7.かたちあるもの~それぞれの想い~
中学生になって初めてずる休みをした。
両親は仕事に行って家には私一人。
ひんやりとした空気が今はなんだか心地良く感じる。
お昼頃外へ出た。
カーテンを締め切った部屋で一人考えていても答えは出ないから。
ううん、
そもそも答えなんて・・・
あきちゃんが好き。
その気持ちさえもわからなくなってきた。
祐也が恐い。
芳沢くんも男の人だった。
そんな現実から逃げたくて、
歩き出して辿り着いたのは小学校だった。
五年生の時に転校してきた。
二年間通っただけだが、懐かしく感じるのはなぜだろう。
ちょうどお昼休みで子ども達が校庭で遊んでいる。
低学年の子達は男女一緒に遊んでいる。
手をつなぐことにも抵抗は無い。
かわいいな。
高学年の子達は男女別々に遊んでいる。
不思議。
ちゃんと異性を意識するようになっているのだね。
こうやって段々と人を好きになる気持ちを覚えていくものなのだ。
いつかちなっちゃんが言っていた。
好きのその先を考えたことある?
私は子どもだった。
幼かった。
ここにいる小学生と変わりない。
ううん、変わった。
気がついてしまった。
気がつくのが遅かったのかもしれないけれど、
変化に気がついたのだから。
変わったのだから次へ進むことができるの。
次へ進まなければいけないの。
想いは一つ―――
笠原祐也。
中学一年生の時、部活動を通して知り合う。
仲良くなったのは委員会が同じになってから。
別々のクラスだけれど一緒に委員会の仕事をするようになり、お互いのことを知り始めた。
好きとかはまだよくわからなくて、憧れていた先輩の名前を口にしたりもしていた。
中学に入り、部活動に夢中になり、委員会で仕事をし、試験へ向けて勉強をする。
そんな毎日が繰り返されるのが当たり前だった。
二年生になると祐也と同じクラスになった。
部活も一緒、クラスも一緒、委員会も一緒。自然と祐也と過ごす時間は増えていった。
秋になると祐也は部長になった。
急に祐也の周りは忙しくなった。
一緒にいるのが当たり前になっていたから、祐也と過ごす時間が減ると寂しさを感じた。
それが恋だと知ったのも周りから諭されて。
林間学校があった。
女子達で恋の話で盛り上がった。
当然祐也を意識していた。
祐也を好きになって困ったことはなかった。
毎日は朝錬から始まり、同じ教室での授業、放課後の部活動。
祐也と過ごす時間は楽しかった。
そこに男女の関係がなかった。
でも、
それは突然やってきた。
祐也に彼女が出来た。
失恋。
それもはじめてのことだった。
誰かを好きになり、その想いが突然叶わなくなった時、どうすればいいのかわからなかった。
やがて知る。
無理に諦めようとしなくても良いこと。
忘れようとしなくても良いこと。
人が人を想う気持ち、
それは大切なものだから。
自然と巡ってゆくものだから。
そんな大切なことを気づかせてくれたのがあきちゃんだった。
穂高晃。
中学二年の秋、一枚の風景画に目が留まった。
私は、それが彼が描いたものだとはまだ知らない。
中学三年の春を迎える。
うちのクラスによく出入りする人を見かけるようになった。
顔も名前も知らない男の子。
挨拶をしても無視され、無表情な人。
やがて知る。
彼はあの絵を描いた人。
決して目立つ方ではないが、成績もよく友達想いの人。
だんだんと穂高晃の存在が大きくなり、私は私がこれまでに見てきたものと、彼が見てきたものとの差に惹かれ始める。
修学旅行の三日間で思いがけない彼の一面を知ることになり、気になる存在となる。
誤解を招いて苦しい思いをした時期もあった。
それでも彼はいつも無表情で、口数少なくて、何も言ってはくれないのだけれど・・・
やがて私はその彼の中に優しさを見つける。
それはとても温かく、やさしい空気に包まれているかのように安心した。
そして私はあきちゃんを好きになる。
その夜、芳沢くんから電話があった。
母親曰く、学級委員としてクラスの子が休んだから明日の連絡をとのことだった。
芳沢くんらしい。
祐也からは伝言があった。
奈緒ちゃんに言付けたらしい。
一番確実に伝わる方法を知っているのも祐也。
「治ったら話しがしたい」そう言っていたそうだ。
当然、あきちゃんからは何も無い。
なくて安心している自分がいる。
あきちゃんは、あきちゃんだから。
「おっはよー」
翌朝元気に登校し、四組へ入る。
「来たな、ずる休み。」
ヒロアキが言う。
「めぐちゃん、おはよん。」
笑顔で迎える千夏。
辺りを見回すが晃の姿はない。
「めぐちゃん、今日放課後ヒマ?」
「うん。」
「じゃあ、話しましょうか。」
「オレもいてやってもいいぞ。」
千夏とヒロアキの声が嬉しい。
「二人ともありがと。」
五組へ入ると芳沢が待っていた。
「椎名さんおはよう。」
「おはよう。」
そう答えて鞄を自分の席へ置く。
「良くなった?」
「うん。」
顔を見て話さなければ・・・そう思うのだが下を向いてしまう。
「あ、昨日は電話もらったみたいでありがとうね。」
「いいえ。」
いつもの笑顔で答えてくれる。
「いやさ、どうしているかなと思ってね。風邪?」
「う、うん。」
苦し紛れに嘘を言ってしまう。
「そっか。」
やっぱり気まずくて顔が上げられない、目があわせられない。
そんな様子を察してか芳沢が言う。
「今日は半日だから無理しないようにがんばって。」
そう言うと頭を撫でてくれる。
あ、まただ。
芳沢くんに触れられるとズキっとする。
恥ずかしいし、照れるし、ホッとしている自分もいるのだけれど。
その次にくる感情に気がついたのは昨日。
罪悪感。
私はあきちゃんが好きで、
でも芳沢くんは私を好きという。
応えられない想い。
でも、人を想う気持ちは私も知っている。
だから・・・
つらい。
あきちゃん、
あきちゃんに会いたい。
こんな時はいつもあきちゃんの顔が浮かんでくるの。
辛い時、悲しい時、嬉しい時、楽しい時、勉強が一息ついた時。
いつも思い出すのはあきちゃん。
あきちゃん、
祐也のこと、どう思ったかな・・・
寒かったから?
それとも私を避けて?
あきちゃんが廊下に顔を出してくれることは無かった。
一時間目、二時間目、三時間目・・・
授業が終わった。
今日はこのまま会えないのかな。
やっぱり私のこと避けているのかな。
でも、このまま月曜日まで会えないのも嫌だ。
そう思ったら足が四組へと向かっていた。
ちょうど掃除が終わったところだった。
教室の後ろのドアから中を覗く。
すると簡単にあきちゃんの姿は見つかった。
目が合う。
逸らされてしまうかと思ったが、意外にもあきちゃんは来てくれた。
「体調悪かったのか?」
「え、あ、うん。」
あきちゃんに嘘をつくのは心苦しいが、仕方ない。
「ふーん。」
「私いないのわかったの?」
「ああ。」
「そっか。」
そういえば、元気がとりえな私はここ数年学校を休んだことはなかった。
あきちゃんと出会ってからは欠席ゼロだったはず。
人一人いないくらいで学校生活は、何も変わりはないのはわかっているけれど。
もしあきちゃんが一日欠席したらどうかな。
「変だった。」
「え?」
聞き返すと、晃は拳を額に軽くコツンと当ててきた。
「おまえがいないとなんか変だった。」
そう言うと教室へと戻っていった
避けられなくて嬉しかった。
昨日休んだこと、気にかけてくれて嬉しかった。
自分が思っているように、あきちゃんも思っていてくれたことが嬉しかった。
こんなにも嬉しい気持ちでいっぱいにしてくれるあきちゃん。
やっぱりあきちゃんといると安心する。
自分の気持ちを再確認した。
放課後、千夏とヒロアキを四組で待っていると晃に話しかけられた。
「帰らないのか?」
声をかけてくれるなんて嬉しかった。
今日はもう話せないと思っていたから。
「待ってるの。」
「誰?」
晃に向けて指を出す。
「なに?」
「うっそ。」
笑顔で言うと無表情で晃が攻撃する。
「ひゃあ@▲※○X」
「ごめん、ごめんってば~」
晃の首への攻撃は続く。
「あきちゃ、冗談だってば@▲※○Xくすぐったい~」
もがいていると晃の手が止まった。
「髪伸びたな。」
そう言うと、手を髪へと伸ばす晃。
晃が髪に触れている。
緊張で体が固まる。
「今日は縛ってないんだな。」
「う、うん。」
やっとの思いで声を発する。
え、
えっと・・・
こ、これは・・・
き、緊張する。
う、嬉しいけど、
動けない。
どうしたらいいのかわからない。
そのまま晃の手は頭に置かれた。
「ちっちゃいな。」
「そ、そうかな。」
「おまえ身長いくつ?」
「ひゃ、百五十五。」
「ちっちゃいじゃん。」
「ふ、普通だよぉ。」
「あきちゃんは?」
「百七十五・・か六くらい。」
「まだ伸びているの?」
「ああ、成長期だな。節々が痛む。」
「じゃあもっと大きくなるんだね。高校生になったら・・・」
とそこまで言って話を止める。
「なんだよ?」
「ううん、なんでもない。」
「途中で止めるなよ。なんだ?」
「ほんとに何でもないの。」
高校生になったら・・・
あきちゃんの進路、聞きたいようで聞きたくない複雑な気持ちだった。
「変なやつ。」
そう言った晃の顔には笑みが浮かんでいた。
時々見せてくれる笑顔。
やっぱり好きだな。そう思っていた。
「晃君――」
廊下から呼ぶのは市井と健太だった。
鞄を持って二人のところへ行く晃。
「あきちゃん、バイバイ。」
何も言ってはくれなかったけれど、話せたことが嬉しかった。
ふつうに話せたことがただただ、嬉しかった。
放課後、もんじゃ焼きを食べに行った。
「あ、あたしのおこげ。いっただき。」
「あ!こら北川、人のを盗るな。」
「早い者勝ちだよん。」
「しーなも隙を与えると北川に狙われるぞ!」
「あはは。」
この二人と食事をするといつもにぎやかで楽しい。
自然と笑顔がこぼれてくる。
「で?へぐちゃんのひょうまひょうえご・・・」
「こら、北川食うかしゃべるかどっちかにしろ。」
「あはは。」
ほんと楽しい。
「改めまして。で、めぐちゃんの話は?」
「うん、」
そう答えてヒロアキの顔をチラッと見た。
「いいぞ、話しても。」
悟ったヒロアキが言ってくれた。
「うん。」
オレンジジュースを一口飲む。
「写生大会の日ね、終わって関くんとボーリング行かないかって話していたのね。ヒロアキも一緒に。」
「うんうん。」
「そしたら突然あきちゃんが来て、ヒロアキに・・・」
「ヒロアキに?」
ここまで話し、再度ヒロアキの顔を見る。
食べながらも真剣に聞いている千夏。
「殴ろうとして・・・」
「なぐ?えっ・・ほんと?」
予想外の話に驚いた千夏は目を大きくして見つめる。
「ああ。関くんが止めに入ってくれなければ殴られていたな。」
ヒロアキが答える。
「そ、それで?どうなったの?」
「っていうか、ヒロアキ関係者なんじゃない。」
「まあな。でも、俺はそこからは何があったか知らない。」
再びに視線を戻す二人。
話しを続ける。
「私も突然の事でびっくりしたのだけど、何があったのか知りたくて、あきちゃんが三組から出てきた事と、祐也の名前を言っていたから、祐也のところへ行ったの。」
「うん、うん。」
「そしたら・・・祐也が・・・」
「どうしたの?」
下を向き、再び言い難そうにする。
「・・・好きって言われて・・抱きしめられた。」
「なにーーっ!」
「・・・それをあきちゃんに見られた。」
「えーーーっ!」
「だってめぐちゃん、前にも祐也くんから・・・」
「う、うん、そうなの。」
「あきらめの悪いやつー。」
「おい、北川。そんな言い方はないだろ。」
「だってそうじゃん。前からめぐちゃんのこと好きだかなんだか知らないけどさ、ちゃんと付き合っていたのだし、別れたと思ったらすぐにはい次、みたいでそんなの嫌よ。」
「まぁ・・・な。」
「で?」
「うん、結局祐也とあきちゃんに何があったかはわからなかったの。」
「晃君に見られたのがショックでずる休みか?」
「いや、違うわ。めぐちゃんまだ何か話してないことあるでショ。」
鋭い千夏の視線を感じる。
「う、・・・うん。」
「まだあるのか?」
ヒロアキからも顔を覗かれる。
「その後、教室に戻ったら・・・芳沢くんがいて・・・」
「うんうん。」
「・・・す、好きだって言われた。」
「なにーーーっ!」
更なる驚きを見せる二人。
開いた口がふさがっていない。
「そ、それは驚いたわね。」
「だな。」
「うん、それでよくわからなくなっちゃって・・・」
「なるほど。」
「それで今、めぐちゃんの気持ちは?」
「うん、もう大丈夫。」
「私の気持ちは変わらないよ。」
「そっか。それなら良かった。」
千夏に笑顔が戻る。
反対にまだ神妙な面持ちのヒロアキ。
「まぁ、芳沢君の話は置いといて、」
「置いとくのか?」
「それでいいの。問題は、晃君と祐也君に何があったかよね。」
「そうなの。ここ最近何度か二人が話しているのを見かけたことはあったのだけどね。」
「それじゃあ、少し情報を調べてみましょうか。」
「ちなっちゃん・・。」
「北川、何か知ってるのか?」
「知らないからこれから調べるんでしょ。相変わらず頭悪いわね。」
「頭悪いは関係ねーだろっ。」
「もちろん、あんたも協力するのよ。」
「オレかよっ。」
「当たり前でショ。当事者なんだから。」
「・・・・。」
千夏に押されて何も言えなくなるヒロアキ。
「よし、じゃあ決まりねん。」
「おばちゃーん、ソフトクリーム。」
話を終えるとデザートを注文する千夏。
疲れきった様子のヒロアキ。
二人の様子を微笑ましく思った。
二人がいてくれて良かった。
2
翌月曜日。
週末はあまり考えずに過ぎていった。
十一月になり、土日とも塾の模試試験や対策講座で埋められていたから。
上履きに履き替えるところでふと気がついた。
下駄箱に晃の靴がある。
あれ。
早いな。
そう思いつつも教室へ向かう足取りが速くなっている。
あきちゃんに会える。
そう思うと、ドキドキと緊張とためらいと入り交ざった不思議な気持ちになる。
「おはよう。」
やはり顔を見ると嬉しい。
「早いね。勉強?」
何も返してはくれないが、それでも二人でいられる時間が嬉しい。
邪魔にならないようにと晃の斜め前の席に腰を下ろす。
しばらく沈黙が続く。
徐々に不安になってくる。
最初はそばにいられることだけで嬉しかった。
朝会えるだけでも満足だった。
でも・・・
また思ってしまう。
迷惑なんじゃないかって。
あきちゃんを想う気持ち、
あきちゃんにとってはそばにいることさえも良い風に思っていないのではないか。
私があきちゃんを好きな気持ちは知っているはず。
でも、祐也の事も知っている。
今度こそ呆れられたのかもしれない。
ひいたのかもしれない。
関わりたくないと思われているかもしれない。
そんな思いで胸が苦しくなる。
不安で呼吸が落ち着かなくなる。
いつの間にか顔が上げられなくなっている。
「今日は縛ってるんだな。」
「あ、うん。へ、変?」
「別に。」
嬉しかった。
あきちゃんが話しかけてくれたこと。
あきちゃんが私を見てくれていること。
あきちゃんが私に気がついてくれていること。
あきちゃんの一言が、さっきまでの不安を消し去ってくれる。
「忙しいやつだな。」
「えっ?」
「暗い顔してみたり、笑ってみたり。」
「そ、そうかな。」
晃に表情を読まれていたことに少し焦る。
「なんで暗い顔?」
「暗くないよぉ。」
笑顔で答えてみる。
「じゃあなんで笑ってる?」
「なにそれ~。」
惚けて答えてみるが晃は真っ直ぐ見つめてくる。
「俺といると笑ってるな。」
「そう?」
「楽しいか?」
「うん、楽しいよ。」
あれ?
この話し前にもどこかでしたことがあるな。
いつだっけ・・・
思い出していると、晃が鞄の中へ手を入れ何かを取り出した。
「おみやげ。」
そう言って渡してくれたのはペンギンのステッカーだった。
「もらっていいの?」
「ああ。昨日健太と市井と買ってきた。」
「へ、へぇ~。楽しかった?」
「楽しかった。」
グサっと突き刺さった晃の言葉。
楽しかった・・・のか。
晃からのプレゼントに喜ぶ反面、市井と遊んで楽しかったという言葉に複雑な心境である。
あ、お礼言うの忘れた。
思いがけない晃からのプレゼントにやはり嬉しさは隠せず、ステッカーをしまった鞄を大事そうに両手で抱え、顔が緩んだまま五組へ入っていく。
「おはよう、椎名さん。」
「お、おはよう。」
「嬉しそうだね。何か良い事でもあったかな?」
「えっ、ないよ、ない。」
芳沢のいつも通りの挨拶に慌てて応えたがやや無理があっただろうか。
「かわいい顔してるからさ。」
「えっっと・・・」
芳沢のストレートな表現はやはり慣れない。
言葉に詰まって下を向いてしまう。
「うそうそ。ごめんね、困らせるようなこと言って。」
「自分は、確かに椎名さんの事かわいいなと思って見ているよ。でもね、椎名さんの気持ちも知ってるから。椎名さんが誰を見ているのかも。」
「ご、ごめんなさい。」
小さな声にしかならなかった。
そんなの言葉に慌てて芳沢が付け加える。
「謝らないで。自分は椎名さんの一生懸命がんばっているところがかわいいと思うし、応援してるのだから、今まで通りでいいんよ。明るくて、元気な椎名さんを見ているのが好きだからさ。応援する。」
「ありがとう。」
そういうのが精一杯だった。
芳沢の優しさ、見守ってくれている温かさを感じたから。
そして少しだけ寂しそうな表情を浮かべていたから・・・
それ以上の事は言えなかった。
芳沢の優しさに甘えることも出来たかもしれない。
この人に想われていたら、優しくしてもらえたら、今までの嫌な事が終われるかもしれない。
ううん。
何もかも忘れて、彼に守ってもらうのは、優しさを利用しているだけだから。
それでは何の意味もない。
私は私の想いを大切にする、そう決めたのだから。
翌朝――
昨日に続いて下駄箱に晃の外靴を見つける。
「あきちゃん、おはよう。」
教室に二人きり。
朝の温度の低い教室はひんやりしていてどこか心地良い。
読んでいた小説を閉じる晃。
「何読んでるの?」
「推理小説。この間買った。」
「健太くんといっちゃんとお買い物行った時に?」
「そう。」
「あ、あきちゃん昨日はありがとう。前にもらったぬいぐるみと同じペンギンだったね。」
「ああ、お前が喜ぶだろうからって市井が。買ってやれってさ。」
「あ、ありがとう。」
なんだ、いっちゃんに言われたから買ってくれたのか。
いいな、いっちゃんはあきちゃんと一緒に買い物に行けて。
一緒に選ぶことだってできるのだものね。
嬉しいはずなのに市井に対して妬いている自分が嫌だ。
「他には何か買ったの?」
「いや、ゲーセンと本屋寄って帰った。」
「そうなんだ。でもいいね、買い物楽しいよね。」
「今度部屋に時計買おうと思って。」
「あきちゃんお部屋に時計なかったの?」
「無い。」
「うそぉ~、どうやって時間わかるの?」
「目覚まし時計。」
「あ、そっか。」
自分のしたバカな質問に思わず笑ってしまった。
「壁掛け時計かぁ。大きくて見やすいのがいいよね。丸いの、正方形、長方形・・・―――あ、そういえばこの前フライパンの形した時計見たよー。」
「おまえ、本当に楽しそうだな。」
晃が吹き出すように笑っていた。
それを見て自分が一人で勝手にしゃべっていたことに気がつく。
「あ、ごめん、私一人で・・・」
恥ずかしくなり顔が赤くなる。
「ふ・・・。」
笑いの止まらない晃。声を出して笑うところ初めて見た。
笑われているのに、なんだか嬉しくなってしまう。
「俺の買い物についてくるか?」
一瞬びっくりして、
「うん!」
迷わず答えた。
「ウソだって。」
「えっっ。」
「うっそ。」
「ほんと?」
「ウソ。」
「どっち?」
「どっちでしょう。」
「えっーー」
「ちょっとあきちゃん、どっち?」
「さぁ。」
「えーっ、どっち?」
「さぁ。」
「もう、あきちゃんってばっ。」
「どっちでしょう?」
「だからどっち?」
「さあね。」
「もーー。」
反応を見て面白がっている晃。
晃の言葉の一つ一つに動揺しながらも、こうして晃が笑っていてくれることがとても嬉しかった。
優しい笑顔。
こっちまで元気になれるくらい。
ねえ、あきちゃん。
本当に一緒にお出かけできたらいいのにね。
ねえ、あきちゃん。
ずっとこのままでいられる?
不思議だね。
こんなにもあきちゃんのことを想っていて、
あきちゃんのことが大切で。
だから壊れてしまうのが怖いの。
3
席替えをした。
なんと隣の席は恵子だった。
「めぐー!」
「けいちゃん!」
「やったね!」
「もえーっ!」
二人抱き合って喜んでいるところに二宮が覆いかぶさってきた。
「こらっ、にの暑苦しい。」
「恵子は冷た~い。」
「―ってゆうか私、黒板見えないじゃん。」
恵子の前の席は二宮だった。
「椎名さん、斉藤さん、よろしくね。」
「よっちゃん、おれには?」
「にの、隣だな、寝るなよ。」
「おーいっ、それだけ?」
「はははは。」
二宮の隣での前の席は芳沢だった。
「よっちゃんに、めぐ、これでうちの班は成績上がるわね。にの、足引っ張んないでよ~。」
「恵子~そんなんばっかなの?おれ。」
恵子、二宮、芳沢、萌。
数ヶ月を一緒に過ごすことになる席。
卒業まであと何回席替えがあるのかな。
その中の一回で、仲の良い友達に囲まれた席となれた。
でも・・・
席替えをする度にふと思うこと。
隣の席。
あきちゃんの隣に、私は座ることは無いのだな。
クラスの違いを思い知らされる。
放課後――
学級委員の仕事で久しぶりに残っていた。
「よし、これで終わり。」
「お疲れさま。」
「椎名さん、自分資料戻しに行ってくるけど、どうする?」
少し考えてから答える。
「あ、ありがとう。じゃあ、お先させてもらおうかな。」
「わかった。じゃあまた明日ね。」
「うん、バイバイ。」
そう言うと笑顔で資料を片手に教室を出て行く芳沢。
芳沢の人としての優しさにいつも助けられる。
一緒に帰ることになるのを考えて、先に聞いてくれる。
すごいなと思う。
この人のもつ優しさを尊敬する。
誰もいない教室を後にし、玄関へと向かう。
下駄箱に、晃の外履きを見つける。
あれ?
あきちゃんまだ残っていたの?
そう思うと足先が自然に向いてしまう。
四組へと・・・
次の瞬間だった。
「萌ちゃん。」
腕を掴まれた。
突然のことに驚き、振りほどこうとしたが強く力が入っていて動かなかった。
「やっと捕まえた。」
「祐也・・・」
「萌ちゃん、俺の事ずっと避けてただろ。」
「そ、そんなこと・・・」
「嘘だ。」
強い口調。
「避けてただろ。」
真っ直ぐ目を見てくる。
掴まれた腕。
怖ささえ感じてしまう。
「話がしたい。」
「は、離して・・・・」
「逃げるなよ。」
「・・・・」
「一度しか言わないからちゃんと聞いて。」
「ゆ、祐也痛い・・」
「聞いて。」
腕を掴む祐也の手にさらに力が入る。
「わ、わかったから。祐也痛い・・・。」
「聞いてくれるね。」
こっくりと頷く。
「ありがとう。」
そう言うと手の力が弱まった。
「俺が今、好きなのは萌ちゃんだよ。」
「付き合ってくれないか?」
いつもの、柔らかい口調に戻っていた。
「わ、私は・・・」
涙をこらえるので必死だった。
ここで泣いてしまったら、認めることになってしまう。
だめなの。
祐也じゃだめなの。
そばにいて欲しいのは・・・
そう言わなきゃ。
ちゃんと言わなきゃ。
はっきり言わなきゃ。
ほら、祐也に・・・
「返事は後で聞かせて。」
葛藤している自分に向けられた答えは意外だった。
思わず顔を上げる。
「萌ちゃんにはゆっくり考えてもらいたいんだ。今ここでは聞きたくない。」
「・・・・・」
「待ってるから。」
そう言うとの頭を撫で、ほっぺたに触れてくる。
「じゃあね。」
祐也の手が離れる。
体が金縛りにかかったかのように動かなくなっていた。
あきちゃんに会いたい。
あきちゃんの顔が見たい。
あきちゃんの手に触れたい。
あきちゃんの・・・
金縛りを振りほどくかのように必死に自分の体を動かした。
何度も転びそうになりながら、もつれる足を前に出し、走った。
下駄箱から四組へのいつもの道が、とてつもなく遠く感じる。
毎朝、下駄箱であきちゃんの靴を見ると嬉しかった。
朝の時間、会えるのが嬉しかった。
早起きして、学校に来るのが。
好きな人が同じ学校にいる。
廊下で、教室で、すれ違うたびにドキドキする。
あなたを目で追うだけで満たされる。
あなたが振り返ってくれたらそれは宝物。
あなたが笑ってくれたら、見つめてくれたら、なんて素敵なこと。
それが・・・
幸福な時間。
やっとの思いで教室へとたどり着く。
四組の扉を開ける。
いつもより扉が重く感じてしまう。
そこに、あきちゃんはいた。
「あきちゃん。」
おそるおそる声に出す名前。
声が震えているのが自分でもわかった。
「なに泣いてる?」
「泣いてないよ。」
「泣いてる。」
「泣いてないよ。」
顔見てほっとしたら、溢れてくる涙を止めることが出来なかった。
「ごめんね、なんでもない。」
そう言うと晃に背を向け涙をとめようと手で拭った。
「なんで泣いてる?」
「泣いてないよ。」
「泣いてる。」
「泣いてないよ。ほら、笑ってるよ。あきちゃんといる時は笑ってるもん。」
笑顔を作り振り返って見せた。
「泣いてるだろ。」
「泣いてないよ。」
再び晃に背を向け、空いている椅子に座った。
「どうした?」
晃が隣の席にやってきた。
「なんでもない・・・」
顔を上げられない。
そばにいてくれるだけで充分だった。
気持ちが徐々に落ち着いてきた。
「なんで泣いてる?」
「泣いてないよ。」
「おまえなぁ・・・」
「あ、あのねっ、席替え、席替えしたの。」
話を変える。
顔を上げたに晃も話をあわせることにした。
「それでねっ、隣はけいちゃんなんだよー。すごいでしょ。」
「斜め前にはにのもいてねー。」
「授業始まる度にけいちゃんがにので黒板が見えないーってね、」
黙って聞いている晃。
気持ちが落ち着くと自然に笑える自分に戻れた。
「それでね―――」
話しながら気がつく。
あきちゃんが・・・
私の思っていた夢が・・・
叶う事のない夢が・・・
実現した。
隣の席に、あきちゃんが座っている。
あれれれ?
叶っちゃった。
叶っちゃった。
あきちゃんと隣の席。
嬉しい。
気がつくと、さっきまでの涙は吹き飛んでいて。
心から笑顔になっていた。
隣にあきちゃんがいる。
「ほんと忙しいやつだな。」
晃が見つめてくれてる。
晃も笑顔になっている。
「泣いたり、笑ったり。」
そう言うと晃の手がの頭に触れ、髪に触れ、
そのまま頬をつたって涙の後を消してくれた。
ありがとう。
あきちゃん。大好き。
この想いをあなたに伝えたい。
今すぐにでも伝えたいよ。
あなたにとって私の想いが迷惑でないならば・・・
「あ、あきちゃん・・」
「あのね・・・私―――」
“キーンコーンカーンコーン”
突然鳴り響いたチャイムの音に驚いて言葉が続かなくなってしまった。
静かな教室に響き渡るチャイムは下校の合図だった。
それはまるで、この場を終わらせるかのように。
「か、帰らなきゃね。」
晃は何も言わずに鞄を持って教室を出て行く。
後に続いた。
「そういえばあきちゃん、こんなに遅くまで残ってたの?」
「ああ、ちょっとな。」
それ以上は聞くなと先を歩く晃の背中が語っているようだった。
でも、追いつきたくて、
あなたの隣をもう一度歩きたくて・・・
小走りで追いついて、
並んでみた。
晃の顔を下から覗く。
すると、口が動くのが分かった。
「進路のことで。担任に呼ばれた。」
「高校のこと?」
「ああ。」
あきちゃんの進路。
聞きたかったこと。
あきちゃんから話してくれるだなんて。
でも、正直聞くのが怖い。
「あきちゃん、と、東京に行くってほんと?」
「ああ。」
「そ、そうなんだ。」
それ以上は何も言えなくなってしまう。
再び晃の背中を見て歩くことになった。
校門まで歩いた。
ここから先は別々の方向になる。
知ってしまったあきちゃんの進路。
これから先も・・・別々。
そう思ったからなのか、今までは考えもしなかったことが頭を過ぎった。
一つの質問。
どうしても聞きたかった。
聞いてしまいたかったのかもしれない。
私の想い、迷惑ではないかと・・・
「あきちゃん、あの・・もう少し話せないかな?」
顔を見ることは出来なかった。
しばらく沈黙になった。
「今日はもう遅いから帰れ。明日の朝早く来ればいいだろ?」
「う、うん。」
「じゃあな。」
そう言うとまた晃の背中を見続けることになった。
翌朝。
昨夜は眠ることが出来なかった。
祐也から言われた事、
あきちゃんの前で泣いてしまった事、
あきちゃんに触れられた事、
あきちゃんの進路を知った事、
色々な事があったけど、それでも前に進みたいと思う気持ちは変わらなかった。
いま、どう思っているのか。
どう思われているのか。
あの夏の日、あきちゃんに想いを伝えた。
あきちゃんも気持ちを話してくれた。
あれから私の気持ちは変わっていない。
でもあきちゃんの気持ちは変わっているかもしれない。
あの時は想ってくれていたかもしれない。
でも・・・
人の気持ちは変わるもの。
だから聞きたい。
だから知りたい。
いまのあきちゃんの気持ちが。
下駄箱には晃の外靴があった。
緊張しながら教室へと向かう。
そういえば・・・
最近あきちゃんの登校時間が早くなっていた。
勉強をしているわけではなさそうだけれど、
私よりも早く学校に来ていた。
おかげであきちゃんと朝から会えて話をすることも増えていたけれど。
私を避けるならば朝早く来ることは考えないよね。
朝私と話す時間、嫌ではなかった、そう思ってもいい?
四組の前に着いた。
一呼吸してから元気に扉を開けた。
「あきちゃん、おはよう。」
いつも通り笑顔で挨拶をする。
いつも通り何も言わない晃。
「ほ、ほんとに早く来てくれたのだね。」
晃の前の席に腰掛ける。
目が合う。
「寝れなかったのか?」
「あ・・・えっと・・う~んと・・・」
「話って?」
寝不足の顔を見事当てられて返答に困っていると話題を変えてくれた。
「あ、うん。」
「あ、あのね、」
深呼吸をする。
大丈夫。
勇気を出して。
「私があきちゃんを好きでいるの、迷惑?」
「べつに。」
「迷惑じゃないの?」
「ああ。」
「ほ、ほんと?」
「ああ。」
「本当?」
「本当。」
「おまえ、この会話になるとしつこいからな。先に言うぞ、本当だ。」
前の事を思い出した晃の顔には笑みが浮かんでいた。
「良かった~。」
晃の優しい顔を見ていると自然と笑顔になる。
晃の声を聞いていると自然と落ち着く。
はぐらかされなかった、
拒否されなかった、
しっかり答えてくれた。
もう一度晃と向き合えたことが嬉しかった。
鞄を置きに五組へ行った。
「めぐちゃんおはよん。」
千夏とヒロアキがいた。
「あれ?二人とも・・・」
「晃君とゆっくり話せた?」
「ちなっちゃん、知ってたの?」
「ヒロアキがね。」
「ヒロアキ・・・ありがとう。」
「別に。オレが入ってややこしくなるよりはいいだろ。」
「やるねっ、ヒロアキ。」
「それより、しーな、晃君の進路の事知ってるか?」
「うん。聞いた。」
「そっか・・・。」
「四組では有名な話なの?」
「まあな。何でか理由は知らないけど、東京の高校受験する事は噂になってる。」
「めぐちゃんから聞いてみたら?」
「えっ。私が?」
「今の晃君なら話してくれると思うけどな。」
「そ、そうかなぁ。」
「大事なコト、めぐちゃんには話してくれてるじゃない。最近晃君早く来ているの、めぐちゃんと話す為でしょ。」
「う、うん・・・」
「そうだ、しーな、祐也の事は大丈夫か?」
「あ、うん・・・ちゃんと返事しないとね。」
「返事?」
二人同時に言葉が出る。
「あのね、昨日祐也と話したの。」
「それで、すぐにではなくていいから返事が欲しいって言われたの。」
「ふーん。ついに祐也君が動いたか。」
「しーなは大丈夫なのか?」
「うん、ありがとう。今のところ大丈夫だよ。」
自然と笑顔が出た。
この二人が相談にのってくれて、いつも励ましてくれる。
あきちゃんが優しくしてくれて、元気をくれる。
だから今の私は私でいられるの。
「めぐちゃーん、先生が職員室に呼んでいたよ。」
「うん、わかった。」
「ちなっちゃん、ヒロアキまたね。」
教室を後にする。
残された千夏とヒロアキ。
「祐也君情報、あんた何か持ってるでショ。」
「・・・・」
「めぐちゃんに話しても大丈夫だと思うよん。あの子強くなったから。」
「そうだな。前は泣いてばっかだったのにな。」
「恋する女の子は強くなるのねん。」
「なるほどな。」
「いつ?」
「・・・・」
「もういいんじゃない?祐也君本人が動き出したのだから。」
「・・・・」
「皆それぞれの想いを話しましょうよ。」
「・・・・」
「ヒロアキさん?」
「わーかったよっ。話せばいいんだろ、話せば。」
「はいな。」
「じゃあ、今度時間作るな。」
「よろしい。」
満足そうに笑う千夏に対し、やや疲れきった表情のヒロアキだった。
4
今日は校外学習の日。
六クラス中、三クラス毎午前と午後に別れて地域の保育園、幼稚園、老人ホーム施設を訪問する。
四組と五組は一緒の午前訪問。
朝のホームルームで配られた、訪問先のプリント。
自分の名前と訪問先を確認する。
すると、なんと。
「うっ」
「な、なに?今の?」
意味不明な音声を発したところ、隣の席から恵子が慌てて声をかけてきた。
「ひひ」
「め、めぐ?」
またも、変な言葉を発したところ、恵子が不安そうな顔で見つめてくる。
「めぐ、壊れた?」
「だ、だって、けいちゃ・・・ひふひふ。」
「??」
萌の指差したところを見る恵子。
「なるほどね~。」
プリントを見比べ、納得したように頷く恵子。
「そりゃ、壊れるはずだわ。」
なんと。
訪問先が、晃と同じ保育園へ行く班になることが出来たのだ。
こ、これはうれしい。
何選考で決められたかはわからないが、感謝である。
そのホームルームでは事前説明を兼ねていたが、もはや担任の話を聞く余地もなく、一人プリントを眺めながら、顔がニヤニヤしてしまう。
穂高 晃
椎名 萌
同じところに名前のあるプリントを、穴が開くくらい、ただただ、見つめていた。
このプリント、捨てられないな。
ホームルームが終わると、徒歩でそれぞれ地域の訪問先へと行った。
学校から5分と、近くにある保育園へ到着。
そこには、想像以上に元気に走り回る園児達の姿があった。
保育士は園児達を静かにさせようと必死になっているが、皆聞いていないかのように走り回っている。
その様子を微笑ましく眺めていると、晃に話しかけられた。
「うるさい。どうにかしろあれ。」
「あれ、もしかしてあきちゃん子供嫌い?」
「嫌い。」
目が合ったので思わず笑ってしまった。
「なんで笑う?」
「だって。あきちゃんだって小さい頃はああやってはしゃいでいたと思うよ。」
「俺は静かな子だった。」
「あはは。自分で言うかな。」
不思議だな。
今日は二宮も竹田も関も、亮一も恵子も、誰も一緒の班にはいない。
こうしてクラス別々の生徒が集まった班の中で、あきちゃんと話していることが、話せていることがなんだか不思議に思える。
一年前の去年、私はまだあきちゃんを知らなかった。
丁度一年前、去年の秋、写生大会で描いたあきちゃんの絵が気になり、穂高晃という人と知り、いつの間にかあきちゃんの存在が大きくなり、あきちゃんへの想いも大きくなっていった。
そして今、隣に立っている。
ねえあきちゃん、私少しは成長したかな?
私、少しはあきちゃんに相応しくなったかな?
あきちゃん、少しは私のこと想っていてくれるかな?
子供達と触れ合う時間、いつもは無表情な晃もさすがに子供相手に苦戦しているようだった。
その横顔がなんだかとても可愛く思えた。
意外にも晃は子供達から人気を得て、抱き上げてぐるぐる回してもらいたい子供達の列が出来ていた。
無邪気に服や腕を引っ張る子供達。
あきちゃんの表情を狂わせる程の存在。
子供達のパワーは計り知れないと思った。
保育園訪問の時間が終わると少し寂しくなった。
また別々のクラスになるのだものね。
あきちゃんと過ごせる時間減っちゃうね。
帰り道、少しだけしゃべれた。
学校へ戻るとちょうどお昼になるところだった。
午前中一緒に授業として受けられたみたいでなんだか嬉しかった。
下駄箱で靴を履き替え、教室まで一緒に歩いた。
「楽しかったね。」
「そうか?」
「可愛かった。」
「どこが?あんなチョロチョロしてうるさいのがか?」
「うん。」
あきちゃんの手がまた首をくすぐろうとしているのに気づいたので、
「もお、やめてってばー。」
そう言って手で振り払おうとすると―――
え?
その手をあきちゃんに持たれた。
温かい・・・
あきちゃんの手。
大きくて、
細い指、
ごつごつした手。
さっきまで子供達がつないでいた手。
今は私が触れている。
あ、
手、つなぐのこれで三回目だね。
そのまま廊下を歩いているのが信じられなかった。
これは夢?
現実?
もうわからなくなっていた。
それほど嬉しくて。
うれしくて。
幸せで。
これよりうれしいことが、幸せがあるだなんて考えていなかった。
だから・・・
私はこの時あきちゃんが言った言葉を、後でものすごく後悔することになる。
「やっぱおまえのこと好きだわ。」
取り返しがつかないよね。
なんでこんなことになってしまったのか。
すっかり調子にのっていた私。
嬉しくて、バカみたいに浮かれていて。
はっきり言われたのに、
せっかく言ってくれたのに、
聞こえなかった振りをして、
何事もなかったかのように次の話題を投げかけたのは私。
呆れたよね。
もう絶対に言ってもらえない。
バカだよね。
本当に。
自分でも呆れる。
どうしてこんなことしてしまったのか。
ただ、
恐かった。
また涙を流すのが。
怖かった。
その先に何があるのかわからなかったから。
ううん、
わかっている。
本当はわかっているの。
気づいているの。
だから前に進まなきゃいけないのに・・・
私は自分で進むことを拒んでしまった。
恐れてしまった。
あきちゃんから逃げてしまった。
少しも成長していない私。
恋愛に臆病で、結局逃げ出してしまう。
こんな私嫌。
あやまらなきゃ。
とにかくあやまらなきゃ。
もう二度と口にはしてもらえないかもしれない。
それでも、気まずくなるのは嫌だから。
私がもっとしっかりしなくては。
明日――
謝ろう。
翌日、朝から緊張していた。
会うのが恐かった。
どうして?
こんなにあきちゃんのこと好きなのに、
好きなのに会うのが恐いなんて。
何がそんなに?っていう程に恐かった。
ちなっちゃんの前で涙か止まらなかった。
「めぐちゃん・・・」
「ちなっちゃん、もうこんな自分嫌だよ。」
小さな千夏に泣きつく。
恐くて恐くて体が震えているのが自分でもわかる。
「そうだね、めぐちゃんは損な性格なのねん。」
「両想いなのにうまく進展しなかった恋、私見てきたからね。今回はあきらめて欲しくないな。」
「ひっく・・・両想い?」
「そう。」
「違うよお。」
「めぐちゃんがそう思っているだけ。私からみればあれは両想いだったわ。」
「・・・っく。あれって?」
「ん?今話すと話がややこしくなるから、今回のこと考えよう。」
「ん・・・。」
「めぐちゃんは晃君とどうなりたいとかはあるの?」
「どう?」
「そう。ただ好きだ好きだって気持ちをぶつけてばかりじゃなくて、その先を考えたことある?」
「・・・・ない。」
「きっと、晃君も同じなのだと思うよん。めぐちゃんを好きな気持ちは本物。でもその先どうしたらいいのかは考えていないと思う。」
「うん。」
「だからね、そんなに気にすることないと思うの。」
「そうかなぁ?」
「相手が晃君だからね、晃君に合わせて考えたら、二人ともゆっくり恋愛していけばいいと思うよん。」
「ゆっくり?」
「そう。あたしはね、もうめぐちゃんに押せーとか、はっきりさせなーとかは言わないよん。だってめぐちゃんよりも晃君の方がお子ちゃまなんだもの。そんな晃君は昨日の今日でめぐちゃんへの気持ちが冷めたりなんかはしないよ。むしろ晃君も同じこと悩んでるんじゃないかな。」
「あきちゃんが?」
「今日どうやって話したらいいかな、気まずいなってね。めぐちゃんの恐いっていう気持ちもわかる。めぐちゃんにとっては初めてちゃんと相手と向き合って恋愛しているのだからね。」
「うん・・・。」
「でも大丈夫だよ。変わらぬ想いがあれば大丈夫。ねっ。」
「うん。」
千夏の言葉に涙が止まった。
でもやっぱり恐かった。
めぐちゃんは恋をする毎に確かに成長はしていると思う。
でもね、恋する自分が成長するばかりで、相手の事を考えるところまでは至らなかったのね。
人を想うことに一生懸命になりすぎて、
人から想われることに慣れていない。
人から想われる自分なんてはじめから切り離して考えているのかもしれない。
まっすぐなめぐちゃんは、本人が気がついていないだけで実は皆から愛されているんだよ。
だから大丈夫。
何があっても変わらないよ。
そう言ってあげたい。
二時間目、移動教室から戻って来た時、ちょうど晃が四組から出てくるところだった。
反射的に体が動いてしまった。
走って五組へ駆け込み、会うのを避けた。
教室の中からそっと廊下を見ていると、なんとちょうどあきちゃんが通って。
あきちゃんもこっち見ていて目が合ってしまった。
すごく辛かった。
勇気を出さなきゃ。
話しかけて昨日のこと謝らなければ。
昼休み、勇気を出して廊下に出たものの、あきちゃんはタケやん関くん達と話している。
私はただその場にいるだけで、あきちゃんの声を聞いているだけで、会話に入ることもあきちゃんに話しかけることもできなかった。
あっという間に昼休みが終わり、チャイムが鳴る。
関くん達と一緒に教室に戻る。
顔が上げられなかった。
だから、そんな私をあきちゃんが見つめていたことなんて気づくはずがなかった。
とうとう五時間目が終わってしまった。
この十分間が勝負だ。
そう思って廊下へ出た。
すると晃が廊下側の窓から顔を出した。
「あ、あきちゃん。」
何も言わないがこっちを見てくれている。
続けて今言わなきゃ。
「あ、あのね。」
「あの・・・」
言葉に詰ってしまう。
言わなきゃ、
謝らなきゃ。
「あの、昨日、昨日ね・・・」
涙でそう。
どうしよう、
言わなきゃ、早く――
「タケに理科の一分野貸してって言って。」
「えっ?」
「いいから、借りてきて。」
「う、うん。」
言われるまま五組に戻り竹田から教科書を借りてくる。
再び晃のところへ行き、教科書を渡す。
「これタケの?」
「そうだよ。」
「おまえのかと思った。」
「え?」
チャイムが鳴り、そこで会話は終わった。
あれ?
私謝るつもりで行ったのに・・・
言えなかった。
あきちゃん呆れていた?
六時間目が終わり、掃除になった。
教室掃除の私はほうきで床を掃いていた。
すると、
五組に晃が来た。
「これ、返しといて。」
「もうすぐタケやん来るよ?」
「いや、返しといて。」
私に借りるのも返すのも頼むだなんて、何を考えているのかなぁ。
「あ、あきちゃん、」
「ん?」
「あ、あのね、あの・・・」
今度こそ言うのだ。
「昨日ね、ごめんね、私・・・あの・・・ごめんなさい・・・」
「昨日?ああ、それで寝不足か?」
「え?」
「ここ。」
そう言うと私の目の下をあきちゃんが指でなぞる。
その手がとても優しくて。
また泣きそうになった。
結局謝ることしか出来なかったけれど、
でも、あきちゃんはわかってくれているような気がして。
優しさにまた救われた。
今朝、ちなっちゃんに言われたことを思い出した。
あきちゃんも気まずくならないか悩んでいるのではないか。
変わらない想い。
そうだね、
あきちゃんが、なかなか話を切り出さない私に与えてくれたきっかけだったのかもしれない。
昨日の今日で変わることなんてない私の想い。
うん、変わらないよ。
ありがとう、あきちゃん。
ごめんね。
ニヤケ顔でタケやんに教科書を渡すと、教科書で思い切りぶたれた。
でも痛くなかった。
5.
十二月には早い雪が舞ってきた。
廊下の窓から見える山々はすでに白い帽子をかぶっていた。
「めぐ!雪降ってきたよ!」
隣の席の恵子に言われて窓から外を見ると、中庭の芝生が薄っすら白いじゅうたんのようになっているのが見えた。
「寒いと思ったら。」
「今年は早いね、初雪。」
「あーあ。受験生は雪が降っても遊べないっと。」
そう言って両手を上に伸ばしシャーペンを持ったまま伸びをする恵子。
「めぐは最近遊んだ?」
「ううん。土日はほとんど塾。」
「だよねー。でもたまには遊びたいよ、息抜きにさ、パフェでも食べに行こうよ。」
「行きたいね。」
「って言っても塾の違う私達が予定を合わせるのも難しいのだけどね。」
「そうだね。」
「めぐは第一志望変わらずT校?」
「うん。けいちゃんはI校?」
「そう。入れたらだけどね~。」
「けいちゃんなら大丈夫だよ。」
「めぐとは高校別々か~。つまんないな~。」
授業開始前のチャイムが鳴る。
他のクラスから遊びに来ていた生徒達が戻り始める。
廊下には教室移動の為生徒達が溢れ出ていた。
ざわざわした空気の中、皆それぞれに次の授業の準備をしている。
「あ、こっち見た。」
「え?」
「いま、めぐのこと見てたよ。」
「へ?誰が?」
「穂高。」
「うそぉ。」
「ほんとだよ。廊下からこっち見てたよ。目合ったもん。」
「まさかぁ・・」
次の授業が移動教室な四組。
確かに五組の前を通っていく生徒達が見えた。
「そういえばめぐ、どうなったの?」
「えっ?」
「穂高よ。穂高。うまくいってんの?」
「う~ん・・・す、好きだけど、それだけかな。」
「まぁ、受験と恋愛の両立は難しい?どこか一緒に出かけたりしてるの?」
「全然。そんなんじゃないもの。」
「そうなの?」
「うん。遊んだのは夏に一度だけ。皆も一緒に。」
「あらあら。じゃあ、冬休み、また遊べるかもね。」
「どうかなぁ・・・」
「まあ、暇だったらあたしとパフェ食べに行こうね。」
「うん。」
冬休みかぁ。
この間、一緒に買い物に行く話が出たね。
でも、嘘って言われたんだっけ。
あきちゃんと・・・ううん、
皆と一緒で良いからまた遊びたいな。
学校以外であきちゃんと会える機会なんてないから。
放課後――
今日は日直当番で残っていた。
「あれ?日直、椎名一人?斉藤さんは?」
「塾の時間だから先に帰ってもらったよ。」
「あっ!椎名、何食ってる?!」
「ごめんなさーい。生活委員の竹田くん。」
「おまえ悪いと思ってないだろ。」
「思ってます。思ってます。はい。」
そう言うと竹田の手にもチョコレートを一枚置く。
その手を口へ運ぶ竹田。
「おいしい?」
「まあまあな。」
「はいこれで共犯。」
「椎名―!!」
「あはは、怒らないでって。ひゃあああー@※@※@」
声をあげ、首をすくめる。
「タケやん、首はやめてっってばっ!」
「早く日誌書けよ。戸締り見てくるから。」
「はいはい。書きます――ひゃあああー@※@※@」
再び声をあげ、首をすくめる。
「ちょ、だ、誰??」
振り返ると首をくすぐってたのは晃だった。
「タケ、終わるか?」
「おう。もう少し。」
戸締りチェックをしながら答える竹田。
「あきちゃんも食べる?」
「おいっ、椎名!」
「チョコか。甘いな。俺のガム食うか?」
チョコには手を伸ばさず、自分のポケットからガムを取り出した。
「おいっ!晃!」
「ったくおまえらは生活委員の俺の前で堂々と菓子を出すな!」
「あきちゃんありがとう。」
「そして食うな!」
「あきちゃんタケやん待ってるの?」
「ああ。」
「おまえら俺の話聞いてないだろ!」
「一緒に帰るの?」
「買い物。」
「おれは何も見てないからな!」
二人の会話に諦めたかのように竹田は戸締りチェックに戻った。
「時計?」
「いや、ゲームソフトの発売日なんだ。」
「えー、ゲーム?受験生なのにゲーム?」
「受験は関係ねーだろ。」
「余裕だね。」
「椎名、早く日誌書けよ。晃とゲームが待ってる。」
「わかったよー。でも手が冷たくて思うように動かないのよ。」
「今日雪降ったもんな~。」
竹田が窓の外を見ながら言う。
一度シャーペンを置き、両手に息を吹きかけて暖めていると、
「冷たいな。」
えっ?
その手を晃がとり、握っているではないか。
ええっっっ!
ちょっ!
う、嬉しいけど、タケやんがいるのに・・・
見ている前で・・・
「隣行ってくるから戻って来るまでに書いとけよ。」
「は、はい。」
教室を出て行く竹田。
未だ右手を握り締めている晃の左手。
「おまえ手も小さいな。」
そう言うと今度は自分の右手との右手とを合わせて大きさを比べている。
「第一関節より下だな。」
「そ、そう?」
温かい。
大きな手。
細長い指。
あきちゃんの手。
すっかり手も温まり、緊張で体全身がぽかぽかしているのがわかった。
日誌の続きを書いていると向かいに座っている晃の視線を感じた。
何も言わずに真っ直ぐ見ている。
顔が赤くなっているのに気づかれたくないので日誌から目を離さずに聞いた。
「な、なに?」
「祐也と付き合うのか?」
あまりにも突然の事で一瞬頭が真っ白になった。
「えっっ・・な・・・」
言葉を失った。
次に出てきたのは涙だった。
慌てて拭う。
自分でもびっくりした。
「また泣いて・・・」
そう言うと晃が頬に触れてくる。
涙を拭いてくれる。
晃の手よりも温度の高い頬。
触れられたところが更に熱くなる。
「だって・・あきちゃんが変なこと言うから・・・」
「違うのか?」
「違うよぉ。」
だんだん悲し涙になってきてしまった。
私の想いは伝わってなかったのだろうか。
あきちゃんの口から祐也の名前が出るだなんて。
あきちゃんから祐也の事が・・・
あ、あれ?
なんであきちゃんが祐也の事知っているの?
あれ?
あきちゃん?
そう考えたら涙が止まった。
「あきちゃん、何で祐也の事知っているの?」
「ああ。」
「知ってるの?」
「ああ。」
「聞いたの?本人から?」
「ああ。」
「そっか、知っていたのだね。」
再び口を閉ざす。
沈黙の中、日誌を書き進めた。
あきちゃんは、全て知っていた。
私が祐也を好きだったことも、祐也が私を好きなことも。
きっと、私がいまあきちゃんを好きなことも。
皆の気持ちを全て知っていて、
あきちゃんの気持ちはどこにあるの?
日誌を書き終えた。
シャーペンを片付け始めると晃が口を開いた。
「なんで泣いた?」
「え?」
「なんで泣いた?」
「えっと、あきちゃんから祐也の事言われたから。」
「辛いのか?」
「う、うん。」
無表情だけど真っ直ぐ見てくる晃。
恐る恐る、晃の質問に答えていく。
「辛いから泣くのか?」
「す、好きな人から言われたらショックだよ。」
「ふーん。」
好きな人。
さりげなく文章にのせてみたのだけれど気づいたかな?
そういえば・・・
あきちゃんが、こんな風に私が泣いていると気にしてくれるのはなぜなのだろう。
そんな風に考えていた。
「俺がおまえと付き合わない理由知りたいか?」
「しりたい!」
また唐突な晃の発言だったが、今度ばかりは即答で答えた。
こんな機会めったにないに違いないと思ったから。
「俺じゃあおまえを楽しませることが出来ないから。」
「えっ?」
「俺は何でおまえが泣いているのかもわからないし、俺といて何でおまえが笑っているのかもわからない。」
「だから俺より祐也と付き合う方がいいだろ。」
そう言うと、仕事を終えて来た竹田と合流し、二人は教室を後にした。
翌日――
「なるほどね~。」
昨日の出来事を千夏とヒロアキに話した。
「晃君なりにめぐちゃんの事、考えていたのねん。」
「うん・・・。」
「きっと、めぐちゃんの事知ろうと思って向き合ってくれてたのねん。でも、向き合ってみたけどわからなかった。そんな時に祐也君からめぐちゃんの事を聞いて、それで少し距離を置いた時期があったのねん。」
「うん。たぶん、それが私悩んでた時期。嫌われたのではないかって。私の気持ちが迷惑だったのではないかって。」
「でも晃君もめぐちゃんの気持ちは知っていたからね。色々悩んだと思うよ。」
「うん。だからここのところ優しかったの。夏が終わって、秋に気まずくなった分、最近はあきちゃん優しかったんだ。話もいっぱい聞いてくれて。だから・・・」
「だから?」
「やっぱり好きだなって。」
「うんうん。」
「夏休みの思い出が印象深くて、でも秋は辛くて、祐也の事も、芳沢くんの事もあって自分の気持ちがわからなくなった時もあった。」
「でもめぐちゃんは楽しいだけじゃなくて苦しい事も乗り越えたから、本当に晃君の事好きになれたのじゃないかな。」
「うん。」
「それでいいじゃない。」
「お互いの気持ち、確かめて、付き合うのだけが恋愛じゃないと思うよん。晃君も、めぐちゃんも、自分の気持ちに正直になることが必要なんじゃないかな。今は。」
「うん。ちなっちゃん、ありがとう。」
「いーえっ。」
それまで黙って聞いていたヒロアキが口を開いた。
「で?祐也の事はどうすんだ?」
「うん。きちんと断ろうと思う。」
「そっか。」
少し神妙な面持ちでヒロアキが話を始めた。
「しーな、オレの話聞くか?」
「話?」
「祐也の事。晃君との事。どうする?」
「う~ん・・」
「めぐちゃんが必要ないと思ったなら無理に聞かなくてもいいと思うよ。」
「うん。」
「しーなには聞き苦しい話だからな。」
少し考える。
「ヒロアキ、話してもらえる?」
「しーな・・・」
「私ね、もう逃げないって決めたんだ。しっかり向き合っていきたいから。祐也とも。だから話聞かせて。」
「えらいのねん。めぐちゃん。さてと、では話をしてもらいましょうか。ヒロアキさん。」
「わかった。」
「知っていること隠さず吐いちゃいなさいよ~。」
「・・・・。知らねーぞ、またオレ殴りかかられても。」
「いーわよ、ヒロアキなら。めぐちゃんのためだもの。」
「北川、ひでーよ。」
「いーから、話しなさいよ。」
「はいはい。」
「祐也が、二年の時からしーなのこと好きなのはほんと。」
話し始めたヒロアキをだまって見つめる千夏と。
「栗原と付き合うことになったのはけっこう単純で。告られてまんざらでもないし、何よりその当時しーなはもて過ぎていた。」
「へ?なにそれ?」
驚いた表情のに動じず話を進めるヒロアキ。
「テニス部の奴らと暴露会してさ、好きなやつを言ってったの。その時にしーなに票が集まってた。その後すぐだったよ、祐也が栗原と付き合うって言ったのは。」
「俺には信じられなかった。でも祐也は栗原を選んだ。実際二人はうまくいってたし、それを知ったしーなはぼろぼろだったけど、そんなの祐也が気付くはずもないんだ。祐也はおまえの気持ちを知らなかったから。もし栗原より先にしーなが告っていたら、祐也と付き合ったのはしーなだったよ。そんな単純な話しだったんだ。でも・・・」
「祐也君は気付いてしまった。」
千夏がぽつりと言う。
「そう。栗原と付き合えば付き合うほどにしーなのことが好きな自分に。祐也も悩んだと思う。二人の女が好きだなんて、あいつも根はまじめだから自分を許せなかったと思う。そんな時に、修学旅行でまた好きなやつの話しになってさ。そこでしーなが祐也のこと好きだっていう噂話が出たんだ。すごい表情だったよ。まさかと思ったんだろうな。で、それ以降、祐也はしーなの事を気にし始めた。栗原と付き合っていながらしーなのことも追いかけていたな。でも、しーなに別の男の存在が現れた。」
「それが晃君?」
「いや、始めはくんだった。」
「ああ、あの時の噂ね。」
「そう。まあ、噂を信じた祐也も結局は真実を知るわけだけど。知った上でなおしーなのこと気になったんだろうな。しーなが次に誰を見ているかを今度は自分で気付いた。晃君な。それで祐也はいよいよ栗原と別れることを選んだ。別れてまで本気だって事を伝えたかったんだろうな。」
「なるほど。」
千夏も真剣な表情になっていた。
「祐也は最初オレを頼ってきたのだけど、オレは協力的じゃなかった。だから自分で晃君に話したんだと思う。写生大会の日のあれは、晃君はオレが祐也に情報を流してると思ったのだろうな。でもオレはしーなと晃君が付き合ってるだなんて言ったことはない。そっからは俺も知らない。勝手に祐也が暴走しているとしか考えられない。―――とまぁそんな話だ。」
話し終わったヒロアキに千夏から拍手が送られる。
「あんたまともにしゃべれるんじゃない。」
「おいおい。」
「そもそも、オレがこんなことばらしていいものかどうか・・・」
「いーの。あんたはめぐちゃんの味方でしょー。だめよ、どう考えても今回は祐也君が悪い。男として最低よ。」
「しーな?だいじょぶか?」
「う、うん。平気。」
「ありがとう、ヒロアキ。色々話してくれて。ごめんね、一番近くにいたヒロアキの気持ちにさえ気付かないなんて。ヒロアキは大好きな友達よ。」
そういうと教室から出て行く。
残されたヒロアキと千夏。
「北川・・・、」
「なぁに?」
「あいつ・・・いま・・・」
「うん。」
「オレの気持ち気付いたか?」
「だよね。めぐちゃん、強くなったね。」
「はぁ。オレは失恋決定かー。」
「いいじゃないの、好きな人から大好きと言われたのだから。」
「友達としてね。まぁ、いっか。オレはいつかこうなるとわかっていたし、あいつのためなら損な役でも仕方ないか。それでも好きなオレって可哀想。」
「けなげでいいと思うよん。あたしは好きよ、ヒロアキのそういうとこ。」
「おまえに好かれても嬉しかない。」
「あっそ。」
「でも偉いぞっ。男が上がったよん。」
「さーて、どうなることやら。」
もう逃げていてはだめだね。
ちなちゃん、ヒロアキ、芳沢くん、祐也、あきちゃん・・・
皆それぞれの想いがある。
それぞれのかたちがある。
だから、私も表さないと。
言葉にのせて。
祐也に手紙を書こう。
去年、ちゃんと失恋しなかった、ちゃんと話しておかなかった、だから話せてよかった。
そう思えるように。
卒業まであと三ヶ月。
そのうちの一日はなんだか大事な一日のように感じてしまうだろうな。
あきちゃんのいない学校生活。
高校へ進学したら別々の生活になる。
わかっているようで、わかっていない。
決まっている別々の進路。
でも今はあきちゃんのいない学校生活のイメージをもつことが難しい。
ううん、あきちゃんだけではない。
けいちゃん、にの、タケやん、ちなっちゃん、ヒロアキ、祐也・・・
皆別々の学校生活を送ることになるのだな。
卒業か・・・
やがて来るその日までに、
私はどんな答えを出すのだろう。