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熱くて寒い奇跡  作者:
27/29

第25話「終わらない火」

第25話です。

戦いは、終わる。

だが――そこに残るものは、何なのか。


空は灰色だった。


煙に覆われ、太陽の光はほとんど届かない。


崩れた建物。


焼け焦げた道。


レニングラードは、もはや街の形を保っていなかった。


「……」


アレクセイはその中を歩いていた。


銃を持ち、周囲を警戒しながら。


音は少ない。


だが静かではない。


遠くで砲撃が続いている。


どこかで誰かが死んでいる。


それが分かる空気だった。


「……終わらないな」


小さく呟く。


誰に聞かせるでもなく。


ただ出た言葉。


「……」


足を止める。


前方に影が見えた。


一人。


瓦礫の向こう。


立っている。


「……」


ゆっくりと、銃を構える。


距離は中距離。


撃てる。


外さない。


「……」


相手も気づく。


同じように銃を上げる。


互いに、迷いはない。


「……ハンス」


アレクセイが呟く。


声には出していない。


だが分かる。


あの立ち方。


あの空気。


「……」


ハンスは何も言わない。


その目は――


変わっていた。


あのときの目とは違う。


冷たい。


何も映していないような目。


「……」


アレクセイの指が引き金にかかる。


撃てる。


今なら。


迷いは――ないはずだった。


「……」


だが、動かない。


ほんのわずかな間。


その一瞬が、命取りになる。


銃声。


乾いた音が響く。


「……っ!」


アレクセイはとっさに身体を動かす。


弾がかすめる。


壁が砕ける。


「……!」


ハンスはすでに動いていた。


次の射撃位置へ。


無駄がない。


感情がない。


「……くそっ」


アレクセイは遮蔽物に滑り込む。


心臓が速い。


呼吸が荒れる。


「……」


撃ってきた。


迷いなく。


当然だ。


それが戦場。


それが“今”のハンス。


「……」


顔を上げる。


視線を向ける。


そこにいる。


敵として。


「……」


アレクセイは深く息を吸う。


そして――


撃つ。


一発。


ハンスはすでにいない。


外れる。


「……」


次の瞬間。


別方向から銃声。


「っ!」


身体をひねる。


弾が肩をかすめる。


痛みが走る。


「……!」


ハンスは止まらない。


位置を変え、撃つ。


正確に。


確実に。


「……っ」


アレクセイは歯を食いしばる。


強い。


今まで以上に。


無駄がない。


迷いもない。


「……」


あのときとは違う。


“人”じゃない。


“兵器”のような動き。


「……」


瓦礫を蹴る。


位置を変える。


視界を切る。


呼吸を整える。


「……」


思い出す。


あの境界線。


あの言葉。


「次に会ったら、撃つ」


「……」


その通りだ。


今は敵。


それだけ。


「……」


だが――


「……っ」


銃を握る手に力が入る。


「……」


迷いはないはずだった。


だが、何かが残っている。


消えない何か。


「……」


再び顔を出す。


ハンスの影が見える。


ほんの一瞬。


撃てる。


「……」


引き金に力を込める。


だが――


撃たない。


その一瞬。


「……」


銃声。


ハンスの弾。


「っ!」


アレクセイは後ろに倒れる。


衝撃。


息が詰まる。


胸に熱い痛み。


「……」


当たったか。


浅い。


だが動きが鈍る。


「……」


ハンスが近づいてくる。


足音。


一定のリズム。


迷いのない歩き。


「……」


アレクセイは銃を持ち上げる。


だが遅い。


距離が近い。


「……」


ハンスが止まる。


数メートル。


銃口が向く。


真っ直ぐに。


「……」


目が合う。


その目は――


空だった。


何もない。


「……」


アレクセイの中で、何かが揺れる。


このまま撃たれれば終わる。


それでいいのか。


「……」


違う。


終わりじゃない。


「……っ」


アレクセイは歯を食いしばる。


そして――


銃を下げない。


向けたまま。


「……」


ハンスの指が動く。


引き金に力が入る。


撃たれる。


その瞬間――


アレクセイが言った。


「ハンス」


声が出た。


思わず。


意図せず。


「……」


ハンスの動きが、わずかに止まる。


ほんの一瞬。


それだけ。


だが十分だった。


「……っ!」


アレクセイは転がる。


距離を取る。


撃つ。


一発。


外れる。


「……」


ハンスはすでに動いている。


だが、その一瞬。


確かに止まった。


「……」


名前を呼ばれたからか。


それとも――


「……」


分からない。


だが、事実は残る。


「……」


アレクセイは立ち上がる。


呼吸が荒い。


体が痛む。


だが、まだ動ける。


「……」


銃を構える。


今度こそ。


終わらせる。


「……」


ハンスも構える。


互いに正面。


遮るものはない。


距離も十分。


「……」


静寂。


戦場の中の、ほんの一瞬の静けさ。


「……」


アレクセイは思う。


ここで撃てば。


終わる。


すべて。


「……」


だが。


それで何が残る?


「……」


ハンスの姿を見る。


あのときの面影はない。


だが、確かにそこにいた。


「……」


アレクセイは息を吐く。


そして――


引き金を引いた。


銃声。


同時に。


二発。



静寂。


煙が流れる。


「……」


ハンスの肩が揺れる。


一歩、後ろに下がる。


血が滲む。


「……」


アレクセイも膝をつく。


腕に当たっていた。


致命傷ではない。


「……」


二人は立っている。


まだ。


終わっていない。


「……」


だが――


遠くで音が変わる。


砲撃の方向。


叫び声。


動きが変わる。


「……」


ソ連軍の反撃。


ドイツ軍の後退。


戦線が動いている。


「……」


ハンスはそれを理解する。


わずかに視線を外す。


戦場を見る。


「……」


そして、アレクセイを見る。


「……」


銃を下げる。


ゆっくりと。


「……」


何も言わない。


だが、その意味は分かる。


ここでは終わらない。


終われない。


「……」


ハンスは背を向ける。


歩き出す。


撤退する部隊の方へ。


「……」


アレクセイは追わない。


撃たない。


ただ見ている。


その背中を。


「……」


やがて、姿が見えなくなる。


煙の向こうへ。


「……」


アレクセイはその場に立ち尽くす。


銃を持ったまま。


「……終わったのか」


小さく呟く。


だが、分かっている。


終わっていない。


戦争は。


何も。


「……」


それでも。


一つだけ、終わったものがある。


この場所での戦い。


この街での時間。


「……」


アレクセイはゆっくりと歩き出す。


戻るべき場所へ。


守るべきもののもとへ。


「……」


空を見上げる。


灰色の空。


だが、その向こうには光があるはずだ。


見えなくても。


「……」


歩き続ける。


その足で。


その選択で。


これからも。


読んでいただきありがとうございます。

戦いは終わり、物語は次の段階へ。

残されたものと共に、彼らは進み続けます。

よければ感想などいただけると嬉しいです。

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