第21話「対峙」
第21話です。
引き金を引く理由は、もう知っている。
だが――引かない理由は、まだ知らない。
煙が視界を覆っていた。
崩れた壁。
焦げた匂い。
遠くで響く銃声と爆発。
世界はまだ戦場のままだった。
その中で――
二人は向き合っていた。
「……」
アレクセイは立っている。
ライフルを握ったまま。
照準は、わずかに下がっている。
目の前には、ハンス。
同じように立っている。
武器はない。
だが、その目は変わらない。
あのときと同じ目。
撃つ理由を知っている者の目。
「……来たか」
ハンスが静かに言う。
その声には驚きはなかった。
むしろ、どこか納得しているようだった。
「……ああ」
アレクセイは短く答える。
それ以上の言葉は出てこない。
必要もない。
ここにいる理由は、お互い分かっている。
「……撃つのか」
ハンスが言う。
問いかけ。
だが、挑発ではない。
ただの確認。
「……」
アレクセイは答えない。
代わりに、ゆっくりと銃を持ち上げる。
照準が、ハンスの胸へ向く。
距離は近い。
外す距離じゃない。
「……そうか」
ハンスは小さく頷く。
目を逸らさない。
逃げない。
「いい判断だ」
静かな声だった。
皮肉でも、怒りでもない。
ただの事実として。
「……」
アレクセイの指が、引き金にかかる。
わずかに震える。
止めようとすれば止められる。
だが――
撃てば終わる。
一つの命が。
一つの物語が。
「……」
頭に浮かぶ。
あのときの景色。
スコープ越しの目。
同じ迷い。
同じ決断。
「……」
さらに浮かぶ。
アーニャの顔。
笑っていた顔。
スープの湯気。
静かな時間。
「……っ」
息が乱れる。
銃口がわずかに揺れる。
「……撃て」
ハンスが言う。
その声は低く、はっきりしていた。
「撃たなければ、撃たれる」
「それが戦争だ」
どこかで聞いた言葉。
いや、自分も言っていた言葉。
「……分かってる」
アレクセイが呟く。
声は小さい。
だが確かに出た。
「分かってる……」
もう一度言う。
自分に言い聞かせるように。
「……なら撃て」
ハンスは動かない。
ただ立っている。
覚悟を決めた者の姿。
「……」
沈黙。
銃声も、爆発も遠くなる。
この空間だけが切り離されたように静かだった。
「……なあ」
ハンスがぽつりと口を開く。
アレクセイは反応しない。
だが、耳はその声を拾う。
「……あのとき」
「お前も迷っただろ」
「……」
否定できない。
「俺もだ」
ハンスは続ける。
「撃ちたくなかった」
「だが撃った」
「……」
「守るために」
その言葉が、重く落ちる。
同じ言葉。
同じ理由。
「……」
アレクセイの指が止まる。
引き金にかかったまま。
それ以上動かない。
「……今も同じか?」
ハンスが問う。
「今、俺を撃つのも」
「守るためか?」
その問いは鋭かった。
逃げ場がない。
「……」
アレクセイは答えられない。
撃てば守れるのか。
本当に。
ハンスを撃つことが。
「……分からないなら」
ハンスが言う。
「撃つな」
一瞬、時間が止まる。
「……っ」
アレクセイの呼吸が乱れる。
その言葉は、今までなかったものだった。
撃つ理由は知っている。
だが、撃たない理由を初めて突きつけられた。
「……お前は敵だ」
アレクセイが言う。
必死に言葉を探す。
「ここで逃がせば……」
「また誰かが死ぬ」
それは事実。
間違っていない。
「……ああ」
ハンスは頷く。
否定しない。
「その通りだ」
「俺も、そうしてきた」
静かな肯定。
「……」
だからこそ、重い。
「……だが」
ハンスが一歩だけ前に出る。
アレクセイの銃口がわずかに上がる。
だが、撃たない。
撃てない。
「今ここで、俺を撃てば」
ハンスは言う。
「お前は“正しい兵士”になる」
「……」
「だが」
その目が、まっすぐアレクセイを見る。
「それで、お前は守れるのか?」
心を。
その言葉は、銃弾より重かった。
「……」
アレクセイの視界が揺れる。
戦場の音が戻る。
叫び声。
爆発。
現実が押し寄せる。
だが、動けない。
「……」
手が震える。
指が動かない。
撃てば楽になる。
迷いは消える。
また前と同じように。
だが――
「……っ」
アレクセイは歯を食いしばる。
そして――
ゆっくりと。
銃口を下げた。
「……」
沈黙。
ハンスはその動きを見ていた。
何も言わない。
ただ、静かに。
「……行け」
アレクセイが言う。
声は低く、震えていた。
「ここにいたら死ぬ」
それは事実。
命令ではない。
警告でもない。
ただの言葉。
「……」
ハンスは一瞬だけ目を細める。
そして、小さく息を吐く。
「……そうか」
それだけ言う。
振り返る。
崩れた壁の向こう。
戦場。
「……アレクセイ」
足を止めずに言う。
「次に会ったら」
一瞬だけ振り返る。
その目は、もう迷っていなかった。
「撃て」
短く。
はっきりと。
そして、そのまま煙の中へ消えていく。
「……」
アレクセイは動かない。
ただ立っている。
銃を持ったまま。
だが、その重さが変わっていた。
「……」
守るために撃つ。
その意味が、少しだけ変わった気がした。
遠くで、また爆発が起きる。
現実が戻る。
「……」
アレクセイはゆっくりと振り返る。
走り出す。
守るべき場所へ。
だが――
もう、前と同じではなかった。
読んでいただきありがとうございます。
撃たなかった選択は、正しかったのか。
それとも――。
よければ感想などいただけると嬉しいです。




