第16話「引き金の理由」
第16話です。
守るために戦う。
その言葉の意味を、彼は初めて自分で選ぶ。
爆撃は、しばらく続いた。
夜空は赤く染まり、街は炎に包まれる。
レニングラード。
守るべき場所。
そのはずの場所が、目の前で壊されていく。
「左だ!機影!」
誰かの叫び声。
アレクセイは反応する。
スコープを覗く。
暗闇の中、わずかに動く影。
呼吸を整える。
引き金に指をかける。
撃つ。
乾いた音。
反動。
だが、確信はない。
当たったかどうかは分からない。
それでも、次を探す。
次の標的。
次の敵。
その繰り返し。
思考は単純だ。
撃つか、撃たれるか。
それだけ。
――そのはずだった。
ふと、視界の端に動くものが映る。
地上。
炎の中を走る影。
人だ。
市民。
誰かが倒れている。
誰かがそれを引きずっている。
叫び声が、風に乗って届く。
助けを求める声。
アレクセイの指が、わずかに止まる。
ほんの一瞬。
だが、それは確かに“迷い”だった。
「何してる、撃て!」
怒鳴り声が飛ぶ。
現実に引き戻される。
アレクセイは再びスコープを覗く。
敵機。
敵。
撃つべき相手。
引き金を引く。
銃声。
今度は、はっきりとした手応えがあった。
黒い影が揺れる。
軌道が乱れる。
そのまま、遠くで火を上げた。
「よし……!」
誰かが叫ぶ。
だが、アレクセイは何も言わなかった。
ただ、次を探す。
そのときだった。
さっき見た光景が、頭に残る。
炎の中の人影。
倒れた誰か。
引きずる誰か。
――アーニャ。
一瞬、名前が浮かぶ。
あり得ない。
ここにいるはずがない。
分かっている。
それでも、浮かんだ。
「……」
息が少し乱れる。
すぐに整える。
余計なことを考えるな。
そう自分に言い聞かせる。
だが――
完全には消えない。
さっきまでの街。
子ども。
母親。
老人。
そして、アーニャ。
全部、繋がっている。
ここで撃っている敵機が、
あの人たちを殺している。
それは、はっきりしている。
だったら。
答えは一つだ。
撃つしかない。
守るために。
「……そうだ」
小さく呟く。
今度ははっきりしていた。
ただの反射じゃない。
命令でもない。
自分で選んだ。
撃つ理由。
守る理由。
スコープを覗く。
次の敵を捉える。
呼吸。
心拍。
全部が静かに整っていく。
世界が狭まる。
標的だけが残る。
引き金を引く。
銃声。
一発。
次。
また一発。
無駄がない。
迷いもない。
その動きは、以前よりも正確だった。
「……お前、やるな」
隣の兵士が言う。
驚きと、少しの安心が混ざった声。
アレクセイは答えない。
ただ撃つ。
撃ち続ける。
爆撃はやがて収まっていった。
静寂が戻る。
だが、それは“終わり”ではない。
ただの区切りだ。
煙が上がる街。
焦げた匂い。
崩れた建物。
そこに、人がいる。
さっきまで生きていた人たち。
今も、生きている人たち。
アレクセイはスコープから目を離す。
ゆっくりと立ち上がる。
足元に空薬莢が転がっている。
いくつも。
その数だけ、引き金を引いた。
その数だけ、何かを止めた。
あるいは、何かを終わらせた。
どちらかは分からない。
「……被害確認だ、急げ!」
指示が飛ぶ。
部隊が動き出す。
アレクセイも歩き出す。
燃えた建物の間を進む。
瓦礫。
煙。
そして――
人。
泣いている子ども。
動かない誰か。
それを抱える誰か。
声にならない声。
その中を、兵士たちが進む。
アレクセイはその光景を見た。
目を逸らさずに。
全部を。
その上で。
立ち止まらない。
助けに行く者もいる。
だが、自分は違う。
役割がある。
撃つこと。
守ること。
それが自分の仕事だ。
「……冷たいな」
誰かが小さく言った。
アレクセイに向けた言葉かは分からない。
だが、否定はしなかった。
冷たいのかもしれない。
だが、それでいい。
それで守れるなら。
歩きながら、ポケットに手を入れる。
ドッグタグに触れる。
ミハイル。
あのとき、助けられなかった。
守れなかった。
あの瞬間。
あの引き金。
数ミリのズレ。
それが全てだった。
「……今度は」
小さく呟く。
今度は外さない。
今度は守る。
誰を?
考えるまでもない。
この街。
ここにいる人たち。
そして――
「……」
名前は口に出さなかった。
出す必要もなかった。
分かっている。
自分の中で。
守りたいものがある。
それで十分だった。
空を見上げる。
さっきまでの炎は消えかけている。
煙の向こうに、かすかな星が見えた。
戦争の中でも、空は変わらない。
だが、その下にいる自分は違う。
もう、迷わない。
迷っている時間はない。
「……行くぞ」
誰かが言う。
アレクセイはうなずいた。
足を前に出す。
一歩。
また一歩。
その歩みは、止まらない。
守るために。
撃つために。
自分で選んだ、その正義のために。
読んでいただきありがとうございます。
彼はただ戦うのではなく、自分で理由を選びました。
それが正しいのかどうかは、まだ分かりません。
よければ感想などいただけると嬉しいです。




