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熱くて寒い奇跡  作者:
6/29

第6話 「最後の訓練」

第6話です。

訓練の終わりと、戦場への始まりです。


空は曇っていた。


風が強い。


訓練場の空気は、いつもより重かった。


アレクセイは銃を構えていた。


指の震えは、もうない。


呼吸も、心臓の音も、感じ取れる。


ここ数日の訓練で、体が覚えていた。


「今日が最後だ」


セルゲイの声が響く。


全員が顔を上げる。


「これ以上教えることはない」


短い言葉だった。


だが、その意味は重い。


「ここから先は――戦場で覚えろ」


ざわめきが起こる。


誰もが分かっていた。


終わりだ。


訓練が。


そして――


始まる。


セルゲイは標的を指さす。


「最後の射撃だ」


距離は今までで一番遠い。


風も強い。


条件は最悪だった。


「撃て」


その一言で、全員が伏せる。


アレクセイは地面に身を沈める。


冷たい土。


だが、嫌ではなかった。


銃を構える。


風が頬を打つ。


標的が揺れる。


だが――


もう迷わない。


呼吸。


心臓。


指。


すべてが揃う。


隣にはイリヤがいる。


何も言わない。


だが、その存在だけで分かる。


同じ場所に立っている。


そう感じた。


アレクセイは息を吐く。


止める。


引き金を引く。


――バン。


銃声が響く。


少し遅れて、的が揺れた。


中心に近い場所。


当たった。


アレクセイは静かに息を吐く。


「……やっとか」


イリヤが小さく言う。


その声には、少しだけ嬉しさが混じっていた。


セルゲイが歩いてくる。


標的を見る。


何も言わない。


アレクセイの前で止まる。


「……生き残れ」


それだけだった。


だが、それがすべてだった。


そのとき。


遠くからエンジン音が聞こえた。


全員が振り向く。


軍用トラックが数台、近づいてくる。


砂を巻き上げながら止まる。


兵士が降りてきた。


表情は硬い。


一人がセルゲイに何かを伝える。


短い会話。


だが、空気が変わった。


セルゲイが振り返る。


「準備しろ」


静かな声だった。


「今から出る」


ざわめきが広がる。


早すぎる。


誰もがそう思った。


だが、誰も言わない。


言えない。


アレクセイは銃を見る。


もう、ただの道具ではない。


命を預けるもの。


そして――


命を奪うもの。


ミハイルが近づいてくる。


「まさか今日とはな」


無理に笑っていた。


アレクセイも小さくうなずく。


イリヤは黙ったまま空を見ていた。


曇り空。


今にも雨が降りそうだった。


「行くぞ」


兵士の声。


全員がトラックに乗り込む。


木製の荷台。


狭い。


隣にはイリヤ。


向かいにはミハイル。


誰も多くは語らない。


トラックが動き出す。


村が遠ざかる。


訓練場が見えなくなる。


戻れない。


そう思った。


イリヤがぽつりと呟く。


「……帰れると思うか?」


アレクセイは少し考える。


そして言った。


「帰る」


短い言葉だった。


だが、それがすべてだった。


イリヤは少しだけ笑った。


「そうか」


トラックは走り続ける。


どこへ向かっているのか。


分かっている。


戦場だ。


空から、小さな雨が落ちてきた。


それは冷たかった。


まるで――


これから始まるものを、予告するように。


読んでいただきありがとうございます。

次回、アレクセイたちは戦場へ向かいます。

よければ感想などいただけると嬉しいです。


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