4.夏の思い出
七月二五日。
前日から緊張していた。
ベッドの上にたくさんの服を並べ、何度も着ては試した。
洋服も、バックも、靴も、髪型も、いつも以上に緊張した。
初めて見せる私服だから、見て欲しいから。
ドキドキした。
でも嬉しかった。
こんな自分もいるのだと、新しい自分を発見したような気持ち。
好きな人がいる。
この想いだけで自分が頑張れそうな気持ちになれるのだ。
不思議だね。
午前中は学校へ行った。
夏休みに入ったこともあり、校舎内には静けさが広がっている。
中体連が終わり、部活動を引退した三年。
これからは夏の受験勉強とも言える夏期講習が始まる。
学校でも自由参加の講習会が開かれていた。
今日はその初日。
初日だが、出席率は良くはなかった。
中体連の疲れもあるのだろうか。
そこに晃の姿も見られなかった。
午後はカラオケに行く約束をしている。
午前の講習で顔を合わせることを期待していたのにな。
晃の姿がないことに、戸惑いと不安を抱く。
そして午後、
カラオケには歌う順番が回らないほどの人数が集まった。
当初のメンバー以外にも、午前中、学校の講習に来ていた人達が話しを聞き、加わっている。
中体連の打ち上げと、夏休みのはじまりということで歌や飲み物で盛り上がる。
晃とは座る席が離れた。
晃の両隣では、市井と健太が楽しそうに話をしているのが目に入る。
せっかく一緒に遊んでいるのに、一言も話せないなんてショックだよ。
あきちゃんのこと、好きだと自覚したのはいいけど、前途多難だよ。
でも、あきちゃんの私服姿見れて嬉しいな。
Tシャツにジーンズ姿のわりとラフな格好。
私のことも見て欲しかったな。
「もえっ、何歌う?次入れな。」
二宮からリモコンを手渡される。
「もえ、これ歌って。I BILIVE。」
隣に座っている亮一が曲本を指差して言う。
「え、いいよぉ。」
「椎名さんってどんな曲歌うの?聴きたい。」
歌う順番が来て二宮が前へ出て行くと、関が隣へと移動してきた。
前奏が流れてくる。
聴き慣れている二宮の歌声だが、ふと気がつく。
あれ?
にのってこんなに歌上手かった?
しかも今日、今までにない大人数で大きな部屋で。
いつもは四、五人でしか来ることのないカラオケ。
こんな十数人もの前で歌うだなんて。
う――。
歌いづらい・・・
今更気づいても遅いか。
「椎名さんの私服って初めてだね。」
「えっ、あ、うん。」
「俺も思った―。」
いつの間にか隣に座っていたはずの亮一が席を立ち、北山が座っていた。
「・・・・うじゃん。」
「えっ?なに?」
「だから、・・・・合うじゃんって言ったの。」
「ごめん、北山くんよく聞こえない。」
周囲の盛り上がりに、隣に座っている人との会話も聞き取れなくなっている。
「だ、か、ら――」
そう言うと肩を引き寄せ、顔を近づけて耳元で話す北山。
「おーい、そこっ。近づきすぎ。」
マイクを通して話す二宮。
二宮の声にハッとして北山から顔をそらした。
「キタ、もえから離れろ。もえが困ってる。」
「はいはい。」
両手を上に上げて離れる北山。
マイクに入った二宮の声で、周囲の視線がこっちに向いた。
「と、トイレ行ってくるね。」
そそくさとその場を離れた。
び、びっくりしたぁ。
あまりに突然だったからわからなかったけど、接近していたのね、私達。
なんか、今思い出すと耳の辺りに変な感覚が甦ってくるのだけど・・・
北山くんって小学校は同じだったけど、今まで全然話したことなかった。
にのに助けられた反面、皆の前で恥ずかしかったな。
カラオケ店はボックスタイプなので、部屋を出ると外に出る。
部屋から少し離れたところで一人になった。
後ろから晃が近づいていることには全く気づかなかった。
「ひゃあああー@※@※@」
声をあげ、首をすくめる。
「あきちゃん?」
「びっくりしたぁー。」
「戻らないのか?」
「あ、うん。ちょっと暑くなって・・・外で涼もうかと。」
あれれ?
私は何を言っているのだろう。暑いから外で涼む?外も暑いではないか。あわわわわわ。
突然二人きりになり、驚きと嬉しさに言葉が詰る。
何も言わない晃。
沈黙が走る。
「あきちゃんは、何か歌わないの?」
「・・・・。」
「聴きたいな、あきちゃんの歌。どんな曲歌うの?」
「別に。カラオケ好きじゃないし。」
ショックを受けた。
好きじゃないのに来たの?
あきちゃんとカラオケ行けるのすごく楽しみにしていたのにな。
一人で盛り上がって・・・なんか勘違いしていた、私。
「好きな奴いんの?」
「えっ?」
突然の言葉に驚く。
「今いるのか?」
な、なんでそんな話に・・・
急に言われても、しかも本人にそんなこと言われても困るのですけど。
どうしよう、いるって言ってもいいのかな。
「い、いる。」
小さい声で答えた。
「ふーん。」
そういうと再び口を閉ざす。
何も言わず階段に腰を下ろす晃。
その隣に腰を下ろす。
「歌、楽しいか?」
「え?あ、カラオケ?」
「楽しいよ。テストとか終るとストレス解消によく来るよ。部活では大会とか終わると皆で来
て、勝ったら歌う歌、負けたら歌う歌があって――」
ハッとして話すのをやめる。
あ、まずかったかな。
部活のこと、中体連のこと、思い出したくないよね。あー、さっきから自分の発言が恥ずかしい。穴があったら入りたい。
せっかく今日話できているのに、これじゃあ・・・
「名前、なんでもえなの?」
続けて話しかけてきたことに驚く。
「めぐみだよ。」
「知ってる。」
「あ、そっか。」
慌てて答え、会話を繋げる。
「ずっとか?」
「ううん。小学校の時にね、私転入生だったのだけど、先生が黒板に名前を書いたのをね、当時にのが“しーなもえ”って読んだの。ほら、って、もえとも読むでしょ。それからだよ。」
「ふーん。」
「今でもそう呼ぶ人は少ないけどね。にのと亮ちゃんくらい?」
緊張のせいか早口になっている上、自分でも何を言っているのかよくわからない。
「あ、あきちゃんは?何て呼ばれていたの?」
「とくになし。」
「え?そうなの?」
「おまえに付けられたのが初めて。」
「あら。じゃあおうちでは?」
「あだ名なんてねーよ。男三人兄弟だし。」
「あ、そうなんだ。三人兄弟なんだ。真ん中?」
「一番下。」
「兄弟多いといいね。私お兄ちゃんが欲しかったんだ。」
「別に。仲良くねーし。」
ううう。
もしかして私さっきからタイミングの悪い会話しか出来てない?
あきちゃんの兄弟の事知れて嬉しかったのに、自分から会話壊している気がする。
いっちゃんの様に、楽しく話せないのかな。
あきちゃんともっと話したい。
あきちゃんのこともっと知りたい。
「あ、晃君こんなところにいたー。」
市井がやってきた。
「めぐちゃんの曲、もうすぐまわってくるよ。」
「あ、うん。じゃあ、戻るね。」
そう言って立ち上がる。
立った後、晃の隣には市井が腰を下ろし話始めていた。
楽しそうに話す市井に、晃も応えている。
部屋に戻ると、『I BILIVE』の前奏が流れていた。
「もえっ、歌えー。」
「椎名さん、いぇーい。」
周囲の盛り上げに笑顔で応える。
一曲歌い終えると、関に手招きで呼ばれた。
関の隣には戻ってきた晃が座っていた。
「椎名さん、歌うまいねー。」
そう言うと、一つ横に移動して自分と晃との間をあけた。
招かれるまま、二人の間に座った。
「歌いづらいよ、だってこんな大人数。」
そう言って関と話すが、隣にいる晃のことが気になっている。
「ははは。椎名さん歌うと声違うね。ね、あきちゃん。」
晃に話を振る関。
「ああ。普段の声と違うな。」
「そ、そうかな。」
歌を聞かれていたことを知り、恥ずかしくて目をあわせられない。
「何か飲む?コーラかな。」
テーブルに置かれているジュースの中からコーラを取り出す関。
「うん。ありがとう。」
炭酸が苦手だが、関の親切心に気遣って何も言わず受け取ろうとする。
「こいつは炭酸飲めない。」
そう言うと晃が手を伸ばし、ジュース類の中からオレンジジュースを手に取り前に置く。
「そうなんだ、椎名さん炭酸だめなの?」
「う、うん。」
「他には?ダメなのある?」
「うん。コーヒーが苦手。」
「そっか、覚えとくねー。でも炭酸飲めなくてコーヒー駄目で、飲めるの少ないね。ってか、あきちゃんよく知っていたね。」
「前に聞いた。」
ほんとに。
嬉しかった。
自分でも話したの覚えていないのに、あきちゃんが覚えていてくれたなんて。
すごく嬉しかった。
その後も歌う人、外に行く人で席の入れ替えが繰り返された。
隣の人の声さえも聞き取れないほどの盛り上がりで、それからあきちゃんと話せることはなかった。
でも、同じ時間を過ごせたことが嬉しかった。
今日、来れて良かった。
楽しかった。
七月二六日。
登校日。
四組の教室で千夏、ヒロアキの三人で話していた。
「めぐちゃん、昨日カラオケどうだった?楽しかった?」
「うん。選択美術の人ばっかりだったよ。ちなっちゃんも来れればよかったのに。あ、で、上野先輩とはどうなったの?」
「告られたよ。」
「えーーっ。」
ヒロアキと二人同時に驚く。
「すごいねー、ちなっちゃん、返事したの?」
「ううん、考えさせてって言った。」
「へぇ。物好きな奴もいるもんだ。」
「なに?ヒロアキ。」
「ヒロアキ、ちなっちゃんはかわいいよ。だからもてるのだよ。」
「どーだかね。」
「あんたこの間から突っ掛かってくるじゃない。自分の恋が上手く行かないからってひがむのはやめてよね。」
「北川っ!」
千夏の発言に慌てて反応するヒロアキ。
「なに?恋って…ヒロアキが?好きな人いるの?」
「どうでしょう。本人に聞いてみたら?」
楽しそうな表情で答える千夏。
「北川―、覚えてろよ。」
「えー、誰?誰?私の知っている人?ヒロアキいつの間に?」
「い、いねーよ。北川が勝手に思い込んでいるだけ。」
視線を外し答えるヒロアキ。
「そうなの?」
「そうなの。」
「ほんとに?」
「本当に。」
強い口調で答えるヒロアキ。
「なーんだ。本当だったら私協力したのに。ヒロアキ、そういう人できたら言ってね。」
「あ、ああ。」
「協力できるかしらね~。」
「きーたーがーわーっ。」
からかっている千夏の首をしめるヒロアキ。
二人のやり取りを苦笑いで見るしかなかった。
「そういえば、めぐちゃんはどうなの?」
「えっ?」
「最近どう?気になる人とかできた?」
「え、えっと、んー・・・」
突然話を振られ、戸惑う。
その時、晃が登校してきた。
「あ、ちょっと待ってて。」
二人に言うと、晃の方へ近づいていく。
「あきちゃん、おはよう。」
返されないとわかっていても、挨拶をする。
自分の席に行き、鞄を降ろす晃。
「はよ。」
返ってきた。
初めて。
嬉しいな。
昨日遊べたことで、少しは私のこと知ってくれたのかな。
たった一言の挨拶が、こんなにも嬉しいなんて。
笑顔を浮かべて戻ると千夏が声をかける。
「めぐちゃん、さっきの話、気になる人できた時は教えてよね。」
「あ、うん。そうだね。」
「ヒロアキもね。」
わざとらしく言う千夏。
「うるせーよ。」
「めぐー、ちょっと来てー。」
五組から恵子が呼んでいる。
「じゃあね。」
そう言うと教室を出た。
「ねぇヒロアキ。」
「今度は何だよ。」
「めぐちゃんに新しい好きな人ができたらどうするの?」
「あ?どうするって…」
「だから、めぐちゃんはもう祐也くんの事は引きずってないってこと。そしたらそろそろ新しい恋をするんじゃないかって。」
「・・・しーな、祐也の事ふっきれてんのか?」
「そおね。あたしにはそう見えるよん。」
「でも祐也は・・・まぁいいや。その話は。」
「ヒロアキ、そぉやって人に気を使っているといつまでたっても恋は実らないよ。」
「だからオレは別にそんな気はないって言ってんだろ。」
「ふーん、そぉなんだぁ。」
「晃君はどう思う?」
一列離れたところに座っていた晃に話しかける千夏。
「おいっ、なんで晃君に話を振るんだよ。」
慌てて千夏を止めるヒロアキ。
振り向く晃。
「あいつを好きな奴けっこう多いんだな。」
答えた晃に対して満足そうな笑みを浮かべる千夏。
「でしょっ。」
「おいっ、オレは別にって言ってんだからな。」
「面白くなりそうね~。」
「面白くねーよ、北川あんま暴走するな。頼むから。」
「晃君悪かったな、北川が変な事言って。」
「いや。」
渡り廊下を歩きながら昨日の事を思い出し、考え事をしていた。
「好きな奴いるのか」・・・か。
なんであきちゃん、そんなこと聞いてきたのだろう。
あまりにも突然で・・・
私があきちゃんの事好きだと自覚したのは引退試合を見に行った日で。
あれからまだ三日も経っていない。
そんな昨日の今日でその本人から聞かれるとはまさか思わない。
しかも・・・
“ドンッ!“
曲がり角を曲がるところで、反対側から来た人とぶつかった。
その人が抱えていたプリントが廊下に散らばる。
「ごめんなさいっ。」
慌ててプリントを集める。
「萌ちゃん、大丈夫だった?」
かけられた声に驚き、顔を上げるとぶつかった人はなんと祐也だった。
「あ、ごめんね。いま拾う。」
「いいよ。それよりどうかした?考え事でもしてたの?」
「ごめんね。前見てなかった。ごめんね。」
「萌ちゃんさっきから謝り過ぎ。」
全部拾い終わり、祐也に手渡すとその場から去ろうとした。
「萌ちゃん、」
呼び止められ、足をとめる。
「夏休み、どうしてる?」
「えっと、学校と塾かな。」
「学校の講習受けているの?」
「うん、出ているよ。」
「国・社・英の方?理・数・英?」
「国・社苦手だから文系コース。」
「そっか。じゃあ俺も文系にしよっと。」
そう言うと行ってしまう祐也。
少しずつ・・・
祐也とも普通に話せるようになっていけたらいいな。
私の好きだった人。
悲しいこと、つらいこともあったけれど、今は・・・
次の恋を進めていきたい。
同じ過ちは繰り返したくない。
受け身の恋ではいけないとわかっているけれど、でも今は、まだはじまったばかりのこの恋を大切にしていきたいの。
五組。帰りのホームルーム。
「次の登校日は模試になっているので、十分勉強しておくように。いいか、この大事な夏を充実して過ごせるかどうかによって、秋には実力に差が出るからな。しっかり勉強するんだぞ。」
担任間中の話が続く。
夏なので風が通るよう、教室の扉と窓は開けたままである。
廊下に笑い声とともに四組の生徒が出てくる。
あ、四組終わったんだ。
あきちゃん、帰るかな。
今日は結局朝しか会えなかったな。
でも、挨拶返してくれて嬉しかった。
明日は学校で会えるかな。
選択美術の課題、いつやるのかな。
今度はいつ会えるかな。
長い夏休みのはずだけど、でもあきちゃんと会える日を期待することでなんだかワクワクしてきた。
放課後。
五組に集まってきたのは選択美術のメンバー。
話題は昨日のカラオケ。
「いや~盛り上がったよなー。」
「楽しかったな。」
「ってか歌いすぎだよにの。」
「最後はにのオンステージ化していたよな。」
「ははは。」
「にののお陰で順番まわってこなかったし。」
「でもにのの歌サイコーだよな、笑える。」
「またいこーぜ、同じメンバーで。」
「おお、行こう行こう。」
「いつにする?」
「そういえばあきちゃん歌ってなかったな。」
思い出したように亮一が言う。
廊下側の席で一人委員会の仕事をしながら皆の会話を聞いていた。
そういえば・・・そうだね。
結局あきちゃんの歌、聞けなかった。
カラオケ、好きじゃないって言ってたっけ。
でも来てくれたのだよね。なんだか悪い気がする。
「あきちゃんはさ、シャイだから。恥ずかしがりやだからさ。」
と言う関。
「で、次いつ行く?いつにする?」
日程を決めたがる北山。
「カラオケにする?あきちゃん誘う?」
「皆で行ければいいんだから、カラオケじゃなくてもいいんじゃね?」
「そうだな。」
「別のにするか。」
「ボーリングは?」
「おっ、いいねー。」
「賛成―。」
二宮の発言に皆が賛成する。
「椎名ちゃんも行くよね?」
突然北山に大声で話しかけられ、驚いた。
「う、うん。」
離れたところから返事を返す。
「いぇーい、決まり―。」
「もえはおれが後で誘おうと思ったのに。」
「まぁまぁ、にの。」
北山に先を越され、ふくれる二宮。
「夏祭りも行かないか?」
「花火もー。」
「いいねー。」
「じゃあ、八月三日の夏祭り行こうぜ。」
「ボーリングは?」
「後日か?」
「また決めればいいじゃん。」
「俺ら遊んでばっかじゃん。受験生らしくねー。」
「いーよ、もうその話は。耳にタコ。」
「だね。」
「中学最後の夏だぜ、思い出作ろー。」
教室に竹田が入ってくる。
皆のところには行かず、萌の座っている前の席に腰をかける竹田。
シャーペンを持つ手をとめ、顔を上げる。
「今ね、皆が今度は夏祭りとボーリングに行こうって話しているよ。」
笑顔で経過を伝える。
「いつ?」
「八月三日のお祭り。」
「へー祭りか。」
「あきちゃん、誘える?」
少し声が小さくなる。
「誘ってみるよ。」
「あと、カラオケは好きじゃないって言っていたから、ボーリングは来てくれるかなって思って。」
「彼はボーリング得意だよ。」
「ほんと?良かった―。」
表情に笑みが戻る。
「晃がお前のこと気にしてる。」
「えっ?」
と言った瞬間、すぐ横に晃が姿を見せる。
廊下側の席に座っている二人に、窓から顔を覘かせた。
「八月三日、夏祭りだって。」
竹田は晃にそう言うと、鞄を持って教室を出て行く。
帰っていく二人。。
言うだけ言って帰ってしまった竹田。
えっ?
どういうこと?
「晃がお前のこと気にしてる」・・・。
どういう意味?
眠れなかった。
昼間のタケやんの言った言葉が気になって。
気にしてくれている。
嬉しい。
そう捉えてもいいの?
好きな人に、気にしてもらえている。
でも、それをどうしてタケやんが言うの?
それにあきちゃん、あの時私とタケやんの会話、聞こえていた?
ならどうして?
謎が深まるばかり。
七月二七日。
夏期講習を受けるため学校へ行った。
「あれ?もえ寝不足?くまできてるよ。」
「えっ、う。うんちょっと。」
二宮に指摘され、戸惑う。
「大丈夫か?試験勉強?」
「ううん、大丈夫。」
さすがにの。
長い付き合いだけあって、鋭い観察力。
結局昨日考えていたら全然眠れなかった。
しっかりしなきゃね。
にのの言う通り、明日は模試なのだから。
余計なことは考えないで、勉強に集中しなきゃ。
とはいうものの・・・
意識してしまっている私。
だって・・・
今日は講習にあきちゃんが参加している。
それだけでなく、気のせい?
あきちゃんと目が合うの。
講習中、あきちゃんのいる方を見ると、あきちゃんと目が合う。
あきちゃんも、私の方を見てくれているの?
それとも私のいる先を見ているだけ?
恥かしくて、私は視線を外してしまう。
すごくドキドキしている。
休憩中。
あ、まただ。
皆で話しているのに、あきちゃんと目が合う。
嬉しいような、恥ずかしいような。
隣にいた亮一が席を立つと晃が隣になった。
聞いてみようかな、昨日のこと。
悩んでいても前に進めないし、気になるし。
「あ、あのね、あきちゃん。」
話しかけられ、こっちを向く晃。
「き、昨日のことなのだけど――――」
あれ?
私今まであきちゃんと話す時、目、合わせていた?
あきちゃんは私の目を見て会話していた?
あれれ?
今までどうしていたのか思い出せない。
私どんな顔して話していたのだろう。
私、いまどんな顔して話せばいいのだろう。
恥ずかしくて目が合わせられない。
顔が見られない。
「な、なんでもない。」
慌てて言葉を取り消す。
首から上がみるみる熱くなっているのを感じる。
講習再開の声がかかり、その場を去る。
だめだ。うまく話せない。
なんでだろう。
目が合うと恥ずかしくて緊張して、意識し過ぎてしまうよ。
午前の講習が終わる。
片付けていると背後から手が伸びてくる。
「ひゃあああー@※@※@」
声をあげ、首をすくめる。
「あきちゃんやめ―――」
後ろを振り返り驚く。
そこにいたのは晃ではなく北山だった。
「椎名ちゃん首弱いって本当だったんだ。」
笑顔で立っている北山。
「あ、うん。」
「この間あきちゃんがやっているの見てさ、おれもやってみようかなーなんて。」
「そ、そう。」
突然のことに驚いた。
「これ。」
二人の間にプリントが手渡される。
ハッとする。
首に手をかけられた反射でプリントを落としていた。
拾ったのは晃だった。
「ありがとう。」
何も言わずに教室を出て行く晃。
「もえー、帰るぞー。」
二宮に呼ばれる。
「あ、うん。」
あきちゃん以外の人に首やられるの久しぶり。
くすぐったいし、驚いたけど、なんか違う感じがした。
あきちゃんじゃない人だったから。
あきちゃんに首さわられるのは嬉しかったのに。
あきちゃんはどう思ったのかな?
あきちゃんの事ばかり気になっている。
私、今日おかしい。
七月二八日。
今日は外部の模試試験を受けに行く。
校外試験なので県内から受験生が集まってくる。
会場までは電車で移動した。
行きは緊張もあってかなかなか会話が進まなかった。
あきちゃんとも別々の車両に乗っていた。
見慣れない制服を着た他校の生徒も乗っている。
どの生徒も、この試験のために勉強してきたのだ。
そして来年からは同じ高校に通うことになるかもしれない仲間が。
すぐに試験時間はやってきた。
一教科五十分の試験時間。
午前3教科、昼休みを挟んで午後2教科。
昼休みになると弁当を持って皆集まった。
「うひぃー、国語死んだ。」
「やばいね、難しい。」
「四択だったからある意味助かった。」
皆疲労がにじみ出ている。
校内のテストとは違い、雰囲気に馴染むのに時間がかかる。
「こういう機会、増やした方がいいかもな。」
「次の外部試験も申し込むか。」
「慣れないとだな。」
二宮、亮一、千夏と昼休みを過ごした。
晃の姿は見れなかった。
別の教室にいるのかな。
教室内を見渡すと、同じ学校の生徒を見つける方が難しかった。
制服で見分けることしかできないが、数十校の生徒達がいる。
高校生・・・か。
やがて皆別々の高校へ進学する。
ちなっちゃんも、にのも、亮ちゃんも、高校別々になるのかな。
あきちゃんとも・・・
なんだか今は考えられないな。
「はい、そこまで。鉛筆を置いて。」
教室内がざわめく。
ぴんと張り詰めていた緊張感から開放される。
やるだけの事は全てやった。
帰りの電車も他校と一緒になったこともあり、大変混雑していた。
「ちなっちゃん、大丈夫?」
「な、なんとかぁ@@」
すし詰め状態の車内の中で、背の低い千夏は苦しそうである。
「千夏、もえ、こっちおいで。」
二宮に壁側を譲ってもらう二人。
「ありがとう、にの。ちなっちゃん平気?」
「うひぃ。」
「かわいーな、千夏は。ちっこくて。」
嬉しそうな二宮。
「う、うるさい。」
顔を膨らませ、答える千夏。
見渡すと、背の高い二宮をはじめ、関、晃、は周囲より皆頭一つ分出ている。
人間壁の間に入れたお陰で、なんとか立てる場所を確保できた。
つかまるところがなく、電車が揺れるたびに二宮に寄りかからざるを得ない千夏。
その度に満足そうな表情をする二宮。
それを悔しそうにしている千夏。
二人を見ていて微笑ましくなる。
にのは、ちなっちゃんの事好きなのだなぁ。
きっと、ちなっちゃんにも伝わっていると思う。
ちなっちゃんはにのの気持ちを知っていて、それでも堂々としている。
確かにちなっちゃんは見た目小さいけど、すごく勇気がある女の子。
いつも一生懸命で、まっすぐで。
恋愛もそう。ちなっちゃんは恋も多いだけあって、経験も多い。
そういえば、この間の先輩とはつき合うのかな?
にの、知っているのかな。
人を想う気持ち。
例えその人に届かなくても、その想いは大切なものだと今ならわかるよ。
晃を見上げる。
窓の外を見つめている晃。
あきちゃん、今日は目が合わなかったね。
あきちゃんはどんな想いを持っているの?
どんな人を好きになるの?
どんな恋愛をしてきたの?
知りたいな。
あきちゃんのこと、もっともっと。
夏はいつも暑いけれど、
毎年炎天下の中のテニスも辛かったけど、
今年の夏はなんだか特別。
色々な活動を通してさまざまな感情を知る。
長い夏休みも、受験生にとって大事な時期も、今はこうして仲間と共に過ごせていることにうれしく思う。
私の居場所。
心地よいところ。
最寄り駅に着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
同時にお腹が空いてきたと男子達は駅の立ち食いそば屋に駆け込んでいた。
先に千夏が帰ったので、一人でにの達を待っていた。
あれ?
なんだろう、あそこ光っている。
光物を見つけ一人暗闇の方へ歩いていった。
そばに夢中で気づいていない二宮。
光物の正体を見つけ笑顔で振り返る。
「ねぇー見てー・・・」
言葉が消えていく。
振り返ると、そこには晃一人だけがを見ていた。
そばを食べている男子達の中で、晃だけが。
体に緊張が走る。
あ。
今気づいた。
今までは私があきちゃんを見ているばかりで、目で追うばかりで、
あきちゃんが気づいていなくても、振り向いてくれなくても、見ているだけで満足だった。
挨拶を返されなくても、挨拶することが楽しかった。
でも、いまは違う。
あきちゃんも私を見ている。
あきちゃんが私を見ている。
変だな、私。
向き合った途端に恐くなっている。
見られていることが恐い?
いままで、きちんと男の人と向き合った経験がないから。
あきちゃんは、男の人なんだ。
こんな時、どうしたらいいのかわからない。
八月三日。
今日は皆で夏祭りに行く約束をしている。
五日ぶりの学校だった。
自分の塾の夏期講習や用事が重なり、学校の講習に出られない日、出ていない時間帯があってあきちゃんとは校外模試試験以来会っていなかった。
「お、おはよう。」
教室に入ってきた晃に、少し緊張気味に挨拶した。
何も言わずに荷物を置く晃。
「椎名ちゃん、おっはよー。」
「ひゃあ@@@@」
挨拶に加え、首をくすぐる北山。
「北山くん、やめてって言っているでしょ。」
最近、北山くんにくすぐられることが多くなっている。
あきちゃんは、全然やらなくなったな。
いい加減飽きたのかな?
でも、ちょっとさみしいかな。
あきちゃんとのかかわりがまた一つ減った気がして。
あ、さっき挨拶返してもらえなかったし。
ショックを受けているところに明るく近づいてくる北山。
「今日楽しみだねー。祭り。椎名ちゃんの私服姿も楽しみだ。」
「キタ、それはどういう意味?」
「今日はどんなの着てくるの?」
「椎名さんの私服ってどんな感じなの?」
北山の声に前回参加していなかった男子が会話に加わる。
「この間は水色だったっけ?」
「今日もスカート?」
「えっ、ミニスカ?」
「ミニなの?」
「お前ら変なこと考えてんじゃねーの。」
「それは北山だろー。」
「はははー。」
次々会話が飛んでくる。
こんな時、いつもだったら助け舟を出す二宮が今はいない。
勝手に盛り上がる男子達は楽しそう。
私服の話から、他女子の点数付けまで始まっている。
夏は下着が透けて見えるなんて話が始まり、その場を離れたかった。
しかし隣の北山に輪の出口を固められていて抜け出ることが出来そうにない。
会話が盛り上がるにつれ、ふざけての肩をぽんぽん叩きながら抱くように手を乗せてくる北山。
や、やだな・・・
正直北山くんのことよく知らないし、そんなに仲良くないからどう接したらいいのかわからない。
どうしたら抜けられるかな。
早くこの場から去りたい。
「北山。」
「なにー?」
「前にお前が欲しいっていっていたやつ、タケが持ってるって。」
「まじで?」
「今日持ってきてるってよ。」
「見る見るー!」
そう言うと嬉しそうに竹田の方に駆け寄る北山。
助け舟を出してくれたのはなんと晃だった。
晃はそのまま竹田と北山のいる方へ戻った。
北山がいなくなり、男子の輪から抜け出る。
そのまま教室から出た。
涙でそう。
あきちゃんが・・・
助けてくれたって、そう思ってもいいですか?
たまたまかもしれない。
でも、
私を見てくれていたから、気づいて助け船を出してくれた。
そう、思ってもいい?
教室では北山が抜けた後も男子達の会話が続いていた。
「椎名さんて下ネタ系苦手?」
「あ、おれもそう思ったー。」
「可哀想なことしたか?」
「それはねーだろ。」
「純情ぶっているだけだろ。」
「案外やり手だとおもうぜ。」
「そうかぁ?」
「だってあいつ二股かけてたんだろ?」
「あー、そーいやそんな噂あったな。」
「でもあれはデマだったんだろ?」
「そうだったんだっけ?」
「松岡のことが好きだったのだよな?」
「そんなような話だったか?」
「あんま覚えてねーや。」
「でもキタは椎名狙いかな。」
「そんな感じあったよな。」
「おもしれーじゃん。」
「下向いて顔真っ赤だったじゃん。」
「まんざらでもないってことか?」
「誰が顔真っ赤だったってぇ?」
盛り上がっている男子達の輪に、教室に入ってきた千夏が駆け寄る。
「めぐちゃんがなんだって?」
「椎名が顔真っ赤だったって話?」
笑いながら会話が盛り上がっている男子達。
「へぇ~。それはどんな楽しい話をしていたのかしらぁ?」
「違うだろ。やり手だって話?」
「おいおい、直接だなー。」
さらに笑いが起こる。
「ふーん、それでぇ?」
千夏の表情に怒りが込められていくのに気づいた男子が慌ててフォローにまわる。
「いや、別に俺達は下ネタ系の話が椎名さんは苦手なのかと・・・」
「な、なぁ。」
「そ、そうそう。」
全員頷き、苦笑いをしている。
どうやら千夏を怒らせてしまったことに気が付いた男子達。
「あのねー、めぐちゃんにそんな話持ち掛けないでよね。するなら私が相手するから。」
「そ、そうだよな。」
「北川の方が話し通じるよな。」
「ははは、北川さんには勝てないなー。」
自分達が言い過ぎたことに非を認め始めた男子達。
「こ、講習そろそろ始まるかなー。」
「そうだなー。」
苦し紛れな言い訳をして散っていった。
「まったく。」
バカな男子にうんざりといった表情の千夏。
「ちーなつっ。」
後ろから二宮がニコニコしてやってくる。
「あんたどこフラフラしてたのよバカっ。」
「わぉ。いきなり怒んなくてもいいじゃん。」
いきなり千夏の罵声を浴び、笑顔が消え寂しそうな二宮。
「そんなに俺がいなくて寂しかったの?」
「それはない。」
「そんなきっぱり言わなくても。グさっとくるよ、千夏。」
「あっ。あんた今日めぐちゃんと夏祭り行くって言ってたよね。」
思いついたように話を変える千夏。
「おうっ。千夏も行けるのか?」
「私は無理。彼と行くから。」
「だからその言い方、グさっとくるって。」
苦笑いの二宮。
「あんためぐちゃんを北山君に近づけないようにして。」
「は?なんだよそれ。」
「嫌なのよ。めぐちゃんを軽い気持ちで傷つけられるのが。」
「キタが?」
「そう。あとバカな男子達。」
「なんかあったのか?」
先程の出来事を二宮に話す千夏。
「なるほどね。」
「まぁ、俺も男だから気持ちわからなくもないけど、変な事言わないか気をつけて見てるよ。」
「気をつけるだけ?」
「そう怒るなって。恋愛は自由だろ?」
「まぁ、そうだけど・・・」
「千夏はもえの事になると自分以上にがんばるんだな。偉いな。」
そう言って千夏の頭をなでる二宮。
優しい口調が千夏の心に響く。
「あたしは…めぐちゃんに恋愛は楽しいってことを知ってもらいたいだけ。」
夏祭りの会場は大勢の人で賑っていた。
待ち合わせ場所には二宮と到着した。
「人多いな。皆わかるかな。」
「にのの背が高いからわかるんじゃない?」
「そういう問題なのか?」。
「あれ?」
「どうした?もえ。」
少し離れた所から女の子達の視線を感じた。
女の子達は二宮とを見比べ、驚いたような、でも楽しそうな表情をしていた。
「ねぇ、にの。私達勘違い…されてないかな?」
「ん?」
女の子達の視線に気づく二宮。
陸上部の二宮の後輩だった。
「ああ。」
「〝ああ〟って。いいの?」
「俺は別に。」
「もえは勘違いされたら困る人でもいる?」
笑顔で言い返す二宮。
下を向き、答えに詰る。
「あ、後で話す。」
恥ずかしそうに顔を赤くし、小さい声で言う。
「なるほどね。」
二宮の表情が和らぐ。
「あ、いたー。」
「おーい、にのー。」
亮一、竹田、北山がやってくる。
「ここ人多すぎだよ。」
「混んでんなー。」
「関君達わかるかな?」
「おっ、しーなちゃんかわいー。白も似合うね。」
北山が近づいてくる。
スッと二宮の後ろにさがる。
その様子を伺う二宮。
「しーなちゃんと祭り回れるなんて今年の夏は最高。しーなちゃん何が好き?屋台といえばやっぱかき氷だよなー。」
一方的に話しかけてくる北山。
困ったような表情で合槌を打つ。
二人の様子を見つめる二宮。
「おーい!」
「あ、関君だー。」
関の後方から晃、健太、市井が来ているのが確認できる。
「いやー、まいった。探すの苦労したよ。」
「ボクめぐちゃんでわかった。」
市井が話しかけてくる。
「じゃあ、とりあえず中心の神輿会場まで行くか。」
「そうだな。」
「そこで飯くおーぜ。」
「しーなちゃんはぐれないようにねー。」
「う、うん。」
隣に北山が来た。
人が多いので、話す声も途切れ途切れにしか聞こえないが、しばらくは北山の話を聞かなくてはならなくなった。
北山の話に相槌を打ちながらも二宮から離れまいと必死についていくことにした。
その様子に気がついた二宮は一度溜息をつき、
「キタ、そういえば前にお前がさー・・・」
二宮が北山の気を向ける。
徐々に北山と距離を置き、先頭を歩く列から離れ、一人後方から付いて行くことにした。
ふぅ。
にのに助けられたかな。
やっぱり北山くん、苦手だな。
最近一緒に遊ぶことが増えたけれど。
それはあきちゃんが一緒だから・・・
前を歩く晃の姿を見つける。
あきちゃん。
こうして後ろ姿を見られるだけでも幸せだなって思う。
夏休みに入って2回目だね。
学校以外で会えるの、やっぱり嬉しいな。
あ。
背、伸びた?
私服のせいかな。
なんだかいつもより大人っぽく見える。
今私、あきちゃんと夏祭りに来てるんだ。
もちろんあきちゃんにとってはその他大勢の一人でしかないとは思うけど。
それでも、同じ時間を過ごせることが嬉しい。
今は後ろからついていくだけ、あなたを追いかけてばかりだけれど。
いつか・・・
あきちゃんと並んで歩けるようになりたいな。
「あ!めぐちゃんだ!」
「めぐちゃーん。」
懐かしい呼び声に振り向く。
「久しぶり―。」
「めぐちゃん元気だった?」
「うん。びっくりしたー。」
「ねー、こんなところで会えるなんてね。」
「蓮田中だよね?」
「そう。」
「部活とかで行くこともあったのに、全然会えなかったね。」
「あ、テニスの試合では見かけたー。」
「よく私だってわかったね。」
「めぐちゃん変わってないもん。すぐわかったよ。」
「変わってないの?私。」
「ははは。相変わらずかわいいねっていう意味。」
「そういえば、めぐちゃん一人?」
「ううん、友達と―――」
ハッと我に返る。周囲に誰もいないことに気づく。
「ごめん、もう行くね!」
慌てて前に追いつこうと小走りになる。
やばい。
すっかり話しに夢中になっていた。
どうしよう、こんな大勢の人の中じゃ・・・
皆とはぐれちゃった。
どうしよう・・・
“ドンッ! ”
前から来た通行人とぶつかる。
「チッ、いてーな。」
「ごめんなさいっ。」
あ、どうしよう。
皆いない。
知らない人ばかり。
どうしよう。
私どっちから歩いて来たの?
私どっちへ歩けばいいの?
みんなはどこ?
みんなはどっち?
にの、
タケやん、
亮ちゃん、
関くん、
北山くん、
いっちゃん、
健太くん、
あきちゃん・・・
どれくらい歩けば追いつくの?
どれくらい・・・
恐い・・・
焦りと不安がつのり、祭りのざわめきがいっそう孤独にさせる。
次の瞬間、突然腕を引かれ驚く。
「やっ・・」
掴まれた腕を振り払おうとし、振り向くとそこにいたのは晃だった。
「あきちゃん・・・」
やっとの思いで言葉を発した。
「ごめん、はぐれちゃった。」
声が震えている。
「私・・皆と・・・どうしよう、皆に迷惑かけちゃ――」
「いいから。」
不安でいっぱいの声をかき消すような晃の落ち着いた声。
「う、うん。」
晃に腕を引かれたまま、道の端へ移動する。
「友達?」
「え?」
「さっきの。」
「あ、うん。前の小学校の友達なの。私転校生だって話したかな?」
「ああ、聞いた。」
「懐かしくてつい…ごめんね。みんなに迷惑かけているよね、私。」
はぐれてしまった事に対して複雑な思いでいっぱいだった。
まだ落ち着いていない様子に晃が話題を変える。
「前の小学校ってどこ中になんの?」
「え?」
「もし転校してなかったらどこの中学だった?」
「第二中。」
「ふーん。」
「あきちゃん、知っている人いる?」
「部活で顔見知りは何人か。」
「そっかぁ。」
会話に間があく。
「一本道だから、にの達はこの先で待っているだろ。」
「あ、そっか。そうだよね、御神輿見るって。それまで一本道だね。」
笑顔を見せる。
「ごめんね、あきちゃん、迷惑かけて。」
「私バカだねー、真っ直ぐ歩いていけば着いたのにね。」
何も言わずに歩き出す晃。
一歩後ろを歩く。
「でも・・あきちゃん私がいなくなったのに気づいてくれたのだね。」
そういえば、
私あきちゃんの後ろを歩いていたのに。
あきちゃん、私が友達としゃべっていた事も知っている。
いなくなって気づいたのではなく、最初から知っていた?
止まった私を・・・
そう考え、顔を上げると晃が足を止め隣にいた。
「見てたから。」
目を見て答える晃。
目をそらすことができない。
この前と同じ。
あきちゃんが私を見ている。
今、向き合っているんだ。
やっと向き合えたんだ。
後ろから追いかけるのではなく、
ほら、気づけばあきちゃんは私の隣にいる。
並んで歩く事だってできる。
もう恐くないね。
勇気を出そう。
「あきちゃん、」
「この間ね、タケやんが…あきちゃんが私のこと気にしているって言っていたの。」
黙って聞いている晃。
「その話、ほんと?」
しっかり目を見て伝える。
「さあ?」
突然の話にも表情一つ変えずに答える晃。
「ほんと?」
もう一度、自分の気持ちに言葉をのせて伝える。
晃の表情は変わらない。
「おまえは、俺のことどう思ってんの?」
逆に質問されてしまう。
「き、気になるよ。」
素直に答える。
「ふーん。」
「じゃあ、この前好きな奴いるって、誰?」
「・・・あきちゃん。」
「ふーん。」
それでも晃の表情は変わらない。
「俺もおまえのこと気になる。」
「ほ、ほんと?」
驚いた表情で聞き返す。
「あきちゃん、ほんと?」
「ああ。」
「ほんと?」
「ああ。」
「ほんと?」
「本当。」
「ほんとねっ。」
表情が明るくなり、笑顔がこぼれる。
晃も柔らかい表情で見ている。
「しつこいぞ。」
「本当なんだね。」
「もう行くぞ。」
「うん!」
晃の隣に、並んで歩く。
「あ、あきちゃん。」
「ん?」
「手…つないでもいい?」
顔が赤くなりながら精一杯の勇気を出して話しかける。
「あ、ほら人多いし、またはぐれると・・・ご、ごめんね。嫌なら――」
「ほら。」
手を差し出す晃。
「もう行くぞ。」
そう言うと歩き出す晃。
晃の手にそっと触れ、ついて行く。
温かい。
あきちゃんの手。
細い指。
ごつごつした骨。
大きな手。
男の人の手。
勇気を出してよかった。
嬉しいな。
あきちゃんと手をつなげていること。
あきちゃんが私を気にしていること。
あきちゃんが私を見ていてくれること。
今日のこと全部が嬉しい。
あきちゃんを想う気持ち、大切にしていきたい。
これからも。
「あ、来た来たー。」
「おーい、椎名さんあきちゃん。」
神輿会場に着くと皆が待っていた。
「ごめんねー。」
「びっくりだよ、いつの間にかいなくなってんだもん。」
「しーなちゃんかき氷食べる?」
「わ、みんな買ってるんだ。私も何か買って来ようかな。」
屋台の方へ向かう、北山、一、関。
残った二宮が晃に話しかける。
「あきちゃん、もえの事ありがとな。もえ、方向音痴だから毎年のようにはぐれてさ。」
「ああ。」
いつもは無愛想な晃の表情の変化に気づく二宮。
「これはひょっとすると・・・」
「え?にの何か言った?」
隣にいた市井に不思議そうな顔をされる。
「いやいや。」
二宮の表情は何かを感じたようである。
帰り際、あきちゃんが私に話しかけてくれた。
「ちゃんと寝ろよ。」
その一言が。
眠れないくらい嬉しかった出来事があったけれど。
安心感をもらった気がして。
私はその夜、久しぶりに穏やかに眠りにつけた。
夏の思い出を胸に。