第13話「壊れて、進む」
第13話です。
失ったものは戻らない。それでも、人は前に進まなければならない。
音が、やけに遠かった。
銃声も、叫び声も。
すべてがどこか別の場所で起きているように感じる。
アレクセイは立っていた。
ミハイルのいた場所に。
さっきまで、そこにいたはずの存在は、もうない。
あるのは、動かない体だけだ。
見下ろす。
何も感じない。
涙も出ない。
悲しいはずなのに。
怒っているはずなのに。
どこか、空っぽだった。
「……行け」
頭の奥で、声がした気がした。
振り返る。
誰もいない。
分かっている。
それでも、確かに聞こえた。
――生きろ。
ミハイルの最後の言葉。
そのたった一言だけが、やけに鮮明に残っている。
他はぼやけているのに。
笑った顔も、声も。
もう思い出せない。
それでも、その言葉だけは消えない。
アレクセイはゆっくりとしゃがみこんだ。
ミハイルの胸元に手を伸ばす。
冷たくなり始めている。
少し前まで、確かに温かかったのに。
現実が、遅れて刺さってくる。
「……悪い」
何に対してか分からないまま、呟く。
守れなかったことか。
何もできなかったことか。
それとも――
これからの自分に対してか。
アレクセイはミハイルのドッグタグを外した。
静かに握る。
それだけが、ここにいた証のようだった。
遠くで、銃声が響く。
戦いは終わっていない。
止まる理由もない。
アレクセイは立ち上がる。
その動きは、驚くほど滑らかだった。
迷いがない。
さっきまであったはずの躊躇も、恐怖も。
どこかに消えていた。
銃を構える。
視界が、異様にはっきりしている。
風の流れ。
瓦礫の影。
敵の動き。
すべてが見える。
――いる。
瓦礫の向こう。
わずかな動き。
スコープを覗く。
敵兵。
こちらを探している。
呼吸を整える。
心臓の音が、静かだ。
あれほど激しく鳴っていたのに。
今は、落ち着いている。
まるで別人のように。
照準を合わせる。
頭部。
一切の迷いはない。
引き金を引く。
乾いた音。
敵が崩れる。
次。
もう一人。
動き出す前に、撃つ。
倒れる。
何も感じない。
ただ、処理するように。
一つ一つ。
確実に。
「……」
言葉は出ない。
感情も、追いつかない。
ただ体だけが動く。
これが正しいのかも分からない。
だが――
止まれば終わる。
それだけは分かる。
弾を込める。
次を探す。
そのとき、一瞬だけ視界の端に何かが映った。
倒れた敵兵。
若い。
ほんの一瞬、あの兵士のことが頭をよぎる。
写真を見ていた、あの男。
そしてミハイル。
「……」
何かが胸に引っかかる。
だが、すぐに消える。
考えるな。
今は、生きることだけを考えろ。
アレクセイは再び銃を構える。
その姿は、もう“ただの青年”ではなかった。
戦場に適応した存在。
人を撃つことを受け入れた存在。
それが自分だと、どこかで理解している。
それでも――
完全に壊れたわけではない。
奥の奥。
見えない場所に、まだ何かが残っている。
ミハイルの声。
アーニャの記憶。
帰る場所。
それらが、かすかに繋ぎ止めている。
「……生きる」
小さく、呟く。
誰に向けたわけでもない。
自分自身に向けて。
引き金に指をかける。
もう迷わない。
だが、それは強さなのか。
それとも――
壊れた結果なのか。
答えは出ない。
それでも、進むしかない。
戦場は、待ってくれない。
アレクセイは次の標的を捉えた。
静かに、確実に。
そして――引き金を引いた。
読んでいただきありがとうございます。
アレクセイは大きく変わりました。
それが成長なのか、崩壊なのか――その答えは、まだ出ていません。
よければ感想などいただけると嬉しいです。




