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熱くて寒い奇跡  作者:
14/29

第13話「壊れて、進む」

第13話です。

失ったものは戻らない。それでも、人は前に進まなければならない。

音が、やけに遠かった。


銃声も、叫び声も。


すべてがどこか別の場所で起きているように感じる。


アレクセイは立っていた。


ミハイルのいた場所に。


さっきまで、そこにいたはずの存在は、もうない。


あるのは、動かない体だけだ。


見下ろす。


何も感じない。


涙も出ない。


悲しいはずなのに。


怒っているはずなのに。


どこか、空っぽだった。


「……行け」


頭の奥で、声がした気がした。


振り返る。


誰もいない。


分かっている。


それでも、確かに聞こえた。


――生きろ。


ミハイルの最後の言葉。


そのたった一言だけが、やけに鮮明に残っている。


他はぼやけているのに。


笑った顔も、声も。


もう思い出せない。


それでも、その言葉だけは消えない。


アレクセイはゆっくりとしゃがみこんだ。


ミハイルの胸元に手を伸ばす。


冷たくなり始めている。


少し前まで、確かに温かかったのに。


現実が、遅れて刺さってくる。


「……悪い」


何に対してか分からないまま、呟く。


守れなかったことか。


何もできなかったことか。


それとも――


これからの自分に対してか。


アレクセイはミハイルのドッグタグを外した。


静かに握る。


それだけが、ここにいた証のようだった。


遠くで、銃声が響く。


戦いは終わっていない。


止まる理由もない。


アレクセイは立ち上がる。


その動きは、驚くほど滑らかだった。


迷いがない。


さっきまであったはずの躊躇も、恐怖も。


どこかに消えていた。


銃を構える。


視界が、異様にはっきりしている。


風の流れ。


瓦礫の影。


敵の動き。


すべてが見える。


――いる。


瓦礫の向こう。


わずかな動き。


スコープを覗く。


敵兵。


こちらを探している。


呼吸を整える。


心臓の音が、静かだ。


あれほど激しく鳴っていたのに。


今は、落ち着いている。


まるで別人のように。


照準を合わせる。


頭部。


一切の迷いはない。


引き金を引く。


乾いた音。


敵が崩れる。


次。


もう一人。


動き出す前に、撃つ。


倒れる。


何も感じない。


ただ、処理するように。


一つ一つ。


確実に。


「……」


言葉は出ない。


感情も、追いつかない。


ただ体だけが動く。


これが正しいのかも分からない。


だが――


止まれば終わる。


それだけは分かる。


弾を込める。


次を探す。


そのとき、一瞬だけ視界の端に何かが映った。


倒れた敵兵。


若い。


ほんの一瞬、あの兵士のことが頭をよぎる。


写真を見ていた、あの男。


そしてミハイル。


「……」


何かが胸に引っかかる。


だが、すぐに消える。


考えるな。


今は、生きることだけを考えろ。


アレクセイは再び銃を構える。


その姿は、もう“ただの青年”ではなかった。


戦場に適応した存在。


人を撃つことを受け入れた存在。


それが自分だと、どこかで理解している。


それでも――


完全に壊れたわけではない。


奥の奥。


見えない場所に、まだ何かが残っている。


ミハイルの声。


アーニャの記憶。


帰る場所。


それらが、かすかに繋ぎ止めている。


「……生きる」


小さく、呟く。


誰に向けたわけでもない。


自分自身に向けて。


引き金に指をかける。


もう迷わない。


だが、それは強さなのか。


それとも――


壊れた結果なのか。


答えは出ない。


それでも、進むしかない。


戦場は、待ってくれない。


アレクセイは次の標的を捉えた。


静かに、確実に。


そして――引き金を引いた。


読んでいただきありがとうございます。

アレクセイは大きく変わりました。

それが成長なのか、崩壊なのか――その答えは、まだ出ていません。

よければ感想などいただけると嬉しいです。

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