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今更だけど……名前、聞いてもいい?

作者: 楊咲
掲載日:2026/03/24


(髪型良し! 眉毛良し! 鼻毛良し! 日焼け止め良し! 歯も良し! 指も良し! 爪も良し!)


 そして──


(告白準備良し!!!)


 洗面所に立っていればネクタイを結び、意気揚々と心の中で宣言してみせた。


 笘篠(とましの)織光(おりみつ)、十七歳。彼は本日、他校の女子生徒に告白するのであった。

 金色の髪にキリっとした目つき、耳にはピアスの跡があり、モデルに負けず劣らずの体系である人物。

 よく誤解されるのはヤンキーや不良ではないかというところ。しかし、彼の見た目からは信じがたいであろう学校を一度も休んだことがなければ、小学校に中学校、さらには夏休みに行われる水泳の授業にも参加してと皆勤賞。通知表では、担任の先生からは褒められるようなことばかりであった。


 現在も勉強も頑張っている。通う高校の偏差値は進学校には届かないが、学年では上位十名に入っていては──


(美化委員会に所属している!)


 ……らしい。


「おい、退け」


 洗面所の鏡の前で胸を張っていた織光だが、歯を磨いていた人物からお尻を蹴られてしまう。

 その人物とは、寝癖が激しく、目がしっかりと開いていないふたつ歳の離れた弟であった。


「ごめん」

「……何気合入れてんの。テストがあるから?」


 織光が謝りながらその場を退くと、弟は口をゆすいでは可笑しな兄を見て言った。


「それもだけど……まぁ、告白──」

「てか、俺の眼鏡知らない? 昨日寝る前に外してたから──いたいたいたいたい!!」

「兄の話を最後まで聞けや!」


 弟になら話していいだろう、そう少し恥ずかしくも答えようとするも、弟が自分勝手だったので頭を潰すかのように織光は懲らしめてやった。


「参ったか」

「はいはい……。で、告白って誰? そんな人いたの? 連絡してるとこ見たことねぇけど」

「それが連絡先交換してねぇけど、いるんだよな~」

「なにそれ。てか、どんな人?」

「それは超真面目そうだけど一緒にいると楽しくてー、明るくて―、超俺のタイプでー──だから人が話してる途中でどっか行くな!」


 惚気話から回避した弟は、兄の目を盗んですでに洗面所から退出していた。

 話を聞いて来たのはそっちだぞと、織光は締められたドアを睨みつけるも、少しすれば仕方ないなと苦笑していた。


「兄ちゃん」


 溜まっていたタオル類だけでも洗濯機に回しておこう、そう織光はバスタオルを手に取ると、ドアが少しだけ開かれ弟が顔を覗かせている。

 呼ばれたので顔だけ向けると、


「まぁ……がんば」


 拳を見せた弟から、エールを送られた。

 すると、織光はバスタオルを下に落とせば少し開いたドアを完全に開放し、背中を見せていた彼に向かって言った。


「俺は良い弟を持ったぞ! 明日、俺の奢りで寿司食わせてやっからなー! あと、リビングのカーペットに眼鏡落ちてたぞー」


 しかめっ面の弟が見られたが、勇気がさらに湧いてきた。そう言わんばかりに、彼は登校までにタオル類を洗って干してしまえば、ドキドキする心臓に笑ってみせ家を出る。

 告白は今日の放課後デートの終わり際、決意を固めたこの日は何としても成功させたい気持であった。


 気になるところとしては、そのお相手方。共学の高校に通う彼だが、相手は他校の生徒である。合コンみたいなもので知ったのか。それとも友達の紹介だったのか。将又オンラインゲームなどで知り合ったのか。

 今並べた三つは違えば、告白する今日まで相手の名前を知らずにいた。


(どうして名前を知らないかなんて聞かないでほしい。いろいろ言いわけはしたいが……普通に、今更感あって恥ずかった)


 デートは誘えるのに、名前は聞けなかったヘタレであった。


   ◆


 高校一年生の三月ごろの話。いつも通り早めに家を出ては、学校へは最寄り駅まで徒歩で向かっていた。


 三年生はもうすぐ卒業。残り少ししたら春休みが訪れ進級することになる。

 となると、早ければ受験勉強に取り掛からなければいけないと苦笑いを浮かべたくなるのだが、今年も楽しめたらと歩く歩幅は大きく楽し気であった。


 今日のお昼ご飯は学食で済ませる予定、そう改札口を通り抜け財布に幾らあったか確認しようとすると……。


(あれ……?)


 心臓が締め付けられ、冷や汗をかき始める。


 財布がない。バイトで稼ぎ、初めてそのお金で購入した三つ折りの財布がない。

 朝ポケットに入れたはず、いやポケットに入れてしまったからこそなくしたのか。今さっき落したのかと後ろを振り返るも、人混みの中で突っ立っている織光は通行の邪魔となっていては、少しその場を離れ遠目から見てみることに。


 ……それでも見つかりそうにない。家から駅までの間に落とした可能性もある、そう思えば、改札口を出るため駅員に声を掛けなければいけない。

 盗まれていませんように。強張る顔は誰かの助けを求めているかのように焦っていれば、少し肌寒い季節であろうと冷や汗が止まらない。ハンカチで額を拭えば急ごうと、改札口へ向かったその時──後ろへとバランスを崩しかけ倒れそうになる。


 誰かに引っ張られた。あまりにも力強かったので強張った表情がより顕著に浮かべば、恐る恐る後ろを振り返ってみる。


 これが出会いとなった。

 ひとりの女性を目の前に、織光は呆然とするかのように口が開いてしまう。

 黒い髪は三つ編みでまとめ上げ、丸渕の眼鏡に通った鼻筋、レンズ越しに見えるは長いまつ毛に綺麗な瞳。華奢な体からは知る由もない力強い握力。

 焦る気持ちが一変、目の前の女性に惹かれ腕を掴まれている。これはどういった状況なのかと、途中混乱し始めると、ある物が視界に入る。


「財布、落としてたよ」


 少し緊張しているような彼女の声音は、織光の思考をより停止へと導いていく。目の前の彼女の仕草が可愛ければ、脳が埋め尽くされそうになる。


 しかし、黙っているのは怖すぎるだろう。自身の見た目や相手のことを考えると、すぐさま口を開きたい。

 そう、開きたいのだが……。


(痛い気がする、痛い気がする、痛い気がする!!)


 掴まれる腕が、彼女の握力により潰れそうな思いであった。


 この状態で流石に財布へと目を向けることはできず、掴まれる腕へと視線をやれば彼女は思い出したかのように、慌てて手を放してくれた。


「ありがとう……」

「ど、どういたしまして……」


 少し頬が赤くなるのを感じながらお礼を言えば、彼女はぎこちなくお辞儀をした。

 これで良かった、とはならず、織光は財布を開いては千円札を手に取り、彼女に渡そうとする。


「これ、拾ってくれたお礼。この財布自分で初めて買った大事な物だから、拾ってくれて本当に助かりました。ありがとう」

「それはよかったけど、だ、大丈夫です、そういうのは」

「いや、受け取ってほしいんだけど……本当にいいんですか?」


 織光の言葉に、彼女は目を見て頷いていた。

 興味本位で知った落とし物という名の拾得物に関して。だからこそ、彼女に渡そうとしたのだが本人は断っている。

 無理矢理は流石にと思えば、財布から出した千円札はしまうことに。


「ありがとうございました……」


 もう一度礼を言えば、彼女も軽く頭を下げ反対のホームへと急ぐように向かっていく。


 人混みの中へと消えていくまで、その背中を見続けた織光は、朝の楽し気な歩幅で歩くのではなく学校まではとぼとぼと登校するのであった。


「次の問題を……笘篠、答えてくれ」

「わかりません」

 ──

「問六の問題を笘篠くん──」

「知りません」

 ──

「次の文章から──」

「解いてません」

 ──

「笘篠アウト」

「……どうして?」

「ドッジボールだからだよ」

 ──


「……おい、お前どうした?」


 お昼休みの時間帯、呆然としている織光に対し前の席である友人が声を掛ける。


 本日は学食にする予定だったが、友人に購買へと昼ご飯を買ってきてもらっていた。もちろん、自分の財布からであった。


「いくらになった?」

「ほい。ジュースだけ奢ってもらった」

「あぁ、そう」

「いいんかよ。てかマジでどした? いつも先生に当てられたら、ちゃんと答え言って正解してただろ。体育も上の空だったじゃねぇか」


 心配そうな友人の声をどこか無視しているよう。

 振り返るはもちろん、財布を拾い、わざわざ掴まえてくれた彼女のことだ。


「なぁ……彼女ってどうやって作るんだ?」


 唐突な質問に、友人は訝るような目で彼を見る。


「は、はぁ? 普通に告白したらいいだろ」

「相手の行方が分からない場合は?」

「はい? ……この学校じゃないってことか?」


 勘が良いなと織光は首を縦に振る。


「どこの学校だよ」

「……知らん」

「だったら無理だろうが。てか、お前告白ぐらいされてるだろ。彼女作ろうと思えば作れるだろ」

「ちゃんとした告白はされたことない。それに俺は告白されたいんじゃなくて、告白したい派閥だ。二度と間違えるな」

「いや、意味わかんねぇし、派閥ってなんかこえぇよ」


 友人の突っ込みは残念ながら、彼の心には届かない。

 今思うは、もう一度会えたらという気持ちだけ。人生で一生の願いで構わない。もう一度あの人と会わせてください、そう願った。


(ええええええええええぇぇぇぇぇっ!!!?)


 早くも人生で一生の願いが叶った。


 放課後、家の最寄り駅にあるボウリング場──その最上階にあるバッティングセンターにて織光は顔を出していた。

 小学生のころから野球観戦が好きだった彼は、このような場所に父親に連れて行ってもらったことがある。初めてバットを持った時は重いと体勢を崩していれば、父親に教えてもらいながらもボールに当てることが中々できなかった。


 今も似たような話だが、運動はあまり得意ではない。野球のクラブチームに入るか? そんな父親の提案を小学生のころは断り、書道に算盤とそちらの習い事を優先していた。

 ただ高校一年生ともなれば、アルバイトが可能な高校だったため小遣い稼ぎをし、気晴らしに打っていこうと通うことが多くなった。


 さて、彼が驚いているのはもちろん、今朝財布を拾ってくれた彼女がここに訪れていたということもあるのだが、カキーンっと、甲高い金属音と共にバットを振り抜いてみせる姿は手慣れたもの。そして、何キロを打っているのだと球速が記載された看板を見てみると、


(……130km/h……)


 え? どういうこと? 彼女と出会えたことに拳を握りたかったが、それよりもと織光は唖然としていた。


 そんな速度の球を打ったことはない。というより、見ているだけで打てそうになかった。

 打席に立つ彼女はというと、流石に全てのボールを打てているわけではなかった。たまに空振りをすれば擦るだけの時もあり、時折ボールが高すぎると顔をムスッとしていたよう。

 最後のボールは投手目掛けて強いゴロが飛んでいけば、彼女はバットを直しケージから顔を出した。


「え……」

(やばい、見すぎた)


 一呼吸した彼女と目が合えば、織光は目を逸らしながら軽く頭を下げた。

 そもそもの話、自身の顔を覚えていない可能性だってある。彼女は丸渕の眼鏡が特徴的なので、こちらが一方的に印象づいているだけだが……違った。


 目の前の彼女は、見る見るうちに顔を真っ赤にさせると周囲へと視線を向け、何かを確認しているよう。

 一応誰もいないと言えば誰もいない。何を確認しているのかと思っていると、急に腕を掴まれては、目を漫画のようにぐるぐるさせて彼女は言った。


「ど、どうですか……!? これ、打ってみたくないですか……!?」

「え、無理無理無理無理! 130km/hなんて打ったことないって!」

「じゃ、じゃあ、120km/hはどうですか!?」

「……まぁ、やってみるくらいなら──ちょちょちょ」

「が、頑張ってください!」


 なぜか背中を押されてしまえばケージの中に。仕方ないなと躊躇いつつも、スクールバックを置いてコインを入れてしまえば、バットを持って右打席へ。


 今日初めてとなるスイング、それは空振りとなった。

 勢いで打席に立ってしまったがボールの高さは問題ない。しかし、あまりにも速いと感じてしまえば次も空振り。

 ダサいところを見せているだけに過ぎない。苦い顔を浮かべていれば、もしや逃げるために打席に立たせたのではないか、そう邪推もしてしまう状況の中、盗み見るように後ろを確認してみると──。


(もっと、こう! こう! 腰を少し落として!)


 なぜか、身振り手振りで指導されていた。


 逃げるような人ではない、そう見た目通りの良い人であっては、まさかの熱血教官であった。

 そんな彼女の姿に、呆気にも取られていたが笑みが零れてしまうと、前を向いては頑張ってみることに。


 未だボールに当てることはできなかったが、掠ることはできてきた。

 ただ、次々とボールは投げられもすれば、すでにラスト一球。

 振り遅れが多いなら、自身が思った以上に早く振る。そうして、振りぬいた一球。それはゴロとなってしまったものの快音を響かせ、強い打球が飛んでいくのであった。


 パチパチパチ、そう拍手するのはもちろん彼女しかいない。そして、ようやく話せるかといった気持ちでケージを出ると──


「私が敵を取ります……!」


 なぜか、気合の入った彼女が再び打席に立つのであった。




「どうぞ」

「お金──」

「これくらい良いですよ。財布のお礼になりますし」


 休憩がてらベンチに座る彼女へと飲み物を手渡す織光。何がいいのだろうかと迷いはしたが、ハズレはないだろうスポーツドリンクを手渡した。


「ここ、よく来るんですか?」


 彼女の隣に座れば訊いてみる。放課後、頻繁にとは言えないが、通うことが多いこの場所で彼女を見かけたことはなかった。


「たまにだけど打ちに来ます。本当は友達と来たいんですけど何分女子高ですし、みんな運動よりも文科系の習い事も多そうと誘いづらくて」

「あー、それだと結構難しそうですね、運動好きの友達とかいたらいいですけど」

「そうです…………というより、この一年で友達作れてすらないんですよね……ははは……」

「……俺も言うて友達……少ないですよ?」

「あ、友達いるんですね……。私避けられているんですよ。何もしていないのに、なぜか周りから遠巻きに見られてる感じがして……本当に何もしてないのに……」

「……」

(くっ……これ、どうフォローしてあげたらいいんだよ!!! 誰か教えてくれ!!!)


 仲良くなるきっかけと思い話しかければ、彼女は枯れた草木のように萎んでしまい、織光の頭の中は迷走してしまう。

 心の中で誰かに助けを求めるものの、それでもと、何とか沈んだ彼女を元気にさせようと口を開く。


「そ、それより、あれ、打ってると楽しいですよね。気分が晴れるというか」

「──わ、わかります! バット振り抜いたら、気持ちいい金属音と一緒にボールが飛んでく爽快感、楽しいですよね! 最初は飛んでくるボールの力に負けていたんですけど、腕立てしたり、ハンドグリップで握力を鍛えたりしたら負けないようになったんですよ!」


 急に元気を取り戻せば、楽しそうに話す彼女は力瘤を見せるかのようにポーズを取り、眩しい笑顔をみせていた。


 共感できることが合って織光も笑顔になる。

 彼女の言うように、打球が快音と共に飛んでいく感覚はとても心を躍らせるものがあった。運動は今も変わらず苦手ではある。ただし、バッティングセンターでは、それを忘れさせてくれるほど楽しませてもらっていた。


「だから握力が強かったんすね。今朝腕掴まれたときはびっくりしましたよ。この人……強い! ──って漫画のノリみたいな感じで」

「そうですか!? 一応これでも、腕相撲で弟に勝てる力を持ってますから! ……ちなみに、腕痛かったですか……? ちょっと緊張して、力入りすぎたかもしれなくて」

「いえ、全然痛く(痛かった)なかったですよ」

「それならよかったです」


 表面上素直に答えていれば、彼女は察することはなくホッと安堵している。

 本当は言わずもがな。ただ、驚きのほうが強くはあった。女性というよりは男に掴まれたのではと錯覚するぐらいに。


 話の中には彼女にも弟がいるらしい。そのことについて織光は訊いてみようとすると、スマホのアラームが鳴り響く。それは彼女のスマホであった。


「あ、ごめんなさい。このあと塾があって……飲み物、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそありがとうございます。気をつけて」


 用事があるといった言葉に少し寂しさを覚えながらも、自身もスクールバック抱えては腰を上げる。

 すると、彼女は振り返り、視線を泳がせながらも素敵な笑みを見せる。


「ま、またね」

「ま、また……」


 互いにぎこちなく言葉を送れば、スッと静けさが増した。

 これからどうしようか、そう思いながら織光は呆然としながらも再度打席に立ち、振り返る。


(可愛かったなぁ……)



 帰宅すれば、満足感とちょっとした後悔が残っていた。初めて知るこの感情にあまり寝付きそうになければ、次の日の朝は登校時間ギリギリとなってしまった。

 これも人生で初めて。教室には基本三十分前に到着していては、授業の予習や友人と話すことが多く、それも小学校のころから変わりはなかったのであった。


 ぽっかり空いた穴は遠くの空を見続けた。振り返るようにあの出来事を思い返していれば自然と口角が上がっている。

 前向きな気持ちで、そう翌日を迎えれば、朝となる時間帯にて駅のホームで彼女に会うことができた。それも今週となる水木金と、三日間連続であった。


 お話しできたのは五分ほど。互いの行く先は真逆であったため短くはあったのだが、一日二十四時間とある内のこの時間は織光にとって一番の楽しみとなった。


 三日間であれば十五分程、短い休憩時間並ではあるが互いに様々なことを話し、彼女のことも知れた。日常的な会話をすれば、通う高校や趣味が散歩や喫茶店巡り、運動は得意でも泳ぐのは苦手だとか。野球も好きで見てると共通の趣味が見つかれば話が咲き、夢中になる。

 それは互いに乗り遅れそうな日があるほどであった。


 この楽しみがなくなってしまう、少し苦しくなるのは修了式のあと。

 学校が休みに入れば、駅のホームでなんてことは無くなるのだから。


 しかし、春休みの期間中どころか、始業式が開けてからも出会うことがあった。

 駅地下の書店にて参考書でも買おうとすれば彼女が働いていたり、コンビニで働いている織光の元に彼女が買い物に来ていたりとか。バイト先では偶然ゆえ、互いに働いてるときは頬赤くすれば、仕事どころではなくなってしまい集中するのに少し時間がかかってしまった。


 駅のホームでは、織光が勇気を出して放課後に遊びに誘えば、趣味だと言っていた喫茶店やバッティングセンターと遊ぶこともあった。

 口調も互いに遠慮がなくなっては、会話も楽しいものになっていく。

 というより、彼女は真面目な人間、そう言った先入観を受けていたのだが、声は明るく話していて居心地が良かった。


「委員会とかは入ったの?」

「美化委員会、それも二回目」

「び、美化員……掃除……」

「なに、部屋の片づけとか苦手な感じ?」


 喫茶店にて参考書を広げているふたり。他愛もない会話からは、彼女は苦い顔を浮かべていたので直感で織光は言ってみる。

 当たりだったのか、彼女は口噤んでいては笑ってしまった。


「結構意外かも。しっかりしてそうに見えたから余計に」

「それ、ご近所さんに言われたことある。……なんか、表面上の話で負けが多い気がする。ぐれてそうな見た目なのに、勉強できれば掃除もちゃんとしてそうなんて」

「よく言われる。だけど俺は勉強も頑張ってるし、できるんだな、それが」

「うわぁ、自慢だ。……あ、これ食べよ」


 悪そうな顔をしながら言った彼を見て彼女は一歩引いた顔をしたのだが、通りかかった店員さんを呼んではパフェを注文してと口角が上がっていた。


 また食べるのか。織光は彼女の表情を見ていれば苦笑していた。


「その問題何? 見たことないけど」

「多分二年の二学期ぐらいだと思うよ」

「え、はや」

「……勉強は頑張らないとだから」


 参考書を解いていく彼女を覗き見れば、知らない英単語が出てきていた。

 すごいな、そう言った感想が出てくるのだが、彼女の最後の言葉はどこか静かな声音であった。


「あのさ、勉強頑張る理由、聞いてもいい?」


 すぐに聞くのでなく、参考書の問題を解いてから訊いてみた。

 特に意味はないが、その場の空気からというもの。耳にした彼女は、シャープペンを置くと重たそうな口を開いた。


「金銭面が……苦しいの。今でさえ塾に通わせてはもらってるけど、大学の費用とか弟の進学のこととか、もろもろ考えたら厳しいから。奨学金とかの話もあるけど……今頑張って、自分もお母さんも楽させたい」

「…………」


 話を聞けば、感銘を受ける。大げさかもしれないが、日常では楽しいことだけを求め生きている、そんな織光にとってはしっかり者だとわかる彼女に尊敬の念を抱く。


「……すごいな、俺そんなこと考えてもないし、結構……この見た目通り適当に生きてるよ」

「別にすごくはないよ。適当に生きてるほうが、絶対楽しいよ」

「とはいっても……ちゃんと先のこと考えてて、家のことも考えてて……尊敬するよ」

「…………あ、ありがとう……でも、こうやって甘いもの頼んでる私ではあるけどね」


 参考書を見つめながら彼は話していると、照れくさそうな彼女が目に見える。

 あのように冗談交じりに笑わせるようなことを言えるのが、彼女といて居心地がいいと感じる瞬間かもしれない。


「あの」


 彼女にとっては突然、だけど織光にとっては前から伺っていた。参考書から目を移し、合わせてくれる。

 まだ聞けていない。笑顔でいられるこの空気ならと、織光は彼女の名前を聞こうとする。

 別に今日が最初ではない。何回か名前を訊こうとしたし、それが無理なら連絡先で知ればいいと考えを変えたりもしたが──。


「その、名ま──」

「お待たせしました」


 すでに三回。間が悪いことで、毎回のごとく聞けなかったのである。


 彼女が注文したパフェ。それはイチゴが乗った小さなパフェと参考書を片付け美味しそうに食べ始めれば、わざわざ小皿を使って分けてくれるのであった。


 このような楽しい日々が続いてくれるとうれしかった。


 しかし、今日という日をもって、めっきり会わなくなってしまった。

 それは朝の駅のホームでも。バイト先でも。バッティングセンターでも、彼女と会うことはなかった。


 互いに忙しい。塾も通っていればバイトに入り、普通の学校生活、織光なら委員会にも顔を出さなくてはいけなかった。それに五月中旬から末頃ともなれば定期考査と勉強も忙しくなる。


 寂しい心は勉強で埋め尽くしていく。

 彼女も頑張っている。あの時口にしていた勉強を頑張る理由を振り返れば、自身も努力しようと今までより熱を入れた。


 過ぎ去った五月の定期考査。テスト終わったし少し遊べたらな、そう考えていると、駅のホームで久しぶりに彼女を見かけて笑顔にはなる。ただ、列に並んでいる彼女は単語帳らしきものに目を通していては、ため息を吐いていた。

 表情からは張り詰めたようなものを感じ取り、電車に乗る際の姿は以前のような明るい彼女の面影は見えそうになかった。


 そのような姿を見れば、自身も机に向かう時間が増えていき、後悔と覚悟が生まれてくる。それは、足を前へと踏み出していた。


 ホームルームが終われば少し急ぎで階段を降り、靴を履いてはダッシュで駅まで向かう。

 定期で家の最寄りまで帰れば、今度はとある場所までの切符を購入し再び乗車。目的に到着すれば、スマホの地図アプリに従いながら早歩き。真っすぐ続く道ならスマホをポケットに入れては走り、息が上がりながらも急いで向かった。


(ここで……合ってるよな?)


 残る一学期は七月の定期考査のみ。そんな勉強真っ只中となる六月の中旬ごろにて、織光は放課後に彼女が通う高校へと訪れていた。


 スマホの地図アプリを見ても間違いないと、彼女が言っていた高校だと知れる。一足先になるのだろうか、いつもより早く学校を出ることができれば、走って改札口に向かい今の到着。ともなれば、おそらく校門の前に立っていれば彼女に出会えるはずだった。


(もう三ヶ月は経ってるんだな……)


 校門前にて呆けるように待つ織光。出会って三ヶ月、会わなくなっては一ヶ月ほど。途中スマホで時間を確認しては、暇つぶしにアプリでも開こうとするも手が止まる。

 周りへと視線を向けると、注目されてはいたが彼女じゃないなと目を逸らした。


「あの人、誰か待ってるのかな?」

「え、誰か男捕まえてんの?」

「誰だろう、結構顔かっこよくない?」

「まぁ、あり寄りのありだね」


 思っていた学校と違う、そう口にするべきか、ただただどこの学校にもそう言った人間がいると見るべきか。調べた限りでは、この女子高は進学校。有名なアナウンサーとか在籍していたらしく、今見る限りでも整った顔の人間が多かった。


 だから何だよっていうのが彼の気持ち、結局一緒にいて楽しいのはひとりしかいないと目移りすることはなかった。


「え……?」


 まだ時間は掛かるかと、一度校舎内へと視線をやると見つけることができた。


 彼女が足を止めていては驚いている様子。

 ここで一番怖いのは迷惑だって言われること。そう言ったことも少し考えたが、会うためには少し強引な手段しか思いつかなかった。


 周りの目を気にしながらやってきた彼女に、恥ずかしくも笑ってみせる。


「あの人待ってたんだ。なんか意外だね」

「え、いや、たしかあの子、二年の定期考査学年一位じゃなかった?」

「あ、そうなんだ。学年一位……あれ? あの子の名前なんだっけ?」

「……私も名前が出てこないかも」

「あれじゃない? あれ、あれ、あれ……」


 噂話をするかのように、周りに群がっていた女子生徒の一部の人間。そのグループの話を聞いていれば、


(おい、てめぇら!! 学年一位なら名前くらい覚えといてやれよ!! 彼女の目が死んでんだろうが!!)


 と、気恥ずかしそうだった彼女の表情が一変、一気に萎れてしまえば目に光を失っていた。


 二年になってもなお友人がいないのかは不明だが、どうして同じ学年っぽい人間が学年一位の名前を知っていないのかと心の中で激怒した。


「それで……どうしたの……? 学校に来て……」


 周りの集団の目を気にしなくなった彼女は、未だ感情がどこかに旅立っているようだった。

 こうさせた女性陣に怒りを覚えてしまったのだが、悪いかと言われたら違えば、今は彼女が口にした疑問。どうして学校まで来たのか。

 それはひとつだと、織光は言葉濁さずありのまま伝えた。


「会いたかったから来た」

「…………?」

「だから、会いたかったから来たんだって」

「……………………──!?」


 ふたりの間に少し時差が合ったよう。彼女の目に光が戻り始めた瞬間、周りの悲鳴のような声がふたりの耳を襲った。

 うるせえなぁ、織光は周りの女子生徒に対し毛嫌いするような表情を見せるも、視線をころころ変えている彼女を見れば再度伝える。


「最近全然会えなかったから寂しかった。それで会いに来た」

「……わかったから……もう……いい……から……」


 まだ、感情を取り戻していないかのような彼女の声音が聞けるのだが、急にふらふらと体勢を崩しているとゾンビのように腕をふらつかている。


 すると、急に、いや彼にとっては久しぶりと思える光景。腕を掴まれては、この場から離れるようふたりは走ることになった。




 息を切らしながら彼女の高校から離れることになれば、今は彼女の歩幅に合わせて歩いていた。


 俯きながら歩く彼女の様子を見ていれば、話しかけていいのかわからない。

 ただ、こうして歩いているだけでも心の中は幸せであっては、こちらをようやく見た彼女はあることに気づいて、話を振る。


「ピアス……外したんだ」

「まぁ、一応。言われたし」


 そう口にするは、彼女との会話での出来事。ピアスしている人が嫌いと直接言われてはいないが、学校でしてて大丈夫なの? 怒られないの? そういった会話から、織光は少しぐらい校則を守ろうと、最近は付けずに学校に通っていた。


「じゃあ、あとは髪の色だけ?」

「それは……んー……」

「迷うんだ」

「迷う、結構気に入ってる」


 眉を下げながら笑ってみせれば、彼女のクスクスと笑う顔が見て取れた。

 ちょっとそこは譲れないかも。とはいえ、少し気持ちが傾きそうになったのは言うまでもない。


「あのさ、息抜きできてる?」

「……最近は……全く……」

「だと思った。前に駅のホームで見かけたけど、ちょっと辛そうに見えた。単語帳だと思うけど、見ながら電車に乗ってたでしょ」

「ま、まぁ……勉強できるし……」


 織光が指摘してみせれば、彼女は自覚があったらしく苦笑いを浮かべていた。


 先ほど初めて耳にしたが、進学校なる高校で学年一位とのこと。それぐらいの努力は、当たり前のようにしないと取れないのかもしれない。ただ、追い込む心を休ませないと、潰れてしまいそうで怖いものがある。


「定期考査終わったらさ、また遊びに行かない?」


 だから、織光は彼女に言った。

 振り返る表情は少し呆気にも取られていては、吸い込まれるようにこちらを見ている。


「打ち上げみたいな形でさ、どこ行きたいとかあったら言ってほしいけど。あぁ、なければいろいろ連れまわすし……もしかして、友達から誘われてたりする?」

「……知ってて言ってるでしょ」

「できてないのか……」


 口噤む彼女を見れば少し残念そうにする。学校なんて何かと行事が目白押しであっては、クラスメイトと交流する機会はあるだろうに。彼女が高校でどのように立ち回っているかは聞いたことがないから、そこは口にはしないでおいた。


「……連れて行ってほしい。終わったら」

「了解、ちなみに定期考査って何日に終わる?」


 提案をすれば、良い返事をもらえる。

 あとは予定を合わすだけと、定期考査の日程を聞けばたまたま同じ日に終わるらしく、その日の放課後に遊ぶことが決まった。


 帰宅するためにと駅に着けば、切符を購入。わざわざ待ってくれていては、先に改札口を通ると彼女は俯きながら足を止めている。


 どうしたのかと待っていると、ゆっくりとため息を吐いていた。


「心臓……潰れるかと思った……」

「なんか言った?」


 改札口を通りきった彼女の顔を覗き込むように見れば、なぜか驚いた顔を見せては後ろへとよろめく。

 危ない、そう腕を掴めば引っ張ってとこけることはなかった。


 しかし、その後電車を待つ間にでも話を振るも、微妙な反応が返ってきた。そしてなぜか不満そうな視線を送られてと、理由がわからないでいた。


 こうして、織光は今日という告白する日を迎えた。

 教室にたどり着けば、一学期最後の日となる定期考査に立ち向かった。

 時間にしては授業が二回分。周りからも耳にするは、すぐに帰れることに対しての歓喜であったが、それは織光も同じ気持ち。

 それでも、まずは目の前のテストをしばき倒すと意気込んだ。




 テストが終わり、ホームルームも終了すれば颯爽と学校を出る。

 隣の席に座る友人には遊びに誘ってもらったが、先約があると言いながら駅のホームまでダッシュで向かった。


 整えていた髪は崩れた。だけど気にするのはあと。家の最寄り駅へ到着すれば、手洗い場の鏡を確認し準備万全となった。


「お待たせ!」


 駅のホーム、それも待ち合わせをしていた看板の前にて待っていれば、彼女が到着した。

 電車内で息を整えきれなかったのか、一度大きく息を吐いていた。髪は少し乱れていれば、アホ毛のようなものまで立っている。

 彼女も走ってきたのかと思えばうれしかった。


 放課後は彼女を連れまわすこととなった。

 とはいっても、とあるアミューズメント施設内でのお話。そこでは、ダーツや卓球、パターゴルフにテニスと遊んでいれば、どちらが多く勝ちを上げれるか勝負した。

 勝てば帰り道に飲み物ひとつ奢ること。ダーツやパターゴルフに関しては織光が。卓球にテニスは彼女が勝利を手にした。


 織光としてはあまり動くことのない二種目を勝つことができたが、卓球はまだしもテニスに関しては体力的にも元気すぎる彼女に圧勝されてしまった。

 打つボールの速度もあるだろう。全く返せずにいるとたまに手加減をしてくれたが、最後は容赦なく叩き潰されたのであった。


 スコアとしては2─2と拮抗した状態。最後の種目は、馴染みあるバッティングで決めることとなった。


「今日は楽しかった、ありがとう」


 夕方ごろ、いつもの放課後といった時間帯にて織光は彼女に飲み物を手渡した。

 勝敗としては負けてしまった。特に彼女はバッティングは慣れているのだが、互いに打てそうな球速のケージに入って勝負をしていては、不公平さをなくした戦いであった。


 あの張り詰めたような表情ではなく、笑顔の彼女を見れば誘ってよかったと安堵した。

 だからこそ、彼女のことをもっと知りたかった。彼女のことを独り占めしたいと思わされた。もっと一緒にいたいと改めて感じた。


「大事な話があるんだけど……今いい?」

「ん? いいけど……」


 歩みを止め、真剣なまなざしで彼女を見る。

 最初は何も勘づいていないようだった。そのまま歩いていては途中で気付き、彼女も足を止めてくれる。平然とした顔を見れば、自身の顔が熱くなっているのを感じ、馬鹿らしくなる。

 それでも、覚悟は決めていると思いの丈をぶつける。


「俺も今日は楽しかった。てか、今日も楽しかった。元気な姿見れて嬉しかったし、笑ってるところとか、楽しそうに話してくれるところとか、不意に冗談言ったりしてきて、すげぇ元気貰った。だから……俺はもっと一緒にいたい、もっと君のことを知りたい……」


 一度瞼を閉じて、小さく息を吐く。

 そして──


「あなたのことが好きです、俺と付き合ってください」


 彼女の目を真っすぐ見た織光は、堂々とした佇まいで告白した。


 高く聳え立つマンションによって夕日が隠されている。早朝からじめじめした空気が一変、今の時間帯ともなれば少し涼しくも感じる。耳にするはカラスの鳴き声とたまに横を通り過ぎる車の走り抜ける音。

 差し出す手は震えていては、今にも心臓がはち切れそうになっていた。


 少しするも、まだ返事が返ってこない。

 そのため、下げていた頭を上げると、彼女もまた手が震えているようだった。


 顔を出し始めた夕日によって彼女が照らされようとも、同じく顔を火照らせていることが見てわかる。

 俯いた視線は地面を見続けるも、やがて顔を上げれば勇気を振り絞るかのように──織光の手を取った。


「私も、好きです……あなたの彼女にしてください……!」


 手も、声も。震えながら、彼女は口にした。


 覚悟が実った瞬間であった。織光は喜びを面に出すことを嫌ってか、歯を食いしばり踏ん張っていたものの、彼女が見せる柔らかい笑みを見てしまえばつられて照れくさそうに笑うのであった。


「あのさ」

「う、うん」


 告白は実った。なら、重要なことを聞かなくてはいけないと織光は口を開く。

 もちろん、ここで聞くことはひとつであっては、突っ込む気持ちは彼の最初の言葉が表れているだろう。


「今更だけど……名前、聞いてもいい?」


 若干気まずそうな、だけど半分笑みを見せる彼の突拍子もない言葉に、彼女は一度目をぱちぱちさせては──腹を抱え笑ってみせた。


 それも、笑いすぎて涙までこぼすほどに。


「それ、私も同じこと思ってた……! タイミングがずっとわかんなくなっちゃって……もう会って四か月?」

「そう、四か月名前も知らず話してたことになる。てか、機会伺ってたら、何かと横やり入って今じゃないとか気にしてた」

「うん、私も聞こうとしたらトラックのクラクションは鳴るし、周りの声気にしちゃって、聞かないほうがいいのかなんて思っちゃった」


 互いに振り返り、笑い切れば姿勢を正す。


 晴れて恋人同士になったふたりは、ようやくといった思いで名前を知れた。


笘篠(とましの)織光(おりみつ)です」

真宮(まみや)椿(つばき)です。今日からよろしくお願いします……織光くん」



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