第25話「終わらない火」
第25話です。
戦いは、終わる。
だが――そこに残るものは、何なのか。
空は灰色だった。
煙に覆われ、太陽の光はほとんど届かない。
崩れた建物。
焼け焦げた道。
レニングラードは、もはや街の形を保っていなかった。
「……」
アレクセイはその中を歩いていた。
銃を持ち、周囲を警戒しながら。
音は少ない。
だが静かではない。
遠くで砲撃が続いている。
どこかで誰かが死んでいる。
それが分かる空気だった。
「……終わらないな」
小さく呟く。
誰に聞かせるでもなく。
ただ出た言葉。
「……」
足を止める。
前方に影が見えた。
一人。
瓦礫の向こう。
立っている。
「……」
ゆっくりと、銃を構える。
距離は中距離。
撃てる。
外さない。
「……」
相手も気づく。
同じように銃を上げる。
互いに、迷いはない。
「……ハンス」
アレクセイが呟く。
声には出していない。
だが分かる。
あの立ち方。
あの空気。
「……」
ハンスは何も言わない。
その目は――
変わっていた。
あのときの目とは違う。
冷たい。
何も映していないような目。
「……」
アレクセイの指が引き金にかかる。
撃てる。
今なら。
迷いは――ないはずだった。
「……」
だが、動かない。
ほんのわずかな間。
その一瞬が、命取りになる。
銃声。
乾いた音が響く。
「……っ!」
アレクセイはとっさに身体を動かす。
弾がかすめる。
壁が砕ける。
「……!」
ハンスはすでに動いていた。
次の射撃位置へ。
無駄がない。
感情がない。
「……くそっ」
アレクセイは遮蔽物に滑り込む。
心臓が速い。
呼吸が荒れる。
「……」
撃ってきた。
迷いなく。
当然だ。
それが戦場。
それが“今”のハンス。
「……」
顔を上げる。
視線を向ける。
そこにいる。
敵として。
「……」
アレクセイは深く息を吸う。
そして――
撃つ。
一発。
ハンスはすでにいない。
外れる。
「……」
次の瞬間。
別方向から銃声。
「っ!」
身体をひねる。
弾が肩をかすめる。
痛みが走る。
「……!」
ハンスは止まらない。
位置を変え、撃つ。
正確に。
確実に。
「……っ」
アレクセイは歯を食いしばる。
強い。
今まで以上に。
無駄がない。
迷いもない。
「……」
あのときとは違う。
“人”じゃない。
“兵器”のような動き。
「……」
瓦礫を蹴る。
位置を変える。
視界を切る。
呼吸を整える。
「……」
思い出す。
あの境界線。
あの言葉。
「次に会ったら、撃つ」
「……」
その通りだ。
今は敵。
それだけ。
「……」
だが――
「……っ」
銃を握る手に力が入る。
「……」
迷いはないはずだった。
だが、何かが残っている。
消えない何か。
「……」
再び顔を出す。
ハンスの影が見える。
ほんの一瞬。
撃てる。
「……」
引き金に力を込める。
だが――
撃たない。
その一瞬。
「……」
銃声。
ハンスの弾。
「っ!」
アレクセイは後ろに倒れる。
衝撃。
息が詰まる。
胸に熱い痛み。
「……」
当たったか。
浅い。
だが動きが鈍る。
「……」
ハンスが近づいてくる。
足音。
一定のリズム。
迷いのない歩き。
「……」
アレクセイは銃を持ち上げる。
だが遅い。
距離が近い。
「……」
ハンスが止まる。
数メートル。
銃口が向く。
真っ直ぐに。
「……」
目が合う。
その目は――
空だった。
何もない。
「……」
アレクセイの中で、何かが揺れる。
このまま撃たれれば終わる。
それでいいのか。
「……」
違う。
終わりじゃない。
「……っ」
アレクセイは歯を食いしばる。
そして――
銃を下げない。
向けたまま。
「……」
ハンスの指が動く。
引き金に力が入る。
撃たれる。
その瞬間――
アレクセイが言った。
「ハンス」
声が出た。
思わず。
意図せず。
「……」
ハンスの動きが、わずかに止まる。
ほんの一瞬。
それだけ。
だが十分だった。
「……っ!」
アレクセイは転がる。
距離を取る。
撃つ。
一発。
外れる。
「……」
ハンスはすでに動いている。
だが、その一瞬。
確かに止まった。
「……」
名前を呼ばれたからか。
それとも――
「……」
分からない。
だが、事実は残る。
「……」
アレクセイは立ち上がる。
呼吸が荒い。
体が痛む。
だが、まだ動ける。
「……」
銃を構える。
今度こそ。
終わらせる。
「……」
ハンスも構える。
互いに正面。
遮るものはない。
距離も十分。
「……」
静寂。
戦場の中の、ほんの一瞬の静けさ。
「……」
アレクセイは思う。
ここで撃てば。
終わる。
すべて。
「……」
だが。
それで何が残る?
「……」
ハンスの姿を見る。
あのときの面影はない。
だが、確かにそこにいた。
「……」
アレクセイは息を吐く。
そして――
引き金を引いた。
銃声。
同時に。
二発。
⸻
静寂。
煙が流れる。
「……」
ハンスの肩が揺れる。
一歩、後ろに下がる。
血が滲む。
「……」
アレクセイも膝をつく。
腕に当たっていた。
致命傷ではない。
「……」
二人は立っている。
まだ。
終わっていない。
「……」
だが――
遠くで音が変わる。
砲撃の方向。
叫び声。
動きが変わる。
「……」
ソ連軍の反撃。
ドイツ軍の後退。
戦線が動いている。
「……」
ハンスはそれを理解する。
わずかに視線を外す。
戦場を見る。
「……」
そして、アレクセイを見る。
「……」
銃を下げる。
ゆっくりと。
「……」
何も言わない。
だが、その意味は分かる。
ここでは終わらない。
終われない。
「……」
ハンスは背を向ける。
歩き出す。
撤退する部隊の方へ。
「……」
アレクセイは追わない。
撃たない。
ただ見ている。
その背中を。
「……」
やがて、姿が見えなくなる。
煙の向こうへ。
「……」
アレクセイはその場に立ち尽くす。
銃を持ったまま。
「……終わったのか」
小さく呟く。
だが、分かっている。
終わっていない。
戦争は。
何も。
「……」
それでも。
一つだけ、終わったものがある。
この場所での戦い。
この街での時間。
「……」
アレクセイはゆっくりと歩き出す。
戻るべき場所へ。
守るべきもののもとへ。
「……」
空を見上げる。
灰色の空。
だが、その向こうには光があるはずだ。
見えなくても。
「……」
歩き続ける。
その足で。
その選択で。
これからも。
読んでいただきありがとうございます。
戦いは終わり、物語は次の段階へ。
残されたものと共に、彼らは進み続けます。
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