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熱くて寒い奇跡  作者:
21/29

第19話「言葉の距離」

第19話です。

撃つ理由は語れないこともある。

だが、語らなければ分からないこともある。


静かな部屋だった。


窓は小さく、光は弱い。


外の音はほとんど届かない。


時間が止まったような空間。


その中で、ハンスは目を開けていた。


身体はまだ重い。


だが、意識ははっきりしている。


ここがどこかも、もう理解している。


捕虜。


敵の中。


そして――


「……」


扉の向こうに、気配がある。


足音。


止まる。


一瞬の沈黙。


扉が開く。


軋む音がやけに大きく響いた。


入ってきたのは、一人の兵士だった。


無言で立っている。


その姿を見た瞬間、ハンスの呼吸がわずかに止まる。


見覚えがあった。


距離は近い。


だが、間違えるはずがない。


「……」


スコープ越しに見た目。


あのときの男。


「……お前か」


ハンスが先に口を開いた。


声はかすれているが、はっきりしていた。


男――アレクセイは答えない。


ただ、じっと見ている。


何も言わず。


数秒。


沈黙が続く。


「……生きてたんだな」


ハンスが言う。


確認ではない。


納得に近い声だった。


アレクセイが、わずかに息を吐く。


「……お前もな」


短い返答。


それだけで、十分だった。


あの瞬間を共有した者同士の言葉。


余計な説明はいらない。


「……」


また沈黙。


だが、さっきとは違う。


重さがある。


言葉にするべきものが、そこにある。


「……なぜ撃った」


ハンスが言う。


まっすぐな問いだった。


責めるでもなく、探るでもなく。


ただ、聞いている。


アレクセイは一瞬だけ目を伏せる。


そして、すぐに戻す。


「……守るためだ」


迷いのない答え。


短く、強い。


ハンスは小さく息を吐く。


「……そうか」


それだけ言う。


否定も肯定もない。


ただ、理解したという反応。


「……お前は」


今度はアレクセイが口を開く。


「なぜ撃った」


同じ問い。


返ってくる。


ハンスは少しだけ天井を見る。


考える時間は長くなかった。


「……同じだ」


静かに言う。


「守るためだ」


その言葉は、アレクセイと全く同じだった。


部屋の空気が、わずかに変わる。


お互いに分かっている。


同じ答え。


同じ理由。


「……なら」


アレクセイが言う。


声は低い。


「なぜ、俺を狙った」


その問いには、少しだけ棘があった。


ハンスは目を細める。


「……そこにいたからだ」


即答だった。


「撃たなければ、撃たれる」


「それだけだ」


淡々とした声。


だが、その奥にあるものは重い。


アレクセイは何も言わない。


否定できない。


自分も同じだったからだ。


「……」


また沈黙が落ちる。


だが今度は、逃げるためのものではなかった。


考えるための沈黙。


理解するための時間。


「……あのとき」


ハンスがぽつりと呟く。


「お前、撃つのを一瞬止めただろ」


アレクセイの目がわずかに動く。


図星だった。


「……分かるのか」


「分かる」


ハンスは小さく笑う。


「同じだったからな」


その一言で、全てが繋がる。


あの一瞬。


撃たなかった時間。


迷い。


そして、その後に撃ったこと。


「……」


アレクセイは何も言えなかった。


否定できない。


理解してしまうから。


「……それでも撃った」


ハンスが続ける。


「俺も、お前も」


その言葉は責めではない。


ただの事実。


そして、その事実が重い。


「……ああ」


アレクセイが答える。


「撃った」


それ以上は言わない。


言えない。


言葉にすると、何かが崩れる気がした。


「……」


ハンスはゆっくりと息を吐く。


そして、視線を横に向ける。


机の上。


そこには、見覚えのあるものがあった。


折りたたまれた紙。


「……それ」


小さく呟く。


アレクセイも視線を向ける。


手紙。


あのとき、ポケットにあったもの。


「……読んだのか」


ハンスの声は、わずかにだけ変わった。


初めて、感情が混ざる。


アレクセイは首を横に振る。


「読んでいない」


はっきりと答える。


「……そうか」


ハンスは目を閉じる。


ほんの少しだけ、安堵のようなものが浮かぶ。


「……返してくれ」


静かな声。


命令ではない。


願いでもない。


ただの要求。


アレクセイは少しだけ考える。


そして、机に手を伸ばす。


手紙を持つ。


数秒。


見つめる。


中身は知らない。


だが、重さは分かる。


それを、ハンスの方へ差し出す。


ハンスはゆっくりと受け取る。


指が震えている。


わずかに。


だが確かに。


それを見て、アレクセイは何も言わない。


言う必要がない。


分かっているからだ。


「……」


ハンスは手紙を胸に当てる。


目を閉じる。


数秒。


静かに息を吐く。


「……帰らないとな」


ぽつりと呟く。


その言葉に、アレクセイは反応する。


「……帰れると思うのか」


現実的な問い。


冷たいとも言える。


だが、それが事実。


ハンスは目を開ける。


アレクセイを見る。


そして、わずかに笑う。


「思うさ」


「思わないと、撃てない」


その言葉は、強かった。


どこかで聞いたような響き。


アレクセイの中で、何かが揺れる。


「……」


言葉が出ない。


代わりに、理解が広がる。


この男も。


同じように。


信じて撃っている。


帰る場所を。


守るものを。


「……」


長い沈黙。


だが、もう気まずさはなかった。


ただ、重いだけ。


それぞれの背負っているものが、そこにある。


「……名前は」


アレクセイが言う。


ハンスは一瞬だけ驚いたように目を動かす。


そして、すぐに答える。


「ハンスだ」


短く。


アレクセイは頷く。


「……アレクセイ」


それだけ言う。


名乗る必要があるのか分からない。


だが、言った。


なぜかは分からない。


「……」


二人はしばらく何も言わなかった。


ただ、そこにいる。


敵同士として。


同じものを見た者同士として。


「……またな」


ハンスが言う。


軽く。


まるで別れ際のように。


アレクセイは一瞬だけ考える。


そして、短く返す。


「……ああ」


それが何を意味するのか。


再会か。


別れか。


分からない。


だが――


確かに、言葉は交わされた。


撃ち合った二人が。


初めて。


読んでいただきありがとうございます。

二人は撃ち合い、そして言葉を交わしました。

理解は、争いを止めるのか、それとも――。

よければ感想などいただけると嬉しいです。

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