第24話「残されたもの」
第24話です。
守れなかったものは、消えない。
それは――撃ち続ける理由になるのか、それとも。
雪は、もうほとんど残っていなかった。
だが空気は冷たい。
肌を刺すような風が、瓦礫の街を吹き抜けていた。
「……」
ハンスは歩いていた。
足を引きずりながら。
応急処置はされている。
だが痛みは消えない。
鈍く、確実に残っている。
「……ハンスか?」
背後から声がした。
聞き慣れた声だった。
「……」
振り返る。
そこに立っていたのは――
「……カール」
小さく呟く。
カール・ヴァイス。
同じ部隊の戦友。
「生きてたか」
カールは軽く笑った。
その顔には疲れが見える。
だが、いつもの調子だった。
「……お前もな」
ハンスは短く返す。
「その足、やられたか?」
「……ああ」
「派手にやられてるな」
カールは肩をすくめる。
「だが死んでない」
「それで十分だ」
軽い口調。
だがその言葉には重みがあった。
「……」
ハンスは何も言わない。
ただ、小さく頷いた。
「……戻ってこい」
カールが言う。
「まだ戦えるだろ」
当然の言葉。
疑いもない。
「……ああ」
ハンスは答える。
迷いはなかった。
それが“正しい”から。
「よし」
カールは満足そうに笑う。
「じゃあ、行くか」
二人は並んで歩き出す。
瓦礫の街を。
再び戦場へ。
⸻
銃声が響く。
空が裂けるような音。
砲撃。
地面が揺れる。
「伏せろ!!」
誰かが叫ぶ。
二人は同時に身を低くする。
次の瞬間――
爆発。
すぐ近くで土煙が上がる。
「くそっ……!」
カールが舌打ちする。
「まだ来るぞ!」
ハンスは周囲を見る。
敵の位置を探る。
だが、見えない。
煙で視界が遮られている。
「……っ」
嫌な予感がする。
直感。
戦場で何度も感じてきたもの。
「カール、動くな」
低く言う。
だが――
遅かった。
「大丈夫だ、こんなの――」
カールが立ち上がろうとする。
その瞬間。
乾いた音が響いた。
一発。
それだけだった。
「……」
カールの動きが止まる。
ほんの一瞬。
何が起きたのか分からないように。
「……あ?」
小さく声を漏らす。
そして――
ゆっくりと、崩れた。
「カール」
ハンスが呼ぶ。
反応はない。
血が広がっていく。
胸。
正確な一発。
「……」
ハンスは動かない。
動けない。
時間が止まったようだった。
「……おい」
もう一度呼ぶ。
返事はない。
当たり前だ。
分かっている。
それでも。
「……」
手を伸ばす。
肩に触れる。
温かい。
まだ温かい。
「……」
何も言えない。
言葉が出てこない。
「……」
周りでは戦闘が続いている。
銃声。
爆発。
叫び声。
だが、遠い。
すべてが遠く感じる。
「……」
ハンスは座り込む。
カールの隣に。
その顔を見る。
さっきまで笑っていた顔。
もう動かない。
「……」
思い出す。
さっきの言葉。
“死んでない。それで十分だ”
その通りだ。
戦場では。
それがすべてだ。
「……」
だが――
それでいいのか。
「……」
分からない。
何が正しいのか。
何が間違っているのか。
「……」
ただ一つ、分かることがある。
もう、この声は聞こえない。
二度と。
「……」
ハンスはゆっくりと立ち上がる。
足が痛む。
だが気にならない。
何も感じない。
「……」
銃を拾う。
手に馴染む重さ。
いつもと同じ。
変わらないはずなのに――
何かが違う。
「……」
視線を上げる。
敵の方向。
煙の向こう。
そこにいる。
撃つべき相手。
「……」
引き金に指をかける。
迷いはない。
何もない。
「……」
撃つ。
一発。
敵が倒れる。
「……」
もう一発。
また倒れる。
正確な射撃。
いつも通り。
完璧に。
「……」
だが――
その中には、何もなかった。
怒りも。
悲しみも。
何も。
「……」
ただ、撃つ。
それだけ。
それが“正しい”から。
それが“役割”だから。
「……」
カールの方を見ない。
振り返らない。
意味がないから。
「……」
歩き出す。
戦場の中へ。
銃を持って。
感情を置いて。
「……」
遠くでまた爆発が起きる。
空が揺れる。
世界が壊れていく。
それでも。
戦いは終わらない。
「……」
ハンスは進む。
ただ前へ。
何も残っていないまま。
読んでいただきありがとうございます。
守れなかったものは、消えない。
それでも、人は進むしかないのか――。
よければ感想などいただけると嬉しいです。




