先日に老人会があったのでその話題がでたのだろう。みんな喪井さんの農業を見守ってるけえな。ではまたお伺いします」

「ありがとうございます」

 飯坂の来訪は十分もなかった。ダイフクはずっと代掻きをしていた。

 とても大変そうだ。モナカは休憩を取ってもらおうとお茶の支度を始めた。


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