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5.いざ立て戦人よ

 いつもと変わらぬ日だった。


 夏祭りをきっかけにちょっとは変わるかなと思っていたが、何も変わらなかった。

「おはよう」の挨拶も相変わらず私から。


〝それって両思いなんじゃないの?〟

 ちなっちゃんにはそう言われた。


 あきちゃんが好きな事、夏祭りの出来事、これまでの気持ちをちなっちゃんとにのに打ち明けた。

 二人とも驚くのかと思っていたが、反応は小さかった。


 夏祭りの日――

 あの時確かに私はあきちゃんに言っている。

 私の気持ちはバレているのは間違いない。

 でも、だからといって返事が欲しいとか、これからどうしたいとかそういう風には悩まなかった。

 

 今のままでいい。

 ううん、変わることを期待している。

 昨日よりも今日、今日よりも明日。

 あきちゃんをもっと知りたい。

 あきちゃんにもっと知ってもらいたい。

 そう思うのが今の気持ちかな。

 焦らずゆっくり好きな気持ちを持ち続けたい。

 そう思うのはあきちゃんも私のことを気にしてくれていると知っているから?

 気になると言われたけれど、

 気にかけてはくれてはいるけれど、

 それって何?

 今は・・・

 わからなくてもいい。

 知らなくてもいい。

 知りたくないだけかもしれない。

 あきちゃんの答えを聞くのが恐いのかな。

 逃げているのかな。

 でも・・・

 簡単に足し割りできてしまうような、明確な答えは要らない。



 八月上旬で学校の夏期講習が終わると、残りの夏休みは自分の塾の夏期講習で埋め尽くされた。

 それからあきちゃんには会えなかった。

 近所のタケやんを通し、時々様子は耳に入ってきたが。


 修学旅行の写真を現像した。

 二ヶ月前のことなのに、懐かしく感じる。

 もう思い出。

 まだ知らない受験。

 まだ知らないあきちゃんへの想い。

 修学旅行中、あきちゃんと話す時間が増えて、あきちゃんのこと知ることができた。

 カメラ二つ分。四十八枚の中の一枚。

 奈良、京都の重要文化財や旅館の写真、友達と食べ歩きしている写真、にのと、けいちゃんと、ちなっちゃんと、ヒロアキと。笑顔の写真の中に一枚。

 一枚だけあきちゃんがいる。

 ヒロアキと、あきちゃんと、三人で写る一枚の写真。

 そこにあきちゃんの笑顔は写っていなかった。

 それでも、この一枚は大切に、机の引き出しに入れた。

 勉強の合間に、引き出しを開けては見ていた。

 夏休み、会えなかった時も、写真を見ては思い出した。

 あきちゃん。

 三週間振りに会う。楽しみよりも緊張が高くなっているのがわかった。



 新学期、はじめて会話したのは放課後になってからだった。


「髪切ったね。」


 そう言って話しかけた。

 たくさん話したいことがあったのに、いざ話そうとすると緊張してしまう。


「切ってない。」

「うそ、切ったよね。」

「見間違え。」

「切ったよね。わかるもん。」

「暑いからな。」


 こんな些細な会話でも、繰り返されることが嬉しく思う。

 だんだん緊張がとれて思わず顔が緩んでしまう。


「私も切ろうかな。そろそろ肩についてきた。」


 手で髪をすきながら呟くと、


「伸びたな。」


 そう言って晃が髪の束を手に取る。

 あ、あきちゃんが・・・

 あきちゃんが私の髪に触れている。

 髪の毛の先まで緊張が走る。


「俺、長い髪って好きなんだ。」


 目が合う。

 視線が外せない。

 まるで金縛りにあったかのよう。


「そ、そうなんだ。」

「それかショート。」

「長いか短いかどっちかがいいってことね。」


 ということは、今の私はどちらにも当てはまらない中途半端ってことね。

 自分で自分を慰める。


「あ、私も去年まではもう少し長かったよ。」

「知ってる。」


 あきちゃんとの会話、キャッチボールの回数が増え、飛距離はどんどん縮まっていくのが実感できる。

 それがうれしかった。


「そっか。残念だな。私は去年のあきちゃんを覚えていないもの。」

「よく見かけた。」

「その時の私はどんなだったの?」

「変な奴。」


 教室には二人だけ。

 だからかな。

 私と話すあきちゃんの表情に普段の無愛想さはない。

 誰もいないから、周りを気にする必要がないからこんなに穏やかなあきちゃんを見せてくれるのかな。

 

 それとも・・・

 私とだから。そう思ってもいい?

 晃の前の席に座って向き合って話している。


「えっ?変?」

「ぎゃあぎゃあうるさかったな。」

「変でうるさくて…って私良い所ないじゃない。」

「いつも笑ってるから変な奴だと思ってた。」

「楽しかったのかな、毎日が。」


 去年・・・

 それは、

 まだ祐也に片思いしていた頃。

 恋とかまだよくわからなかったけど、いつも一緒にいることを考えていたな。


「悩みもなさそうで、バカっぽく見えてた。」

「そうなの?私印象悪いね。」

「でも、悩んでそうなのも見て、ああ、別に変な奴ではないなと思った。」

「そっかぁ。」


 あきちゃんが、私のことを色々と話してくれているのが嬉しい。


「お前は?」

「えっ?」

「俺のこと。」


 ドキっとした。

 好きだよ。とは恥ずかしくて言えなかった。

 でも、言ってしまいたい位想っているよ。


「えっと、印象ね。」


 一人でドキドキしてしまったことになんだか恥ずかしくなってしまった。

 どう思っていたか、印象の話をしていたのだった。


「はじめは怖かったかな。」

「ふーん。」

「話しかけても無視するし、笑ってくれないし。」

「でも、他の人としゃべっている時は楽しそうにしていて、もしかして私嫌われているのかなって悩んだりもした。」

「へー。」


 晃の顔に笑みがでている。


「絵をね、あきちゃんが描いた絵を、あきちゃんが描いてるとは思わなくて、同一人物だと知って驚いたよ。」

「なんだそれ。」

「だんだん話すようになって、優しいとこや笑顔とか見られるようになって、印象変わったよ。」

「ふーん。」


 目を合わせたまま話している。

 こんな風に一緒の時間を過ごせるなんて最初は思ってもいなかった。

 そう。

 あきちゃんを知ったばかりのあの頃は、穂高晃という人を掴めなかった。


 中二の秋に見つけた一枚の絵。素敵な風景画に目を奪われた。

 その絵を描いた人が穂高晃だと知り、三年生になって顔見知りになった人が穂高晃だと知り、皆が穂高晃を知っていたのに私は知らなくて。

 でも穂高晃とあきちゃんを同一人物だとは信じられなくて。

 選択授業で一緒になった。

 修学旅行で話すようになった。


 試験の結果では上位にランクされていて。無表情で無愛想でよくわからない奴だけど、

 でも・・・

 そんな穂高晃が気になっていった。


 今はこうして私の前で優しい表情をしているあきちゃん。

 私、どんどんあきちゃんのこと好きになっている。



 始業式の翌日から受験対策のための試験が始まった。

 まだ蒸し暑く夏は終わっていないのに、もう秋になったといわんばかりに受験勉強が押し寄せてくる。

 もう今までとこれからは違うのよと、まるで夏の思い出とくくってしまうかのように。

 それはちょうど夏祭りから1ヶ月が過ぎた頃――

 

 急にあきちゃんが変わった。


「おはよう。」


 挨拶を返してくれないのはいつものことだけど、こっちを向いてくれない。

 私を見てくれない。

 どうしたのだろう。

 私、何かしたのかな。

 身に覚えがない。


 翌朝も、その翌朝も・・・

 挨拶をしてもこっちを見てはもらえなかった。

 私のおはようの言葉も徐々に元気を失くしていった。

 つい最近まであんなに仲良くしていたのに。

 よく笑って一緒に居ることも多かったのに。

 急に態度がそっけなくなって、あまり話してくれなくなった。

 廊下ですれ違う時も目が合わない。

 気づいていないの?

 それとも私を避けているの?


 皆で話す休み時間も、普通にしゃべってはいるけれど私を見てくれない。

 表情を変えずに、なんとなくそっけない態度。

 ドウシテ?


 昼休み、予鈴が鳴り本鈴が鳴るまでの間。

 皆が移動した後、二人で過ごすことの多いこの時間もなんだか空気が重たい。

 窓からはまだまだ暑い日差しを感じる。


「あきちゃん。」


 思い切って話しかけてみる。

 窓の外を見たまま、視線を私に向けてはくれない。


「なんでもない。」


 会話が続かない。

 もう、ここにいても辛くなるだけかもしれない。

 教室に戻ろう。

 下を向き、引き返そうとしたその時。


〝コツン〟


 晃の拳が額に当たった。

 驚いて顔を上げると、教室に戻る晃の後ろ姿が見えた。

 なんだろう、今の。

 触れられた額に残るあきちゃんの感触。



 先日の試験の結果が出た。

 廊下の掲示板に上位三十名の名前が張り出される。

 順位を落した。

 やっぱり夏休み皆勉強したのかな。

 記載された名前に変動が現れている。

 相変わらず首位を独占し続ける松岡くん。

 十位圏内に入った祐也。

 あ、

 あきちゃんの名前もだいぶ下がっていた。

 


     2

 

 何かが変わり始めている。

 話しかければ話せる距離にいた。

 けれど、話そうとしないし目を背けられたりもした。

 何も話してくれない分、積み重なっていく不安。

 空気が重く感じる。


 廊下から聞こえてくる男子達の会話の中で、あきちゃんの声を拾ってしまう。

 移動中、集会中、あきちゃんの姿を探してしまう。

 目が、あきちゃんを追ってしまう。

 気がつくと、いつもあきちゃんを想っていて。

 私はこんなにも好きなのに。

 向き合えたと思ったのにな。

 この間までは目を合わせて会話していたのが嘘のよう。

 もう一度向き合いたい。

 だから、今はただそばにいることしかできないけれど、それでもいい。

 あきちゃんのそばにいたい。

 そばにいさせて。


「私何かしたのかな。」


 千夏に相談してみた。


「思い当たることないの?」

「うーん。」

「めぐちゃんが気づいていないだけで知らないうちに何かしているかもね。」

「それ可能性高いかも。」

「だったら本人に聞いてみるのがいいんじゃない?」


 聞いてみようかな。

 何かしていたなら謝りたい。


 でも・・・

 もしかしたら、私の気持ちを知って迷惑になった?

 だから、突き放すような態度を取っているの?



 翌朝、四組の教室を通ると晃が一人でいた。

 話しかけようか迷った。

 またそっけない態度をとられたらどうしよう。

 でも、このまま気まずくなるのも嫌。


「あきちゃん、おはよう。」

「ああ。」


 返事は返ってきたものの、目を合わせようとはしない。

 思い切って聞いてみることにした。


「あの、私何かした?」


 表情を変えないあきちゃん。


「何かしたならちゃんとあやまるから・・・」


 〝コツン〟


 目線を合わせないまま、拳で頭を軽く叩かれた。

 それで会話は終わり。

 終わりだよと触れられた拳に言われたかのような感触。

 何かが違う。

 何かが足りない。

 私の想いを遮るかのように、これ以上望むことを阻まれている。

 まるで、あきちゃんに見えない壁が存在しているかのよう。

 私はこれ以上踏み込むことができない。



 放課後、見たくないものを見てしまった。

 あきちゃんが、クラスの女子の荷物を持ってあげていた。

 廊下を一緒に歩いていた。

 向き合って話していた。


 どうして?

 私にはそんな顔、見せてくれない。

 私にはそんな優しさ、見せてくれない。

 苦しかった。

 胸が苦しくて、つらくて、見ていられなくて。

 その場から逃げ出すように離れた。

 目に焼きついて離れない光景。

 気がつくと涙が出ていた。


 あれれ?

 私泣いている。

 胸が苦しい。

 心が痛い。

 悲しい。

 こんなにもあきちゃんのこと・・・

 いつに間にかあきちゃんのことすごく好きになっていた。

 楽しいばかりだった夏が終わり、苦しい秋のはじまりだった。



 翌朝は四組に入らなかった。

 あきちゃんに会うのが恐かった。

 泣いてしまいそうで・・・

 私いつからこんなに弱くなったのだろう。


 この日初めて会ったのは昼前だった。

 廊下で前から歩いてきたあきちゃんを見つける。

 顔が上げられなかった。

 下を向いたまますれ違おうとしたその時、


〝コツン〟


 すれ違い時あきちゃんの拳が額に当たった。

 思わず顔を上げて振り返える。

 後ろ姿のあきちゃんを見送る。

 頭をコツンとしてくれる仕草、それだけだけどなんだかホッとする。

 些細なことが嬉しく感じる。

 でも、これで私に何を伝えているのだろう。



 一週間が過ぎた。

 相変わらずあきちゃんの態度に変化はなく、

 あきちゃんから話しかけてくれることは一度も無かった。

 私から話しかけても私を見てくれることは無かった。

 返事もどこか上の空。

 やっぱり私が何かしたのだろうか。

 知りたい。

 早く原因を知りたい。

 焦っていた。


 朝の時間、休み時間、移動中、廊下で、何度となくすれ違う。

 その度味わう胸の痛み。

 キュっと唇を閉じて我慢をする。

 涙がでそう。

 話せないことがこんなにもつらいだんんて。

 見ているだけで幸せだったあの頃とは違う。

 いまは見ていることが辛い。

 せつない。

 話がしたい。

 声を聞きたい。

 私だけを見て話して欲しい。

 


 放課後、突然ヒロアキに呼び出された。


「しーな、ちょっと話がある。」


 明らかに動揺している表情のヒロアキ。

 いつもと違う真面目な表情に何かあったと思った。

 予想以上のことがヒロアキの口から語られた。


「祐也と栗原が別れた。」


 一瞬言葉を失った。


「どうして別れるの?」


 ショックという感情よりも先に出た言葉に自分でも驚いた。


「あんなにうまくいっていたのに・・・」

「詳しくは聞いてないけど、祐也から言ったらしい。」

「そう。」


 今は一カップルとして認めていただけに、別れたとなるとまた一つの恋が悲しい結末を迎えたということに素直に悲しさを感じた。


「しーな、どうすんだ?」

「へっ?」


 ヒロアキの意外な言葉に拍子抜けしてしまった。


「どうするもなにも何を今更。」


 不思議と表情に笑みを浮かべている自分に、迷いのない想いを感じた。


「もう祐也のことなんとも思ってないのか?」

「うん。全然。」


 すっきりした表情で答えたら、ヒロアキが不思議そうな顔をしている。


「そうなのか?」

「そうよ。だってもう半年も前の話よ。」

「なんだ、オレてっきりまだ・・・」

「ん?」

「いや・・・なんでもない。」

「変なヒロアキ。」

「じゃあ、しーな今好きな奴いるのか?」

「・・・・・。」

「いるのか?」

「う、うん。」

「まじで?!」


 少し躊躇ってから答えるとヒロアキは驚いたようだ。

 驚いたというより、信じられないといった表情をしている。


「だれ?」

「うーん・・・もう少ししたら話そうとは思っていたのだけれどね。」


 そう言ってヒロアキの耳に小声で名を伝える。


「@☆▲○★!!」


 言葉にならない声を出すヒロアキ。


「そんなに驚かなくても・・・」


 こっちが恥ずかしくなって顔が赤くなってきた。


「い、いや、驚くっしょ。びっくりした。」

「内緒ね。まだちなっちゃんとにのにしか言ってないから。」



 どうして人は誰かを好きになるの?

 離れるのが決まっているなら、最初から好きにならない方が良い。

 苦しむとわかっているなら、好きにならなければ良い。

 でも・・・

 知っているから。

 人を想う気持ち、思いやる気持ちがどれだけ大切かを。

 人を好きになることがどれだけ心を豊かにするかを。

 人を好きになること、それは時に苦しく、悲しくもあるけれど、それでも求めてしまうのはきっと人は人を好きだから。



「あきちゃん、おはよう。」


 勇気を出した。

 私は今の気持ちを大事にしていきたいから。

 失敗を恐れず前に進みたい。

 しっかりとあきちゃんの顔を見て話しかけた。

 すると、一瞬だったけれど、確かにあきちゃんと目が合った。

 私を見てくれた。

 それだけの事がとても大きなことに感じて嬉しくなった。


 挨拶を返されないのはいつものこと。

 だったらまた返してもらえるくらい頑張ればいい。

 私の一方的な想いかもしれない。

 それでもいい。

 前に進みたい。

 挨拶をしただけで満足になった私は軽い足取りで自分の教室へと向かった。

 まさかその後ろ姿を晃が見ていることには気づかないまま・・・



 連休明けからあきちゃんがまた少し変わった。

 おはようの挨拶にも目を反らされなくなった。

 相変わらず態度はそっけないけれど、一言二言の会話を交わすようになった。



 

     3


 あれ?

 掃除の時間、三組の教室前で晃と祐也の姿を見かけた。

 二人だけ?

 珍しいな。

 何を話しているのだろう。

 ここからでは表情や話し声まではわからなかった。


「椎名さん。」


 その時、後ろから松岡に話しかけられた。


「あ、こんにちは。」

「今日は塾?」

「はいっ。あ、うん。」


 つい敬語でしゃべってしまうのを見て微笑んでいる松岡。


「塾の自習室って何時から開くか知ってる?」

「うん。四時から。」


 ちらっと三組の方を振り返ると、そこに晃と祐也の姿は無かった。


「ありがとう。じゃあまたあとでね。」

「うん。」


 チャイムが鳴り、教室へと戻る。



 二日後に控えた体育祭の予行練習があった。

 学年全員が参加。

 何度もあきちゃんの姿を探してしまう。

 行進、100m走、リレー。

 広い校庭で、たくさんの人がいる中で、あきちゃんを見つけてしまう。

 一度も目は合わなかった。


 でも、あきちゃんの笑顔、真剣な表情、ずっと見ていたかった。

 同時にせつない気持ちになった。

 私は見ているだけしかできないんだ。

 前まではそれでよかった。

 見ているだけで幸せだった。

 だんだんとその先を望んでしまう自分がいて。

 焦ってはだめだよね。

 この想いは大切にしていきたいから。

 秋の風が吹き始めた校庭でふと思った。



 給食前、あきちゃんがうちのクラスに来ていた。

 最初は聞こえてくる声に耳を傾けていた。

 すぐそばにあきちゃんがいる。

 話しかけたい。

 でも迷惑かもしれないと思ったらその場を動くことは出来なかった。

 すると、自然に会話に入れるよう関くんが誘ってくれた。


「あきちゃん、何種目出るの?」

「四つ。」

「四つも?!」


 答えてくれた。

 嬉しかった。

 体育祭であきちゃんの活躍が見られるかな。

 応援しよう。


 どこかそっけない態度。

 遠慮がちな会話。

 相手にされないのはやっぱり寂しい。

 でも好きだから、あきちゃんのことが好きだから。

 どうしたらいい?




 体育祭当日――

 会場準備のため早めに到着した。

 用具室で旗の準備をしていると、


「萌ちゃんおはよう。」


 祐也に声をかけられた。


「お、おはよう。」


 この間のヒロアキの話が頭の中をよぎる。

 気まずいな。


「旗持っていくの?これ?」

「あ、うん。あ、いいよ私持てるから。」

「本部前に運べばいんだろ?俺本部行く用があるからついでに。」


 そう言うと旗を抱える祐也。

 ということは本部まで一緒に歩くということになる。


「萌ちゃん今日は何に出るの?」

「幅跳びだよ。」

「リレーもだよね?」

「うん、いちおう。」

「すごいね、三年連続リレーの選手だね。」

「そう?そうか。そういえば。よく覚えていたね、自分でも忘れていたよ。」

「萌ちゃんのこと毎年応援してるからな。」

「えっ?」

「いつも見てたよ。」

 

 足をとめ、まっすぐな目で見つめる祐也。


 や、やだな。

 目が離せない。

 視線を振り切って歩き始める。


「萌ちゃん・・・」

 

 祐也の呼びかけに応えず足早に本部へと近づく。


「おっ、祐也―、こっち手貸してくれー。」


 本部に着くと声がかかる。


「わかったー。」

「祐也ありがとう。行って。」

「ああ。」

「萌ちゃんっ、」

「ん?」

「あとで、話があるから。」


 いつもの笑顔とは違い真剣な表情の祐也。

 どうしたのだろう。


 本部の上は観客スタンドになっている。

 ちょうど真上が三年五組の応援席になっていた。

 続々と生徒達が集まってきている。


「めぐちゃんおはよー。」

「ご苦労様。」

「今日がんばろうね。」


 上からクラスメイトの声がしたので手を振って応える。

 ふと隣の四組を見る。


 あきちゃん。

 一瞬目が合った気がした。

 こっち見ていてくれたの?

 思い込みかもしれないけれど、私が下にいるって気づいてくれたの?

 話しかけたい。

 「がんばってね。」その一言を言いたい。

 言いたかったけれど、言えずに体育祭が始まった。



 自分の競技では、幅跳びで二位になれた。

 ハンドボールの方へ目をやる。

 遠く離れているのに探してしまう。

 そして見つけてしまう、あきちゃんの姿を。



 午前最後の種目は女子のクラス対抗リレーだった。

 リレーの選手の私は一走目を走る。

 昔から足だけは速かった。

 祐也の言っていた通り、中学三年間クラスリレーの選手に選ばれている。


 一走目の待機場所からは観客スタンドが近い。

 五組からはクラスカラーの緑色のポンポンで応援している友達が見える。

 あきちゃん、見てくれているかな?

 少しでも私のこと応援してくれているかな。

 今日はもうずっとあきちゃんのことばかり考えている。


「位置について。用意―」


〝パーンッ!〟


 放たれるスタートの合図。

 湧き上がる歓声。

 タイミングよくスタートがきれ、第二走者へバトンを託す。

 第二走者に続き、第三走者もトップで走る。

 そのままアンカーがトップでゴールを切った。

 五組女子は一位を飾った。


 あきちゃんとは結局一言もしゃべれないまま昼休みになった。



 お弁当を食べ終わると、四組の端に座っていたヒロアキから話しかけられた。


「女子リレー、ぶっちぎりだったな。」

「ふふふ。一位取っちゃった。」

「今日はしーなのクラスには負けれねーな。」


 場所を移動し、ヒロアキとしゃべっていたら後ろからあきちゃんの声が聞こえてきた。

 私に話しかけてはくれないのだよね。

 何も言ってはくれないのだよね。


 そう思うと私も臆病になり、五組の皆のところへ戻った。

 その後で、関くんがあきちゃんのところへ行こうと誘ってくれた。

 少し心が揺らいだ。


 一緒に行って会話を聞いていた。

 でも、私の方を見ようとしない。

 関くんの話にも曖昧な返事で答えている。

 私がいるから?

 輪の中に私がいるから・・・


 ずっと考えていたこと。

 夏が終わって秋が来て、

 一つの考えが頭をよぎる。

 迷惑なのかもしれない。

 私が声をかけることが。

 私が見つめることが。

 私の行動が。

 私の想いが・・・



 スタンド席から見上げた秋の空には、もう夏の常に照りつけるような太陽はいなかった。

 どこか控えめに照らす太陽。

 少し、控えた方がいいのかもしれない。


 秋晴れの空とは裏腹に、すっきりしない心模様で体育祭が終わった。




     4

 

 その日、ホームルームで席替えをした。

 なんと関くんの隣に。


 驚いた。

 嬉しいと思ったけれど、不安にもなった。

 三年になってから仲良くなっているけれど、普段どう接したらいいのか戸惑ってしまう。

 移動教室もあるけれど、ほぼ一日を隣で過ごすわけだからね。

 隣の席か。

 あきちゃんとは絶対に叶わないことだと気づいた。



 翌日の放課後。

 選択美術の課題で残りがあった。

 私は終わらせていたが、ヒロアキにつきあって美術室へ行った。

 もしかしたらあきちゃんに会えるかもしれない。

 そう思っていたら本当に会えた。

 しかも目が合った。

 反らすわけには行かなくて話しかけた。


「元気?」


 第一声に自分でも驚いた。

 何を言っているのだろう、私は。

 動揺しすぎだよね。

 案の定、あきちゃんは何も答えず下を向いて筆を進めていた。


 ふう。

 息を吐いて呼吸を整える。


 あきちゃんの絵。

 風景画。

 どこを描いたものなのかな。

 きれいなスケッチ。

 見とれてしまう。


 すると、

 あきちゃんの道具の側に1枚のプリントを見つける。

 自己紹介カード?

 名前、誕生日、部活動、趣味・・・

 ん?

 誕生日・・・

 十月七日。

 もうすぐだ!


「誕生日、近いね。」


 自然に言葉が出る。

 話しかけてしまった自分にハッとする。


「あ、ご、ごめん。邪魔だよね。」


 迷惑という二文字が頭をよぎる。

 慌ててその場から立ち去ろうとした時、


「髪、切ったのか。」


 驚いた。

 あきちゃんから話しかけてくれたことに、

 それ以上に今日1日誰も気づいていなかったことを言われて驚いた。


「あ、うん。揃える程度にだけど。」


 下を向き描き続ける晃。

 邪魔にならないようそっと美術室を後にする。


 どうして気づいたの?

 誰も気づかないくらい少ししか切っていないのに。

 嬉しかった。

 私を見てくれているから、だから私の変化に気づいてくれた。

 そう思ってもいいよね。

 元気が出た。

 頑張れそうな気がしてきた。

 あきちゃん、あなたを好きでいてもいいですか?



 帰りのホームルームで後期の委員会を決めることになった。

 まず最初に学級委員。立候補者はいなかった。

 推薦ということになると、なぜか私の名前が黒板に書かれた。

 前期は生活委員をしていた私。だからという推薦理由が多かった。

 他に女子は二名推薦され、計三名の中から投票することになった。


 一方、男子の学級委員には芳沢くんとタケやんの名前があがっていた。

 芳沢くんは同じ小学校出身だけど、今まで同じクラスになったことはなく今年が初めて。

 何度か学級委員も経験し、成績も優秀で女子にも優しくクラスをまとめるに相応しい人。

 そんな芳沢くんが当選の結果学級委員に決まった。


 次は女子の投票。

 緊張した。

 だってもしも選ばれたりしたら芳沢くんと組むわけで。

 そんなしっかりした人と組んだら足を引っ張るに違いない。


 結果――

 選ばれてしまった。

 椎名、三年五組後期学級委員を務めることになる。


「椎名さんと協力して、クラスの代表として恥ずかしくないよう頑張るのでよろしくお願いします。」


 そんな完璧な挨拶をされた後なんて言うことがない。


「よ、よろしくお願いします。」


 緊張して顔が上げられず小さな声で挨拶をする。


「もえっ、がんばれー。」

「よっ、学級委員―。」

「芳沢くーん。」


 声援を浴びる。

 人前で話すの苦手な私に学級委員なんて務まるのかな。


 はぁ。

 気が重くなってきた。


 ホームルームの後、芳沢に声をかけられた。


「椎名さん。これからよろしくね。」

「は、はい。」

「あ、あの。」

「ん?」

「私足引っ張ると思うし、私なんかで迷惑かけて・・・とにかくごめんなさい。」

「なんで謝るの?」

「あの、だって私学級委員未経験だし、人をまとめるとか人前に立つとか苦手で。私なんかよりも学級委員にふさわしい人他にもいるし、それに・・・」

「大丈夫だよ。自分は椎名さんに票入れたのだから。」

「えっ?」

「よろしくね。じゃあ。」


 そういうと教室を出て行ってしまった。


 私に票を入れた?

 芳沢くんが?

 相手が私でも良いと思ってくれていたから?

 がんばらなきゃ。



 今日のあきちゃんは変な表情をしている。

 まるで、私の顔に何かついているかのように私を見ている。

 休み時間の間ずっと。


「何かついている?」


 と聞いてみても何も言わない。

 表情もずっと変えず硬いまま。


「髪縛っているから?」

「変?」


 何も言ってくれない。

 見つめられることに恥ずかしくなって私の方が目を反らしてしまう。

 目が合う時は嬉しいけれど。

 目が合うことは嬉しいけれど。

 でも何かおかしいあきちゃん。

 結局この休み時間でしか会えなかった。


 その日の放課後、芳沢くんと初仕事をした。

 芳沢くんは思っていたよりも話しやすく、楽しい人だった。

 学級委員なんて気が重たいと思っていたけど、芳沢くんとなら出来そうな気がしてきた。

 そして、学級委員と生徒会は活動のつながりがあるから気まずいと思っていたけれど、生徒会も総選挙を終えて役員交代があったので、元副会長の祐也と仕事をすることも無くホッとしている。


 そういえば、芳沢くんは松岡くんと仲が良く一緒にいるのを見かける。

 私のこと、何か聞いたりしているのかな。

 考え事をしながら顔を上げると、芳沢が悟ったように微笑んでいる。


「何かな?」

「えっ、う、ううん。」


 恥ずかしくなって首を横に振る。

 芳沢は笑顔のまま話し始める。


「椎名さんこの間、人前に立つのが苦手って言っていたじゃない。」

「あ、うん。」

「立っているじゃない。」

「え?」

「堂々と。」

「え?」

「大勢の人の前で、プレーしてカッコいいなって思っていた。」

「あ・・・」

「そっちの方が学級委員より大変だと思うけどな。」


 この人はすごいと思った。

 学級委員という大役にずっと緊張し不安な私を励ましてくれている。

 優しい顔で。


「もっと自信もって。できるよ、学級委員。」

「ありがとう。」

「実は俺テニス部に入りたかったんだよな。」

「えっ?そうだったの?」

「そう。意外だった?」

「い、いえ、そういう意味では・・・」

「ははは。椎名さんって正直でいいね。」

「そ、そうかなぁ。」

「緊張したり頑張り過ぎなくても平気だよ。」


 そう言って笑ってくれる。

 優しい表情、優しい話しかけ方。

 この人と話しているとなんだか安心するな。




 十月七日。

 今日はあきちゃんの誕生日。

 プレゼントあげたいなって思った。

 でも、やっぱり迷惑かな、もらってくれないかもしれないと思ったら用意できなかった。

 せめて言葉で伝えたいと思った。

 いつ言おうか迷ったけれど、午後に選択美術があるからその時しかないと思った。


 午前中の授業は身に入らなかった。


「――――じゃあ、椎名さん読んで。」

「椎名さん?」


 先生の声にハッと我に返る。


 そうだ、今は国語の時間だった。

 やばい、聞いてなかったよー。

 どこ?


「百四十二ページの五行目から。」


 隣の関が小声で教えてくれる。


「神社の、石段に座り少し遠く聞こえた――――」


「はい、綺麗に読めました。」


 はあ。

 危なかった。

 まさか指されるとは。


「ありがとう。」


 小声で関にお礼を言う。

 本当に助かったな。感謝。

 でもカッコ悪いところ見せちゃったな。


「考え事?」

「えっ?」

「椎名さんが授業聞いてないなんて珍しいなって。」

「はは。ごめんね。」

「そっか、今日は誕生日だもんな。」

「え?」

「あれ?知らなかった?あきちゃんの誕生日。」

「う、・・・知ってる。」


 ニコッと笑う関くん。

 もしかして関くん知っているの?

 気づいているの?

 私があきちゃんのこと好きだって。

 まさかね・・・


 選択授業になり、美術室に入ると数人がおしゃべりをしていた。

 晃の姿はまだなかった。

 やっぱりいきなり言ったら迷惑かな。

 そう考えれば考えるほど言いにくくなってきた。

 会ったらすぐに言ってしまおう。

 そうじゃないとずっと気になって授業にも集中できなさそうだ。


 そう決心がついたところにあきちゃんが美術室に入ってきた。

 皆のいるところへ来た時、


「お誕生日、おめでとう。」


 言えた。


「あきちゃん今日誕生日なの?」

「マジで?」


 近くにいた北山、亮一があとに続く。

 何も言わない晃。

 なぜか笑顔の関。

 そこで会話は終った。


 あきちゃん今日は私の方見てくれなかったね。

 でも、伝えられて良かったな。

 少しすっきりした。



 今日はもう会えないかと思っていた。

 掃除の時間、窓の外に偶然あきちゃんの姿を見つけた。

 あきちゃん外掃除担当だったんだ。

 私が技術室掃除の時は、あきちゃん外掃除。

 技術室から外掃除のあきちゃんが見える。

 偶然見つけた機会に嬉しくなってしまった。


 あ、ボール。

 校庭に残されていたサッカーボール。

 それでもあきちゃんはバレーボールにしている。

 アンダー、オーバー。

 やっぱり好きなんだな。

 バレーが。

 こうして遠くからでもあきちゃんを見ていられる時が幸せ。


「ふーん。」


 気がつくと窓の隣に関がいた。

 見るとニコニコしている。

 私が窓の外から誰を見ているのか気づいたの?

 大丈夫だよね、あきちゃんの他にも四組の人いたし。

 でも、今日の関くんはなんかニコニコしているような気が・・・



 放課後、五組の廊下に晃が来ていた。

 今日は帰りも会えるなんて嬉しいな。

 私は学級委員の仕事があるので教室に残っていた。

 すると、廊下から関に呼ばれた。

 廊下に出ると、またニコニコしている関。


「はい、手出して。」

「え、手?」


 言われるままに出す。


「はい。」


 そう言うとあきちゃんの手を取り、私の手を取り・・・

 えええ?


「はい握手。」


 訳のわからないままあきちゃんと手をつないでいた。

 びっくりした。


「おいっ、関君。」


 そういうと、逃げた関を追いかけていく晃。

 その場から動けなかった。

 あっという間のことでよくわからないけれど・・・

 確かに手と手が触れ合っていた。


 握手。

 そう言われればそうだけれど、

 私にはあの夏の日が思い出された。

 夏祭りの夜、あきちゃんとつないだ手。

 大きくて、

 細くて、

 ごつごつした手。

 懐かしい。

 あの日以来はじめて触れたあきちゃんの手。

 嬉しかった。

 これがあきちゃんの誕生日だった。




     5


 美術室の前に飾られた絵。

 穂高 晃の名前を探す。

 あ、あった。

 うわぁ。

 う、上手い。

 驚いた。

 やっぱりあきちゃんの描く絵はすごい。

 この間、放課後美術室で見た時よりも、完成した絵を前にただただ上手いと思った。


 その日の三時間目が終わった。

 チャイムが鳴り、休み時間。

 四組の前でヒロアキと話していた。


「しーな、祐也のことなんだけどさ。」

「ん?」

「別れた原因。」

「うん。」

「何か聞いているか?」

「なんで私が?聞いているわけないでしょ。」

「そうだよな。」


 どことなく表情が硬いヒロアキ。

 話したいことがある様子。


「ヒロアキ、何が言いたいの?」

「別れた原因な、」


 ヒロアキの話の途中で突然、スッと晃が現れた。


「び、びっくりした。」

「おまえはどう思ってんの?」


 晃が話しかけてくる。

 

 ええ?

 あきちゃん私とヒロアキの会話聞いていたの?

 しかも突然現れて何を言うつもりなの?


「あ、美術の絵見たよ。」


 話をそらした。


「上手いね、風景画。」


 ごまかしにのってくれるだろうか。


「見たものをそのまま描いているのだからな。」


 そう言うと教室に戻っていく晃。

 チャイムが鳴る。

 休み時間が終わり、私も教室へ戻った。


 なんだったのだろう、さっきの・・・。



 いろいろな想い。

 最近想うこと。

 あきちゃんが好きな想い。

 歌が、ピアノが、音楽が好きな想い。

 友達と過ごす時間が好きな想い。

 優しくされると今度は誰かに優しくしたくなる想い。

 好きな人を想うせつない想い。

 叶わぬ悲しい想い。


 そんなことを考えていた。

 今日は四時間目が自習になった。

 プリントを終えると隣の関が話しかけてきた。


「椎名さんって、あきちゃんのこと好きでショ。」


 またニコニコしている関。

 随分と直接的に言うのね。


「いつから気づいていたの?」

「最近だよ。」

「もっとも、あきちゃんの方は夏くらいからかな。」

「え?」

「はっきり聞いた訳じゃないけれどね。なんとなく椎名さんの話題が増えたんだな。夏頃から。」

「私の話題?あきちゃんが?」

「そう。」

「あきちゃんが私のこと話題にするの?」

「そう。」


 笑みを浮かべ、楽しそうに会話を進める関。

 意外な話の展開に驚く。

 私の想いが関くんに気づかれているということは、当然あきちゃん本人は気づいているはず。

 ということは、やっぱり私の思いを知って態度が変わった可能性が高いか。


 思い切って関くんに話してみた。

 夏までのこと、秋になってあきちゃんの態度が変わったこと、最近のこと。

 そしたら、


「あきちゃんは素直じゃないからね。」


 と言って笑っていた。


「大丈夫だよ、椎名さん。俺が見る限りあきちゃんは椎名さんのこと嫌ってなんかないよ。むしろ好きだと思うけどな。」

「そう・・・なのかな。」


 関の言葉になんだかピンとこなかった。


「でも、嫌われてないとしても、避けられたりするのは私の気持ちが迷惑になったのではないかと・・・」

「あきちゃんはね、ああ見えてけっこうガキっぽいんだよ。恋愛に関しては奥手。」


 そう言って関くんがあきちゃんの恋愛について語り始めた。

 一年生の時同じクラスの子と両想いだったこと。でも、つき合うとかそういう恋愛をまだわからない歳でもある。だから普段がすごく良い感じの二人で。当時まだ背の低かったあきちゃんより背が高い彼女とは周囲が見ていて微笑ましいくらい仲の良い二人だったそうだ。

 二年生になるとあきちゃんの背がぐんと伸びた。声も変わり大人っぽくなった。その当時好きだった女の子はすごくおとなしい子で、クラスの男子からひやかされたり髪をひっぱって意地悪されていて、その中の一人にあきちゃんも混ざっていたそうだ。いじめではなく、女の子がかわいくておとなしくて泣き虫だからついちょっかいを出してしまうという幼稚な男子の考え方なのだと関くんが言った。

 そして三年生。相変わらず恋愛に関しては幼稚な考えのあきちゃんは椎名萌というターゲットを見つけたがまたしてもどう展開したら良いのかわからず、無愛想な態度を取る、軽く欺くような態度をとっているのである。と、関くんが言った。



 いろいろな考えが頭をよぎった。

 こんな話、聞いてよかったのかな。

 あきちゃんの過去。

 あきちゃんがしてきた恋愛。

 こんな形で知ることになるとは思っていなかった。

 次会う時どんな顔して会えばいい?

 できることなら今日は顔合わせたくないかも。

 なるべく会わないようにしよう。


 ――――と思っていたのに。

 自習時間の後、廊下で思い切り会ってしまった。

 しかも目が合ってしまった。

 反射的に反らしてしまった。

 ワザとらしかったよね。


 無理やりその場にいた恵子を巻き込み、教室へと足早に戻った。


「あ、見てる。」

「え?」

「ほら、また見た。」


 教室に入った後、恵子と給食の配膳を待っていた。


「誰が?」

「穂高。」

「うそっ。」

「ほんとだって。めぐのことさっきからチラチラ見ているよ。」

「き、気のせいじゃない?」


 声が上擦っているのが自分でもわかる。


「まさか、あんた達・・・」

「ち、違うって。そんなんじゃないって。」

「なによ、めぐ、あんた私に何か隠してるの?」

「隠しているわけじゃないけど・・・」

「めぐー、白状しなさ―いっ。」

「ぎやぁぁX@▲※○△」


 恵子に首を触られくすぐったさで声をあげてしまう。


 にの、ちなっちゃん、ヒロアキ、関くん、けいちゃん。

 短期間でこんなにもの人に自分の想いを曝け出すことになるとは。

 いいのだろうか。


「ふがっ!」

「けいちゃん変な声になっているよ。」

「はっへ!」


 給食を食べながら、少しずつ、あきちゃんのことを話し始めた。


「そんなに驚く?」

「だって穂高だしょ?!」

「やっぱ驚く?」

「だってもやっぱもなしに驚くわよ!」

「そうかなぁ?。」

「まさか穂高とは。」

「まさかってけいちゃん。」

「ああ、ごめん。めぐの男の趣味はわからないわ。」

「けいちゃ~ん。」

「うそうそ。ちょっとからかってみただけ。」

「嘘だ。半分くらいはそう思っている。」

「さすがめぐ。長い付き合いなだけあるわ。」

「もお、けいちゃ~ん。」

「あー、はいはい。悪かったってば。わかったわかった。協力したげるから。」


 だんだん自分の想いが悲しく思えてきた。

 けいちゃんは私の一挙一動を見て楽しんでいる。


「で、めぐは何を知りたいの?」

「去年の穂高くん。」

「去年?知らないわよ。」

「けいちゃん同じクラスだよ。」


 固まってしまうけいちゃん。

 次に笑った顔はひきつっているのがわかる。


「そ、そうだったわね。そういえばいたわね、穂高。一緒だったわね。」

「もういい。」

「めぐーっ、ごめんって。待っててちゃんと思い出すから。ねっ、」


 慌てて必死に繕う恵子。

 でもどことなく楽しんでいるのも分かる。


「ともかくね、こうやって私が思い出さないと思い出せないくらい地味というか目立たない存在だった訳よ。穂高は。えっと・・・友達は・・・にのやタケやんといつも一緒にいたわね。」

「うんうん。」

「あとは・・・成績は良かったはね、なにげに順位表載ってたし、あとは・・・」

「うんうん。」

「そんな期待した眼差しで見つめられてももう何も思い出せないよ。」

「えー、それだけ?終わり?」

「終わり。」

「じゃあ恋愛は?好きな人とかいた?」

「そんな噂一度も聞いたことないね。」

「そっかぁ。」

「めぐ、あんたけっこうラブってんのね。」

「うん、好き。」


 笑顔で自分の気持ちを答えたものの、次には表情が曇ってしまう。


「でもね・・・」

「ん?」

「気になるって、好きとはまた違うのかな?」

「なにそれ?」

「最近ね、思うの。あきちゃんに、気になるとは言われたけれど、好きとは言われていないの。私の好きとは違う。だから迷惑になったのではないかと。」

「迷惑・・・もまた違うとは思うけれど・・」


 恵子が続ける。


「気になるってさ、良い意味で言えば興味をもたれている、魅力があるとかに値するよね。」

「うん、うん。」

「じゃあめぐ、逆の意味って何かな?」

「悪い意味で考えたらってこと?」

「そうそう。」

「う~ん・・・気になる、嫌だから気になる、不快で気になる、気持ち悪くて気になる・・・」

「めぐあんたつくづくマイナス思考ね。」


 苦笑いの恵子。


「じゃあ、その不快な気になるだとして、そんな思いまでして気になる人と話したりするかな?触れたりするかな?」

「ん・・・触れるのは嫌かも。」

「でしょ。要するに、気になるの悪い捉え方としては気になって他に手が付かないとか、気になってしまう自分が許せないとか、何かしらの影響が出てしまう状態なのではないかと私は思うな。」

「なるほど。影響。」


 ちょっと考えてみる。


「あ、けいちゃんそれありうるかも。あきちゃん試験の順位落としていたし、関くんにからかわれていたり、祐也と話してたり他の女子ともしゃべったりするのは前まで見たことなかった。」

「あのね、めぐ・・・まあ、いいや。場面がよくわからないけど、短時間でそれだけのことが思い当たるめぐはすごいわ。」

「そっかぁ、じゃあやっぱり迷惑なのかもしれない。私の想いを知って。」

「まぁ、一時期の感情で全てを決めてしまうのはどうかと思うよ。」

「でも・・・」


 悲しくなってきてけいちゃんの前で今にも泣き出しそうになっていた。


「めぐは何をそんなに焦っているの?今すぐ答えを出さなければいけないことなの?」

「・・・・。」

「ゆっくりでいいじゃない。焦って出した答えに後悔するようなこと、めぐにはしてほしくないな。」

「・・・うん。」

「それから周りが見えなくなるよくらい悩んだりしたらだめよ。」

「うん。」 

「わかったならよし。これからも応援したるからがんばれ!何かあったら話しなねっ。いつでも聞いたげるからさ。」

「ありがと。けいちゃん。」


 けいちゃんの話はすごく分かりやすかった。

 いま、自分の周り、自分が置かれている状況、色々な事を考えていかないと答えは出ないのかもしれない。


 あきちゃんが好き。

 この想いは変わらないけれど、

 それだけではだめだということ。

 好きな想いを一方的に押し付けているだけ。

 そんなこともわからない様ではただのわがまま、自己中心的な考え方しかできないのだよね。


 あきちゃんのことが知りたい、

 あきちゃんのことを想いたい、

 でもちょっと立ち止まって、

 一度振り返って

 整理しながら進んでいくことができればいいな。

 これからは・・・



 その日結局帰り際あきちゃんに会ってしまった。

 今度は目を逸らすことができず、どうしようかと考えていたらあきちゃんの方から話しかけてきた。


「今日、無視したろ。」

「えっ、してないよ。」

「しただろ、廊下で、ほらバスケ部の~誰だっけ?」

「けいちゃん?斎藤恵子。」

「そう、斎藤といて。無視しただろ。」

「し、してないよ。」


 完全にバレてる。

 あからさまな態度だったものね。

 話を変えよう。


「あきちゃんもけいちゃんのこと忘れていたの?」

「『も』ってなんだよ。」

「う、ううん。なんでもない。あ、あのね、あきちゃん背が伸びたねーって言っていたよ。」


 そんな話言ってないか。

 だめだ、私動揺していて話の墓穴掘っているよ。


「ああ、昔は小さかったからな。」

「そ、そうなんだ。」

「いつ頃から伸びたの?」

「中ニの夏頃。」


 そう言われてあきちゃんを見たら、


 あれ?

 あきちゃんてこんなに背高かった?

 また伸びたの?

 それとも・・・

 隣に並ぶのが久しぶりだから?


 今日は久しぶりに話せた気がする。

 あきちゃんは少し不機嫌だったけれど、それでも向き合って会話できたのが嬉しく思える。

 関くんの話、けいちゃんの話。

 いろいろな想いを知った私。

 このまま・・・・あきちゃんを好きでいてもいい?

 そしていつか・・・伝えたい。

 この想いを、あきちゃんを好きな想いは貫きたいと決心した。

 


 いざ立て戦人よ―――

 思いを持て進め

 正義の御神は我らの護り

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