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熱くて寒い奇跡  作者:
25/29

第23話「代償」

第23話です。

守るために撃つ。

だが――守るために、撃たないこともある。


その選択が、何を奪うのか。


爆発音が途切れない。


地面が揺れ、空気が震える。


煙と瓦礫が街を覆い尽くしていた。


「……っ」


アレクセイは息を荒げながら走っていた。


その隣を――ハンスが走る。


互いに何も言わない。


だが、足は止めない。


戦場は、まだ終わっていない。


むしろ、さらに激しくなっていた。


「右だ!」


ハンスが短く言う。


アレクセイは即座に動く。


次の瞬間、さっきまでいた場所に弾丸が叩き込まれる。


「……!」


敵は近い。


距離が縮まっている。


「……囲まれてるな」


アレクセイが低く呟く。


「……ああ」


ハンスも短く返す。


その声に、恐怖はなかった。


ただ、状況を理解しているだけ。


「……行くぞ」


アレクセイが言う。


瓦礫の影に滑り込む。


すぐにライフルを構える。


敵の影が見える。


撃つ。


一人倒れる。


「……っ!」


ハンスも撃つ。


無駄のない一発。


もう一人が崩れる。


だが――


まだいる。


次々と現れる。


「数が多い……!」


アレクセイが歯を食いしばる。


弾が足りない。


時間もない。


「……」


ハンスが一歩前に出る。


遮蔽物から身体を半分出す。


「おい――」


アレクセイが止めるより早く。


銃声。


一人。


二人。


正確に撃ち抜く。


だがその瞬間――


乾いた音が響いた。


別の方向からの銃声。


「……っ!」


ハンスの身体が揺れる。


膝から崩れ落ちる。


「ハンス!」


アレクセイが叫ぶ。


駆け寄る。


「……っ、く……!」


ハンスは歯を食いしばっている。


右足。


血が滲んでいる。


撃たれた。


「……味方だ」


ハンスが苦笑するように言う。


遠く、ドイツ兵の影が見える。


こちらに銃口を向けている。


「……敵だと思われた」


当然だ。


この状況で。


この位置で。


「……っ」


アレクセイは一瞬だけ固まる。


理解する。


このままでは――


ハンスはここで死ぬ。


敵にも味方にも撃たれる。


「……行け」


ハンスが言う。


息が荒い。


「ここで止まるな」


「……」


「お前には守るものがあるだろ」


その言葉が刺さる。


「……だから」


ハンスは目を逸らさない。


「行け」


はっきりと。


「……」


アレクセイの拳が震える。


分かっている。


正しい選択はそれだ。


ここで離れれば、生き延びられる。


守るべきものを守れる。


「……っ」


だが、足が動かない。


動けない。


「……なんでだよ」


小さく呟く。


自分でも分からない。


なぜ動けないのか。


「……」


ハンスは何も言わない。


ただ見ている。


その目に、責める色はない。


「……」


アレクセイは歯を食いしばる。


そして――


ハンスの腕を掴んだ。


「……行くぞ」


低く言う。


決意の声。


「……馬鹿か」


ハンスが呟く。


「……死ぬぞ」


「……知るか」


アレクセイは答える。


「お前をここで死なせる理由はない」


それだけだった。


理屈じゃない。


命令でもない。


ただの選択。


「……」


ハンスは一瞬だけ目を閉じる。


そして、何も言わなかった。



銃声が迫る。


アレクセイはハンスを肩に担ぐ。


重い。


だが、離さない。


「っ……!」


走る。


弾丸が飛ぶ。


壁が砕ける。


瓦礫が崩れる。


「止まれ!!」


叫び声。


ドイツ兵だ。


敵でもあり、味方でもある声。


「……!」


アレクセイは振り返らない。


ただ走る。


ハンスを落とさないように。


「……っ!」


息が限界に近い。


足が重い。


だが止まれば終わる。


「……前だ」


ハンスがかすれた声で言う。


「……あそこを抜ければ……」


視線の先。


崩れた通路。


その先は――


境界。


ソ連とドイツの狭間。


「……」


アレクセイは速度を上げる。


最後の力を振り絞る。



やがて。


二人はその場所にたどり着いた。


静かだった。


戦場の音が、少しだけ遠い。


境界線。


どちらにも属さない場所。


「……」


アレクセイはハンスをゆっくりと下ろす。


壁にもたれさせる。


「……ここまでだ」


息を整えながら言う。


「……」


ハンスは黙っている。


血が止まらない。


だが、致命傷ではない。


「……向こうに行け」


アレクセイが言う。


「もうすぐ来る」


ドイツ兵が。


味方が。


「……」


ハンスは少しだけ笑う。


「……助けるのか」


「敵を」


「……」


アレクセイは答えない。


答えは分かっている。


「……なぜだ」


ハンスが聞く。


「……」


アレクセイは少しだけ考える。


そして言う。


「……分からない」


正直な答えだった。


「……ただ」


視線を上げる。


ハンスを見る。


「ここで見捨てるのは違うと思った」


それだけだった。


「……」


ハンスは目を細める。


何かを言いかけて――やめる。


「……」


沈黙。


短い時間。


だが、重い。


「……アレクセイ」


ハンスが名前を呼ぶ。


「……次に会ったら」


少しだけ笑う。


あのときと同じように。


「撃つ」


はっきりと。


「……ああ」


アレクセイも答える。


「撃て」


それが、二人の関係だった。



遠くで声がする。


ドイツ語。


近づいてくる。


「……行け」


ハンスが言う。


今度は命令ではない。


ただの言葉。


「……」


アレクセイは一瞬だけ立ち止まる。


だが、振り返らない。


歩き出す。


背を向ける。


もう、戻らない。


「……」


ハンスはその背中を見ていた。


何も言わずに。


ただ静かに。



アレクセイは歩き続ける。


戦場の中へ。


再び。


銃声が響く。


爆発が起きる。


現実が戻る。


だが――


胸の中に、何かが残っていた。


重く、消えない何か。


それを抱えたまま。


アレクセイは前へ進む。


守るために。


撃つために。


そして――


選び続けるために。


読んでいただきありがとうございます。

選択には、必ず代償がある。

その重さを背負いながら、物語は次へ進みます。

よければ感想などいただけると嬉しいです。

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