第八話 少女
昨日から気鬱で在るのは、俄雨のせいでは無いのでした。もし天照雨ならば陽光に由って、暗影も少しは消え失せたやも知れませんが、おばさんの目論見からは逃れられなかったでしょう。
あの後、僕はおばさんの手招きに導かれる様に椅子へ腰掛け、根掘り葉掘り質問された挙句無神経に詰られたのですが、肝心の僕は浩二くんに関する事柄以外は妄想に耽る為、生返事で受け答えをしているのでした。「T字路の千さんがね、貴方とジャーナリスト?なんかと馴れ馴れしく会話してたって」ああ、初めて今岡さんと在ったT字路で怪訝に此方を見ていた、お爺さんか・・・・・・
人伝てで方々に吹聴されるのも、情報の発信源を嘘偽り無く把握出来るだけ、ネットやSNSよりはましで、なるべく地域内で収束するのを、切に願って居りました。
「その子に対して、何とも思わないの?」
……もう弁明しようが、貴方には無駄でしょう?
既におばさんの中で、僕の印象は大方小心翼翼とした少年から、人を死に至らせた悪漢にでも様変わりしてしょうから、話は進展しようがありません。
ですが、当然浩二くんに対して無関心で居られる程愚人でもないのですが、唯諄諄と言葉を交わす度、僕に対する思慮の無さに呆れるのでした。
第一、僕は彼の生に止めを刺しましたが、死の直接的な理由を作ったのが僕、というのは暴論も甚だしいです。
もう・・・・・・おばさんとの会話なんてどうでもいい、それまでは具に話を聞き取り和解しようと尽力しましたが、何時からか諦観していました。
互いに譲らぬ平行線で線が仲睦まじく交わる理想と程遠い結末を迎えるのは、両者の性情からして必然と云えます。
けしておばさんを侮蔑する訳ではないのですが、僕を絶対悪と決め掛かる早計さには言葉が出ません。話を変えますが、予言者と関係する事柄であるかは定かでないですが囚われていた妄想について、以前耳にしたオカルト分野の研究成果、その結論を頭に思い浮かべて居りました。こっくりさん、漢字では狐狗狸さんと表記され、こっくりさんに由って起こる現象は、狐、狗、狸といった動物霊に起因するとされていました。本来程度の差は有れど神仏も動物霊、霊の何れも存在せず、人間の手に由って紛い物の肉体、性質、能力を付与されたに過ぎない、云わばファンタジーの一種ですが、我が家も霊については存在しうる者として居ります。神秘、オカルトの最もたる霊を全否定せぬのは合理的とは言えませんが、霊の括りは幅広く、魂は勿論、死者、生者の精神性をも孕む巨大な集合体で在る為、致し方ない点も踏まえた上でその存在を認めているのでしょう。話を戻しますが、こっくりさんという怪現象のネタは既に全容が露になっており、こっくりさんは質問者達自身・・・・・・こっくりさんは質問者達の既知の範囲でしか答えられないのです。質問者達は全員、既知の問題の解答である文字を追っていて、十円玉は質問者達の指先の微動に因って盤上を右往左往しているだけであり、これらを加味すれば十円玉が一人手に動くだとかは出鱈目に過ぎなかったのです。無意識に見えた行動も、意識して起こされた物事だったのでした。つまり、無意識などなかったのです。そうだよ、実際はおばさんも予言の類いを出来るのではなかろうか・・・・・・怖さを紛らわせるのに僕の稚拙さは、いつ崩れるとも知れない砂の城を形成していたのです。
確か、いつも通りゲームセンターで暇を潰しながら、わいわいがやがやと寄り集って居る学生服の集団に、怒りを含んだ眼差しを向けていた時……それが彼女との初対面でした。
色白の活発でないであろう女子のメダル入れから他の子達が適当にメダルを取って、またある子は忙しない様子でその女子のプレイを眺め一喜一憂して居ました。
制服から、同じ高校の女子生徒であるとも推察出来、初めは僕も見ない様努めましたが、表情も変えず淡々とメダルを入れて居るのに、哀愁を感じ取ってしまったのです。
正直に言ってしまえば見惚れた、といっても差支えないやもしれませんが。
兎に角、その時僕は彼女に神経を研ぎ澄ませて居りました。
暫くすると彼女が飽きたのか垂れた脚をぶらぶらさせて、彼方此方辺りを見渡しだした為、僕は台に向き直して平静を装っていました。
すると
「響子!」
と、快活そうな女子の大声が一瞬聞こえた後、他の雑音に飲まれていくのでした。
それを彼女は聞き逃す事は無く、呼ばれた方向に在る音楽ゲームで二人仲良さげに遊んで居て、僕とまー君との
関係はあれ程親密なものではないなと、一人感傷に浸るでした。
けれども、別段可笑しくはないはずだ。
男子と女子の同性への接し方の違いでしかない、そう結論付けるのは幾分か楽でした。
彼女達は数回ゲームを終えた後
「響子、も一回やる?」
「いや、もういいよ景子……ちょっと休憩」
「ふーん、珍しい……響子はあっちのベンチに行って休んでなよ、あと二回やったらそっち行くから」
「分かったよ、景子」
と遣り取りをしていました。
腕時計は六時を指している、帰るにも一時間以上掛かるし、僕ももうそろそろ帰ろうと思い、少しずつ増えていくメダルをカウンターに預けると、何故か彼女が僕に話し掛けてくるのです。
「貴方、さっき私を見てたけど……何か用?」
「特に用は……すいませんでした、響子さん」
彼女に言うと不思議そうに首を傾げ
「何で名前、知ってるの……」
今さっき、名前を呼ばれていたから知っている、惟それだけなのですが……要らぬ誤解を招くのが面倒なのは重々分かっていたから、演技染みた喋りをするわけでもなく、落ち着いた風に返事をしました。
「さっき景子さんでしたか……あの子に君の名前を呼ばれていたのでそれで」
「ふーん」
僕と響子さんの背丈は然程変わらないので正面から彼女はじろじろと僕を見ており、矢張りまだ警戒しているのが窺えましたが、肝心の僕は肩に乗った黒髪の艶を見て綺麗だと感じて居ました。
それに見惚れて居ると
「私に貴方の名前、教えてよ」
突然だったので吃驚しましたが、
「吉水篤、です」
と、途切れ途切れになりつつも言いました。
響子さんは、僕と同じで言葉足らずかもしれない。
今のも名前を聞く前置き位、大抵はするのではないか。
「吉水君はこれからどうするの」
視線を落として響子さんは言います。
視線を合わせたくない程僕は警戒されているのか。
「吉水君……暇ならさ、話でもしようよ」
え……
「あ……はい、いいですよ」
「吉水君もよく此処くるの?」
「うん、休みの前日はね」
いざ二人並んでベンチに腰掛けると、会話というよりも質問攻めでした。
僕と目線を合わせて語り掛けられるのは彼女の情緒や温かみを感じさせるには十分でしたが、逃げ場を与えないかの様で、監禁の如く窮屈さです。
虫篭の昆虫、金魚鉢の金魚……殺し合いに発展し兼ねない狭い空間に、居たのです。
物騒な例えですが、普段は殺伐として居らずとも、容易く均衡は壊されるではないですか。
それが僕の他人に対して抱く懼れでしたが、決して天邪鬼では済まされない弱さでした。
……居心地の良さが怖かったのです。
「吉水君、顔色悪いけど……」
響子さんは俯く僕を覗き込んでいました。
「大丈夫、響子さんは?さっき、具合が悪いって……」
「あ……私は、大丈夫だから、うん」
響子さんは言葉を選んで僕に告げるものだから、余計に勘繰ってしまうのかもしれない。
きっと具合が悪いというのは嘘で、だからこそ一問一答に言葉を詰まらせたのだ、と。
こうして見ると、僕はこんな風に見えたのだろうか。
今思えば、最近一方的に僕は詮索されているから、対等の相手との会話は大分久しい。
けれど、雰囲気や事の重大さがまるっきり違うせいか……響子さんの仕草や行動が何だか可笑しくて、ついくすっと笑ってしまうのでした。
「えー、何がおかしいの」
彼女に訊かれ
「ちょっと色々思い出して、つい」
と誤魔化していました。
「気になるなぁ、ふふ」
如何にも意地悪そうに口許を歪ませて、響子さんもつられて笑うのでした。
冷淡に見えて、照れ隠しか喋り相手に誘う際に顔を伏せたり仕草はあどけなさが残っていて、大人っぽくても年相応の女子、なのだな。
少し経つと、響子さんは手を振って、それが景子さんが来た事を報せるのでした。
「響子、横に居るのウチの高校の男子みたいだけど……あー、はいはい」
助け船を出すべきなのだろうか。
「景子ぉー、違うよ、そんなんじゃないって!」
よし……
「よく此処で顔を合わせて居たんで、響子さんとは偶に話をするんですよ」
嘘だけど……ばれても問題ない程度のもの、後は……
「そうそう、そーなの、吉水君」
すると間髪入れず
「吉水君っていうんだ、あたしは桧葉景子、宜しくね」
と、はにかんで自己紹介をしていました。
元々景子さんは元気な人なのでしょうが、友人の取り乱し方に笑って居たのでしょう。
「下の名前は篤です」
「上が吉水で、下が篤?……うーん」
考え込む景子さんは、思う所があったのでしょう。
その様子を見ている響子さんは状況が掴めず、押し黙っており、その沈黙の中、景子さんの呻りが聞こえる度、後悔の念に駆られるのでした。
本来予想していたはずの事態を、自ら墓穴を掘って引き起こしたのですから。




