第23話「代償」
第23話です。
守るために撃つ。
だが――守るために、撃たないこともある。
その選択が、何を奪うのか。
爆発音が途切れない。
地面が揺れ、空気が震える。
煙と瓦礫が街を覆い尽くしていた。
「……っ」
アレクセイは息を荒げながら走っていた。
その隣を――ハンスが走る。
互いに何も言わない。
だが、足は止めない。
戦場は、まだ終わっていない。
むしろ、さらに激しくなっていた。
「右だ!」
ハンスが短く言う。
アレクセイは即座に動く。
次の瞬間、さっきまでいた場所に弾丸が叩き込まれる。
「……!」
敵は近い。
距離が縮まっている。
「……囲まれてるな」
アレクセイが低く呟く。
「……ああ」
ハンスも短く返す。
その声に、恐怖はなかった。
ただ、状況を理解しているだけ。
「……行くぞ」
アレクセイが言う。
瓦礫の影に滑り込む。
すぐにライフルを構える。
敵の影が見える。
撃つ。
一人倒れる。
「……っ!」
ハンスも撃つ。
無駄のない一発。
もう一人が崩れる。
だが――
まだいる。
次々と現れる。
「数が多い……!」
アレクセイが歯を食いしばる。
弾が足りない。
時間もない。
「……」
ハンスが一歩前に出る。
遮蔽物から身体を半分出す。
「おい――」
アレクセイが止めるより早く。
銃声。
一人。
二人。
正確に撃ち抜く。
だがその瞬間――
乾いた音が響いた。
別の方向からの銃声。
「……っ!」
ハンスの身体が揺れる。
膝から崩れ落ちる。
「ハンス!」
アレクセイが叫ぶ。
駆け寄る。
「……っ、く……!」
ハンスは歯を食いしばっている。
右足。
血が滲んでいる。
撃たれた。
「……味方だ」
ハンスが苦笑するように言う。
遠く、ドイツ兵の影が見える。
こちらに銃口を向けている。
「……敵だと思われた」
当然だ。
この状況で。
この位置で。
「……っ」
アレクセイは一瞬だけ固まる。
理解する。
このままでは――
ハンスはここで死ぬ。
敵にも味方にも撃たれる。
「……行け」
ハンスが言う。
息が荒い。
「ここで止まるな」
「……」
「お前には守るものがあるだろ」
その言葉が刺さる。
「……だから」
ハンスは目を逸らさない。
「行け」
はっきりと。
「……」
アレクセイの拳が震える。
分かっている。
正しい選択はそれだ。
ここで離れれば、生き延びられる。
守るべきものを守れる。
「……っ」
だが、足が動かない。
動けない。
「……なんでだよ」
小さく呟く。
自分でも分からない。
なぜ動けないのか。
「……」
ハンスは何も言わない。
ただ見ている。
その目に、責める色はない。
「……」
アレクセイは歯を食いしばる。
そして――
ハンスの腕を掴んだ。
「……行くぞ」
低く言う。
決意の声。
「……馬鹿か」
ハンスが呟く。
「……死ぬぞ」
「……知るか」
アレクセイは答える。
「お前をここで死なせる理由はない」
それだけだった。
理屈じゃない。
命令でもない。
ただの選択。
「……」
ハンスは一瞬だけ目を閉じる。
そして、何も言わなかった。
⸻
銃声が迫る。
アレクセイはハンスを肩に担ぐ。
重い。
だが、離さない。
「っ……!」
走る。
弾丸が飛ぶ。
壁が砕ける。
瓦礫が崩れる。
「止まれ!!」
叫び声。
ドイツ兵だ。
敵でもあり、味方でもある声。
「……!」
アレクセイは振り返らない。
ただ走る。
ハンスを落とさないように。
「……っ!」
息が限界に近い。
足が重い。
だが止まれば終わる。
「……前だ」
ハンスがかすれた声で言う。
「……あそこを抜ければ……」
視線の先。
崩れた通路。
その先は――
境界。
ソ連とドイツの狭間。
「……」
アレクセイは速度を上げる。
最後の力を振り絞る。
⸻
やがて。
二人はその場所にたどり着いた。
静かだった。
戦場の音が、少しだけ遠い。
境界線。
どちらにも属さない場所。
「……」
アレクセイはハンスをゆっくりと下ろす。
壁にもたれさせる。
「……ここまでだ」
息を整えながら言う。
「……」
ハンスは黙っている。
血が止まらない。
だが、致命傷ではない。
「……向こうに行け」
アレクセイが言う。
「もうすぐ来る」
ドイツ兵が。
味方が。
「……」
ハンスは少しだけ笑う。
「……助けるのか」
「敵を」
「……」
アレクセイは答えない。
答えは分かっている。
「……なぜだ」
ハンスが聞く。
「……」
アレクセイは少しだけ考える。
そして言う。
「……分からない」
正直な答えだった。
「……ただ」
視線を上げる。
ハンスを見る。
「ここで見捨てるのは違うと思った」
それだけだった。
「……」
ハンスは目を細める。
何かを言いかけて――やめる。
「……」
沈黙。
短い時間。
だが、重い。
「……アレクセイ」
ハンスが名前を呼ぶ。
「……次に会ったら」
少しだけ笑う。
あのときと同じように。
「撃つ」
はっきりと。
「……ああ」
アレクセイも答える。
「撃て」
それが、二人の関係だった。
⸻
遠くで声がする。
ドイツ語。
近づいてくる。
「……行け」
ハンスが言う。
今度は命令ではない。
ただの言葉。
「……」
アレクセイは一瞬だけ立ち止まる。
だが、振り返らない。
歩き出す。
背を向ける。
もう、戻らない。
「……」
ハンスはその背中を見ていた。
何も言わずに。
ただ静かに。
⸻
アレクセイは歩き続ける。
戦場の中へ。
再び。
銃声が響く。
爆発が起きる。
現実が戻る。
だが――
胸の中に、何かが残っていた。
重く、消えない何か。
それを抱えたまま。
アレクセイは前へ進む。
守るために。
撃つために。
そして――
選び続けるために。
読んでいただきありがとうございます。
選択には、必ず代償がある。
その重さを背負いながら、物語は次へ進みます。
よければ感想などいただけると嬉しいです。




