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3.はじまり

 7月。

 中学生活最後の夏が始まった。

 体育系部活動の集大成とも言える中体連が近づいている。

 

 私、椎名はというと、テニス部の朝練にはじまり、六時間の授業、そして夕方からは委員会の仕事、その後テニス部で活動、と忙しい日々を送っている。

 蒸し暑い夏がやってきたが、今年は髪を短くしたので少し過ごしやすいかな。

 なにせ、中学に入ってから一度も肩より短く切ったことのない髪だったから。


 そして・・・

 最近気になるコト、

 やっぱりあきちゃんが気になるかな。

 穂高晃。

 女子には無口で無愛想な態度。

 何か意見を言ったり、リーダーシップをとったりすることなく、どちらかといえばクラスでも目立たない存在。

 話すようになったのは先月から。

 最近では一対一で話すことも多くなっているけれど・・・

 だからあきちゃんのこと、未だによくわからなくて。

 でも、知ろうとすればする程奥が深くて。

 う~ん、不思議な人。

 気になるとはいっても別に好きとか、恋とかじゃないような・・・

 なんだろう、この気持ち。

 はっきりしないの。


 恋、ドキドキするような恋。

 私の知っている恋は楽しくもあり、緊張したり失敗したり、全速力で走ったり、ぺーース配分が上手くいかなくて息が続かず苦しかったりもする、ゴールの見えにくいレースだった気がする。

 でも、自分を見直すきっかけを与えてくれた、そんな大事な恋だった。

 笠原祐也。

 今でも祐也と廊下とかですれ違う時はドキっとする。

 それは気まずさもあるのだけれど。

 いつかまた、人を恋しく想う時が訪れるのかな。

 それはどんな恋だろう。

 それはどんな相手だろう。

 まぁ、しばらくは中体連に向けて忙しいし、部活に打ち込んでもやもやした気持ちを打ち消そう。



「それでは今日はここまで。夏休みは七月いっぱい美術室を開けておくので各自課題を終わらせるように。」

「礼。」

「ありがとうございました。」

「もーえ、次教室移動だって。」

「うん、わかったー。急いで片付ける。」


 選択授業が終わり、皆次の授業に向けてそれぞれ移動し始める。

 美術室で片づけをしていると、


「椎名さんゴミついているよ。」

 

 と言って、関が襟足についている糸くずを取ろうと手を伸ばした次の瞬間。


「ひゃあああー@※@※@」


 返ってきた言葉にならない声に驚く関。

 そばにいた亮一と晃も振り向く。


「え?びっくりさせちゃったかな?」


 慌てて謝る関。


「ははは。もえ、昔の癖直ってなかったんだ。」


 一人だけ笑顔の亮一。


「え?クセ?」

「もえはね、こうすると―――」


 そう言って、萌の首に手を近づける亮一。


「ひゃあああー@※@※@」


 再び言葉にならない声を出して首をすくめる。


「首が人一倍くすぐったいらしいよ。小学生の時、よくこうやってからかわれてたよね。」

「亮ちゃん、やめてよ@※@」


 涙声になっている。


「なるほど。」

「もえー、行くぞー。」

「はーい。」


 にのの方へ行こうとするが、そこへ晃の手が伸びる―――


「ひゃあああー@※@※@」


 後ろを振り返り、やったのが晃であることを知る。


「あきちゃん。やめてよ@※@」


 再び首元に手を伸ばそうとする晃。


「もー、ほんとにやめて首弱いのー。」


 萌の様子を見て楽しんでいる晃。

 にのの元に駆け寄り、美術室を出て行く。

 扉のところで後ろを振り返ると晃もまだこっちを見ていた。


 び、びっくりしたー。

 あきちゃんが・・・

 あれ?

 おかしいな、私、心臓速くなっている。

 関くんや亮ちゃんに触れられた時はただ驚いただけだったけど、あきちゃんが触れた時はなんだか違う感じがした。

 なんだろう。

 この感じ。



 放課後。

 皆が帰宅した後の校舎は少しひんやりいている。


「六組戸締まりオッケー。」

「はい、六組OK。」


 委員会の仕事で最終の戸締りチェックをし、日誌に記録している。


「椎名さん、悪いけど日誌出してもらっていい?今日部活急がないとまずいんだ。」

「もちろん。昨日も一昨日も猪原くんに出してもらっていたもの。今日は私出しとくよ。

お疲れさまー。」

「よろしくー。お疲れ。」


 そう言うと猪原は走って教室を後にした。


「さてと、日誌を出しに行こっと。」


 日誌を持って生徒会室へ向かう。


 今日の生徒会公務、担当は祐也じゃないもんね。気が楽だわ。

 昨日と一昨日は担当が祐也だったから、猪原くんには悪いけど理由付けて日誌の提出頼んだ

の。

 やっぱりあんな事があった後は顔合わせずらいし。

 といっても部活で顔は合わせているけれど、特別話す時間もないし、目も合わせないよう

にしていたからね。

 いつまでこの状態が続くのかはわからないけれど、今はまだ祐也の顔見て話すのは正直

気まずいかな。


「失礼しまーす。」


 生徒会室の扉を開け、固まった。

 そこにいたのは、いないはずの祐也だった。


「萌ちゃん。お疲れ様―。」


 な、なんで祐也がいるのぉぉぉぉ。

 こ、心の準備が・・・

 無理だ。

 ここはすばやく切り抜けなきゃ。

 大丈夫、普通に振舞おう。

 ふつうに・・・


「に、日誌、お、お願いします。」


 日誌を受け取り、目を通す祐也。


「今日萌ちゃんが週番だったとは。当番変わってラッキーだったな。」


 えっ?ラッキー??

 なんでそんなセリフが出てくるかなぁ::。

 は、早く、一刻も早くここを出たい。

 あ~もう、そんな熱心に読むようなこと書いてないのだから早く印鑑押してよー!!


「座れば?」


 気持ちとは真逆にこの部屋に留まるよう椅子を指差されてしまった。


「え?い、いいよ。す、すぐに行くし。」

「いいから座りなさい。」


 そう言って微笑む祐也。

 目が合ってしまった。


「は、はい。」


 諦めるしかないと悟り、向き合いの椅子に座る。

 日誌に目を通す祐也。

 顔が上げられずうつむいてしまう。


「あ、ここ誤字。」

「え?どこ?」


 日誌に顔を近づける。


「ここ。ほら、大丈夫が〝無〟になっている。」

「あ、ほんとだ。」


 そう言って顔を上げる。

 同時に祐也も顔を上げる。

 

 あ・・・

 顔が近い。

 こ、これってこの前の状況と・・・・

 祐也に抱きしめられて。

 それから・・・

 それから・・・

 顔が近づいてきて・・・・

 や、やばいドキドキしてきた。

 どうしよう・・・


「萌ちゃん―――」


 と言った時、


「あれ?椎名さん週番だったんだ。」


 扉が開き、生徒会長松岡が入ってきた。


 た、助かった。

 そう思わずにはいられなかった。


「は、はい。今週当番なのです。」

「そっか。ご苦労様。でも椎名さん、はい。じゃなくてうん。って言ってよ。敬語はなし。」


 笑顔で言う松岡。


「あ、そうだった。ごめんなさい。」

「ははは。だんだん直していってくれればいいよ。」

「はい、日誌確認しました。お疲れ様。」


 二人の会話に少し怪訝そうな表情の祐也が言う。


「あ、うん。じゃあ、これで失礼します。松岡くん、ばいばい。」


 日誌を受け取ってもらえると、即座に立ち去った。

 笑顔で見送る松岡。

 扉が閉まり、祐也が口を開く。


「なんでにだけ、ばいばいなんだ?俺には挨拶もないのか?」

「さぁ。」


 祐也の不機嫌そうな発言に、苦笑いの松岡。



 き、緊張したぁ。

 はぁ。

 こんな状態心臓に良くないよ。

 まいったな。

 先月、祐也に抱きしめられた日―――

 私もかなり動揺していたし、

 あまり良くは覚えていないのだけれど・・・

 祐也が私のことをどう思っているのか。

 もう、関係のないこと、そう思おうとした。

 だって事実、祐也とちゃんは今もつきあっている。

 だから、もう終わったこと。

 私の恋も終わったこと。

 

 でも・・・

 どうしてこんなに胸が痛むのだろう。



 あ、バレー部。

 窓の外に校舎の周りをランニングしているバレー部を見つける。

 その列にいるあの人を探してしまう。

 あきちゃん。

 どうしてかな、私。

 祐也のことで胸が痛くなっている時に、あきちゃんの姿を見るだけでなんだか落ち着く

の。

 変だよね。




     2


 昼休み。

 三年の教室がある廊下に来るとにぎやかな声が聞こえてくる。

 四組と五組の間の窓際に、晃と関、竹田を見つける。


「椎名さん。」


 話しかけてくる関。


「次の英語訳した?」

「うん、一応ね。」


 晃に背を向け話していた。

 背後から手が近づくのには気づかなかった。


「ひゃあああー@※@※@」


 声をあげ、首をすくめる。


「あきちゃん。もーやめてよ@※@」

「はは。椎名さんすっかりあきちゃんにやられているね。」

「もー※※※」


 涙目になる。


「訳みんなやってんだなー。おれも今からやるとするか。」


 予鈴が鳴る。


「じゃな、あきちゃん。」


 そう言って教室の中へ入る関。

 竹田も後に続く。

 廊下がざわつき、教室へ戻る者、移動教室へと向かう者が動く。

 皆足早に去り、ざわめきも教室内へと移動する。

 そして静けさを取り戻した廊下に残っている二人。


「入らないの?」

「入れば。」


 沈黙が流れる。


「じゃあね。」


 と言って教室に入る。

 晃も教室へ戻る。


 最近ね、この時間が楽しいの。

 予鈴が鳴り、本鈴が鳴るまでの五分間。

 あきちゃんとの何気ない時間。

 会話を交わすわけでも、何かをするわけでもないのだけれど、この空気が私をホッとさ

せてくれるの。

 最近増えたあきちゃんと過ごす時間。

 給食準備中の五分、昼休みの五分、掃除終了後の五分。

 きっかけはタケやんや関くんがあきちゃんと話している時に、私も一緒にいるようにな

ったこと。

 自然に皆が集まってくる四組と五組の間の廊下、窓際。

 窓から見える北の赤城山と青い空、白い雲。

 ここで話す何気ない会話。

 これからもこうしてこの窓から真夏の暑い

 空を見て、秋の空、冬の空と見ていくことができるのかな。

 あきちゃんと一緒に。


 そして掃除終了後、窓際に晃の姿を見つけた。

 晃、二宮、竹田、関、亮一がいる。

 気づいた二宮が手招きをしている。


「もーえっ。おいで。」


 二宮の横に行った。


「今、皆でカラオケ行こうって話していたのだけど、もえも行くよな。」

「う、うん!」

「よしっ。決まりだな。」

「いつにする?」

「じゃあ、中体連終わってからの方がいんじゃない?」

「そうだな、終わってからの方がいいな。」

「夏休みだー。」

「じゃあ、二十五日で決定。」

「オッケー。」

「メンバーは?これでいく?」

「健太も。」

「おお。健太―。」


 廊下に出ていた健太に声をかけに行く竹田。

 皆が健太の方へ視線を向ける。

 健太は別の人と話しているところだった。


「なに?カラオケ?ボクも行きたいー。」


 市井里美。彼女の声が聞こえてくる。


「誰がいるの?」

「メンバーはあんな感じ。」


 そう言うと、竹田が皆のいる方を指す。

 市井と健太が近づいてくる。


「めぐちゃん。一緒に行くの初めてだー。よっしく。」

「う、うん。よろしくね。」

「いぇーい、晃君と遊ぶの久しぶりだ~。」


 カラオケ?このメンバーで?

 あきちゃんとカラオケなんて想像してなかったよ。


 でも・・・

 いっちゃん、市井里美。

 彼女とは一年生の頃はよく話したっけ。

 奈緒ちゃんの友達で、たまに一緒に帰ることもあったな。

 彼女はボーイッシュな外見とハスキーな声、言葉づかいから男の子っぽい。

 友達も男子の方が多いと聞いたことがある。

 タケやんやあきちゃんとも仲がいいんだ。

 あきちゃん、健太くん、関くん、いっちゃんは同じ蓮田小出身だものね。

 晃、健太、市井の三人が話している。


 あ、あきちゃん笑っている・・・。

 女の子の前でも笑うんだ。

 彼女は特別なのかな?

 あきちゃんと健太くん、私が入りたくても入り込めなかった場所に彼女は入れるんだ。

 ごく自然に。

 あれ?

 私変だ。

 なんでこんなに気にしているのだろう。

 いいじゃない、別に三人が仲良くても。

 今度のカラオケ、皆で行くのだし、楽しまなきゃ。

 そうだよね。

 中体連頑張って楽しいカラオケにしよう。

 夏休みに皆で遊べるの嬉しいな。



 翌朝。

 四組の教室に千夏とヒロアキの三人で集まった。


「へぇ~。じゃあそのメンバーでカラオケ行くんだ。」

「そうなの。」

「なんだか変な組み合わせだね。」


 千夏の言葉に苦笑いを浮かべる萌。


「そうだ、ちなっちゃんも行こうよー。にのも関くんもいるし、私もちなっちゃんがいて

くれた方が心強いし。」

「残念、その日は先約があるの。」

「えーっ。先約かぁ。それは仕方ないよね。」

「デートか?」


 ヒロアキが口を挟む。


「ピンポーン。」

「え――っ!ちなっちゃん、だ、誰と?」

「へへっ。誘われちゃったのよ。上野先輩に。」

「上野先輩?って、ちなっちゃんがカッコイイって言っていた?」

「そう。」

「すごいねー。よかったねー。付き合うの?」

「さあ。それは相手次第かな。」

「よくいうよ。」

 

 面白くないという表情をして言うヒロアキ。


「どうせ、いつものミーハー気分だろ?相手の先輩もよく考えてから誘えばいいものの。」

「ふーんだ。デートの相手がいないヒロアキに言われてもなんとも思わないよーだ。」

「あのなー、オレは相手の先輩がかわいそうだって言ってるの。お前の事は心配してない。」

「そっかぁ、ちなっちゃん一緒に行けないのかぁ。残念だな。にのも嬉しがると思ったのにな。」

「え?にの?何で?」

「ううん、なんでもない。」


 慌てて否定する。


「じゃあ、また今度一緒に行こうね。」


 そう言うと、教室を出た。

 残された千夏とヒロアキ。


「オレが一緒に行ってやろうか?」

「なんだよ。」

「我慢しちゃってー。そう言ってあげればよかったのに。めぐちゃんもきっと喜んだよ。」

「・・・・。」

「喜ばねーよ。」

「あんたはいつもそう。そうやって肝心なところで押さないから、いつもめぐちゃんを離しち

ゃうんだよ。」

「べ、別にオレは・・・。」

「損な役だよ。」

「ほっとけ。」


 そう言うと、千夏から視線を外すヒロアキ。

 頬が紅くなっているヒロアキを見て、楽しそうな千夏。




 そして、一学期終業式の日――


 朝、下駄箱で晃に会った。


「おはよう。」


 こっちを見る晃だが、何も言わない。

 うう・・・。

 まずは挨拶を返してもらえるようにならなきゃだなんて。

 でも、無視されているわけじゃないのはわかる。

 おはようって声かけると振り向いてはくれるし、表情も変わる。

 あきちゃんて、私とどう話していいのかわからないだけなのだって、そう思っている。


 終業式は体育館で行われた。

 校長先生の長い話に続き、夏休みの諸注意などの話が続く。

 私は一学期を思い返していた。


 校門の桜を見た春、新しいクラスにわくわくしていた。

 中学校生活最後の一年を、にのやちゃん、

 タケやんにけいちゃんと小学生時代の仲の良い

 友達と過ごせるのがとても嬉しかった。

 最高学年になり、委員会、部活とも主体的に動くことが多くなった。


 新しい友達も増えた頃の修学旅行。

 遅くまで起きていて、みんなで語りあった。

 そして、あきちゃんと少しずつ話すようになって。

 祐也の事も少しずつ落ち着いていって。


 噂が流れて誤解を招いたこともあった。

 あっという間に夏が来て、早かったな~。

    

 先生達の話では夏休みって言っているけれど、実際は中体連が終わらないと夏休みはこないし、

中学三年の夏といえば受験を意識しなければならない時期なのだよね。

 高校受験かぁ。まだ考えられないな。


 そんな事を考えているうちに、終業式が終わった。

 生徒会役員が舞台に上がり、準備を始める。

 この後は壮行会が始まる。

 壮行会とは、中体連に出場する選手の意気込みを見せて皆から応援を受け、送り出される云

ば応援会のようなものである。

 主に運動部の三年生が対象なのだが、これが全校生徒の前とだけあってなかなか恥ずかしい。

 それぞれの部ごとに出し物を考え、この日のために準備していた。

 テニス部男女はウェアに着替え、ラケットを持ちステージ裏に待機した。

 手にはテニスボールではなく、軽いカラーボールを持っている。

 最後にこのカラーボールをラケットで打ち、下にいる生徒達にキャッチしてもらう。

 去年も一昨年も見ている立場だったのでこのカラーボールにはちょっとしたエピソードがあ

った。

 憧れの先輩のボールが欲しいという女子生徒が多く、ボールをめぐって騒動に発展したこと

もある。

 今年は誰のボールが人気あるのかな?


 壮行会が始まり、一本技を決める柔道部やスクラムを組んで気合を入れるバスケ部の出し物

が続く。

 テニス部の出番が近づき、部長の祐也と智ちゃんが打ち合わせをしている。

 二人を見ていて、今、こんなに穏やかな気持ちでいられるのに自分でも驚いている。


 不思議だな。

 時は過ぎてゆくものだから、私の時間もちゃんと動いていたのだな。

 誰かのことを想っている。

 その想いは時に叶わなかったり、方向を変えたりすることもある。

 でも、相手を想う気持ち、想われる気持ち、どれも大切なものだから。

 それに気がつけたことだけでも私は成長できたのではないかと思う。


 テニス部のステージは成功に終わった。

 誰のかはわからなかったが、飛んできたカラーボールに女の子達の歓声があがっているのが

聞こえた。

 着替えを済ませ、生徒の列に戻るとちょうどバレー部のステージが始まった。

 バレー部女子の後、男子がステージに上がる。

 しかし、ステージには二人しか見当たらない。


「どーも。男バレ部長の奥居でーす。」

「副部長の梶原でーす。」

「えー、おっくんかじくんのショートコント。」

「いやー、まいったね、かじくん。うちの男バレの野郎共ときたらチャイナな奴ばっかりで。」

「かじくん、それを言うならシャイでしょ。チャイナって中国じゃん。俺達は中国人か。」


 体育館に生徒達の笑い声が響く。


「そう、シャイ。それが言いたかったんだよ、シャイ。恥ずかしがりやさんばかりでね。」

「それで代わりに俺達が出ているわけだ。」

「そうなんですよ。まったく日本人たるもの恥知らず。」

「それはちょっと・・・恥知らずというより恥ずかしがりやなだけなんでしょ?」


 突然の二人のコントに、皆釘付けになって見ていた。

 確かに、あきちゃんみたいな人がどんな出し物をするのかと思っていたけど。

 あきちゃんに笑いをとらせるのは無理に近いよね。


「えー、最後に、コントではなく、真面目に試合、がんばってきます。よかったら応援に来て

ください。毎年応援が少なく、さみしい思いをしています。以上です。」


 奥居の挨拶でバレー部のステージが終わった。

 応援に来てください・・・か。

 そういえばバレー部の試合って、見たことないのだよね。

 大抵の運動部は同じ市営競技場の敷地内で試合をしているから、自分の空き時間とかに見に

行くことがあるのだけれど、バレー部は別の所で試合しているみたいだから。


 壮行会は盛り上がり、後輩達も先輩への応援に熱くなっていた。



 午後からの部活の前に四組で弁当を広げていた。


「ヒ・ロ・ア・キ、通知表見―せてっ。」

「嫌だよ。」

「なんでぇ?いいじゃない。減るものじゃないのだし。」

「バカにされんのわかっていて見せるかよ。」

「しないわよーばかになんて。あっ!」


 突然千夏が指差した方を見るヒロアキ。

 その隙に通知表を取る。


「あっ、汚ねー。」

「ほほほほほー。」


 二人のやり取りを微笑ましく見ていた。


「晃君―。」


 教室を覗く奥居と梶原。


「いないのかー。あ、椎名ちゃん。」


 奥居に話しかけられた。

 手招きされたので奥居と梶谷のところへ向かった。


「あきちゃ・・・じゃない、穂高くんいないけど鞄あるから戻ってくるのじゃないかな?」

「おっけー。椎名ちゃん元気してた?」

「ははは。元気だよー。おっくんかじくんさっきのコントおもしろかったよ。」

「見てくれたんだ。ま、始めはどうなるかと思ったけどね。」

「歌歌うよりは良かっただろ。」

「歌?」

「最初はね、男バレソングを作って歌おうと思ったんだよ。」

「そしたら晃君にめちゃめちゃ反対されてさー、試合出ないまで言われちゃったよ。」

「ははは。穂高くんなら言いそうだよね。」

「彼こそが男バレ一のシャイ男だからね。」

「シャイというよりはおっくんと違って目立ちたがりじゃないんだろ。あいつ地道にコツ

コツタイプだし。」


 部活でのあきちゃん。

 この時初めて、あきちゃんがどんな風に活動して、どんな風に仲間と会話しているのかを知りたくなった。


「おっくん、試合ってどこでやるの?」

「おっ、見に来てくれるの?」

「わ、わからないけど、じ、時間が合えば・・・。」


 奥居が返事をする前に、晃が戻ってきた。


「晃君、今日は一時半になったから。」

「わかった。」


「そういや椎名ちゃん髪ばっさり切ったね。」

「おっくん、その話古くね?」

「ははは。確かに。」


 明るい性格の梶谷と奥居との話しにはいつも笑顔が出てくる。

 何も喋らないが隣には晃がいる。

 用事が済んだから去ってしまうかと思っていたが、この場に残ってくれたことが嬉しかった。


 奥居と梶谷と別れると、晃と二人になった。

 教室の中では千夏とヒロアキが今度は弁当の中身でからかい合っている声が聞こえてくる。

 不意に晃が首元に手を伸ばす。


「ひゃあああー@※@※@」


 声をあげ、首をすくめる。


「あきちゃん。もーやめてよ@※@」


 もう最近では会えば必ずといって良いほどこれをされるようになっている。

 しかも無言で。

 人の弱みに付け込むタイプなのかしら。

 でも・・・

 あきちゃんにされるのはそんなに嫌じゃないの。

 くすぐったいし、緊張高くなるから本当は嫌なのだけど、でも、あきちゃんの方からかかわ

ってきてくれることが、今はなんだか嬉しかったりする。

 晃の顔を見上げる。

 晃もを見る。

 珍しく、先に口を開いたのは晃だった。


「おっくんと仲いんだ。」

「あ、うん。おっくんとかじくん、小学校の時にね、けっこう話していたよ。中学に入ってからは今久しぶりにあんなに話したかな。」

「ふーん。」


 そう言うと、自分の席に向かう晃。

 後から続いた。


 千夏とヒロアキ今度はの弁当を狙っていた。


「めぐちゃん、トマト食べてあげるから、卵焼きちょうだい?」

「しーな、通知表見せるから春巻きくれ。」

「あのねー。通知表はいいよ別に。」


 二人が満足そうに弁当に手を伸ばしている。

 晃の席に近づき、話しかける。


「あきちゃんは通知表どうだった?良かった?」

「見るか?」


 意外な答えに驚く。


「え?いいの?」

「おまえのも見せろよ。」

「え、だってあきちゃんの方が頭いいし――」

「あれ?」

「あれ??・・・」


 手に持っている通知表と、晃の顔を見比べ、驚きの表情を隠せない。


「絶対評価じゃないからな。おまえみたいに愛想のいい奴の方が得をするってこと。」

「あきちゃーん、いこーぜ。」


 関が顔を出す。

 通知表をしまい、出て行く晃。


「椎名さん、バイバーイ。」

「うん、バイバイ。」


 笑顔で手を振った。

 しかし関と晃が去った後、表情を曇らせる。


 「おまえみたいに愛想のいい奴の方が得をする」か・・・。

 あきちゃんは私のことそういう風に思っていたのか。

 なんだろう、この気持ち。

 私、ショック受けている。

 あきちゃんに、私はどう映っているのか。

 じゃあ、私はあきちゃんのことをどう思っているの?




     3


 中体連一日目――

 七月二一日。忘れられない日になる。


 二日間行われる中体連。

 我テニス部は男子が一日目、女子が二日目に試合をする。

 本日の女子部員は、男子の応援をする者、自身の練習に励む者に分かれた。

 私はテニスコートの応援席にいた。

 目の前では祐也がプレーをしている。

 がんばって。祐也。

 素直に応援する気持ちでいっぱいだった。

 テニス部に入部したことがきっかけで知り合った祐也。

 二年になると同じクラスになった。

 同じ委員会を努めることになった。

 委員会と部活を掛け持ちした日々。

 早起きして一緒にがんばった朝練。

 祐也の存在が大きくなって恋もした。

 祐也とテニスを通して関わってきた二年と少し。

 今日で最後の試合。

 そう、最後の――


「あーあ、祐也先輩のプレー観られるのもこれが最後なのかぁ。」


 隣の応援席には別の部の二年生が観に来ていた。


「私は長谷部先輩のプレー好きだったのー。」

「あんたはプレーじゃなくて長谷部先輩が好きなのでしょ。」

「だってー、かっこいいんだもん。」


 後輩たちの会話が耳に届く。


「あーあ、好きな人のプレーがもう観られなくなっちゃうなんてね。」

「でも、今日観られてよかったー。」

「練習サボっちゃったけどね。」

「先輩に怒られるね。」

「いーの。最後の試合だもん。観られなくて後で後悔するよりいいもん。」


 後悔――

 その言葉が胸をチクリと刺激する。

 あきちゃんのプレー。

 あきちゃんが培ってきたもの、観たいと思わない?

 この先観たくても、観られなくなるのだよ。

 観たことのないもの、だから別に今頃になって観なくてもいいのかもしれない。

 でも、観たことがないから観てみたい。

 今しか観られないもの。

 今観る必要があるもの。


「めぐちゃん、この後どうする?練習戻る?」


 隣の奈緒に話しかけられるが、聞こえていなかった。


「めぐちゃん?」

「・・・奈緒ちゃん。」

「ん?」

「奈緒ちゃんは今、好きな人とか気になる人いる?」

「ええ?ど、どうしたの急に。」


 驚いて顔を見る奈緒。


「今はいないけど・・・?」

「じゃあ、もし、もしいたら応援に行っている?やっぱり最後の試合だし、観に行く?」

「めぐちゃん・・・今、そういう人がいるんだ?」

「う、うん。気になっている人はいる::カナ。」

「そっかぁ。じゃあ行ってきなよ。試合、勝てるように応援してきな。」


 観てみたい。

 気になっているもの、自分の気持ち。

 あきちゃんの姿を。

 後悔したくないから――


「うん。ありがとう、奈緒ちゃん。行ってくる。」


 荷物を抱え、席を立つ。

 不思議。

 こんな風に考えることができるなんて。

 こんな風に行動することができるなんて。

 気になっているから?

 わからない。

 でも、今は前に進みたい。

 答えはあとからついてくるものだから。

 きっと・・・


 足早に競技場の外に出る。

 出入り口で陸上部の部員と会った。


「にの!」


 慌てて二宮を見つけ、声をかける。


「もーえっ。どした?」

「バレー部の試合ってどこでやっているか知っている?」

「バレー部?関くんが今日とは言っていたけど・・・場所までは:う~ん@@」

「はいっ、知ってるよ。」


 二宮の後ろから市井が答える。


「第四中だよ。」

「第四中かぁ。遠いよね?」

「そうだなー、車でしか行った事ないけど遠いな。」

「めぐちゃん応援に行くの?」

「う、うん。なんか、最後だし観ておきたくて。」

「ふーん。」

「困ったなー。おれ今日は足合わせがあるからどうしても練習抜けられないんだよな。一

緒に行ってやりたいけど・・・」

「ううん、大丈夫。」

「一緒行こうか?」

「えっ?」


 市井の発言に驚く。


「もう練習ないし、晃君達応援に行きたいし。」

「そうか、市井お願いできるか?もえは方向音痴だからさ、一人で行かせるのはかなり心

配なんだ。」

「おっけー、まっかせといて。」


 え、え、ちょ、ちょっと待ってよ。

 確かに私は第四中の場所知らないし、遠いし、方向音痴だけど・・・

 いっちゃんと一緒に行くの?

 なんだか変な展開に・・・


 といっている間に、二人の自転車は進み始めた。

 いっちゃんが前を走り、私は後ろを付いて行く。

「晃君達応援に行きたい」か・・・・。

 バレー部員の中であきちゃんの名前が出てきた。

 仲がいいから?

 いっちゃんは、あきちゃんのことどう思っているのかな?

 自転車で四十分の距離に第四中学校はあった。

 駐輪場にはたくさんの自転車が停められていたが、蓮田中のステッカーが貼られたものはなかった。


「ボク達だけみたいだね、応援に来てるの。」


 体育館に近づくと、歓声が聞こえてくる。

 扉は空けられた状態で、中には眩しいほどのライトを浴びた選手達の姿が見えた。


 中に入る――

 練習中の両校の選手がいた。

 晃の姿を目で探す。


 あ。

 初めて見るユニフォーム姿。

 初めて見るプレー。

 初めて見る真剣な眼差し。

 どこか緊張している表情。

 額から零れ落ちる汗。

 あきちゃん、私観にきたよ。

 気づいて欲しい、私に。


 奥居と関が二人に気づき、駆け寄ってくるのが見えた。


「来てくれたの?」

「これまた意外な組み合わせだね。」

「なんだよそれー。おっくんがんばれよー。」

「遠かったでしょ。ごくろう。」

「椎名さん、応援よろしくねー。」

「うん、がんばってねー。」

 

 奥居と関が練習に戻る。

 晃は一度こちらを見たが、そのまま練習を続けていた。


 二階に上がり、応援席を探す。

 さすがに他校だけあって、応援席は第四中の生徒で埋め尽くされていた。

 私達は蓮田中側のコートが見える立ち見の場所を選び、試合が始まるのを待った。



 そして試合が始まる―――

 初めて見る試合。

 サーブ。

 速い。

 ボールが返され、高く上がる。

 一回、二回、三回。

 スパイク。

 拾う。

 上げる。

 トス。

 アタック。

 決まる。

 何度繰り返されただろう。

 点数が入るたびに揺れるハチマキ。

 一つに集まる選手達。

 喜び。

 悔しさ。

 緊張。

 タイム。

 監督からの飛ぶ声。

 額の汗を拭う選手たち。

 熱気に溢れるコート。

 気合を入れる。

 一セット、また一セット・・・

 開く得点差。

 追い続ける。

 一点、また一点。

 床に落ちる選手たちの汗が――

 やがて涙へと変わっていった。


 祈るような気持ちで見ていた。

 ルールなんてわからない。

 それでも、一点一点、一動作を目で追いかけた。

 一瞬を逃さないように。


 あきちゃん、

 私はあなたのことが好きです。


 あなたの最初で最後のプレーを、目に焼き付けた。

 追い続けるボールの先に、眩しいライトの光が差していた。

 最後まで諦めず、一生懸命追いかけたあなたの姿は、

 観ている私に感動を与えてくれました。


 勝って、おめでとうって言いたかった。

 なんで観になんか来たんだ。

 そう言われそうで恐かった。

 だから・・・

 何もいえなかった。



 会場の体育館を出ると、照りつける真夏の太陽の中、体の中はどこか冷え切っているかのように感じていた。

 体育館の片隅で、肩を震わせ泣いている選手たち。

 男の子が、泣くのを見るのも初めてだった。

 いっちゃんは、あきちゃん、関くんの側に駆け寄り声をかけている。

 涙を手で拭うあきちゃんの横顔が見える。

 私は・・・側に行くことはできなかった。


 一度だけ、振り返ったあきちゃんと目が合った。

 あの時の、若く、幼く、力強い眼差しを―

 私は忘れない。


 この日、予感ははじまりに変わった。

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