第12話「消えない声」
第12話です。
それは突然で、そしてあまりにも静かに訪れました。
朝は、驚くほど静かだった。
砲撃もない。銃声もない。
風の音だけが、瓦礫の間をすり抜けていく。
アレクセイは壁にもたれて座っていた。
隣にはミハイルがいる。
珍しく、何も起きていない時間だった。
「……なあ」
ミハイルがぽつりと言う。
「帰ったらさ」
アレクセイは顔を上げた。
「森、行こうぜ」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
だがすぐに、あの村の光景が頭に浮かぶ。
雪の森。静かな道。
「……ああ」
小さく答える。
「いいな、それ」
ミハイルは少し笑った。
「だろ?」
短い沈黙。
風が吹く。
「鹿、まだいるかな」
ミハイルが続ける。
「いるだろ」
アレクセイも言う。
「俺、外さないぞ今度は」
その言葉に、ミハイルが吹き出す。
「お前な、戦場で腕上げてどうすんだよ」
「無駄じゃないだろ」
「まぁな」
少しの笑い。
ほんのわずかな、日常だった。
そのとき――
乾いた音。
一瞬だった。
何が起きたのか、分からなかった。
ミハイルの体が、わずかに揺れた。
次の瞬間、ゆっくりと崩れる。
「……え?」
アレクセイは動けなかった。
ミハイルは地面に倒れたまま、動かない。
赤いものが、静かに広がっていく。
遅れて、理解が追いつく。
撃たれた。
狙撃だ。
どこからだ。
分からない。
音も、気配もなかった。
「ミハイル!」
アレクセイは膝をつく。
体を揺さぶる。
反応はない。
「おい、起きろ……!」
声が震える。
「おい……!」
ミハイルの目が、わずかに動いた。
焦点が合っていない。
それでも、アレクセイを見る。
口が動く。
何かを言おうとしている。
耳を近づける。
かすれた声。
「……生きろ」
それだけだった。
次の瞬間。
その目から、光が消えた。
完全な静止。
音が消える。
世界が遠くなる。
アレクセイは動けなかった。
ただ、目の前の現実を見ている。
さっきまで、隣にいた。
笑っていた。
話していた。
それが――
もういない。
「……なんでだよ」
声が漏れる。
誰に向けたものか分からない。
敵か。
戦争か。
それとも――
自分か。
守れなかった。
何も。
戦車を止めた。
敵を撃った。
それでも――
隣にいた仲間一人、守れなかった。
アレクセイの手が震える。
ミハイルの服を握りしめる。
温かい。
まだ、少しだけ。
それが、余計に現実を突きつける。
遠くで銃声がした。
誰かが叫んでいる。
戦いは続いている。
何も変わらない。
ミハイルがいなくなっても。
世界は、止まらない。
アレクセイはゆっくりと顔を上げた。
どこかに、敵がいる。
見えない場所から撃った相手が。
守るために撃ったのか。
命令だったのか。
理由は分からない。
ただ一つだけ、分かることがある。
そいつもまた――
自分と同じだ。
それでも。
それでも――
「……ふざけるな」
小さく、吐き出す。
初めてだった。
胸の奥に、感情が戻ってくる。
鈍っていたはずのものが、一気に溢れる。
怒り。
悲しみ。
どうしようもない、何か。
アレクセイはゆっくりと立ち上がる。
銃を握る手に、力がこもる。
視界が、はっきりする。
さっきまでとは違う。
何かが変わった。
壊れたのかもしれない。
それでもいいと思った。
風が吹く。
ミハイルの体は、もう動かない。
「……行くぞ」
返事はない。
分かっている。
それでも、言わずにはいられなかった。
アレクセイは前を向く。
戦場は、まだ続いている。
そしてその中で、自分もまた――
変わっていく。
読んでいただきありがとうございます。
ミハイルの死は、アレクセイにとって大きな転機となりました。
この“声”は、これからも彼の中に残り続けます。
よければ感想などいただけると嬉しいです。




