第5話 そして平和が訪れた
「ふぅ……やっと諦めてくれたか」
しつこい説得に死にたいレベルでうんざりしていたヘルツは、少しホッとした。
「ああ、ここまで拗らせてたら仕方ないよ」
「言い方!」
「悪かった! 拗らせてないよね? 傷ついてるんだよね?」
「そうそう」
布団の中から満足げな顔を覗かせるヘルツに、一瞬殺意が湧きかけたが、ここまで積み上げたものをフイにしないため、魔王ガングリュックはグッと堪えた。
「で、でも、せめてどれくらいで立ち直れるか教えてくれるかな? ザックリでいいから。さすがの余も部下の手前、手ぶらじゃ帰れないんだよ……」
意外と足元が盤石ではないガングリュック。
「えー、そうだなぁ……最低三年?」
「おいおい……勇者さん。それはちょっと長すぎじゃないですかねぇ?」
「じゃあ五年」
明らかにやる気のないヘルツ。
「増えてるじゃないの!?」
「この失恋の傷は、そう簡単には癒えそうにないよ……」
フラれたことを思い出し、再び枕を抱きしめていじけだす。
「おいおい、何ヤワなこと言ってんだよ。童貞でもあるまいし……」
いよいよ面倒になってきたガングリュックは、思わず吐き捨てるようにNGワードを口にしてしまった。
「はあっ!? 童貞ですけど、何か!?」
虚ろだった表情が一転、ヘルツは目を剥いて殺意を宿す。
「えっ!? あ……そうなの?? そうなんだぁ……フッ」
まさかのカミングアウトに、思わず笑みがこぼれる。
「あっ、笑われた。ううっ……」
「あ……いや……その……ゴメン。そういうつもりじゃなくて」
「じゃあ、どういうつもりだよ!!」
「えっ!? その……アレだよ……何というか……プッ」
再び笑いが漏れてしまうガングリュック。
「やっぱり……どいつもこいつもバカにしやがって!! そうですよ。俺はクソ童貞のヘルツだよ。“者”ですらないよ! 彼女にも『童貞くさっ』って鼻で笑われたんだよ……ううっ!」
その時の情景がフラッシュバックし、また泣き出す。
「いや、今のはマジで悪かった! ゆ、勇者って大変だもんな。恋とかする暇なかったんだよな? 基本、勇者って特別なイベントが無い限り、全員童貞だからな。むしろ立派だよ! 勲章と言ってもいいレベルだよ! 尊敬しかないよ!」
「じゃあ、なんでさっきから見下した感じでヘラヘラしてんの?」
ガングリュックは笑いを抑えきれていない。
「ゴメン、ゴメンって。そ、それは……同じ男子として、お前の気持ちも痛いほど分かるから……さっきの笑いは、“とも”として心底共感できたがゆえの、あふれ出る喜びの微笑みだよ」
慌てすぎて自分でも何を言っているのか分からない言い訳をするガングリュック。
「えっ!? そうなの!?」
だが意外と効いた。
「えっ!? ってことはお前も童貞なの!?」
“同志”を見つけたかのように目を輝かせるヘルツ。
「いや、違う」
そこはピシャリと否定。
「へっ?」
「ちなみに余、既婚者だよ。妻は十四人いる」
「十四人!? 羨ましい……いや、破廉恥だ!!」
本音がダダ漏れするクソ童貞ヘルツ。
「それは人間界の常識だろ? 余は魔族。魔族の世界では妻が複数いるのが普通なの! 破廉恥だなんて、余は良いけど妻たちに失敬だぞ!」
意外と愛妻家のガングリュックは、妻への侮辱は一ミリも許さないタイプ。なお十四人いる。
「そ、それは謝るよ。でもなんかものすごく負けた気がして悔しい……」
さすがのヘルツも正論パンチに返す言葉がなく、悔し涙を流す。
「お前、どこで競ってんだよ?」
「いいよなぁ……お前は家に帰れば美人な奥さんたちに囲まれて……俺なんていつも一人。飯も一人。寝るのも一人。ずっと一人。これからも一人。どこまでも一人……フラれた……『生理的に無理』って何よ……ううっ」
フラッシュバック・アゲイン。再び真っ黒なオーラが部屋を覆い出す。
「お、思い出すな! そ、それに妻が多いと大変なこともあるんだぞ!?」
「例えば?」
「女同士ってのはよく分からんことが多いんだよ。ケンカしてるのかと思って仲裁に入ると、一緒になってこっちを攻撃してきたり、誰か一人だけに何かあげると『差別だ』って他の全員がブチ切れるし、訳わかんないよ。それに妻が若いと夜の方がね……。まあ、とにかく独り身の方が案外気楽で良いもんだよ。余からすると、むしろお前の方が羨ましいよ」
「あのー、ガングリュックさん、ちょっといいですか?」
「ん? 全然いいよ?」
「あなた今、孤独な人間の傷口に粗挽きの岩塩を全力で塗りたくってる自覚ありますか?」
「えっ!? 今、お前を励ましてるつもりなんですけど……」
「これはアドバイスなんですけど、もう少し“加害者意識”をお持ちになった方がいいですよ」
「え? 加害者? 余が……何で!?」
励ましてるつもりだったのに“加害者”と言われ、困惑するガングリュック。
「お前は励ましてるつもりなんだろうけど、それ、ただの自慢だからね」
「そんなつもりは……」
「はぁ……加害者って、いつも同じこと言うんだよ。『そんなつもりじゃない』ってね」
「す、すみません……」
「以後、気をつけるように」
「はい!」
「じゃあ、俺、寝るから……」
「いや、でも……」
「しつこいぞ、加害者。おかげさまで癒えつつあった傷口もパックリ開いたよ。しばらくダメそうだよ」
「えぇ!! 余がやらかしたの!?」
「そうだよ、加害者」
「何てことだ……部下に会わす顔がない……というか、まず被害者に謝らないとな……正直、すまんかった」
「いや、もういいよ。そんなことより奥さんたち大切にしな」
「お、おお、ありがとう。でもお前は……」
「忘れてくれ……多分、俺このままどこかで野垂れ死ぬんだろうから」
「そんなこと、“とも”として見逃せるわけないだろう!?」
「いや……」
「頼む! 余にお前のために何かさせてくれ!!」
「いやでも、そんな義理ないし……」
「何を言っているんだ! 余とお前の仲じゃないか!?」
「魔王……」
「勇者……」
そして固く抱き合う二人。この瞬間、二人は完全に目的を見失っていたが、奇跡的に世界に平和が訪れた。




