見つからない星
五月雨荘での生活も一年と四ヶ月が過ぎようとしていたところだった
「あっつー‥‥‥」
うだるような、熱気の中私はあまりの気持ち悪さに目を覚ました
ぼんやりと目を開けもはや染みの数さえ即答できる、アパートの天井をすこし眺めてから、今まで見ていた夢と現在の現実の違いとをしっかりと確認したのち洗面所へと向かった
歩き慣れた、リビングから洗面所へと続く廊下は綺麗に清掃してあり、築25年と見た目ではわからない
洗面所で綺麗に顔をすすぎ、そこでようやく完全に意識を覚醒させた
「ぷはっ」
冷たさが体を駆け巡り、脳幹が刺激される
この感覚が緑はどうしようもなく好きで、毎夜朝起きるのが楽しみで仕方なかった
時刻を確認する、7時25分今から準備すれば学校には十分間に合うだろう
台所に行きいつも通り簡単な朝食を作る。
野菜サラダにベーコンエッグ、味噌汁を軽く作った
「いただきます」
憎き親父から教わったほんのわずかなことの一つ
食べ物は大切にせよ
親父のことは嫌いだが、言っていることは至極当然のことなのでこれは守ることにしている
♪♪♪♪♪♪
電子音
家の子機から無機質で単調なメロディが流れる
特に急ぐ風もなく、私は受話器を手にとった
「はいもしもし、星河ですけど」
特に愛想を使う必要もない。ここに電話がくる場合の大概は塾の勧誘などだからだ。何度も断っているのに、いつになってもひっきりなしにかけてくる、彼らの鉄の心臓には驚愕させられる
だが、その予想は簡単に外れることになる
冷静に考えればこんなに早くから勧誘の電話がかかってくるわけがない。経験という繰り返しが思考を停止させパターン化させた結果だった
「緑――――ッ起きろぉ!!!」
キーンと耳鳴りが起きる
受話器を零距離で耳に当てていた緑は平衡感覚を一瞬失い尻餅をついてしまった
この馬鹿みたいにでかい声は
「涙子、あんた朝っぱらからテンション高過ぎ‥‥‥」
半分呆れながら(もう半分は思考がまだ停止している)、唯一無二の友達に応答をした
「あっはははーーーー。緑が低いだけだよー。大体新学期だよ?新学期。これがテンションあがらいわけないわけないわけないだろう‥‥‥いや、ない」
「どっちだよ!?」
「あがるね」
「あっそ」
「やーん、緑ちんが冷たい」
「用がないなら切るよ?」
「わーっ待った待った。」
待ったも何もあるものか、私の貴重な朝を無駄にしたくせに、まだ物足りないというのか悪魔め
デビルだ
朝のデリバリーデビル
‥‥‥別にうまくはなかった
「‥‥‥何?」
不愉快なため息を漏らしながら一回だけ電話越しの人物にチャンスをあげることにした
「一緒にがっこに行こ」
「一人で行け」
がしゃんと電話を切った
何故皆誰かと登校したがるのだろうか。全くもって理解不能だ。人と歩くより自分のペースの方が格段に楽なのに
理解できない
理に叶っていない
連帯感がそこまで魅力的には見えないんだけど
‥‥‥まあいいや
「冷める前にさっさと食べちゃお」
今日の朝食はわずかに苦かった
□□■■
教室の中は長期休暇の前より一層騒然としていた
いや、久しぶりだからそう感じるだけなのだろう
私は自分の机に座り頬杖をかく。当然友達が圧倒的に少なくこんな態度をとっている私に話しかけてくる猛者はいない。とゆうか、半径三メートルにさえ近づいてこない
触らぬ神に祟りなしってね
よく言ったもんだ
こういう時私はよく、机に突っ伏す
いや‥‥‥友達がいないことを寝ていることで誤魔化すとかそんな惨めな行為とかではなく、私は友達がいない
だから世間(学校内の)にどうしても疎くなってしまうのだ
故にこうやって耳を澄まし情報を収集しているわけだ。まあ、入ってくる情報などたかが知れているのだけれど
とその時
「ミドリン☆」
「私をそんな名前で呼ぶなッ!」
背後から不快な声がした。誰かは一瞬で判別した。私に馴れ馴れしく近づいてくるものはこの学校でただ一人、橘涙子だけだ
「ありゃりゃ、大きな声出さないでよ緑。ほら皆こっち見てるじゃん」
「あんたが現れなければそんなこと無かったよ」
「あははは冗談きついなー相変わらず」
涙子はトレードマークの赤いリボンで結ばれたポニーテールを揺らし笑った
「‥‥‥何のよう」
「ん?理由なく友達の顔を見に来ちゃ駄目なの?」
よくもまあ、そんな恥ずかしいことを真顔で言えるものだ
「駄目だね。全くもってこれっぽっちも。理由がない行動なんて信じられたもんか」
「じゃあ友達の顔を見に来たかったから」
え、なにこのいい子。なんでここにいるの?
「そういえばさ、涙子って彼氏がいたよね。えと‥‥‥何だっけ、す、す」
「国道佐鳥くん?」
「そう、そいつ」
「す、関係ないじゃん」
「そんなんどうでもいいよ」
「一応私の彼氏なんだけど‥‥‥」
がっくりと肩を落とす涙子
「ま、緑が私に彼氏がいるって覚えてただけいい方か。」
「なによそれ。まるで私が記憶力に障害を持っているかのような言い方なんだけど」
緑が不満げにそう告げると涙子は明後日の方向にいる、数人で談笑している、一人の女の子を指さした、ツインテールを黄色いリボンで縛った、可愛い系の大人しそうな印象だ
「誰よあれ。あの子が何かしたの?」
「緑の隣の席の子」
「‥‥‥‥‥‥」
「はぁ、ま、そんなところだと思ったけどね。緑のそういう所嫌いじゃないけどさ、直さないとそのうち痛い目みるよ」
痛い目か
「もう慣れたよ」
僅かな声で呟く
「え?今何か言った?」
「うんにゃ、何も」
「ふぅん、まあいいや。それで何でさっき私の王子様を聞いたの?」
ああ、そうだ忘れてた
‥‥‥やっぱり記憶力無いのかな
少しへこむ
「なんか、もういいや。そういう気分じゃ無くなったし。わたし記憶力ないからなんて聞こうとしたか忘れちゃった」
「嘘だよ。緑はどうでもいいことしか忘れないし、どうでもいいことは質問しないよ。故に覚えているーーー以上QED」
「また、今度聞く」
「‥‥‥‥ま、私が気にすることじゃ無さそうだね」
こうして瞬時に切り替えを行える涙子は時々羨ましい
下手なこと考えないで生きていけそうだ
こうして、今日の朝は過ぎていった