第22話「交差する銃口」
第22話です。
敵は変わらない。
だが――その距離だけが、少しだけ変わった。
瓦礫を蹴り上げながら、アレクセイは走っていた。
息が荒い。
肺が焼けるように痛い。
だが止まれない。
遠くで銃声が響く。
近い。
思っていたよりも、戦線は崩れている。
「……っ」
歯を食いしばる。
戻らなければならない。
守るべき場所へ。
その途中――
足を止めた。
前方の路地。
煙の向こうに、影が動く。
一つじゃない。
三つ。
いや、四つ。
ドイツ兵。
こちらには気づいていない。
だが、このまま進めば確実に見つかる。
「……」
アレクセイはしゃがむ。
ライフルを構える。
呼吸を整える。
距離は中距離。
一人、二人なら問題ない。
だが四人。
撃てば、残りが反応する。
「……」
それでも――行くしかない。
引き金に指をかける。
その瞬間――
別の銃声が響いた。
乾いた音。
一発。
先頭の兵士が倒れる。
「……!?」
アレクセイの目がわずかに見開かれる。
残りの兵士たちが一斉に反応する。
「敵だ!!」
叫び声。
だが次の瞬間、もう一発。
別の兵士が倒れる。
正確な射撃。
無駄がない。
「……」
アレクセイは理解する。
この撃ち方は――
迷いがない。
狙撃手。
しかも相当な腕。
「……っ」
考える時間はない。
残り二人。
アレクセイは引き金を引く。
一人、倒れる。
もう一人がこちらに気づく。
銃口が向く。
「っ!」
撃たれる――
その瞬間。
別の方向から銃声。
最後の一人が崩れ落ちた。
静寂。
一瞬だけ、戦場が止まる。
「……」
アレクセイはゆっくりと立ち上がる。
煙の向こう。
そこに立っていたのは――
ハンスだった。
「……」
言葉はない。
必要もない。
互いに分かっている。
今の一連の動きで。
「……」
アレクセイは銃を下ろさない。
ハンスも同じだ。
構えは崩さない。
だが、向けてはいない。
奇妙な距離。
敵のままの距離。
「……行くのか」
ハンスが低く言う。
アレクセイは一瞬だけ視線を逸らす。
「……ああ」
短く答える。
「戻る」
それ以上は言わない。
言えない。
「……そうか」
ハンスもそれ以上は聞かない。
そのとき――
背後で爆発が起きた。
地面が揺れる。
瓦礫が崩れる。
「くそっ……!」
二人同時に振り返る。
別の部隊が来ている。
数が多い。
五人、六人――それ以上。
「……」
逃げるか。
戦うか。
判断は一瞬。
「……っ」
先に動いたのはハンスだった。
近くの壁へ飛び込む。
身を隠す。
「……」
アレクセイも同時に動く。
反対側の瓦礫へ。
位置を取る。
互いに視界の端にいる。
だが、敵もいる。
「敵だ!!」
銃声が響く。
弾丸が壁を砕く。
破片が飛び散る。
「……!」
アレクセイは身を低くする。
反撃のタイミングを測る。
数が多い。
正面からでは押し切られる。
「……」
そのとき。
視界の端で、ハンスが動く。
合図はない。
だが分かる。
次に何をするか。
「……」
アレクセイは呼吸を止める。
そして――
同時に飛び出した。
銃声。
二方向からの射撃。
敵の一人が倒れる。
混乱が広がる。
「挟まれてるぞ!」
叫び声。
だが遅い。
もう一発。
ハンスの弾が一人を撃ち抜く。
アレクセイも撃つ。
確実に当てる。
一人ずつ、減らしていく。
「くそっ……!」
敵が遮蔽物に隠れる。
だが、それも想定内。
「……」
アレクセイは位置を変える。
側面へ。
ハンスも同時に動く。
逆側へ。
完全な挟撃。
言葉はない。
だが、動きが噛み合う。
「……!」
敵が一人、飛び出す。
アレクセイが狙う。
だが一瞬遅れる。
その瞬間――
ハンスの弾が先に貫いた。
「……」
アレクセイは何も言わない。
ただ次を狙う。
逆に、ハンスが狙われる。
死角。
「っ!」
アレクセイが撃つ。
敵が倒れる。
ハンスの動きが止まらない。
わずかに頷いたように見えた。
気のせいかもしれない。
「……」
残り、二人。
互いに目が合う。
ほんの一瞬。
それだけで十分だった。
同時に動く。
同時に撃つ。
二発の銃声。
同時に敵が倒れる。
静寂。
戦闘が終わった。
「……」
煙が流れる。
二人は立っている。
少し距離を空けて。
呼吸だけが聞こえる。
「……」
アレクセイは銃を下ろす。
完全ではない。
すぐに構えられる位置。
ハンスも同じ。
「……」
言葉はない。
だが、さっきまでとは違う。
撃つ対象ではない。
かといって、味方でもない。
「……助かった」
アレクセイが小さく言う。
それだけ。
余計な言葉はない。
「……お互い様だ」
ハンスが答える。
短く。
それだけ。
再び沈黙。
遠くでまた爆発が起きる。
戦場は終わっていない。
「……行く」
アレクセイが言う。
背を向ける。
一瞬だけ迷う。
だが止まらない。
歩き出す。
「……」
ハンスは何も言わない。
ただ、その背中を見ている。
「……」
そして、反対方向へ歩き出す。
再び別の道へ。
交わったはずの道は、また分かれる。
だが――
さっきまでとは違う。
完全な敵ではない。
だが、味方でもない。
その曖昧さを残したまま。
二人は、それぞれの戦場へ戻っていく。
読んでいただきありがとうございます。
共に戦った二人は、再び別々の道へ。
次に銃口が向くとき、その意味は――。
よければ感想などいただけると嬉しいです。




