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熱くて寒い奇跡  作者:
10/29

第9話「静かな消耗」

第9話です。

戦いは、撃ち合いだけではありません。静かな時間もまた、人を削っていきます。


紙の上で、ペンが止まった。


アレクセイは小さく息を吐く。


何を書けばいいのか分からなかった。


それでも、書かなければならない。


遠く離れた場所にいる、大切な人のために。



アーニャへ


こっちは元気だ。

心配はいらない。



嘘だった。


元気なはずがない。


それでも、そう書くしかなかった。


ペン先がわずかに震える。



街は少し寒いけど、なんとかやっている。

そっちはどうだ?



書きながら、自分で苦笑する。


“少し寒い”どころではない。


指の感覚は鈍く、夜は眠れない。


それでも――



また、落ち着いたら帰る。

そのときは、また一緒に――



そこで、手が止まった。


“また一緒に”何をする?


森に行くのか。

笑い合うのか。


そんな日が、本当に来るのか。


ペンが動かない。


そのとき――


「……来るぞ」


ミハイルの声。


低く、短い。


アレクセイは顔を上げた。


周囲は静まり返っている。


敵の姿は見えない。


だが、それが逆に不気味だった。


こう着状態。


何も起こらない時間。


それが一番、心を削る。


いつ来るか分からない恐怖。


常に張り詰めた空気。


逃げ場はない。


時間だけが、ゆっくりと流れていく。


アレクセイは手紙を握りしめた。


書きかけのまま。


言葉にできない想いが、そこに残っている。


風が吹く。


冷たい。


嫌な予感がした。


次の瞬間――


轟音。


地面が揺れた。


「伏せろ!!」


ミハイルの叫び。


爆発。


瓦礫が舞い上がる。


耳鳴りがする。


何も聞こえない。


もう一発。


さらにもう一発。


砲撃だ。


「砲撃だ!下がれ!」


誰かが叫んでいる。


だが、音が遠い。


視界が揺れる。


煙の向こう――


黒い影が動いた。


ゆっくりと、だが確実に前進してくる。


鉄の塊。


戦車だ。


地面を踏み潰しながら近づいてくる。


「くそ……!」


ミハイルが歯を食いしばる。


「来やがったな……!」


アレクセイは体を起こそうとした。


だが――


足が動かない。


衝撃で体が言うことをきかない。


そのとき。


誰かが腕を掴んだ。


「立て!」


ミハイルだ。


強引に引き上げる。


「ここにいたら死ぬぞ!」


再び砲撃。


すぐ近くで爆発が起きる。


衝撃。


視界が白くなる。


何も見えない。


体が浮いたような感覚。


そして――


落ちる。


音が消えた。



どれくらい時間が経ったのか分からない。


遠くで、誰かの声がする。


「……おい」


ぼやけた声。


「おい、アレクセイ!」


肩を揺さぶられる。


重いまぶたをゆっくり開く。


ミハイルの顔があった。


煤だらけだ。


「……生きてるな」


少しだけ笑う。


アレクセイは何も言えなかった。


ただ、息をする。


それだけで精一杯だった。


手の中に、まだ何かを握っている。


ゆっくりと開く。


紙だった。


書きかけの手紙。


端が少し焦げている。


言葉は途中で止まったまま。


アレクセイはそれを見つめた。


そして、静かに目を閉じた。


読んでいただきありがとうございます。

静かな時間と、突然の破壊。

戦場では、その両方が人を削っていきます。

よければ感想などいただけると嬉しいです。

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