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熱くて寒い奇跡  作者:
22/29

第20話「崩れる防線」

第20話です。

守るために撃つ。

だが、その守るものが崩れ始めたとき――

人は、何を選ぶのか。


夜明け前。


空はまだ暗く、街は静まり返っていた。


だが、その静けさは長く続かなかった。


遠くから、低い音が響く。


地面がわずかに震える。


「……来るぞ」


誰かが呟く。


次の瞬間――


轟音が空を裂いた。


爆発。


建物が揺れる。


窓ガラスが砕け散る。


叫び声が一斉に上がる。


「砲撃だ!!」


怒号が飛び交う。


レニングラードの防線が、再び火を噴いた。


「持ち場につけ!!急げ!!」


兵士たちが走る。


泥を蹴り、武器を掴み、位置につく。


アレクセイもその中にいた。


ライフルを握る。


だが、その手は以前とは違っていた。


重さを知っている。


意味を知っている。


それでも――


「……行くしかない」


小さく呟く。


走る。


爆発の中へ。



前線。


煙が立ち込め、視界が悪い。


砲撃は止まらない。


むしろ、増している。


「敵の進軍が早い!押し返せ!」


指揮官の声が響く。


だが、その声には焦りが混ざっていた。


「くそ……!」


隣の兵士が吐き捨てる。


「数が多すぎる……!」


アレクセイは伏せる。


スコープを覗く。


敵の影。


一つや二つではない。


次々と現れる。


止まらない。


「……」


引き金に指をかける。


撃つ。


一人倒れる。


だが、すぐに次が来る。


また撃つ。


また倒れる。


だが――


減らない。


「後退だ!一時後退!!」


ついに命令が出る。


ざわめきが広がる。


「後退!?」


「ここを捨てるのか!?」


混乱。


だが、選択肢はない。


押されている。


完全に。


「撤退しろ!!早く!!」


兵士たちが走り出す。


後ろへ。


街の奥へ。


アレクセイも立ち上がる。


だが、その足が一瞬だけ止まる。


頭をよぎる。


アーニャの顔。


あの場所。


「……っ」


歯を食いしばる。


走る。


今は生き残るしかない。


それが守ることに繋がると、分かっているから。



その頃。


収容施設。


地下の薄暗い部屋。


ハンスは座っていた。


外の音が響く。


爆発。


遠くではない。


近い。


「……始まったか」


小さく呟く。


静かに目を閉じる。


感じ取る。


戦場の空気。


これは――


ただの攻撃じゃない。


「……押している」


自分の側が。


分かる。


音の質で。


間の取り方で。


長く戦ってきたからこそ分かる感覚。


「……」


胸の奥がわずかにざわつく。


喜びではない。


安心でもない。


ただの事実。


だが、その事実が重い。


「……」


ふと、手紙に触れる。


胸の内ポケット。


そこにある。


確かなもの。


「……帰れるのか」


小さく呟く。


その言葉に、自分で答えは出せなかった。



地上。


街は崩れ始めていた。


建物が燃える。


瓦礫が道を塞ぐ。


人々が走る。


叫び声。


泣き声。


「逃げろ!!早く!!」


兵士が叫ぶ。


だが、どこへ逃げるのか分からない。


安全な場所など、もうない。


アーニャは走っていた。


息を切らしながら。


後ろを振り返る。


炎。


煙。


「……」


足が震える。


それでも止まれない。


止まれば終わる。


分かっている。


「……アレクセイ」


小さく名前を呼ぶ。


届くはずもない。


それでも。


その名前だけが、前に進む理由だった。



前線の一つ手前。


臨時の防衛線。


アレクセイたちは再び構えていた。


だが、状況は悪い。


「弾が足りない……!」


「援軍は!?」


「来ない!!」


絶望が広がる。


それでも撃つ。


撃つしかない。


「……」


アレクセイは息を整える。


撃つ。


また一人倒れる。


だが、次が来る。


止まらない。


「くそ……!」


歯を食いしばる。


このままでは――


突破される。


街に。


人々の中に。


「……」


そのとき。


ふと、頭をよぎる。


あの部屋。


ハンス。


「……」


一瞬だけ考える。


あの男なら、この状況をどう見るか。


どう撃つか。


「……」


すぐに首を振る。


考えている場合じゃない。


今は――


「守る」


それだけだ。



収容施設。


外の爆発が近づく。


振動が伝わる。


天井の埃が落ちる。


「おい……これ……」


見張りの兵士が顔をしかめる。


「ここも危ないぞ……」


もう安全ではない。


戦線が近づいている。


「……」


ハンスはゆっくりと立ち上がる。


身体はまだ万全ではない。


だが、立てる。


歩ける。


「座っていろ」


兵士が言う。


銃を向けながら。


「……逃げる気か?」


ハンスは首を横に振る。


「逃げない」


事実だった。


逃げても意味がない。


外は戦場。


どこにも行けない。


「……」


再び爆発。


今度は近い。


壁が揺れる。


「っ……!」


兵士がバランスを崩す。


その瞬間――


外から怒号が聞こえる。


「突破された!!敵が来るぞ!!」


空気が一変する。


最前線が――


崩れた。



アレクセイはその声を聞いた。


「……っ!」


最悪の報告。


防線が破られた。


ここまで来る。


街の中心まで。


「全員、退け!!包囲されるぞ!!」


命令が飛ぶ。


だが、もう遅い。


敵はすぐそこまで来ている。


「……」


アレクセイは振り返る。


街の奥。


その先にあるもの。


守るべき場所。


アーニャ。


「……」


足が止まる。


ほんの一瞬。


だが、その一瞬が長い。


逃げるか。


戻るか。


戦うか。


選ばなければならない。


「……くそっ!」


歯を食いしばる。


拳を握る。


そのとき――


遠くで、大きな爆発が起きた。


方向。


収容施設の方角。


「……!?」


胸がざわつく。


理由は分からない。


だが、分かる。


何かが起きた。


「……」


アレクセイは目を閉じる。


一瞬だけ。


そして、開く。


決意が宿る。


「……行く」


誰に言うでもなく呟く。


足を動かす。


仲間とは逆方向へ。


崩れた街の奥へ。



収容施設。


煙が充満している。


壁の一部が崩れている。


混乱。


叫び声。


銃声。


「くそっ……!」


見張りの兵士が叫ぶ。


何が起きているのか分からない。


だが、確実に――


ここはもう“安全”ではない。


「……」


ハンスはその場に立っていた。


目の前には、崩れた壁。


その向こうに、戦場が見える。


自由。


だが――


同時に地獄。


「……」


手紙に触れる。


考える。


ここで出るか。


残るか。


そのとき。


足音が近づく。


煙の向こうから、一人の影。


こちらに向かってくる。


その歩き方。


その気配。


見間違えるはずがない。


「……」


ハンスの目がわずかに見開かれる。


影が、はっきりする。


アレクセイだった。



二人の距離が、再び縮まる。


今度は――


銃ではなく。


選択として。


読んでいただきありがとうございます。

戦場は崩れ、境界は消え始めています。

次に彼らが選ぶのは、引き金か、それとも――。

よければ感想などいただけると嬉しいです。

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