第七話黒
その日の夕方は、朝の快晴が嘘の様に天を暗雲が覆いました。
ここ数年、時偶休日に買い出しを頼まれ、母行き着けの近くの直売所へと旬の野菜を購入しに行くだけの些細な所用は、面倒でありました。
これ自体意味の在る行為ではなく、両者が役割を演じるだけの傀儡に過ぎないからです。
母は僕に、不必要な労を強いていたのです。
そもそも家に大飯喰らいが居る訳でもなく、食後には殆どの食器に必ずと言っていい程食べ残しが在りました。
それを父や直緒姉に再三窘められても意に介する様も見せぬのは、母の意地なのでしょう。
数年の親交、良妻とそれに従う出来た息子と長年作り上げた印象を瓦解させかねない要因は、たとえ親族の進言であろうと排除する……改善される余地のない悪習ですが、母を思えば辞めようとは言い出せぬのでした。
「あら、篤くん・・・・・・ 今日は何を買うの?」
気のいいおばさんが歯が浮く様な御世辞を言いつつ、僕の元へ歩み寄りました。
「あ、おばさん今日わ・・・・・・」
僕が一通り頼まれていた野菜を口頭で伝えると、おばさんは次々と袋詰めの野菜をビニール袋に入れ、早々と勘定をしており、何時もの様に予め用意していた勘定をポケットから取り出す際には僕がポケットを漁る前に、気を利かせたおばさんの伸ばされた両手に膨らんだビニール袋を手渡したのでしたが、何気無い日常の僅かな言動にすら神経を尖らせていた僕には、心休まる時ではありませんでした。
おばさんの、僕の行動を見据えた上での行動・・・・・・鮮明であろう意識の中、手元迄突き出された両手は・・・・・・僕よりもずっと予言者として相応しい様に思えたのです。
夏で在るにも関わらず背中の寒気は一向に収まらず、汗の染みたシャツの蒸れを感じる迄悪寒は続いており、「恐怖」と呼ぶのが適当であろう感情でした。
そしてほんの少し前で在れば至る筈の無い妄想を巡らせて、何とか理屈付け・・・・・・この「恐怖」を、僕なりに抑え込もうと躍起になっていたのです。
暫しの沈黙の後、おばさんが僕を余所に外の様子を遠巻きに伺うと
「あぁ~、やっぱり降って来ちゃったね」
唐突におばさんが言ったので振り返って扉越しから外を見渡すと、大粒の雨がザァ・・・・・・と音を立てて降り注ぎ、道路一面を黒く染めていました。
「傘あるので・・・・・・もう帰ります、おばさん、有難う御座いました」
「ちょっと篤くん、少し止んでから帰っても、罰は当たらないんじゃない?」
強引に帰宅するのも可能ではありました。
ですが、無邪気に引き止めるおばさんと凶報で在る雨、二つの悪意が僕の行く手を阻むのでした。
僕は休日にまー君を家へ呼んで二人で遊んで居ました。
普段、学校から帰路に就こうものなら、彼が嫌がらせの対象になります。
僕ならばいざというとき「死ぬ」と発言すれば良いのですが、彼には武器も非もありません。
ですので、皆が僕を忌避し出す事柄を狭量で在る等とは、別段思いはしないのです。
寧ろ休日は彼との関係が保たれ続けてますので、然程この関係を気にも留めて居ませんでした。
SNSが面白いと頻りに言われた為、まー君に勧められるが儘に、僕は「千代動画」に会員登録をしました。
友達付き合いの一環で在るものの、若年層への受けが良く、ネットでも同年代の気の合う友人が出来ればと、楽観的に構えて居ました。
当初は自作動画UPでの集客をして居たようですが、多くの企業や団体が公式動画をUPする為にこのサイトを利用してからと云うもの会社は大きく成長し、又今ではSNS、コミュニティ、辞典等のサービスも充実しており、中々盛況しているサイトのようです。
中でも一番の魅力は「人気動画投稿主座談会」と云う、人気の動画投稿者達に依る、政治問題から一般的で無い趣味迄、ありとあらゆる話題を盛り上げる年に二回行われる催しで、此れに参加する事が数多の動画投稿者にとっての憧れで在り、誉れで在るのです。
二ヶ月程前には、動画投稿者の中から「人気動画投稿主座談会」へ選出された人物の一覧が、サイトTOPに掲示されるのでした。
参加するしないで或る程度選出された人物が篩に掛かるのですが、交通費全額に加えギャラも貰える為か、参加しない人物は数える程しか居りません。
そして一覧の中から、特に気になったユーザーの情報を見ているのでした。
名前:宮本修
年齢:二十四歳
職業:絵本作家
プロフィール:友人の勧めに由り、当サイトを利用させて頂いて居ります。
新作の宣伝や政治動画、仏教についての動画等をUPしていく所存で在りますので、拙い動画ながらも宜しくお願いします。
追記:私の動画のコメントには、私の思想や社会批判への批評に偏見が多く見受けられます。
其の様なコメントは徹頭徹尾無視致します、又余りにお目汚しで在るコメントは前置き無く削除させて頂きますので、皆様、ご了承願います。
本来思想は細分化され、其の一つ一つが尊重されるべきもので在ります。
他者を批判する際に自らの思想を用いれば、其の思想への嫌悪感を生ずるのも無理からぬ事です。
思想についての議論や論争は白熱しがちで在ります故、私がSNSのコミュニティに「宮本修 思想についての批判等」との題でトピックを作成しておきました。
思想についての議論はそちらを御利用お願いします。
他の動画投稿主が流行り廃りに敏感で、言うなれば目敏い人達で在りました。
政治は人気の出易いジャンルですが、他の投稿動画が再生回数を稼ぐとは到底思えぬ為、僕はこの人の政治動画の深い関心が沸き上がるのでした。
「ねえ、何を見てるの?」
ベッドから腰を上げたまー君が、僕へ近付きつつ言いました。
「それより、早くSNSしよう」
「あ、ごめん……遣り方がわからなくて……どうすれば好い?」
「言い忘れてた、このSNSはパスワード制なんだ……じゃあ教えるよ…………」
こうして僕は未知の世界へ飛び込んでいくのでした。
数分後……
「まー君は何処のトピックで遊ぶの?」
「『オカルト好き集合板!』って所だよ、オカルト関連のトピックでは中々賑わって居るね」
「有り難う、早速遣ってみる」
「わからない事柄が在ったら聞いて、僕は適当に寛いでるから……本棚の本と漫画、見て好い?」
それを了承すると再度ベッドに腰を下ろし、本と漫画を山にして積み上げて読み始めるのでした。
オカルト好き集合板!
KYO:2012/10/8
オカルト好きは此処に集え!
序でにオカルト好き以外も!
コメント:812
トピックのコメントを最初から閲覧していくと、トピック作成者の為人が少しずつ明るみに成るのでした。
1.IKOU 10/8
友人兼トピック作成者の命に由って1get
2.KYO 10/8
ふざけんなやめろbaKa
3.微細 10/10
トピック作成者さんはオカルトでは何がお好きで?
4.KYO 10/11
…………妖怪。
5.微細 10/14
恥ずかしがらないで下さい、私も妖怪大好きですよ!特に付喪神が好きです!実在はしないでしょうが、作り物で在る分洒落が効いてて……(長くなるので割愛)
6.KYO 10/15
微細さん、有り難うございます。
俺の場合は天狗とか河童とか……有名な妖怪が多いで……まあ、妖怪に纏わる話が好きですね。
7.微細 10/16
成る程、気になったのですがKYOさんの知り合いのIKOUさんは、オカルト好きな方なのでしょうか?
8.KYO 10/18
IKOUは其処迄……話は楽しそうに聞いてくれますけどね。
9.微細 10/20
そうですか、残念です。
10.IKOU 10/22
話の合いそうな人が出来て良かったな、KYO。
序 で に 1 0 g e t
トピック管理者は妖怪好きで、見始めた当初は僕の話は出来そうに無いと思い彼を勘繰りましたが、コメントが増えていく度に様相は名に相応しいトピックへと化していくのでした。
トピックで恐怖動画の話題になったのを確認し、此れなら僕の存在が場違いでは無いと思い立って、漸くコメントを書いたのでした。
813.竹馬 6/9
「叩いて壊れて」という動画、見た方居られますか?
僕は彼以外に同調者が欲しかったのです。
都合の良い存在を求めていたと言い換えも出来ます。
この時の僕に都合の良い存在は、僕の意見を素直に受容する存在で在りました。
ネットならば他人の顔は見えない、故に罪悪感等は微塵も感じないのです。
ネットは僕にとって、戯れ言や妄言で鬱憤を晴らす格好の的と成りました。
最もこのトピックで暴れ回るつもりは在りません。
此処は無言を保ち続け彼等に何も言い返せぬ僕の、欝屈とした日々に於いて唯一僕の声を聴いてくれる場所なのですから。
「操、今日は何が在ったんだ?」
「今日は夕方頃まで真史君が来た位ですよ、貴方」
言ってからぎこちなく笑うと
「成る程、それでか」
と外方を向いてそれだけを言うと、父は冷蔵庫の扉を閉め、飴玉の入った珈琲の粒の密封容器を取出し、それを落とさぬ為に座卓の中程に置いてから、椅子に腰掛けるのでした。
前日にまー君を家に呼ぶと言った時、母はみっともなく見栄を張って
「昼御飯は此処で食べてと、真史君に伝えておいて」
と言い残し、買い足しに出掛けたのです。
昼御飯を多めに作った故、一部の余り物が夜御飯に充てられ、他の余りは後日再度調理されるのです。
よく唐揚げはタレで味付けを変え、野菜はシチュー等に纏めて入れて、ポテトサラダは食パンの上にチーズと共に乗せて焼くのが、母の常套手段なのでした。
其の普段より豪勢で手の込んだ食物の数々は、父にとっては母を疑る道具でしか在りませんでした。
父はこのように他人に対し穿った見方をして、不快感を与えるのです。
ふと見せた母の悲哀、それは母の決して報われぬ涙ぐましい努力なのでした。
僕は父と、母は直緒姉と向かい合って座卓を囲って居ました。
父が居ると、皆笑顔が全て嘘で在ったかのように押し黙るのです。
思えば僕が大人しいのは、父に由るのでした。
幼少から黙々と事を運ぶ父母、影響を受けて物言わぬ直緒姉、其の中に居る僕の言葉等介在する余地は在りませんでした。
とても一家団欒と呼べるものでは無く、厳粛とした雰囲気で食事の挨拶の「頂きます」「ご馳走様でした」の二言だけが、僕達姉弟に課せられて居りまして、形式張った堅苦しい祭事のようで、些か面倒で在りました。
偶に口を開いても母が返事をする用件で在って、僕達二人の存在自体は不必要で在ったのです。
僕が食事を終えて珈琲を飲もうと立ち上がり、ポットの湯をカップに入れた際、ゴリゴリと音が鳴りました。
食後、一つの飴玉を噛むのが父の奇癖で在り、姉弟は苦言を呈しますが母は
「昔からの癖だから」
と、放置するのでした。
ですが僕は、それに不快感を顕にしてしまうのです。
生活音のそれに苛立つわけでは在りません。
歯を立て飴玉を噛み砕かんとする様が、父の本質を浮き彫りにしたのです。
それに由って醸し出されるそら恐ろしさに、僕は怯えて居たのです。




