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熱くて寒い奇跡  作者:
13/29

第12話「消えない声」

第12話です。

それは突然で、そしてあまりにも静かに訪れました。

朝は、驚くほど静かだった。


砲撃もない。銃声もない。


風の音だけが、瓦礫の間をすり抜けていく。


アレクセイは壁にもたれて座っていた。


隣にはミハイルがいる。


珍しく、何も起きていない時間だった。


「……なあ」


ミハイルがぽつりと言う。


「帰ったらさ」


アレクセイは顔を上げた。


「森、行こうぜ」


一瞬、言葉の意味が分からなかった。


だがすぐに、あの村の光景が頭に浮かぶ。


雪の森。静かな道。


「……ああ」


小さく答える。


「いいな、それ」


ミハイルは少し笑った。


「だろ?」


短い沈黙。


風が吹く。


「鹿、まだいるかな」


ミハイルが続ける。


「いるだろ」


アレクセイも言う。


「俺、外さないぞ今度は」


その言葉に、ミハイルが吹き出す。


「お前な、戦場で腕上げてどうすんだよ」


「無駄じゃないだろ」


「まぁな」


少しの笑い。


ほんのわずかな、日常だった。


そのとき――


乾いた音。


一瞬だった。


何が起きたのか、分からなかった。


ミハイルの体が、わずかに揺れた。


次の瞬間、ゆっくりと崩れる。


「……え?」


アレクセイは動けなかった。


ミハイルは地面に倒れたまま、動かない。


赤いものが、静かに広がっていく。


遅れて、理解が追いつく。


撃たれた。


狙撃だ。


どこからだ。


分からない。


音も、気配もなかった。


「ミハイル!」


アレクセイは膝をつく。


体を揺さぶる。


反応はない。


「おい、起きろ……!」


声が震える。


「おい……!」


ミハイルの目が、わずかに動いた。


焦点が合っていない。


それでも、アレクセイを見る。


口が動く。


何かを言おうとしている。


耳を近づける。


かすれた声。


「……生きろ」


それだけだった。


次の瞬間。


その目から、光が消えた。


完全な静止。


音が消える。


世界が遠くなる。


アレクセイは動けなかった。


ただ、目の前の現実を見ている。


さっきまで、隣にいた。


笑っていた。


話していた。


それが――


もういない。


「……なんでだよ」


声が漏れる。


誰に向けたものか分からない。


敵か。


戦争か。


それとも――


自分か。


守れなかった。


何も。


戦車を止めた。


敵を撃った。


それでも――


隣にいた仲間一人、守れなかった。


アレクセイの手が震える。


ミハイルの服を握りしめる。


温かい。


まだ、少しだけ。


それが、余計に現実を突きつける。


遠くで銃声がした。


誰かが叫んでいる。


戦いは続いている。


何も変わらない。


ミハイルがいなくなっても。


世界は、止まらない。


アレクセイはゆっくりと顔を上げた。


どこかに、敵がいる。


見えない場所から撃った相手が。


守るために撃ったのか。


命令だったのか。


理由は分からない。


ただ一つだけ、分かることがある。


そいつもまた――


自分と同じだ。


それでも。


それでも――


「……ふざけるな」


小さく、吐き出す。


初めてだった。


胸の奥に、感情が戻ってくる。


鈍っていたはずのものが、一気に溢れる。


怒り。


悲しみ。


どうしようもない、何か。


アレクセイはゆっくりと立ち上がる。


銃を握る手に、力がこもる。


視界が、はっきりする。


さっきまでとは違う。


何かが変わった。


壊れたのかもしれない。


それでもいいと思った。


風が吹く。


ミハイルの体は、もう動かない。


「……行くぞ」


返事はない。


分かっている。


それでも、言わずにはいられなかった。


アレクセイは前を向く。


戦場は、まだ続いている。


そしてその中で、自分もまた――


変わっていく。


読んでいただきありがとうございます。

ミハイルの死は、アレクセイにとって大きな転機となりました。

この“声”は、これからも彼の中に残り続けます。

よければ感想などいただけると嬉しいです。


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