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熱くて寒い奇跡  作者:
23/29

第21話「対峙」

第21話です。

引き金を引く理由は、もう知っている。

だが――引かない理由は、まだ知らない。

煙が視界を覆っていた。


崩れた壁。


焦げた匂い。


遠くで響く銃声と爆発。


世界はまだ戦場のままだった。


その中で――


二人は向き合っていた。


「……」


アレクセイは立っている。


ライフルを握ったまま。


照準は、わずかに下がっている。


目の前には、ハンス。


同じように立っている。


武器はない。


だが、その目は変わらない。


あのときと同じ目。


撃つ理由を知っている者の目。


「……来たか」


ハンスが静かに言う。


その声には驚きはなかった。


むしろ、どこか納得しているようだった。


「……ああ」


アレクセイは短く答える。


それ以上の言葉は出てこない。


必要もない。


ここにいる理由は、お互い分かっている。


「……撃つのか」


ハンスが言う。


問いかけ。


だが、挑発ではない。


ただの確認。


「……」


アレクセイは答えない。


代わりに、ゆっくりと銃を持ち上げる。


照準が、ハンスの胸へ向く。


距離は近い。


外す距離じゃない。


「……そうか」


ハンスは小さく頷く。


目を逸らさない。


逃げない。


「いい判断だ」


静かな声だった。


皮肉でも、怒りでもない。


ただの事実として。


「……」


アレクセイの指が、引き金にかかる。


わずかに震える。


止めようとすれば止められる。


だが――


撃てば終わる。


一つの命が。


一つの物語が。


「……」


頭に浮かぶ。


あのときの景色。


スコープ越しの目。


同じ迷い。


同じ決断。


「……」


さらに浮かぶ。


アーニャの顔。


笑っていた顔。


スープの湯気。


静かな時間。


「……っ」


息が乱れる。


銃口がわずかに揺れる。


「……撃て」


ハンスが言う。


その声は低く、はっきりしていた。


「撃たなければ、撃たれる」


「それが戦争だ」


どこかで聞いた言葉。


いや、自分も言っていた言葉。


「……分かってる」


アレクセイが呟く。


声は小さい。


だが確かに出た。


「分かってる……」


もう一度言う。


自分に言い聞かせるように。


「……なら撃て」


ハンスは動かない。


ただ立っている。


覚悟を決めた者の姿。


「……」


沈黙。


銃声も、爆発も遠くなる。


この空間だけが切り離されたように静かだった。


「……なあ」


ハンスがぽつりと口を開く。


アレクセイは反応しない。


だが、耳はその声を拾う。


「……あのとき」


「お前も迷っただろ」


「……」


否定できない。


「俺もだ」


ハンスは続ける。


「撃ちたくなかった」


「だが撃った」


「……」


「守るために」


その言葉が、重く落ちる。


同じ言葉。


同じ理由。


「……」


アレクセイの指が止まる。


引き金にかかったまま。


それ以上動かない。


「……今も同じか?」


ハンスが問う。


「今、俺を撃つのも」


「守るためか?」


その問いは鋭かった。


逃げ場がない。


「……」


アレクセイは答えられない。


撃てば守れるのか。


本当に。


ハンスを撃つことが。


「……分からないなら」


ハンスが言う。


「撃つな」


一瞬、時間が止まる。


「……っ」


アレクセイの呼吸が乱れる。


その言葉は、今までなかったものだった。


撃つ理由は知っている。


だが、撃たない理由を初めて突きつけられた。


「……お前は敵だ」


アレクセイが言う。


必死に言葉を探す。


「ここで逃がせば……」


「また誰かが死ぬ」


それは事実。


間違っていない。


「……ああ」


ハンスは頷く。


否定しない。


「その通りだ」


「俺も、そうしてきた」


静かな肯定。


「……」


だからこそ、重い。


「……だが」


ハンスが一歩だけ前に出る。


アレクセイの銃口がわずかに上がる。


だが、撃たない。


撃てない。


「今ここで、俺を撃てば」


ハンスは言う。


「お前は“正しい兵士”になる」


「……」


「だが」


その目が、まっすぐアレクセイを見る。


「それで、お前は守れるのか?」


心を。


その言葉は、銃弾より重かった。


「……」


アレクセイの視界が揺れる。


戦場の音が戻る。


叫び声。


爆発。


現実が押し寄せる。


だが、動けない。


「……」


手が震える。


指が動かない。


撃てば楽になる。


迷いは消える。


また前と同じように。


だが――


「……っ」


アレクセイは歯を食いしばる。


そして――


ゆっくりと。


銃口を下げた。


「……」


沈黙。


ハンスはその動きを見ていた。


何も言わない。


ただ、静かに。


「……行け」


アレクセイが言う。


声は低く、震えていた。


「ここにいたら死ぬ」


それは事実。


命令ではない。


警告でもない。


ただの言葉。


「……」


ハンスは一瞬だけ目を細める。


そして、小さく息を吐く。


「……そうか」


それだけ言う。


振り返る。


崩れた壁の向こう。


戦場。


「……アレクセイ」


足を止めずに言う。


「次に会ったら」


一瞬だけ振り返る。


その目は、もう迷っていなかった。


「撃て」


短く。


はっきりと。


そして、そのまま煙の中へ消えていく。


「……」


アレクセイは動かない。


ただ立っている。


銃を持ったまま。


だが、その重さが変わっていた。


「……」


守るために撃つ。


その意味が、少しだけ変わった気がした。


遠くで、また爆発が起きる。


現実が戻る。


「……」


アレクセイはゆっくりと振り返る。


走り出す。


守るべき場所へ。


だが――


もう、前と同じではなかった。


読んでいただきありがとうございます。

撃たなかった選択は、正しかったのか。

それとも――。

よければ感想などいただけると嬉しいです。

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