キンセンカ
「で、なにゆえ華恋は碇君に嫌われてんの?」
何が「で」なのだろう。華恋は一瞬、思考が追いつかず何を言われたのか分からなかった。
それにより思わず聞き返してしまった。
「はい?」
「だーかーら、碇君!」
ダンッと机を拳で軽く叩く沙希。心なしか、目に赤い闘志の炎が見える。
華恋はつい、目を傷めると分かっているにも関わらず目を擦る。
「あの、沙希?何故そんなに熱くなっているのですか?」
「だって、華恋をこれ以上「ぼっち」にさせるつもりなのか!?って思うと…」
「……」
多分。きっと。沙希に悪気は無い。悪気は無いと、そうであってほしい。少しというよりはあからさまに顔が、頬が引き攣る。ような気がする。本当はピクリとも動いていない。
(――ええ、はい。沙希はそんな人でしたね。え?泣いてる?ヤだなぁ、汗ですよ)
しかし、少しくらい遠い眼になっても良いと思う。華恋としては部屋の隅に向かって体育座りをして、人差し指でのの字を書いていたい。遠い眼になるのはまだ、譲歩した方だろう。
当人の沙希は何とも思ってない。それよりも、遠い眼をし始めた華恋に若干ひいている。
「うん、あーっと。かれーん、戻っておいで」
華恋が立ち直るまでに数分がかかった。
2,3分くらいだろうか。それくらい立つと華恋はもうけろり、と言った顔で話し始める。
「何故イカリに嫌われたか、って話でしたよね」
「うん」
神妙な顔で沙希はうなずく。それを見た華恋は、先程の仕返しも兼ねてわざと重々しく口を開く。
「実は、この前見ちゃったんです…。
イカリが庭でお母さんに抱きついてるところ…ッ!!!」
もちろん嘘である。沙希の反応が見たいためだけに考えた適当にも程がある嘘だ。
カウンターの奥の方で、誰かが噴き出す音が聞こえた。声が大きすぎたようだ。
「…え、は?今、なんて言った?」
笑いと驚きでで顔が歪んでいる。そんなにおかしかったか、碇晶マザコン説。
「『イカリが庭でお母さんに抱きついてるところ…ッ!!!』」
「あっはははははははははっ!!!!!」
爆・笑。まさに声をあげて爆笑する沙希。
「あーはっはっはっはっは。いやー、碇君ってマザコンだったの?うひやぁ」
「そうみたいですねー」
華恋は棒読みで返す。
というか、笑いすぎだろう。
「いやー、あはは。で、本当は?」
ひとしきり笑った後、沙希は華恋にもう一度問いかけた。長年華恋と一緒にいるため、彼女がどういう人物か知っている。
華恋は一口、カフェオレを啜ってから沙希の方に向き直る。
「分からないんです」
「え、分かんない、の?」
わからない。華恋が出した結論はそれ。
幾らなんでも愛しい人との愛の時間を見られていたから~、なんて問題でもないだろう。
というかそんな問題なら学校でするなという話である。
「やっぱ碇君の御乱心…?」
「何ですか、それ」
真面目ぶった言い方で馬鹿なことを言う。真剣な表情で首を傾げながら呟くから「考えてます」、というような言い方だ。
「うん…。ま、きっとイカリになんかしちゃったんでしょーねー」
「そーだねぇー」
まったりとお茶を飲む。
実に和やかな雰囲気だ。
ちなみに問題はまったく解決していない。後回しにしているだけである。
「…ん?」
ふと華恋が窓の外を見たとき、庭の向こう側の道路に一組の男女の影が見えた。
男の方の顔は見えないが、いかにも染めましたと言うような茶色の長髪。背はイカリより幾分か低い。ただの白いTシャツにジーンズ。華恋達よりも年上だろうか?
女の方は華恋よりも少し高い。癖のない、流れる艶やかな黒髪。嫌悪で歪んでいようとも、整った顔…
花咲里香その人であった。
「…はなさき、さん……?」
揉めているのだろうか、花咲嬢は嫌そうにしている。手を捕まえられているようで、左手で男の手を放そうと必死だ。何かを言っているようだが、生憎遠すぎて聞こえない。
「花咲さんがどうした?」
「え、いや、あそこ…」
沙希に聞かれ、二人がいる方向を指し示す。それを見た沙希は、顔を歪めた。
「何アレ…?男サイテーじゃん。花咲さん嫌がってる…」
「どうしましょう…。荒谷さんか叔父さんを呼びましょう、か?」
「呼んだ?」
荒谷が後ろからひょっこりと現れた。噂をすればなんとやら。
「荒谷さんっ!助けてあげて下さい」
荒谷を見ながらもう一度、華恋は二人を指差した。
しかし、荒谷は窓の外を見ても焦る気配がない。
「うん…?誰もいないけど」
「「え」」
沙希と華恋の声が重なった。揃って窓の外を見れば、本当に誰もいない。
少女二人は顔を見合わせ、首を傾げる。そしてある想像に至った。
もしかして?と想像して、華恋と沙希の顔は青ざめていく。誘拐、暴行、恐喝、クスリ…
花咲嬢が手首を縛られ、ガムテープを口に張られ、薄暗い部屋の中で一人転がされている。
嫌がる花咲嬢に、無理やり数人でクスリを吸わせようとする。
嫌な想像しか思い浮かばない。
「うわああ、ど、どうしましょう」
「月曜、は、花咲さん学校に来なかったら?」
軽くパニックになる二人を、荒谷は治めようとする。
「ちょ、落ち着こう、二人とも。深呼吸、深呼吸」
はい、すーはーすーはー。両手でラジオ体操の真似をする。
ここでラマーズ呼吸などのボケをしないのが荒谷だ。
「えーと、状況を整理すると、二人のクラスメイトの美少女がなんか拉致っぽいことをされていたわけだね?」
「拉致というか…何でしょう?」
「何だろう…?でも嫌そうにしてた!」
いつの間にか荒谷は椅子を持ってきて、同じ机を三人で囲った。
「うんうん。じゃあお兄さん、とかの可能性は?」
シスコンやロリコンのお兄さんや親戚の人に手を繋がれたら?
荒谷の質問に沙希と華恋は即答した。
「「即離します」」
「じゃあその説も入れてみよう。まぁ最近この辺で暴行を行う人もいないし。ぶっちゃけ言うとここがこの町で一番警察とか来る場所だからなぁ。馬鹿でも不良なら知ってるし、やっぱお兄さんの可能性が高いんじゃない?」
「そう、ですか…?」
この辺のことは全く知らない。ゆえに、信じられる話ではない。
「…ううん、そうかも?」
沙希が首を振りながら小さく呟いたとき、5時を知らせる曲が遠くの方で聞こえた。
「そろそろ、帰りましょうか」
いつの間にかカフェオレもぬるくなり、茜色の光が西の窓から差し込んでいる。ケーキのあった皿には、欠片しか残っていない。
「では、ありがとうございました」
「また来ます!ケーキ美味しかったです」
下野と荒谷に挨拶してから、店を出た。
相変わらずグダグダ&ぐちゃぐちゃ…
いろんな意味でごめんなさい!!