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熱くて寒い奇跡  作者:
18/29

第16話「引き金の理由」

第16話です。

守るために戦う。

その言葉の意味を、彼は初めて自分で選ぶ。


爆撃は、しばらく続いた。


夜空は赤く染まり、街は炎に包まれる。


レニングラード。


守るべき場所。


そのはずの場所が、目の前で壊されていく。


「左だ!機影!」


誰かの叫び声。


アレクセイは反応する。


スコープを覗く。


暗闇の中、わずかに動く影。


呼吸を整える。


引き金に指をかける。


撃つ。


乾いた音。


反動。


だが、確信はない。


当たったかどうかは分からない。


それでも、次を探す。


次の標的。


次の敵。


その繰り返し。


思考は単純だ。


撃つか、撃たれるか。


それだけ。


――そのはずだった。


ふと、視界の端に動くものが映る。


地上。


炎の中を走る影。


人だ。


市民。


誰かが倒れている。


誰かがそれを引きずっている。


叫び声が、風に乗って届く。


助けを求める声。


アレクセイの指が、わずかに止まる。


ほんの一瞬。


だが、それは確かに“迷い”だった。


「何してる、撃て!」


怒鳴り声が飛ぶ。


現実に引き戻される。


アレクセイは再びスコープを覗く。


敵機。


敵。


撃つべき相手。


引き金を引く。


銃声。


今度は、はっきりとした手応えがあった。


黒い影が揺れる。


軌道が乱れる。


そのまま、遠くで火を上げた。


「よし……!」


誰かが叫ぶ。


だが、アレクセイは何も言わなかった。


ただ、次を探す。


そのときだった。


さっき見た光景が、頭に残る。


炎の中の人影。


倒れた誰か。


引きずる誰か。


――アーニャ。


一瞬、名前が浮かぶ。


あり得ない。


ここにいるはずがない。


分かっている。


それでも、浮かんだ。


「……」


息が少し乱れる。


すぐに整える。


余計なことを考えるな。


そう自分に言い聞かせる。


だが――


完全には消えない。


さっきまでの街。


子ども。


母親。


老人。


そして、アーニャ。


全部、繋がっている。


ここで撃っている敵機が、


あの人たちを殺している。


それは、はっきりしている。


だったら。


答えは一つだ。


撃つしかない。


守るために。


「……そうだ」


小さく呟く。


今度ははっきりしていた。


ただの反射じゃない。


命令でもない。


自分で選んだ。


撃つ理由。


守る理由。


スコープを覗く。


次の敵を捉える。


呼吸。


心拍。


全部が静かに整っていく。


世界が狭まる。


標的だけが残る。


引き金を引く。


銃声。


一発。


次。


また一発。


無駄がない。


迷いもない。


その動きは、以前よりも正確だった。


「……お前、やるな」


隣の兵士が言う。


驚きと、少しの安心が混ざった声。


アレクセイは答えない。


ただ撃つ。


撃ち続ける。


爆撃はやがて収まっていった。


静寂が戻る。


だが、それは“終わり”ではない。


ただの区切りだ。


煙が上がる街。


焦げた匂い。


崩れた建物。


そこに、人がいる。


さっきまで生きていた人たち。


今も、生きている人たち。


アレクセイはスコープから目を離す。


ゆっくりと立ち上がる。


足元に空薬莢が転がっている。


いくつも。


その数だけ、引き金を引いた。


その数だけ、何かを止めた。


あるいは、何かを終わらせた。


どちらかは分からない。


「……被害確認だ、急げ!」


指示が飛ぶ。


部隊が動き出す。


アレクセイも歩き出す。


燃えた建物の間を進む。


瓦礫。


煙。


そして――


人。


泣いている子ども。


動かない誰か。


それを抱える誰か。


声にならない声。


その中を、兵士たちが進む。


アレクセイはその光景を見た。


目を逸らさずに。


全部を。


その上で。


立ち止まらない。


助けに行く者もいる。


だが、自分は違う。


役割がある。


撃つこと。


守ること。


それが自分の仕事だ。


「……冷たいな」


誰かが小さく言った。


アレクセイに向けた言葉かは分からない。


だが、否定はしなかった。


冷たいのかもしれない。


だが、それでいい。


それで守れるなら。


歩きながら、ポケットに手を入れる。


ドッグタグに触れる。


ミハイル。


あのとき、助けられなかった。


守れなかった。


あの瞬間。


あの引き金。


数ミリのズレ。


それが全てだった。


「……今度は」


小さく呟く。


今度は外さない。


今度は守る。


誰を?


考えるまでもない。


この街。


ここにいる人たち。


そして――


「……」


名前は口に出さなかった。


出す必要もなかった。


分かっている。


自分の中で。


守りたいものがある。


それで十分だった。


空を見上げる。


さっきまでの炎は消えかけている。


煙の向こうに、かすかな星が見えた。


戦争の中でも、空は変わらない。


だが、その下にいる自分は違う。


もう、迷わない。


迷っている時間はない。


「……行くぞ」


誰かが言う。


アレクセイはうなずいた。


足を前に出す。


一歩。


また一歩。


その歩みは、止まらない。


守るために。


撃つために。


自分で選んだ、その正義のために。


読んでいただきありがとうございます。

彼はただ戦うのではなく、自分で理由を選びました。

それが正しいのかどうかは、まだ分かりません。

よければ感想などいただけると嬉しいです。

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