第十一話・子供会のお誘いとビニールハウスの組み立て
忙中閑ありの田舎ライフだが、そのうちに子供会の誘いがきた。移住して一か月ぐらいで、モナカの家に女性が訪問してきた。彼女は四歳ぐらいの女の子と生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしている。
名前は波瀬といった。目がぱっちりした美人だ。年はモナカと同じで、家は国道沿いの簡易郵便局をしている。波瀬夫婦は祖父の時代から紙耐で住居兼郵便局を構えているという。
波瀬は自己紹介した。
「喪井さんですね。はじめまして。私、波瀬と申します。先月出産したばかりで、喪井さんの引っ越しを知っていましたが、あいさつが遅れました。紙耐の子供会にも入りませんか」
「紙耐に子供会というのがあったのですか」
「有志でやっているのでもちろん強制ではないです。が、皆さん入会されています。ここは子供の数も少ないです。数年前に小学校の分校がつぶれまして、みんな振興センター前まで来てスクールバスにのって桃園温泉小学校まで行きます。
でも福祉関係は充実していると思います。子供会は零歳から小学校六年生で全部で十三人です。そのうちあなたのお子さんと同じ年の二歳の子はいません。一歳児と三歳児はそれぞれ二人ずついます」
「子供の数は少ないと思っていましたが十三人ですか」
「そうです。子供会といっても中央公民館で一カ月に一回、なにか簡単なおやつを作ったりゲームをして遊んだりするだけ。だけど集まりがなくても、公民館前に簡単な遊具があるので平日の午前中に集まります。喪井さんも来てください、ぜひ」
「わざわざありがとうございます」
「私は会長なのでみんなを代表してきましたが、入会していただけますか」
「はい、入会します」
モナカは快諾した。引越してから一度もアンキチのような幼児を見かけない。アンキチも友達が欲しいはずだ。
「中央公民館では平日はたいてい誰かがいます。一緒に遊びましょう。私も赤ちゃんを産んだばかりなので、当面は専業主婦をするつもりです。仲良くしてくださいね」
アンキチと波瀬の娘は、砂場で仲良く遊んでいる。四歳で名前はミイナ。波瀬はモナカに情報をくれた。
波瀬家は、代々紙耐に住んでいる。つまり彼女は家付き娘で、婿を取ったという。未就学児童は波瀬の他には、県庁職員と森林組合の家族だという。それ以外で紙耐まで働きに来るような人は家族を置いての単身赴任だそうだ。
「ですから喪中さんのように家族あげて移住する人を歓迎します。県庁や森林組合の職員は異動もあるので、三年ぐらいするといなくなります。それもあって、近所の人も歓迎しているはずです」
「はい、みなさんによくしていただいています」
波瀬は微笑む。
「どうぞ仲良くしてくださいね」
入会してみれば紙耐の子供会はこの波瀬さんの力でもっていた。モナカと同年齢だがしっかりしている。専業主婦といいつつも、簡易郵便局の業務も手伝い、子供会と婦人会の役員もし、老人会のボランティアもしているという。
波瀬は言う。
「若い人が少ないので私に話がきてしまうの。イヤといえない性格なので、仕方なくやってるの、ははっ」
モナカも明るい波瀬と知り合えてよかったと思う。彼女が帰るときに入れ替わりのように蚊掻たちが来た。波瀬の赤ちゃんをのぞきこんで騒ぐ。
「今度の赤ちゃん男だったてな。そいで名前は何じゃあ」
その男の子は強という。波瀬一族の男性は病弱な人が多いのでそう名付けたという。蚊掻たちは強を順番に抱っこさせてもらっている。なごやかな光景だ。
紙耐に越して、数週間。すでに残雪はなくなった。周囲の緑が鮮やかになってきた。田んぼの荒起こしも開墾もできた。今度は稲の苗だ。ダイフクは農協の時本と松元の指導で苗床用のビニールハウスを作る。
「やり方を覚えたら、ホウレンソウやトマトを作りんしゃい。農協に持っていったら卸してくれる。桃園温泉の道の駅に売るのもええぞ。今の時期から山菜を採ってもいいぞ。でも先に準備を覚えねば。まずは基本の米、次に野菜。天候に左右されるのは当然じゃから、ビニールハウスの組み立てを覚えんしゃい」
「なるほど、ありがとうございます」
時本が教えてくれた。ビニールハウスには、大小いろいろなサイズがある。基本的に農協で組み立てセットを購入して自分でやる。だがダイフクのようにまったくの初心者にはこうして時本のような指導員が来る。
ビニールハウスのセットを購入といっても、ビニールハウスごとクレーンなどで運ばれてくるのかと思っていたが違った。ばらばらの状態で来てそれを自分で組み立てる。ステンレスの長い棒ときちんと巻かれたビニールで。
モナカはアンキチの手をひいて見学していたが、大変そうだ。骨組みの棒は長い。それらは大きなトラックで運ばれてきた。
まず骨組みだ。これをきちんとしないと、ビニールがきれいにかからない。最低二人でやるが、慣れてくると大きなものでも一人でも作れるという。
育てる作物によって水をひいて自動的に散布できるようにしたり、ひもを少しひいいたらハウスの下部だけ風が通るようにすきまを開けられるようになる。ドアの開閉も自由だ。工夫次第でなんとでもできる。
それでも不慣れなダイフクは三日がかりだった。時本は多忙で一日しか時間がない。あとは松元が手伝ってくれた。
松元はこの紙耐で生まれて育った農業のエキスパートだ。モナカはビニールハウスの隅に折り畳みのいすを置いて自由にお茶を飲んでもらう。すると松本は酒を持ち込んでダイフクと一緒に飲み会までしていた。歌っている。
「さーあぁ、紙耐はぁよォ、
よォーいィ、とおこおろおぉ~」
まだ昼にもなってない。歓迎会でも皆のお酒の強さにびっくりしたが、松元もやはり強い。歌声を聞いて田中やエコばあまで出てきた。蚊掻たちも来た。しかも上蚊掻は、百一歳の大姑まで連れてきた。身長が百五十センチもない小柄なおばあちゃんだが、酒豪でモナカにお酒の催促をしてくる。
「喪井さん、もっと酒はないかの」
百一歳の蚊掻の催促の言葉に、未開封の焼酎を開ける。アンキチまで皆の間延びした歌にあわせて踊っている。
それはそれで楽しい一時が過ごせ、二つのビニールハウスが出来上がった。松元に加えた中の指導で苗床を作るダイフク。早く苗床を作らないと米作りが遅れる。荒おこしに手間がかかりすぎた。近所の人々の笑顔に囲まれる日々。この時点では、まだモナカは幸せだった。