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熱くて寒い奇跡  作者:
5/29

第5話 「引き金の重さ」

読んでいただきありがとうございます。

次回、アレクセイは狙撃の本質に近づいていきます。

よければ感想などいただけると嬉しいです。


朝の空気は冷たかった。


訓練場には、すでに数人の新兵が集まっている。


アレクセイもその中にいた。


昨日の悔しさが、まだ残っている。


的に当たらなかったこと。


そして――


イリヤの一発。


思い出すだけで、胸がざわつく。


「早いな」


後ろから声がした。


振り向くと、イリヤが立っていた。


眠そうな顔。


だが目だけは鋭い。


「……寝れなかっただけだ」


アレクセイはぶっきらぼうに答える。


イリヤは少しだけ笑った。


「同じだな」


意外な言葉だった。


「お前もか?」


「ああ」


イリヤは空を見上げる。


「外したくないからな」


その言葉には、昨日の余裕とは違う重さがあった。


アレクセイは少しだけ見る目が変わる。


ただの天才じゃない。


そう思った。


そのとき。


「並べ」


セルゲイの声が響く。


全員が一列に並ぶ。


「今日は動く標的だ」


ざわめきが起こる。


昨日より難しい。


セルゲイは続ける。


「撃つな」


誰もが戸惑う。


「狙え」


それだけ言う。


標的がゆっくりと動き始めた。


人の形をした的。


距離は昨日と同じ。


だが、揺れている。


アレクセイは銃を構える。


狙う。


だが、撃てない。


「撃つな」


セルゲイが繰り返す。


「撃つな」


その言葉が、頭に残る。


隣でイリヤも銃を構えている。


だが、撃たない。


ただ、見ている。


「……なんで撃たない」


アレクセイは小さく聞く。


イリヤは答えない。


しばらくして、ようやく口を開いた。


「撃てるときじゃない」


静かな声だった。


「外したら終わりだ」


その一言が、重く落ちる。


アレクセイは息を飲む。


森での狩りを思い出す。


焦って撃てば、逃げられる。


だが――


これは違う。


相手は人間だ。


逃げるだけじゃない。


撃ち返してくる。


死ぬ。


その現実が、ゆっくりと迫ってくる。


心臓の音がうるさい。


ドクン、ドクン――。


指が震える。


撃てばいいのか?


撃たなければいいのか?


分からない。


そのとき。


イリヤが小さく言った。


「息を合わせろ」


アレクセイははっとする。


「標的じゃない」


イリヤは続ける。


「自分を見ろ」


呼吸。


心臓。


指。


すべてを感じる。


ゆっくりと、息を吐く。


世界の音が遠くなる。


標的の動きが、ゆっくりに見える。


今だ。


アレクセイは息を止める。


引き金に指をかける。


重い。


だが、昨日とは違う。


意味を持った重さだった。


――バン。


銃声が響く。


的の端が揺れる。


かすった。


だが、当たった。


アレクセイは目を見開く。


「……当たった」


小さく呟く。


イリヤが横で笑った。


「やるじゃないか」


その笑顔は、昨日とは違った。


少しだけ、嬉しそうだった。


そのとき。


セルゲイが言う。


「覚えておけ」


全員が顔を上げる。


「その引き金の重さを忘れるな」


静かな声だった。


「それは命の重さだ」


風が吹く。


その言葉だけが、強く残った。


アレクセイは銃を見る。


さっきまでただの道具だった。


だが今は違う。


重い。


あまりにも。


イリヤが小さく言う。


「……嫌になるだろ」


アレクセイは黙る。


「それでも撃つのが、俺たちだ」


イリヤの目はまっすぐだった。


強い。


だがどこか――


怖がっているようにも見えた。


アレクセイはゆっくりとうなずく。


まだ分からない。


だが、少しだけ。


この道の意味が見えた気がした。


空は変わらず青かった。


だが――


もう、元には戻れなかった。


読んでいただきありがとうございます。

少しずつアレクセイが成長していきます。

よければ感想などいただけると嬉しいです。


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