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アジサイ?

休日の街中。東京などの有名な都市でないにしろ、人がそれなりに多い。

華恋は数回人にぶつかってしまい、申し訳ないと思う気持ちでいっぱいであった。

「あ、すいません…」

5回目になるくらいのこの言葉を言ってから、ようやく待ち合わせの場所に着いたことを知る。

街中のベンチに座る、茶髪の少女を見つけたからだ。

「お、かーれーんっ!」

それは相手も同じらしく、何メートルか先にいる沙希も手を振ってきた。

少しだけ華恋は小走りになる。


「ハァっ、待ちましたか?」

少し息を切らしながら華恋はデートなどで定番の台詞を言う。

それに便乗して沙希もこれまた定番の台詞を言う。

「ううん、今来たとこ。それより華恋、オシャレだねぇ」

そう言われ、何故か身嗜みを整える華恋。

今の華恋は白いカーディガンに、花柄のワンピース。

本人いわく、服に着られているらしい。


「そういう沙希こそ、オシャレさんではないですか」

沙希の今日の服装は全体的に黒い。

紺のベストに、黒いTシャツ。Gパンといったクールなファッションである。

本人いわく、自分のガサツさがにじみ出ている服装らしい。


「で、今日どこ行くんだっけ?」

ゆっくり歩き始めながら、沙希が聞いてきた。

それに華恋は淡々と答える。

「とりあえず私の叔父さんの経営する喫茶店《ライラック》に行こうかと。

 …運が良ければ、出費も抑えられますし」

淡々と、悪女っぽい策略をさらけ出す。

「華恋、アンタねぇ…」

どこか感心したように、呆れる沙希であった。

しかし、沙希としても出費を抑えたいところである。

良心が痛むが、基本的には賛成である。

「んで、その喫茶店っでどこにあんの?隣町?」

「いえ、あと少しで着きますよ。南駅前にありますから」

「え、南駅前に?」

沙希は驚いたように聞き返す。

それもそうだ。店を構えるにしろ、あそこは立地条件が悪すぎる。

南駅前は道が入り組んでいるため、迷いやすい。それにあそこは放置物件も多く、人通りも少ない。

南駅を使用するのは本当に急いでいる人か、満員電車などが嫌いな人ぐらいである。

「叔父さんも、モノ好き?なの?」

「いえ、隠れた名店に憧れるとかどうとか言ってましたけど」

「へ、へぇ」

若干、沙希が苦笑いになっているが、華恋はそっと視線を外し見ないことにした。華恋の叔父の頭は少々常人とは異なるため仕方がない。


華恋の叔父にあたる人は少しばかり、イタい思考回路を持っている。

本人の座右の銘は『少年よ、大志を抱け』である。少年の心を忘れたくないらしい。

しかし、喫茶店の名前は《ライラック》。花言葉は『遠い日の思い出』だ。華恋としては、自らの叔父が何を思ってそんな名前にしているのか気になるところだ。というか、忘れたくないのか、思い出にしたいのか。どっちだ。


「それにしても今日は暑くない?最高気温何度だっけ」

「さぁ、25度くらいだったと思いますが?」

何気ない会話をしながら歩く。

少しだけ人気もなくなってきた。

「暴漢とかに襲われたりしないよね」

それを見た沙希が、小さく自分に言い聞かせるように呟いた。

その呟きは小さかったけれど、確実に華恋の耳に届いた。

「私たちのようなブスを見れば襲った人の気も萎えますから大丈夫です」

「いや、そこは『私のような』にして欲しかった」

「自分が美少女だとでも?」

華恋は今は無表情であるが、表情があったのならば嘲笑でもしているのだろう。

他人が聞けば苦笑いするくらい失礼な言葉であるが、沙希は慣れたモノで。

「ヒドッ」

笑いながら受け流した。


…ように見えて、少し根に持っていた。

「確かに美少女なんて言わないけどさー、こう、なんかね?言い方ってもんがあるっしょ」

「ああ、すいません。沙希に対する優しさなどは全力で投げ捨てた記憶がありまして」

「ちょ、今日のアンタ本当にひどいよ!?毒舌ちゃん!?」

沙希をかまうのは楽しい、と少しSに目覚めようとしている華恋。


そんな華恋は周りを見渡して、見慣れた店があるのに気づく。


「沙希。着きましたよ」

「え、ここ民家でなくて?」

眼の前には白と黒の洒落た、少し大きな家があるだけ。

確かにオープンテラスのように机と椅子が少しずつ並べられているウッドデッキは、喫茶店のようだ。

しかし、傍から見れば本当にただの民家である。

ここは本当に喫茶店なのだろうか。何も知らなければ本当にそう思う。


しかし、その家にインターフォンなどは無く。

ドアの上に付いた小さなベルを見る限り、やはりそこも喫茶店であるのだろう。

OPENといった看板もないが、ドアの傍でWelcomeという表示を掲げた小人も風情があるように思う。


華恋がドアを開ければ、カランコロンとベルが鳴った。

「こんにちわ、叔父さん」

「し、しつれーしまーす」

華恋はいたって変わらず、いつものように淡々と言う。

沙希は恐縮、と言うかのように少しビクついていた。


店の中は外見通り広く、シックな感じのテーブルとイスがたくさん置いてある。

木造の造りで、暗い色が多い内装であるにかかわらず、どこか暖かさを持つ。

流れているのはバラードな有名歌手の曲で、落ち着いた店の雰囲気にぴったりと合っていた。

カウンターには飾り用だろうか、それとも本当に挽くためか。コーヒーミルが置いてあった。


華恋としてはここの落ち着いた店の雰囲気が居心地やすく、よくここに来ていたりする。

そんなことを思っていると、店の奥の方からガタガタッと音がした。


「あら、華恋ちゃんじゃない。お友達?」

店の奥から、低い男性(・・)の声とともに、爽やかな青年が出てきた。

華恋は店の奥から出てきた、その20歳ぐらいの青年に話しかける。

「あ、お久しぶりです。荒谷(あらたに)さん」

「つれないね。もっと驚いたって良いじゃんか。

そのポーカーフェイスを崩してみたいんですけど」

華恋が見知らぬ男性と親しげに話していることに沙希は少々驚いた。

驚いたことで青年――荒谷の第一声であるオネェ言葉により固まっていた身体を動かすことができた。

困惑する頭をフル活用し、とりあえず一番聞きたいことを選択する。

「……え、ちょい待ち。華恋、どなた?」

それを聞いた荒谷は照れ笑いしつつ、自己紹介をする。


「初めまして。僕は荒谷(あらたに)千尋ちひろ。ここでバイトしてる現役高校生だよ」


「え!?」

てっきりもう成人しているのだと思っていた。

それもそのはず。彼の持っている雰囲気は、とても高校生が持ち合わせているとは思えないほど達観した雰囲気である。華恋が彼に初めて会ったとき、華恋も彼を高校生だとは思わなかった。「おじさん」と呼んでしまい、荒谷を数時間落ち込ませたことがあるのはいい思い出だ。今では、彼はきっと包容力が人一倍あるのだと華恋は思っている。

「えっと。荒谷さん、こちらは沙希。園山沙希です。

小学校から仲良くしてくれる唯一の友人でして。殺さないで下さいね」

「うん。僕はマッドサイエンティストでもないから」


笑顔でそう吐き捨てたセリフを、中年の男の声がまた拾い上げる。

「え、この前彼女さんを解剖してなかったか?笑顔で」

「彼女もいませんけどね。店長」

店の奥から出てきたもう一人の男。35歳ぐらいだろうか?そのくらいの年齢だ。

彼こそがこの喫茶店《ライラック》の主人。下野(しもつけ)(そう)である。

無精髭がある、微妙に精悍な顔つきだ。近所のお姉さん方に割りとモテるらしい。


「こんにちわ、叔父さん」

華恋はもう一度、下野に挨拶をする。

下野はにっこりと笑って挨拶を返す。

「あぁ、華恋ちゃん。こんにちわ。沙希ちゃんだったか、君もこんにちわ」

「あっ、はい…」


「それでは沙希、座りましょうよ。窓側はけっこう見晴らしが良いですよ」

華恋は沙希に、窓側の席に座るように施す。

言われたとおりに沙希は白いイスを引き、腰かける。

「……う、わぁ」

すると、目に写るのは色彩豊かな草花の数々。

窓の外には、下野が造る小さな庭園が広がっていた。

所々にいる小人の置物がまた可愛らしい。


「…………」

美しさに絶句をしているのだろうか。

口を開けたまま、窓の外を見つめている様は傍から見ていて、なんというか… アホらしい。

そう華恋は思ったが、乙女のプライドが沙希にもあるだろう。言わないでおく。


「さーきぃー。ケーキ、食べないのですかー?」

少々棒読みっぽく言ってみた。

…が、反応がない。ただの屍のようである。

どうやら沙希は甘いモノがより風景が楽しみたいようだ。


コホン、と咳払いしてから近くで笑っている叔父さんに言いかける。

「叔父さん、ガトーショコラ一つお願いします。あ、沙希は水だけで結構なようなので」

「あぁー!っと華恋!!食う喰う食べる食べたい食べさせて!」

ですよね、と顔色一つ変えずに沙希の方を向く。


メニュー本を一つ手に取り、沙希に手渡す。

そして一言。

「ここのフルーツタルトって、フルーツとカスタードの相性が抜群なんですよ」

「あの、華恋の叔父さん。フルーツタルトとミルクティー下さい」


クハッと荒谷さんが噴き出すのが聞こえた。

心なしか、下野も笑いを堪えているかのように見える。

「はい。じゃあガトーショコラとフルーツタルトね。飲みモノはミルクティーと…カフェオレ?」

「せーかいです。今度手伝うんでツケでお願いしますね」

小さく荒谷さんが、「悪女…」と呟くのが聞こえたような。

下野ははいはい、といつも通り苦笑したように言う。


華恋はというと。

「うはぁー、楽しみ楽しみ」

もの凄く目がキラキラしている沙希を可愛らしいと感じていた。

そう、まるで。…まるで、幼子を見ているようで。


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