第11話「静かな異変」
第11話です。
人は、急に壊れるわけではありません。気づかないうちに、少しずつ変わっていきます。
指先の感覚が、よく分からなかった。
寒さのせいなのか、それとも別の理由なのか。
アレクセイは自分の手を見つめる。
少し震えている。
だが、それを不思議とは思わなかった。
前なら、気にしていたはずなのに。
「……おい」
ミハイルの声。
「交代だ」
「ああ」
短く答える。
立ち上がる。
体は動く。
問題ない。
そう思った。
瓦礫の陰から離れ、別の位置へ移動する。
途中、倒れている兵士のそばを通った。
昨日の戦闘の跡だ。
顔は見えない。
見ようとも思わなかった。
前なら――
目を逸らしていたはずだ。
だが今は、何も感じない。
何も。
そのことに、違和感すらなかった。
配置につく。
銃を構える。
遠くに敵の影が見える。
動いている。
呼吸を整える。
照準を合わせる。
撃つ。
乾いた音。
敵が倒れる。
それだけだ。
何も感じない。
達成感も、罪悪感も。
ただ、“やるべきことをやった”という感覚だけ。
「いいな」
ミハイルが言う。
「もう慣れたか」
アレクセイは少し考えた。
慣れた。
そうかもしれない。
人を撃つことに。
人が倒れることに。
「……ああ」
そう答えた。
それが正しい気がしたから。
だが、胸の奥に何かが残っている。
小さな違和感。
言葉にできない感覚。
それを無視する。
考える必要はない。
ここでは、生きることがすべてだ。
夕方。
短い休息の時間。
アレクセイは壁にもたれて座っていた。
ポケットから紙を取り出す。
あの手紙だ。
途中で止まったままの。
しばらく見つめる。
何かを書こうとする。
だが、言葉が出てこない。
前はあったはずだ。
伝えたいことが。
帰りたい場所が。
それなのに――
何も浮かばない。
ペンを持つ手が止まる。
「……どうした」
ミハイルが隣に座る。
「いや……」
アレクセイは少し迷った。
そして言う。
「何を書けばいいか、分からなくなった」
ミハイルは少し黙った。
それから、ゆっくり言う。
「書かなくていい」
「え?」
「無理に言葉にするな」
視線は遠くを見ている。
「ここにいると、そのうち分からなくなる」
静かな声だった。
「何が大事だったのかも、な」
アレクセイは何も言えなかった。
ただ、手紙を見つめる。
そこには“帰る場所”があったはずなのに。
今はもう、遠い。
夜。
静まり返った空気。
アレクセイは目を閉じる。
だが、何も浮かばない。
あの兵士の顔も。
戦車の中の人影も。
何もかもが、ぼやけている。
それでいいと思った。
思わなければ、楽だから。
そのまま、眠りに落ちた。
読んでいただきありがとうございます。
アレクセイは少しずつ変わり始めています。
それは強さなのか、それとも――。
よければ感想などいただけると嬉しいです。




