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熱くて寒い奇跡  作者:
12/29

第11話「静かな異変」

第11話です。

人は、急に壊れるわけではありません。気づかないうちに、少しずつ変わっていきます。


指先の感覚が、よく分からなかった。


寒さのせいなのか、それとも別の理由なのか。


アレクセイは自分の手を見つめる。


少し震えている。


だが、それを不思議とは思わなかった。


前なら、気にしていたはずなのに。


「……おい」


ミハイルの声。


「交代だ」


「ああ」


短く答える。


立ち上がる。


体は動く。


問題ない。


そう思った。


瓦礫の陰から離れ、別の位置へ移動する。


途中、倒れている兵士のそばを通った。


昨日の戦闘の跡だ。


顔は見えない。


見ようとも思わなかった。


前なら――


目を逸らしていたはずだ。


だが今は、何も感じない。


何も。


そのことに、違和感すらなかった。


配置につく。


銃を構える。


遠くに敵の影が見える。


動いている。


呼吸を整える。


照準を合わせる。


撃つ。


乾いた音。


敵が倒れる。


それだけだ。


何も感じない。


達成感も、罪悪感も。


ただ、“やるべきことをやった”という感覚だけ。


「いいな」


ミハイルが言う。


「もう慣れたか」


アレクセイは少し考えた。


慣れた。


そうかもしれない。


人を撃つことに。


人が倒れることに。


「……ああ」


そう答えた。


それが正しい気がしたから。


だが、胸の奥に何かが残っている。


小さな違和感。


言葉にできない感覚。


それを無視する。


考える必要はない。


ここでは、生きることがすべてだ。


夕方。


短い休息の時間。


アレクセイは壁にもたれて座っていた。


ポケットから紙を取り出す。


あの手紙だ。


途中で止まったままの。


しばらく見つめる。


何かを書こうとする。


だが、言葉が出てこない。


前はあったはずだ。


伝えたいことが。


帰りたい場所が。


それなのに――


何も浮かばない。


ペンを持つ手が止まる。


「……どうした」


ミハイルが隣に座る。


「いや……」


アレクセイは少し迷った。


そして言う。


「何を書けばいいか、分からなくなった」


ミハイルは少し黙った。


それから、ゆっくり言う。


「書かなくていい」


「え?」


「無理に言葉にするな」


視線は遠くを見ている。


「ここにいると、そのうち分からなくなる」


静かな声だった。


「何が大事だったのかも、な」


アレクセイは何も言えなかった。


ただ、手紙を見つめる。


そこには“帰る場所”があったはずなのに。


今はもう、遠い。


夜。


静まり返った空気。


アレクセイは目を閉じる。


だが、何も浮かばない。


あの兵士の顔も。


戦車の中の人影も。


何もかもが、ぼやけている。


それでいいと思った。


思わなければ、楽だから。


そのまま、眠りに落ちた。


読んでいただきありがとうございます。

アレクセイは少しずつ変わり始めています。

それは強さなのか、それとも――。

よければ感想などいただけると嬉しいです。

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